機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第223話「裁きを待つ者達よ」

 

『一度目は偶然であったとしよう。では二度目は? 二度も三度も偶然が積み重なるわけがない』

 

 鎧のパイロットスーツに身を包んだ自分へと、声を投げて来たのはダビデであった。

 

「……何が言いたい」

 

『のらりくらりとかわせると思うな、とも言っている。……何よりも、お前を信頼しての言動だろう。カトリナ・シンジョウは。彼女の信頼を無碍にするなと言っている』

 

「意外だな。あんたにはそういうの、どうでもいい代物かと思っていたけれど」

 

『私も想定外だ。かつての敵へと、まるで温情をかけるなど。……しかし事情が事情だ。《ダーレッドガンダム》を先行させ、ダレトを開き、作戦地域へと空間跳躍。正直、生きた心地のしない任務とはこの事だと思うほどにはマトモなつもりだよ』

 

「俺が真っ当じゃないみたいな言い草だ」

 

『少なくとも、これまで空間跳躍、そしてダレトの実力を物にしてきたMSはこの世に存在してこなかったはずだ。それを実現の領域まで押し上げた、エージェント、クラードの功績は大きいだろう』

 

 ダビデの物言いはどこか婉曲的だ。まるで真実そのものへの肉薄は避けているかのような。

 

「……俺が魔物に見えるのか? あんたには」

 

『魔物のほうがまだマシかも知れない。ダレトを開き、そして聖獣の力を自らのものとする……その果てに待つものを考えるだけでもおぞましいだろう』

 

 やはり、自分の居場所は――と諦観を浮かべようとしたクラードの耳朶を打ったのは直通通信であった。

 

『あっ……繋がった……っ! クラードさん、その今回の作戦展開……』

 

 場違いなカトリナの声音にクラードは応じる。

 

「何だ。俺は全部承服している。マテリアとか言うピアーナの出涸らしの作戦概要は既に聞いている上での行動だ」

 

『“失礼ですね! わたくしが出涸らしなんて! これでもスタンドアローン状態においてはオリジナルのわたくしを凌駕する性能を誇っているのですよ!”』

 

 ふふん、と自信満々に言ってのけたマテリアの論調はまさにピアーナ本人と言っても差し支えない。

 

「……口うるさいのが帰って来たものだな」

 

『悪い、クラード。茶々を挟むような事ばっか言っちまって……。マテリア、てめぇも反省しろよ』

 

『“嫌ですよ。アルベルトさんは何か勘違いをなさっているのでは? わたくしがエージェント、クラードに対して反省するなんて。当方には付属していない機能です”』

 

『てめ……っ、今はそんな事言っている場合じゃ……。悪ぃ、クラード。クセの悪いアイリウムだ』

 

「構わない。どうせ、ピアーナが帰って来たって似たようなものだろ。それに、口うるさくっても優秀なら、今次作戦に組み込むのに何の抵抗もない」

 

『……本当に、そうか? いや、オレが言えた義理でもねぇんだろうが、今回の作戦。大仰だって聞いているぜ。そこに不穏分子を一個でも差し挟むってのは……』

 

「アルベルト、そっちは新型機の調整に時間がかかるだろ。今は、その口さがないアイリウムと話し合いでもしていればいい」

 

『……ああ、そうさせてもらうぜ。トライアウトのDDとか言うのも。今は……いいな?』

 

『……仕方あるまい』

 

 二人分の通信回線が途切れたコックピットで、クラードは一人だけ直通回線を開いているカトリナと目線を交わす。

 

 相手はどこか当惑している様子であった。

 

「……で、何? 俺が今次作戦の要だ。しくじるなって、釘を刺しに来たのか?」

 

『め、滅相もない……っ! クラードさんが一番に辛い立ち位置だって言うのはその……分かっているつもりです……』

 

「分かっているって言うんなら、何で戦闘前にこんな通信を? 俺が迷うとでも思ったのか?」

 

『そ、そういうのとは違うんですけれどぉ……っ。その……あんまり言い触らさないで下さると助かるんですけれど』

 

「何だ。単刀直入に言ってくれ。時間はあるようでない」

 

『……じ、じゃあその……。私、アルベルトさんにその……告白されちゃいました……』

 

 これから死地に赴くのにはどうにも浮足立った話題に、クラードは目をしばたたく。

 

「……何だって?」

 

『だ、だからぁ……、何度も言わせないでくださいよぉ……。告白されちゃったんですっ! 愛の告白っ!』

 

 言った傍から自分自身が恥ずかしくなったのか、カトリナは頬を紅潮させる。

 

「……だから? 俺にどうしろって言うんだ」

 

『そ、それでその……でも、応えられませんって、振っちゃったって言うか……』

 

「何だそれ。ただあんたとアルベルトの空気が最悪になっただけじゃないか」

 

『い、いえ、そうでもないみたいで。……私、愚図だから、三年間も一緒に居たのに、気付けなくって……』

 

「それで? 色恋沙汰に首を突っ込むほど、俺は野暮でもないよ」

 

 カトリナは先ほどから通信ディスプレイ越しにどこかもじもじしている。

 

 まるで、何か重大な事を言いそびれているように。

 

『で、ですよね……クラードさんはそういう人です……』

 

「好きだとか嫌いだとかは俺に押し付けないでくれ。艦内の空気はレミアがどうこうするだろうけれど、これから出撃だって言うのに、面倒を掲げられたらアルベルト達だって万全に戦えないだろ」

 

『……それは正論ですけれど……』

 

 何が言いたいのかまるで分からない。

 

 まるで分からないと言うのに――通信を切ってはいけないのだけは、何故なのだかハッキリしている。

 

「……言いたい事あるんなら、言えば? 俺だってダレトを形成して無事に済むとも限らない」

 

『そ、そうなんですよ……。クラードさんだって、次も、その次も無事だとは……限らないじゃないですか……』

 

「だが自らの無事の保証なんてこれまでだって出来ていない。今さらの事象だ」

 

『でも、作戦の要はクラードさんと《ダーレッドガンダム》なんです。……だったらその……私が単純に、言えないのだけはもどかしいじゃないですか……っ』

 

「言えないって何が? 言っておくけれど、どんな忠告を受けたって、俺はこの作戦を決行――」

 

『好きなんですっ! 大好きなんですよぉ……っ! ……これが……私の言葉なんです……』

 

 遮って放たれた想定外の言葉は、クラードの冷静な脳内を混乱させるのに充分であった。

 

「……何だって?」

 

『に、二度も三度も、乙女に言わせるつもりですかぁっ……』

 

「いや、ちょっと待て。アルベルトならともかく……何で俺みたいなのを……」

 

『……クラードさん、ずっと無茶するから。ずっと前に立って苦しんでいるから……何も言えなかったんです。でも……言わないともっと後悔しちゃいますから……っ、だから言わせてくださいっ! あなたの事が……私は大好き……っ! 死んで欲しくないんですっ……!』

 

 唐突にもほどがある。

 

 それでも、感情の堰を切ったように、カトリナは息を切らし、耳まで真っ赤に染めて言い放つ。

 

 それは――何というか――。

 

「……言葉もないってのはこの事なのか……。俺は、どう答えろって言うんだよ……」

 

『こ、答えは後でも……その、大丈夫……です……ぅ……』

 

「何であんたはそれで泣いてるんだ?」

 

 涙する理由が分からず、問い返すとカトリナは心底安堵したように、柔らかく微笑んでいた。

 

『だって、だってぇ……っ、これまで言えなかったですからぁ……っ、嬉しくって、泣いているんです……っ』

 

「俺は答えていないのにか?」

 

『あっ……そっかぁ……そういえばそうだった……。うぅ……また早とちり……』

 

 どうして、そんな事に一喜一憂出来るのだろう。

 

 どうして、そんな事で九死に一生を得たかのように涙するのだろう。

 

 どうして――そうまでして生の意味を理解したような微笑みがこぼれるのだろう。

 

 分からない、何一つ。

 

 何も分からないが、それでも分かっている事柄は、たった一つ。

 

「……カトリナ・シンジョウ。俺は前に約束したな? オムライスとやらを食べるまでは死ねない、と」

 

『あっ……まだ憶えていて……』

 

「その言葉への返答も、付け加えていいだろうか? 今の俺には……容易い言葉で表現する術が見当たらない。……どうしてなんだろうな。これまで、たくさん死地には赴いてきたはずなのに……その言葉一つへの返事が……見当たらないなんて……」

 

 自分の中のどこを探しても、経験則でも、戦場の勘でもなく、返答するだけの言葉が見当たらないのは、これまでなかった出来事だ。

 

 だからこそ、こればっかりは条件反射で答えてはいけないのだろう。

 

 それこそ相手の感情に、唾を吐くようなものだ。

 

『……帰ってきて、ゆっくり答えを聞かせてください……。クラードさん、あなたの偽らざる……答えを……』

 

『――すまない、いいだろうか?』

 

 不意に接続された通信回線にカトリナが素っ頓狂な声を上げる。

 

『ひゃん……っ! ……って、あなたは確か、騎屍兵の……』

 

 通信回線の向こうに居る相手は鹵獲されていた騎屍兵の一員だ。

 

 相貌を隠す漆黒のヘルメットではなく、エンデュランス・フラクタルの規格に準じたヘルメットを着用している。

 

 そのかんばせは――まるで白雪のように儚げで、薄紫色の瞳は戸惑いを浮かべている。

 

「確か、ゴースト、スリー……」

 

『識別信号の変更を伝えていなかった。これより我が方は、《ネクロレヴォル》搭乗、シズク・エトランジェを名乗らせてもらう。この照合を全体に伝えなければと、全体通信に接続されているこの通信域で確認されてもらったのだが……何か問題でもあっただろうか?』

 

 ゴースト、スリー――否、シズクの問いかけにカトリナは先ほどまでのやり取りがまさかの全体通信域である事を悟って奇声を上げる。

 

『えっ……えっ、えっ……ひゃぁぅ……っ! み、皆さん、聞いていらしたんですかぁ……っ!』

 

『いや、静観を貫いておこうと思っていたんだが』

 

『ヴィルヘルム先生、ゲロったらバレバレじゃないですか。まー、いいものを聞かせてもらったわよ、カトリナちゃん。それに、クラードもね。一世一代の大告白っ!』

 

 面白がっているバーミットの論調にそれは自明の理なのだとクラードは感じ取る。

 

『さ、最低ですよっ! 盗み聞きなんて……っ!』

 

『いいえ、カトリナさん。あなたが通信域をミスったのよ。よく確認しなさい』

 

 レミアの諭す声音に、カトリナは通信域を再確認して、あ、と間抜けな声を発する。

 

『ホントだ……これ……』

 

「参ったものだな。全員織り込み済みと言う事か」

 

 こちらの声音に、赤面して手で顔を覆ったカトリナの姿が大写しになる。

 

『クラード、カトリナさんにそこまで言わせたんだ。断るのは男じゃねぇよな?』

 

『……すまんな、こういうのには疎くって……出来れば口を差し挟まないのが一番だと感じたんだが……』

 

 アルベルトとダビデの声が続いて、クラードは嘆息をつく。

 

「……まったく、何て連中だ」

 

『ほ、本当ですよ! いくらその……私がミスったからってその……今の今まで誰も忠告しないって言うのは……うぅ……恥ずかしいなぁ……』

 

 しかしオフィーリア全域に通達されたのならば、自分の返答も自ずと決まってくる。

 

「……カトリナ・シンジョウ。ひとまず保留でいいだろうか。俺も、こうして他人に耳をそばだてられた状態では、承服しかねる」

 

『えー、クラード、あんたも隅に置けないわねぇ。ここはスパッと! 帰ったら抱いてやるとでも言ってあげればいいのよ!』

 

『ば、バーミット先輩! セクハラですよ! それ……!』

 

『あーあ! カトリナちゃんとクラードみたいなトーヘンボクが恋愛しているのに、あたし達が恋愛しちゃいけないなんて、やっぱり間違ってません? 艦長』

 

『バーミット、適材適所よ、適材適所』

 

『あのー、お二方、それも筒抜けなんですが……』

 

『“アルベルトさんはそんな事より、《アルキュミアヴィラーゴ》の調整、頼みますよ。これ、わたくしの半身なんですからね!”』

 

『ああっ、もううっせぇな、マテリア。ちょっとは情感ってもんがあんだろ?』

 

 自分一人で死にに行くつもりでいたのに、いつの間にか通信域にはオフィーリア総員の声が満ちている。

 

 その現状が――どうしてなのだろうか。

 

 かつてデザイアにて、凱空龍への潜入任務に当たっていた時の情景と、重なっていたのは。

 

 馬鹿馬鹿しい、エージェントとしてのまやかしなのだと、そう断じていた自分以外が、確かにそこに居たのだ。

 

 炎を囲んで馬鹿騒ぎしていた三年前のあの光景に、まるで帰って来たような感覚に、クラードはふと呟く。

 

「……俺が求めていたのは……」

 

『もうっ! 皆さん、デリカシーとか……えっと、何か言いました? クラードさん』

 

「……いいや、何でもない。カトリナ・シンジョウ委任担当官に俺は約束する。――必ず帰る、待っていろ」

 

 そこまで確信的な言葉を吐くとは思われていなかったのだろう。

 

 一拍、呆けたように目を見開いたカトリナの頬を涙が伝う。

 

『……ええ……ええ、ええ……っ! 必ず……帰って来てください、クラードさん……。これはその……命令とかじゃなくって……』

 

「分かっている。純然たる願いだと言うのならば、応えるのが……俺だ」

 

『……覚悟は、決まったようだな、クラード』

 

 サルトルが割り込んできてクラードは頷き返す。

 

「行けるか? 今の俺と、《ダーレッドガンダム》なら」

 

『40セコンドのみ、アイリウムとの接続を許可する。そこから先は出たとこ勝負だ、この色男!』

 

「……言ってくれる。その間のみ、全ての通信をシャットアウトする。構わないな?」

 

『充分に男としての責務を果たして来い。それがお前の、今やるべき事だ』

 

 サルトルを含む、全員の通信ウィンドウが順番に掻き消えていく中で、最後の最後にカトリナの通信域だけがアクティブになっている。

 

『……必ず、帰ってきて。その後に答えを聞かせてください、クラードさん……』

 

「ああ。俺は約束を果たすまでは、死ねない。通信終わり」

 

 蒼い脈動と共に全ての通信が途切れた無辺の闇の中で、声が残響する。

 

『レヴォル・インターセプト・リーディング。権限を復旧。“よかったのか? もっと言うべき事があったはずだろう?”』

 

「……俺はここでは死ねない。そう容易くは、な。それを再認識しただけでも十全だ」

 

『“そうか。しかし運命はそう簡単に行くかどうかは不明瞭なままだ。聖獣の心臓の確保作戦。如何に第三の聖獣が味方に付こうが、不確定領域なのは変わるまい。このまま死にに行くつもりか?”』

 

「……今ので確信した。お前は……《レヴォル》じゃないな?」

 

『“今の今まで、お前の言う《レヴォル》だと、一度として反証した事はない。それとも、落胆したか? これまで信じ込んできた縁が、ここに掻き消えた事に”』

 

「……以前までなら、そうだったかもしれない。だが、俺にはもう、別の縁がある。なら、それに応えればいいだけの話だ。――だから、《ダーレッドガンダム》。お前がどれほどの悪魔だとしても、俺は乗りこなす。それが俺に与えられた、責務だ」

 

『“責務とは。分かった風な事を言うではないか。だがその程度で使いこなせるほど、甘くはないぞ? お前はたった一人、獄炎に焼かれて死に行くのが宿命なのだからな”』

 

 だとしても。

 

 自分の最後に立つ場所が、煉獄の丘であったとしても。

 

 罪に塗れた自分を直視するのは、自分自身の覚悟でなければいけない。

 

「……俺は人でなしで、そして、今の今まで、ヒトであろうと思った事もなかった。だが、カトリナ・シンジョウの涙を目にして、改めて思う。――俺は、ヒトでありたい」

 

『“それは既に波長生命体への進化を遂げようとしているお前からしてみれば、不可逆なる行為だろう。それとも、自らの心臓に刃を突き立てて、己の血の色でも見てみるか?”』

 

「そんな行動は必要ない。いや、俺の血の色がミラーヘッドの蒼だとしても……関係がないだけの話だ。お前との言葉繰りも、ここまでだ」

 

『“そうか。残念だよ、クラード。もう少し騙し合いが通用するかと思っていたのだがね。” ――コミュニケートモード終了。《ダーレッドガンダム》、発進位置に』

 

『カタパルトに固定。発進位置にどうぞ。……クラード、あんたの事だろうから、確定の約束なんて出来ないとか言い出しそうだけれど、それでも男の子だって言うんなら、嘘でも言ってのけなさい。必ず――』

 

「必ず帰る。もう、そうなのだと規定した」

 

 断定の論調であったからだろうか。それとも想定外の言葉が飛んで来たためか、バーミットは戸惑ったようである。

 

『……あんた……』

 

「バーミット、俺は違える約束を何度も交わすように見えるか?」

 

 その問いかけに通信の先でバーミットが笑ったのが伝わる。

 

『……本当、あんたって奴は。これだから始末に負えないってのよ。……《ダーレッドガンダム》、射出タイミングをパイロットに譲渡します』

 

「了解。――《ダーレッドガンダム》、エージェント、クラード。迎撃空域に――先行する!」

 

 稲光を迸らせながら《ダーレッドガンダム》が空を舞う。

 

 それに引き続いてオフィーリアより機体群が解き放たれていた。

 

 位置情報が照合され、クラードは感覚を手繰り寄せる。

 

 瞬間、自らの鼓動が鋭敏化し、全身にもたらされる蒼の血脈を嫌でも理解させられていた。

 

「……俺がヒトでなくなろうとも……たった一つの誓いのために……。届け! 《ダーレッドガンダム》! ベテルギウスアーム、起動!」

 

 機体を激震するのは右腕に拡張された鉤爪の武装が展開したからだろう。

 

 これまで、意図して使用したのは一度あったかないか。

 

 それは戦略とは言わない。奇跡と呼ぶのだ。

 

「……それでも、俺はその奇跡を、自ら引き寄せてみせる……! パラドクスフィールド、電荷! ダレトよ! 俺に従え……ッ!」

 

 偏向された光が集合し、飲み込まれた先に宵闇を垣間見させる。

 

 右腕に拡張された大虚ろは、じくじくと滲む古傷のよう。

 

『あれが……ダレト……』

 

 アルベルトは初めて見るからだろう。

 

《ダーレッドガンダム》の性能に気圧されているのが伝わった。

 

 ――そうだとも、これは本来、畏れの先にある代物――。

 

「だが……今はただ、俺の命令のままに……! お前が赴くのみだ!」

 

 霧散しかけた大虚ろの形成事象を握り締め、鉤爪が位相空間の先を捉える。

 

 直後、視界は拓け、紫色の雲海の向こう側に着地点が引き寄せられていた。

 

「届け――ッ! 《ダーレッドガンダム》!」

 

 次の瞬間には、空が裂け、闇が血潮を迸らせていた。

 

 空間が叫びに震え、手繰り寄せた奇跡の価値が意思の刃と化す。

 

 切り拓いた位相空間を跳び越えた《ダーレッドガンダム》と、オフィーリアの一群が眼下に収めたのは、大地に根を張る忌むべき聖獣の心臓部であった。

 

「……《シクススプロキオン》の……第六の聖獣の心の臓……」

 

 確率論でしかない。

 

 それでもこの奇跡を掴み取ったのは人の意思だと、今は信じてクラードは後続へと通信域を飛ばす。

 

「無事か? オフィーリアは?」

 

『こちらバーミット。……まったく、無茶してくれちゃって……。でも、お陰様で今のところは無事……でもないのか。またアステロイドジェネレーターが麻痺しているみたいだから、艦砲支援は難しいわよ』

 

「宇宙から地上に降りた時と同じ……いや、それこそが《ダーレッドガンダム》の代償なのか? ……いずれにせよ、今ならば……!」

 

《ダーレッドガンダム》の腰部にマウントされている大太刀を振るい上げ、クラードは真っ逆さまに降り立とうとしていた。

 

 一撃――それで聖獣の心臓の息の根を止める。

 

《シクススプロキオン》の心臓部は血脈を大地に走らせ、未だ健在に映る。

 

 ならば、今度こそ殺し尽くさなければいけないはずだ。

 

 大上段に振るおうとしたクラードは、瞬間的な殺気の波に機体を後退させる。

 

 その時には、赤い光の津波が聖獣の心臓を覆っていた。

 

「赤い光……? 《ヴォルカヌス》か?」

 

 想定していた敵とはしかし、まるで異なる影が自分達を睥睨する。

 

 ――影だ。

 

 屹立するのは巨大なる影であった。

 

 円筒型の影は、まるで陸に打ち上がった鯨を思わせる。

 

「……こんな巨大な敵機は……」

 

 戸惑いを浮かべたその時には、鯨にしか見えない敵機の背面が裂け、赤い光の拡散粒子が機体を追いすがる。

 

 咄嗟に飛び退り、刃で弾き落とそうとするが、対象物の質量差に、太刀のほうが押し負ける。

 

「……何だこれは……。あまりにも……重い!」

 

 小太刀と分割させて応戦しようとするも、敵機の手数はあまりに膨大である。

 

 景色を覆い尽くした赤い光の拡散磁場が《ダーレッドガンダム》を含む、友軍機の翼を折っていた。

 

『何だこりゃあ……。まるで……重いじゃねぇか……!』

 

 アルベルトの当惑が通信に焼き付いたその時には、こちらの軍勢は地を這いつくばる。

 

《ダーレッドガンダム》でさえも出力がまるで上がらない。

 

「……何が、起こっている……?」

 

 その眼差しの先には、拡張した肋骨に映る部位より粒子が放出されている。

 

「……赤い……咎……」

 

《ダーレッドガンダム》が出力を失い、大地へと機体が墜落する。

 

 何度も這い上がろうとするも、まるで絶対者のように佇む影相手に、誰一人として指一本でさえも動かせない。

 

「……あれは……何だって言うんだ……」

 

 巨大建造物の機体は無数の赤いアイカメラで睥睨し、大地に這いつくばる機体群へと向けて装甲板を裏返らせ、砲身を無数に突きつける。

 

 逃れる術などない。

 

 照準警告が無数に鳴り響く中で、クラードは直通したライドマトリクサーの電位でさえも阻害を受けているのを感じ取っていた。

 

「……これは……ミラーヘッドジャマー……いいや、《ダーレッドガンダム》は無効化出来るはずだ、だとすれば、これは……」

 

 砲身に赤い輝きが充填される。

 

 反撃に転じるような時間を――瞬きの間に浮かべるまでの暇もなく――それらは無慈悲に、照射されていた。

 

 

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