機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第224話「偽りの世界へ」

 

「遅かった……! 何もかも、全てが……!」

 

 悔恨を口にしたピアーナへと、ダイキは大陸に屹立した異様なる機影を目の当たりにしていた。

 

「……あれは、何だって言うんです? この大きさ……艦隊クラスだって言うんじゃ……!」

 

「あれはイミテーションモビルフォートレス……――魔獣、《ティルヴィング》……!」

 

「《ティルヴィング》……? 初めて聞く名前だけれど、キミはあれの事を知って……?」

 

 メイアがうろたえたその時には、ピアーナは呼吸を乱してコックピットの端へと倒れ込む。

 

「え、ええ……あれは……」

 

「えっ、ちょっと待って! 酷い熱だ……全身RMなんでしょ? 何だって熱病なんて……」

 

「もしかして……俺が同期処理を無理やり切ったからか?」

 

 今さらに後悔の念が浮かんでくる中で、メイアが糾弾する。

 

「どうするってのさ! ここで艦長が死にでもすれば……!」

 

「んな事言われても、俺だって精一杯なんだよ! ……おいおい……来るぞ……!」

 

 照準警告が連鎖し、ダイキは《シュラウド》を上昇させる。

 

 無数の赤い砲弾が空中を引き裂いていく中で、不意にアステロイドジェネレーターがパワーダウンする。

 

「……嘘だろ? 何でこのタイミングでパワーダウンなんざ……!」

 

「これ……墜落するって事じゃ……」

 

 ヘッドアップディスプレイに浮かび上がった警告と、そして鳴り止まないアイリウムの認証エラーにダイキは操縦桿を殴りつける。

 

「クソッ! 何だってこんな局面で……! おい、動きやがれ!」

 

「――心配を。コード306を認証」

 

 ピアーナが手を払うと、今しがたの阻害などまるで嘘であったかのように《シュラウド》が性能を取り戻す。

 

「動いた? リクレンツィア艦長、今何を……!」

 

「いいえ、今はとにかく敵から離脱挙動に。少しでも近づけばあの機体の投網である……ミラーヘッド阻害性能たる、ミラーフィーネの網にかかる」

 

「ミラーフィーネって……それは開発中のはずじゃ……」

 

「わたくしには権限が降りていた。だからこそ、《アルキュミアヴィラーゴ》には搭載して……。ああ、でもどうして……。何故、わたくしは忘れていたと言うのでしょう……」

 

 ピアーナの頬を涙が伝っている。

 

 その理由が不明瞭なまま、ダイキは《シュラウド》を敵の射程圏外へと逃がしていた。

 

「相手はデカブツだから追って来られないのか? それとも、追うまでもねぇってのかよ……!」

 

「後者でしょうね。そして……わたくしはこの局面になるまで……思い出せなかった。全ては意図されていたと言うのに……」

 

「キミは……何で泣いているんだ……?」

 

 当惑するメイアへと、ピアーナは拭えぬ涙を抱え、そして悔恨の先の言葉を口にする。

 

「わたくしは――知っていた! あの人の事を……ずっと前から知っていたのに! 今の今まで記憶に封印が施されていたなんて……!」

 

「艦長! 言っている意味は分からんが、敵を放っておくわけにもいかないはずだ! ……《シュラウド》でもう一回打って出る! その時まで……持ってくれよ……ッ!」

 

 円弧の機動を描き、ダイキは再び敵影へと照準しようとして、ピアーナは堰を切ったように溢れ出す涙の奔流に声を押し殺す。

 

「……何で……どうして……! わたくしが貴方を忘れるなんて……――エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……ッ!」

 

 この世界で唯一湧いた間違いへの抵抗のように、ピアーナは叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いやに静かであった、と言うのは最初の印象でしかない。

 

 だが習い性の感覚は第一射を予見し、その一撃を嚆矢として弾丸の雨嵐が機体へと押し込まれる。

 

「……招かれざる来客、と言うわけか。手痛いとは言え、慣れている歓迎だ」

 

 ヴィクトゥスは機体追従性能を最大まで引き上げるも、先の万華鏡との戦闘で疲弊した《ゴスペル》では平時の三割にも満たない。

 

 ゆえに、機体の機動力を無視して着弾していく誘導ミサイルや砲弾の応酬に、奥歯を噛み締めて耐え忍ぶ。

 

「これがそちらの流儀だと言うのならば……甘んじて受けよう!」

 

 工業地帯を想起させる鉄壁の要塞都市には、秘匿されて配置されたMS部隊が宙を狙い、《ゴスペル》をいくつもの照準警告が留める。

 

「空間加速跳躍……嘗めないでもらおうか!」

 

 弾丸を足掛かりにしての急加速はしかし、《ゴスペル》の装甲板を剥離させる。

 

 修繕が整っていない機体では、長丁場の戦闘は不利であろう。

 

 だからと言って、ここで逃げおおせるほどの意気地なしでは決してない。

 

 腕に格納されたガトリング砲を用いての牽制銃撃と、そして大地に根を張るようにしてこちらにビームライフルを狙い澄ます敵影に、ヴィクトゥスは駆けていた。

 

「――そこだ!」

 

 着地と言うのにはあまりに豪胆。

 

 だが墜落と言うのにはあまりに流麗。

 

 刃を翻し、四方八方からの敵意の眼差しを、直下に配備されていた《レグルス》を盾にして視線を巡らせる。

 

「……隊長機が居るはずだな? どこだ……」

 

 この膠着状態を破るべく、何者かが指揮するはずだ。

 

 果たして――その期は訪れていた。

 

 一機の《レグルス》がハンドサインを送る。

 

 それを嚆矢としてヴィクトゥスは盾にした機体を捨て置き、一拍の逡巡もなく隊長機のバイザーへと刀を投擲する。

 

「悪いな、平時ならば撃ち合いにも応じよう。しかし今は急を要する!」

 

 アイリウムを潰された形の隊長機へとヴィクトゥスは機体をひねって浴びせ蹴りを見舞い、よろけた敵編成へと牽制銃撃で距離を稼ぐ。

 

 しかし《ゴスペル》は近接格闘特化型の機体。

 

 最早、その装甲は限界に到達していた。

 

「……やはり、無理はさせるものではないな。だが、そろそろのはずだ」

 

 折れ曲がった迷宮路地からの容赦ないビームライフルの掃射に、《ゴスペル》は機体各所に傷を作っていた。

 

「――それでも! 折れぬ気概があると知れ!」

 

 袖口より射出させた短刀で《レグルス》の首筋を掻っ切り、ミラーヘッドジェルの蒼い血潮を全身に浴びながら、一路、ヴィクトゥスは目指す。

 

 それは銀盤の地平の中枢であった。

 

「……想定外なのは、この場所があまりにも……似ているという点だ。あの月軌道決戦……忘れもしない、三年前の……。名は、テスタメントベースだったか」

 

 待ち構えていた高出力型《レグルス》の砲門がこちらを狙い澄ました瞬間には、《ゴスペル》に短刀を投げさせ、一時的に敵機の照準機能を奪う。

 

 その刹那には飛びかかり、平時の己ならば思いつきもしない野性を剥き出しにした挙動で並び立つ敵影の首を刈っていた。

 

「脚で薙ぎ払うな、とは、教えられていないのでね」

 

 脚部に格納していた刃を現出させ、ヴィクトゥスは押し進む。

 

 しかし中枢に近づけば近づくほどに、守護隊の防衛網は堅牢に成っていくばかりだ。

 

「……それは何かがあるのだと、教えているようなものだ……!」

 

《ゴスペル》はもう持つまい。

 

 だが、それでも――戦い抜く事に、誉れあれと知れ。

 

「行くぞ……最後の……空間加速跳躍を……!」

 

 超加速度に一瞬で浸った《ゴスペル》が敵影の背後を取っていた。

 

 千載一遇の好機だが、最早愛機には敵へと牙を突き立てるような力さえも残されていない。

 

 それはMS乗りとしては恥の上塗りもいいところの、機体を捨てての特攻であった。

 

 ヴィクトゥスが生身で降り立つなり、起爆スイッチを作動させ、周囲の《レグルス》を巻き添えにしていく。

 

「……さらば、我が刃の一角よ」

 

 目指す場所は一つ――銀盤の中心、逆立つようにして展開する全ての武装もこの付近だけは存在しない。

 

 ヴィクトゥスは直後にかっ血していた。

 

 元々、空間加速跳躍は連続して行使出来るようには設計されていない。

 

「……それでも、よくやったさ。私の誇りだ」

 

 扉は固く閉ざされている。

 

 しかし、その開錠の術は己の手の中にあった。

 

「……フロイライン、全て、分かっていたのか?」

 

 カードキーへと栞を通す。

 

 数十のセキュリティを突破し、白銀の扉の向こう側へと自分を誘っていた。

 

 超加速の激痛を押して、ヴィクトゥスは進む。

 

 滅菌されたような白の空間は、嫌でも死を想起させた。

 

 その死の象徴のような場所に――降り立つ白き服飾の魔が一人。

 

 拳銃を突きつける。

 

 相手は、ゆっくりとこちらへと振り返っていた。

 

「……珍客だな。この場所を知っている者が出て来るとは思わなかった」

 

「それは見解の相違でしょう。そろそろだと、分かっていたはずだ」

 

 白い老爺は、くっくっと喉の奥で嗤う。

 

 久しく他者との交流を果たしていない、掠れ声であった。

 

「それで? 貴様は何をしにここまで来た? まさか、儂を殺すためではあるまい」

 

「時と場合次第では、そちらを優先せざるを得ないかもしれません。私も会うのは初めてだ。偽りの歴史の証人たる、あなたの名は――エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。まさかこの眼で相見えるとは思っても見ない」

 

 その言葉にエーリッヒと呼ばれた老人は力なく返す。

 

「偽りの歴史を編纂してきた儂を嗤いに来たかね? 黒き旋風は」

 

「失礼、もう返上した名前です。今の私は、ただの敗北者(ヴィクトゥス)でしかない」

 

「敗北者とは。ここまで至ったのだ、誇っていい」

 

「長く静かに話していたいものだが、時間もあまりない。――そろそろ偽りの、黒き歴史の証人は真実を告げるべき時ではないのか? エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……いいや」

 

 ここまで自分を導いた栞へと視線を落とす。

 

 そこに刻まれた名前は、ただ一つ。

 

「――ミハエル・ハイデガー。それがあなたの、真実の名前だ」

 

 その名称を紡いだ瞬間に、エーリッヒ――否、ハイデガー老人は瞑目していた。

 

「……待っていた、待ち望んでいた。そうか、ようやくか。彼女が、やったんだな? ピアーナ・リクレンツィア……」

 

「封印されし名前……私でさえ、この符丁がなければあなたの事を一時として憶えていられない……。一体何なのだ、これは。何が起こって……あなたはここに居るのか」

 

 ハイデガーはそっと、自らの記憶の表層を撫でるような、静かな論調で声にしていた。

 

「全てを話す時が、来たのかもしれない」

 

 それは禁じられた、暗黒童話の一幕――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十八章 「想い、彼方の闇を超えて〈フラワー・オブ・アルゴリズム〉」了

 

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