機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第226話「まるで紛い物」

 

 加速度と重圧が世界を押し潰す。

 

 レッドゾーンに沈んだ彼方の中で、ダイキは追従してくる砲弾へとデコイを放っていた。

 

 爆発の光輪が咲く中で、ピアーナの言葉が突き立つ。

 

「あの人は……! わたくしはあの人を……知っているはずでしたのに……! 何で……どうして今まで……!」

 

 その懺悔を聞いているような余裕もない。

 

《シュラウド》に急制動をかけさせて追尾弾幕を振り切ってから、ダイキは敵の本体へと視線を投じる。

 

「……デカい、鯨みたいな形状の奴だな……。あれが艦長の言っていた……」

 

「魔獣……だって? でもあんなの……MAとかじゃないのか?」

 

 言葉尻を引き継いだメイアの問いかけにピアーナはさめざめと泣くばかりだ。

 

「……艦長を落ち着かせてくれ。俺は……! 出来るだけ射程圏外へと逃れる! ここまで来たって言うのに、あれは……!」

 

 拡大化されたその視野の中に、大地に根を張る異形の心臓部を見据える。

 

 識別信号は臓腑をこう認識していた。

 

 ――MF06、と。

 

「……まさか、あれが三年前のMF06? ……嘘だろ、破壊されたはずじゃ……!」

 

「そんな容易いもんじゃなかったって事なんだろうけれど……それにしたってあれは? 《サードアルタイル》じゃないのか?」

 

「何? ……次から次へとどうなってんだ!」

 

《サードアルタイル》を含んだ連隊は赤い皮膜の向こう側で大地に縛り付けられていた。

 

「聖獣の力でも突破出来ないのか……。魔獣って言うのは何なんだ?」

 

「……正式名称、IMF02、《ティルヴィング》……。彼の者達が……造り上げたこの世ならざる獣の……名前」

 

 ピアーナは己の中に残存したデータを照合しているようであった。

 

 彼女が手を払うと《シュラウド》のポップアップディスプレイに機体識別が振られていく。

 

「……IMF……? そんなの初めて聞いたぞ……」

 

「わたくしにもたらされたのが、つい先刻の事です。知らぬのも無理からぬ事……。ですが、もう実戦投入レベルだとは……。お気を付けください、クラビア中尉。あれの所有権を持っているのは、統合機構軍のはずです」

 

「統合機構軍の? ……エンデュランス・フラクタル本社と根っこでは繋がっているってわけですか」

 

「……それだけならばまだいいのですが……。最悪の想定を浮かべるとするのならば、IMF系列は既に……量産化され系列化されている可能性でさえも……」

 

 そこでピアーナは額を抑えて疼痛に呻く。

 

「……まだ無茶出来ないんでしょう! 艦長、一個だけ教えてください。……IMFとやらに攻撃して、いいんですよね?」

 

 敵ならば撃つ事に何の躊躇いもない。

 

 しかし、ピアーナは頭を振っていた。

 

「駄目です、駄目……。今の我々では、あの機体に勝てない……」

 

「勝てる勝てない理論は前線の兵士の分類です。一発でも喰らわせないと腹の虫が収まんないんですよ……! 狙います……!」

 

 照準器の向こうで《ティルヴィング》が咆哮する。

 

 赤い皮膜が拡張し、ビームライフルの先端にかかった瞬間には、システムがダウンしていた。

 

「……何だ? 照準システムが沈黙……? おいおい、何だって今……!」

 

「《ティルヴィング》の権能でしょう……。背中の翼と、肋骨部位から散布している赤い粒子皮膜……。あれは恐らく……ミラーフィーネです」

 

「ミラーフィーネって……まだ実用段階だって言う、ミラーヘッド減殺の技術なんじゃ……」

 

「既に先行実用化は成されています。ですが、まさかIMFに組み込むとは……。クラビア中尉、適切な距離を。あの機体に呑まれれば、それだけで沈みます」

 

 ダイキは《シュラウド》に飛び退らせ、《ティルヴィング》の巨体から距離を稼ぐ。

 

 その段になってようやくビームライフルのシステムが復旧するが、射程外となっていた。

 

「……射程圏内じゃ、あいつは無敵だって言うんですか!」

 

「……少なくとも今は……。超長距離ライフルでもない限り、あの魔獣に傷一つ付けられはしないでしょうね……。《シュラウド》の性能は近接格闘寄りです。このまま牽制を続けていても、損耗するのはわたくし達でしょう」

 

「じゃあ逃げろって言うんですか! 冗談……!」

 

 向き直った《シュラウド》はミラーヘッドオーダーを受諾していた。

 

『オーダーを受理。《ネクロレヴォル改修機》によるミラーヘッドシステムの実行を開始します』

 

「いけません……! 中尉! ミラーフィーネの前では、ミラーヘッドに類する兵装は全て無為なのです……!」

 

「それは先ほど説明していただいたから分かっていますよ。何も特攻を仕掛けようってわけじゃない。ただ……相手の注意を削ぐのには、これが有効でしょう。ミラーヘッドシステム実行! コード“マヌエル”とやら……俺に従え……ッ!」

 

 段階加速を経た《シュラウド》が向かったのは赤い粒子皮膜に覆われた先に居る《サードアルタイル》であった。

 

「第三の聖獣よ! お前が聖なる獣を戴くって言うんなら、これくらいは耐えてみせろよな! 《シュラウド》、全方位照準!」

 

 両翼に携えたミラーヘッドの分身体が一斉に《サードアルタイル》を狙い澄ます。

 

「今の《サードアルタイル》は無効化されているんだ! 死に体を叩くって?」

 

 メイアの喚く声にダイキは乾いた唇を舐める。

 

「……安心しやがれ。そんなつもりは……毛頭ねぇッ! 《サードアルタイル》の性能とやらを、信じさせてもらうだけだ!」

 

 トリガーが絞られ、放たれた一斉掃射に対し、《サードアルタイル》の行った事は少ない。

 

 ただの――自動迎撃だ。

 

 その機能が生きているかどうかの賭けであったが、自動迎撃システムであるパーティクルビットの性能が一方的に封じられているはずもない。

 

 何よりも、これまで《サードアルタイル》の戦歴を目にしてきたのならば分かる。

 

 一定方向からの攻撃を反射してみせるパーティクルビットのシステムがこの程度でダウンするはずがない。

 

 もし仮に沈黙しているとすれば、それは別の理由によってのみであり――目の前の《ティルヴィング》のミラーフィーネの影響に非ず。

 

 想定していた通り、パーティクルビットが内側から形成され、こちらの掃射したビーム兵装を飲み込むのと同時に、虹色の波は赤い皮膜を一部分とは言え、覆い返していた。

 

「……盤面が覆る……!」

 

 一部とは言え、ミラーフィーネを無効化した穴へと《シュラウド》を加速させて突っ込ませる。

 

 ダイキは接触回線のワイヤーシステムを《サードアルタイル》に接続させていた。

 

「達す! 《サードアルタイル》のパーティクルビットはこの状況下でも有効である事が示された! そちらの本意は不明だが、このまま敵不明機……IMF02とやらに与していいはずもない! どうか俺が活路を開くのを援護して欲しい! いいな?」

 

『……この声……ダイキ?』

 

 想定外の声が後方の艦艇より発せられ、ダイキは戸惑う。

 

「……嘘だろう。こんな時に……カトリナが居るのか?」

 

『こちら《サードアルタイル》パイロット……パーティクルビットの自動迎撃システムを利用しての内側からの赤い皮膜の破壊、見事であったと……』

 

 ノイズ塗れの声が返答され、ダイキは《シュラウド》を《サードアルタイル》の至近につける。

 

「世辞はいい。今は……あの化け物をどうにかしねぇとな。他の兵装は無理らしい。だが《サードアルタイル》のパーティクルビットは凡百なミラーヘッドの武装とは違うはずだ。パーティクルビットで友軍機を押し包み、そのまま一旦離脱。それが一番賢い策だと思うぜ」

 

『……了解した。パーティクルビットを散布し、この状況下から一時離脱する。……それにしても、よく信じられたな』

 

「信じたのは後にも先にもリクレンツィア艦長の手腕だけさ。俺は、戦場で生き残る術だけを講じる賢しいだけの男だよ」

 

「わ、わたくし……?」

 

「いけないですか? 俺は……殉ずると決めた相手にはとことんのイノシシ頭のダイキ・クラビア! ……ここで一発、決めさせてください」

 

 その言葉に浮かんだ懇願に、ピアーナは白磁の頬を僅かに紅潮させて、そっぽを向く。

 

「……勝手になさい」

 

「じゃあ勝手にさせていただきます! オフィーリア、だったか? 確か! それとブリギット級! これより《サードアルタイル》によるパーティクルビットの眩惑で一時撤退してくれ! この赤い粒子皮膜の中じゃ、ミラーヘッドに類する武装は全部無効らしい! 俺の言葉を信じるかどうかはそっちの勝手だが、生き残れる確率の高いほうに懸けてくれ!」

 

 ダイキはパーティクルビットの虹の皮膜が拡散する中で、大地に這いつくばった機体群が少しずつ性能を取り戻していくのを眼下に入れていた。

 

「……訪れてみれば、その矢先に《ティルヴィング》が居たって言うんじゃ、そりゃ回避も難しいわな。とにかく、作戦を講じるしかねぇ。このままただ闇雲に突っ込んだって、何にも好転なんざ……おい、何だ、あの機体……」

 

 パーティクルビットの皮膜の内側で、ようやく立ち上がり始めた機体の内、鉤爪を有する一機がその掌底に黒白の光弾を生成し、《ティルヴィング》へと立ち向かおうとする。

 

「おい! そこの鉤爪の機体の! 何を考えてるんだか知らねぇが、今は無理だ! 撤退しろ! 幸いにして、相手方も《サードアルタイル》の兵装までは考慮に入れていないんだ!」

 

 ダイキの必死の訴えかけに、鉤爪の機体のパイロットの声が滲む。

 

『……ふざ、けるな……! 俺は……! 俺はこんなところで、膝をつくためにここまで来たんじゃない……! 全てを無効化するのだと言うのならば……! この一撃も無力化出来るか!』

 

「何、ハイになってんだよ……! 今は頭に血が上ったほうが負けだってのが分かんないのか?」

 

 鉤爪の機体の背後で、白銀の騎士の機体も起き上がり、両肩を拡張させていた。

 

『……クラード……。こっちでミラーフィーネを……展開する。もしかしたら一撃の補助になるかもしれねぇ……。頼んだぜ……』

 

『ああ……任された……』

 

「あれはわたくしの《アルキュミアヴィラーゴ》……! ならば乗っているのは……アルベルト様?」

 

「ああ、もうっ! 何が起こっていやがるんだ! それに! 人の気も知らないで命令無視のことごとく……! 俺だからまだ許してやってるんだぞ!」

 

 他の機体を下がらせ、ダイキは前線へと赴いていた。

 

「今ならば撤退出来る! 何でそれが分からない! ……パーティクルビットの中に包まれていれば、少なくとも被弾の可能性も低い! ……おい、前の二機に言ってんだ! 聞いてんのか!」

 

『……聞いて……やったっていいが……ここで俺が何もせず……ただ帰投するのだけは……あってはならない……。カトリナ・シンジョウに……誓ってきた……』

 

「カトリナに? ……あんた、その声……そう言えばどこかで……」

 

『……下がれ。《ダーレッドガンダム》の一撃であの機体を沈ませる……。その後は任せた……』

 

《ダーレッドガンダム》の照合を与えられた機体が黒白の弾丸を突き出し、前へと足を進める。

 

「……信じられねぇ……。パーティクルビットの守りを得ずに……魔獣に立ち向かうってのかよ……」

 

 その後方で蒼いミラーフィーネの輝きを放つ《アルキュミアヴィラーゴ》が付き従い、まるで長旅を共にしてきた盟友のように、その足並みを削がせない。

 

「……駄目です、アルベルト様……! 《アルキュミアヴィラーゴ》の兵装は、そこまで強くないのです……! 今の状態では……《ティルヴィング》の射程圏内に入る前に……」

 

 そこでピアーナは言葉を切り、胸元を掻き毟る。

 

 異常事態にメイアが声を上げていた。

 

「どうしたんだ? もしかして……何か異常でも……!」

 

「いえ……何でも……。《アルキュミアヴィラーゴ》は……わたくしの半身も同然。機体損耗ダメージフィードバックくらいは……覚悟の上……」

 

 息を切らせるピアーナに、ダイキは歯を食いしばっていた。

 

「……何だよ、それ。結局リクレンツィア艦長がしんどい目に遭ってるじゃねぇか……」

 

「……中尉?」

 

「キミは……」

 

 ダイキは《シュラウド》に加速をかけさせる。

 

 パーティクルビットの追従速度限界まで振り絞った急加速で《ダーレッドガンダム》の眼前へと躍り出ていた。

 

『……何者――』

 

「――すまん!」

 

 謝罪の声と共に《シュラウド》の拳で《ダーレッドガンダム》の頭蓋を揺さぶる。

 

「何を! クラビア中尉!」

 

「……だからすまんって言ったでしょうが。こいつらの覚悟は本物なのは分かります。ですがここで死なせるわけにもいきません。……よって、俺がヨゴレを引き受けます。……艦長、すいませんがいい一発を喰らわせないと止まりそうにないので、暫し我慢してください……!」

 

『てめぇ! クラードをよくも……!』

 

 ビームジャベリンを振るおうとした《アルキュミアヴィラーゴ》へと、即座に下段からビームサーベルを抜刀し、二の太刀で両腕を斬り落とす。

 

『……この実力……!』

 

「分かってくれればそれでよし。分かってくれないのならば……押し通る……!」

 

《シュラウド》がバーニアを噴かせて《ダーレッドガンダム》を抱え、《アルキュミアヴィラーゴ》へと接触回線を弾けさせていた。

 

「……今は無理だ。どれだけ意地があろうが、こればっかりはな。……そっちだって実のところは分かってるんだろう? このまま無理に前に進んだって、待っているのは破滅だって事くらいは」

 

『……あんた……』

 

「ダイキ、だ。ダイキ・クラビア。別に憶えてもらわなくったって結構だが、こっちも根無し草なもんでね。……悪いが呉越同舟、オフィーリアに間借りさせてもらうぜ」

 

《サードアルタイル》の虹の拡散皮膜がようやくミラーフィーネを押し返し、大半の機体がオフィーリアとブリギットへと帰還した形となる。

 

 ダイキは管制室へと直通をかけて声を弾けさせていた。

 

「オフィーリアへ! このまま艦を百八十度回頭! 《サードアルタイル》のパーティクルビットで守ってもらいつつ、相手の射程圏外へと出る! 相違ないな?」

 

『こちらオフィーリア艦長、レミア・フロイトです。……驚いたわね。まさか、クラビア中尉?』

 

 返答の声の馴染みに、ダイキも眼を見開く。

 

「……レミア・フロイト艦長……? ……ったく、何だってんだ。因果の一つや二つ……いや、今はそんな場合でもないでしょう。フロイト艦長だって言うんなら話は早い。艦の足で敵から離脱自体は難しくないはずでしょう?」

 

『アステロイドジェネレーターが一部機能不全を起こしているのよ。……この鈍足じゃ、あの巨体にでも追いつかれるわ……』

 

「何だってそんな事が……! ……ああ、いや、分かっていないわけじゃないんです。ただ……飲み込むのには、いささか時間の要るって言うのによ……!」

 

 ダイキは機体を対峙させる。

 

《ティルヴィング》はあまりに遅いが、それでもこちらを追い詰めるべく――動いているのが窺えた。

 

「……まさか馬鹿デカイ敵を相手に、立ち回りなんて思いも寄りませんっての。少し時間を稼ぎます。パーティクルビットがあれば、その射程圏内ならミラーヘッドに類する兵装も使えるでしょう。出来れば援護砲撃をもらえればバッチリですよ」

 

『……クラビア中尉……何を……』

 

「俺なりの恩返しです……ッ! リクレンツィア艦長、それにメイア・メイリス。ちぃと無理な機動をしますが、出来ればコックピットの中では吐かないでもらえるとありがたい……!」

 

「……クラビア中尉……」

 

 ピアーナの切なさに塗れた黄金の瞳に、ダイキは軽口を返す。

 

「……そんな眼で見ないでくださいよ。俺だって嫌なんですから。ただ……リクレンツィア艦長も生かす。他の連中も同様に、ってなると、無茶になるもんなんです。男ってのはいつだって、少し気負ったくらいがちょうどいい」

 

 抜刀したビームサーベルを逆手に握り締め、もう一方の手で新たにビームサーベルを発振させる。

 

「格闘戦は不利なんじゃ……!」

 

「それも普通の話。……俺は今から、普通じゃない事をする。頼みます、リクレンツィア艦長、それにフロイト艦長も。……俺を導いてください」

 

 相手の返答を待つ前に《シュラウド》へと急加速をかける。

 

 パーティクルビットを纏っているとは言え、その射程圏外に一瞬でも出ればミラーヘッドの叡智で成り立った兵装は役に立たない。

 

 なればこそ――己の牙を研ぎ澄まし、そして巨獣へと喰いかかれ。

 

 血の一滴になるまで敵を屠るためだけの野性を剥き出しにして、誅殺せよ。

 

 ビームサーベルの切っ先が《ティルヴィング》の放った赤い砲弾を斬り裂くなり、質量バランスが崩れて機体制御に異常を来す。

 

「……超質量の砲弾ってわけか。確かに、一歩一歩が小さい魔獣ならではの――なまくら戦法ってわけかよ!」

 

 瞬時にサーベルを持ち替えて、逆手にした腕に比重を置く。

 

 ビームサーベルを安直に構えない理由は、わざと質量比を崩すため。

 

 粒子束が形成され、そして刃の形状を成すだけでも、それ相応の質量変動が起きる。

 

 その一瞬の変動値をアイリウムバランサーに学習させ、沈みゆく機体を立て直す。

 

「これが俺流だ……! 喰らい知りやがれ……!」

 

 パーティクルビットの粒子が見る見るうちに剥がれていく。

 

 既に《サードアルタイル》の射程圏ギリギリだ。

 

 しかしここまでやれば、相手も必死の構えである。

 

 無数の赤いアイカメラが睥睨し、砲弾が弧を描いて《シュラウド》へと突き刺さらんとする。

 

「舌ぁ、噛まないでください……! 行きますよ……ッ!」

 

 機体をバレルロールさせ、その反動でミラーフィーネの粒子がかかるのを防ぐ。

 

 躍り上がった機体の中枢に重心バランスを置き、両腕を開くと同時に斬撃を浴びせていた。

 

 魔獣の皮膚はだが、まるで破れる気配もない。

 

 十字の刃を見舞ったと言うのに、ダメージは想定以下であった。

 

「……まぁ、こんなもんか。ったく、デカい口を叩いた割には、俺はこんなもんだったって事ですかね。……もう一発、浴びせてから、帰投ルートに入ります。再三言いますが、コックピットでゲロらないようにしてください。急上昇でメインカメラを狙います……ッ!」

 

 急減速からの、上昇は専用のパイロットスーツを身に纏っているダイキにしても臓腑を押し潰される感覚に陥るほどだ。

 

 生身に近いメイアとピアーナは地獄のような加速度だろう。

 

 機体をきりもみさせて雲を裂き、その果てにある《ティルヴィング》の頭上へと《シュラウド》は至っていた。

 

 果たして――魔獣の頭蓋はまるでムカデのそれにも似て――。

 

「……本当に魔の獣って感じだな。魔獣討伐……赴かせてもらう……って言いたいところだが……俺も限界……。唐竹割りにて――御免ッ!」

 

 大上段に掲げたビームサーベルによる一振りが《ティルヴィング》の頭蓋を切り裂く。

 

 無論、大したダメージではないのは理解しているが、それでも喰らいかかったのは己の信念を貫き通すためでもある。

 

 呼気一閃と共に急下降に打って出た《シュラウド》はミラーフィーネの赤い皮膜の網にかかる前に、制動をかけて僅かに上昇し、パーティクルビットの保護下に至っていた。

 

 津波のように向かってくるミラーフィーネの呪詛からは命からがら逃れた事になる。

 

「……いやはや、危ないところだった。ご無事で……リクレンツィアか――」

 

 その二言目をピアーナの拳がヘルメットを殴りつけて遮る。

 

「馬鹿ですか! 貴方は! ……あんな真似をして……パイロットである貴方の身に……何かあれば……!」

 

「あれ……ちょっと意外……。艦長、俺の事、心配してくれてるんで?」

 

「それは……! あ、当たり前でしょう! わたくしの事を信用しての機動は分かりますからね……!」

 

 ふんと鼻を鳴らしたピアーナに、メイアと視線を交わし合って微笑み合う。

 

「な、何ですか! メイア・メイリス! それにクラビア中尉! 貴方方は本当に……いつだって無茶無謀を……!」

 

「はいはい。今は……艦長の小言も嬉しいくらいですよ。……生き残ったって感慨があるってもんです」

 

「まぁね。……それにしたって病み上がりに今の急加速は堪えたなぁ」

 

「ゲロ吐いて気ぃ失うかと思ったが……案外タフじゃんか」

 

「これでもマグナマトリクス社のエージェントなんでね。この程度の加速、朝飯前……うっぷ……」

 

「おいおい、その朝飯を吐かないでくれよ。ここまでお膳立てしておいたんだからな」

 

「貴方達は! 緊張と言うのがないのですか!」

 

 ピアーナの喧噪も今はありがたい。生きている証明になる。

 

「……ああ、でも面倒を抱え込んじまったな。カトリナに、それにフロイト艦長……。多分居ると思うけれど、サワシロ大尉も、か。……俺って女運悪いのかもしれねぇな」

 

「今さらじゃんか。ピアーナみたいなのを好きになったんだから、覚悟しなよ」

 

「……だな。んじゃまぁ、お邪魔しますかね。ベアトリーチェ級戦艦、オフィーリアへと」

 

「聞いているんですの! 二人とも!」

 

 ピアーナの怒声はまだ収まりそうにない。

 

 その言葉を聞き入れつつ、《シュラウド》は開かれた格納デッキへと歩み出していた。

 

 何が起こるのかはまるで未知数であったが、それでも今は――前に進むしかなかった。

 

 

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