機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第227話「姫と騎士」

 

 感情は昏く沈んでいる。

 

 意識は波の如く、砂浜を行き来していた。

 

 そうだ、と面を上げる。

 

「……ここは……」

 

 白い砂浜。

 

 赤く弾ける波打ち際。

 

 空を仰げば、まるで世界の終わりの様相を呈している。

 

 赤と灰色の雲に抱かれた天球の胎方の中で、自分はゆったりと呼吸していた。

 

「……そうだ、私は……。あの後……ネオジャンヌ崩壊の後に……《エクエス》に導かれて……」

 

 立ち上がる。

 

 世界を俯瞰している間さえも惜しいはずだ。

 

「どこへ……どこへ行ったの! ファム! 私の女神……!」

 

 砂浜を駆け出した直後には、何かに躓いて倒れ伏す。

 

「痛った……。これ、何……」

 

 躓いたのは、白骨の――人間の遺骸であった。

 

 思わず悲鳴を上げて後ずさる。

 

「なに……何なのよ……これは……」

 

 骸が起き上がる。

 

 白い砂を全身から血潮のように滑らせた骸は一つや二つではない。

 

 幾百の死が、自分を捉えようと動き出していた。

 

「いや……っ、いやぁ……っ!」

 

 走り出してから、気付く。

 

 自分が絢爛豪華なドレスを纏っているのではなく、華奢なワンピース一枚である事に。

 

 そして、手入れを欠かさなかった髪も爪も、全てが枯れ果てたように生気を失っている。

 

「……私は……なに……」

 

 直後、赤い海面が上昇する。

 

 その血のような色相を纏って顕現したのは、漆黒の鯨のような存在であった。

 

 亀裂が走り、無数の眼球が自分を見据える。

 

 思わず尻餅をついたところで、砂浜の下から腕が伸びていた。

 

「いや……っ! なに……何だって言うのよぉ……っ! 私が何をしたって……――!」

 

『――キルシー……。君を……護る……よ……』

 

 切れ切れの声の主へと、彼女は――キルシーはようやく自我を伴わせて視線を投じる。

 

 地面の下から腕を取ったのは、半面が削がれたガヴィリアの頭蓋であった。

 

 途端、夢の皮膜は消え失せ、暗黒へと残響したのは叫びだ。

 

 赤い海も、骨を想起させるような白の砂浜も消滅する。

 

 その代わりに、とくん、とくんと脈動する小さな明かりを感覚していた。

 

「……あれは……私は……どうなったって言うの……」

 

 手を伸ばす。

 

 その途端、激痛と共に皮膚が剥がれていた。

 

 赤い血さえも迸らない。

 

 枯れ尽くした自分の腕は骨が覗いていた。

 

「だれか……だれか……きて……。ここはこわい……ここは……いやぁ……っ」

 

 見る見るうちに自分の身から装飾も、煌びやかなかんばせも消える。

 

 残ったのは、ただ腐った臭いを放つ臓腑と、そして骨格ばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――IMF02、敵をロスト。やはり、使い手ですね。《サードアルタイル》の武装ならば、こちらのミラーフィーネが通用しないと一瞬で看破するなんて」

 

 無数のモニター画面よりもたらされるIMF02のシグナルに、ふむと一拍の思案を差し挟む。

 

「少しばかり、逸ったのかもしれませんな。クロックワークス社代表取締役様」

 

 恭しく頭を垂れたこちらに、肥え太った重役は返答する。

 

「やはり……使えないのではないかね? IMF……イミテーションモビルフォートレスの投入は」

 

「IMF02はこれから先のスタンダードになりますよ。フラッグシップ機としてのテストは順調ですし、このまま行けば改良点もさほど多くありますまい。エンデュランス・フラクタルより出向している私としては結果がすぐに見れてお互いにウィンウィン……よろしい事ではありませんか」

 

「それは死の商人の言葉繰りだぞ。――エンデュランス・フラクタル営業部長、タジマ、だったか」

 

 タジマは眼鏡のブリッジを上げて首肯する。

 

「あなた方はどうしても我々の技術が欲しい。我々としてもいきなり本懐を遂げるのは難しい以上、一度テストタイプを通すのが相応しい流れでしょう。なに、心配は要りません。聖獣の力の一端に触れれば誰でも及び腰になる。恐々と運用するのは別に恥ではありませんよ」

 

「恥など……思ってはいない」

 

 重役はしかし、タジマの物言いにも引っかかるものを感じていた。

 

 イミテーションモビルフォートレス――魔獣の開発が推し進められて早半年。エンデュランス・フラクタルは《ネクロレヴォル》の運用で一日の長があると言うのに、統合機構軍全体の足並みを揃える事を提案してきた。

 

 その結実した代物こそが、クロックワークス社のこれまで優位に立っていたミラーヘッドジャマー技術の発展運用たるミラーフィーネ。

 

 これはまさに、聖獣と正反対の「ヒトが駆る」魔獣の力に相応しい。

 

「それにしたところで、《ティルヴィング》の内蔵アステロイドジェネレーターはやはり熱暴走を引き起こしています。この大きさでなければ《ティルヴィング》はメルトダウンを引き起こし、収縮爆発で自滅している事でしょう」

 

 オペレーターの一人にそう言葉を振ったタジマは部下の肩を叩く。

 

 ひっと短い悲鳴を上げた女性オペレーターはタジマの営業スマイルを向けられて声を震わせていた。

 

「な、何か……」

 

 タジマは営業スマイルを崩さずに尋ねる。

 

「《ティルヴィング》に“搭載”されているパイロットのバイタルは如何です?」

 

「に、二名のバイタル、脳波……共鳴領域で安定……。《ティルヴィング》の運用は……つつがなく……」

 

「よろしい。しかし、クロックワークス社として見ればMAのノウハウを活かしてくださった事、感謝しているのですよ。ミラーヘッドジャマーだけではこれから先の戦場を席巻は出来ない、それは共通認識であったようで」

 

「……タジマ、そちらの要求するスペックは達成出来ているはずだ。あとは、ノルマの話だろう」

 

「ええ、もちろん。商売においてノルマ達成は悲願ですからね。《ティルヴィング》の初陣として、第三の聖獣を狩り、オフィーリアを轟沈させる――最終目的さえ変わらなければ構いません」

 

「分からんのはそれもある。第三の聖獣は一度、そちらの保有するベアトリーチェ級戦艦たるモルガンが鹵獲したと言う情報が入っていたが」

 

「聖獣なのです。首輪をつけても機能するかどうかは賭けの一言。やはり、と言うべきでしょうか。首輪は正常に機能しなかった」

 

 それでさえも予定調和だと言うようなタジマの論調に、重役は唾を飲み下す。

 

 ――この男は悪辣の徒だ。

 

 しかし、誰もが恐れていながら、その表層にさえも触れられないのは、彼が自らの残虐非道な行いを全て隠蔽し、その末に現状の安寧があるのだと理解しているからだろう。

 

 タジマを糾弾すれば、同じ指先で、同じ口で自分達も裁かれる。

 

 それが誰よりもこの場で雄弁に理解出来ているからこそ、重役は彼を縛れなかった。

 

「……一つ聞きたいのだが、エンデュランス・フラクタル保有機としてではなく、我が社の保有に調印したのは理由が?」

 

「開発にあれだけ協力していただいたのです。契約上、クロックワークス社の最大戦力としたのは当然でしょう?」

 

 それも詭弁だ、と言い返せればよかったが、ここで蛮勇は死を意味する。

 

「……第六の聖獣の心臓……回収はよかったのかね」

 

「もちろん、聖獣の心臓は我が方が手に入れなければいけません。が、最終勝利者さえ変わらなければよろしいでしょう。聖獣の心臓をオフィーリア側も狙っているからこそ、この餌に食いついたのでしょうから」

 

「《ティルヴィング》、第六の聖獣の心臓から一時離脱します。このままではミラーフィーネの運用に支障を来すのと……それに第六の聖獣の心臓より、今も溢れ返りかねない……これは……」

 

 モニターされているのは渦を巻いて砲撃の形態を取った第六の聖獣の心臓の内側から迸る黒々とした液体であった。

 

 その液体は大地に触れるなり、物質を昇華させて異次元へと飲み込んでいく。

 

「……あれも、広義のダレトだと?」

 

「ええ。やはり仮説通り、聖獣の心臓部はダレトに通じている。否、全てのミラーヘッドの産物は、大小多かれ少なかれやはり、ダレトをその身に宿しているのです。アステロイドジェネレーター炉心のエネルギーの大元、全ての始まり――ミラーヘッドシステムの根源はやはり、ダレトよりもたらされる力……“存在力”とでも言うべき代物でしょう」

 

「存在力、か……。我々は知らぬうちに、ダレトに触れていたのだと……」

 

「全ては十六年前に決していたのですよ。“夏への扉事変”、あの時……月のダレトが開き、世界が様変わりしたあの瞬間に。この来英歴は辿るべくして運命を辿っている。全てはダレトの向こう側へと至るための前準備に過ぎない」

 

 タジマの語る禁忌への誘因が恐ろしいのもあれば、彼はそれをビジネストークの一環として用いているのも狂気の産物だ。

 

 まるで前準備とは――その先に何かがあるかのような言い草ではないか。

 

「……失礼ながら、エンデュランス・フラクタルとして見れば、魔獣の存在そのものがスキャンダルのはず。いいのか? 野に放ったようなものだが」

 

「魔獣を飼い殺しにしてどうするのです。ヒトが使う獣なのですから、使わなければどれほど崇高な理念を有していても、あるいはどれほど蛇の道を辿っていたとしても意味がありますまい。あれは使ってこそ意義があるのです」

 

 魔獣は放たれるべくして放たれたと言う事か。

 

 しかし、疑問は残る。

 

「……タジマ営業部長、あなたはダレトを何だと考えている?」

 

「これは、まるで説法ですな。ですが、お答えしましょう。ビジネスとして有用な関係性を結んでいるのですから。ダレトは扉に過ぎない、その先に待つものこそ、我々来英歴の至るべき未来そのものであると」

 

「……来英歴の未来、か。それがあの空の大虚ろに懸かっているとは」

 

「今さらの論法でしょう? 思考拡張、ライドマトリクサー、そして今日に至るまで全てのミラーヘッド事業と兵器の開発、戦争の技術はあの大虚ろよりもたらされた叡智なのです。我々はこの世界を転がす視点を持った人類、ならば叡智は開かれるためにある」

 

 タジマは満足そうな笑みを浮かべつつ、管制室を後にする。

 

 残された重役は額を押さえて、頭を振っていた。

 

「……叡智、か。しかし間違った叡智は、禁術のそれと紙一重だ」

 

「《ティルヴィング》より、反射を確認。認識阻害の一つかと考えます」

 

「姫と騎士には“夢”を見させておけ。消える事のない、夢の世界を、な」

 

「了解。精神点滴七番、“ジュークボックス”を注入。……安定域へ。思考脳波、内蔵心拍共にフラットの領域です」

 

「モニターは続けろ。だが、聖獣の心臓には近づくな。最接近するとすれば、オフィーリアが持ち直した時だろうが……まさか、驚いたな。《サードアルタイル》のパーティクルビットでMSを包み込んで一時離脱とは。優れた軍師でも居るかのようだ」

 

 いや、そもそもエンデュランス・フラクタルの制御下を離れた《サードアルタイル》を今一度作戦に組み込むと言う豪胆さがなければ、あのままミラーフィーネに呑まれた機体は確実に潰せていたはず。

 

「……転がり出した石とは言え、それを止めるのは人の意思、か。魔獣《ティルヴィング》……果たしてその大いなる力はどう我ら人界に影響をもたらすと言うのか……」

 

 勘繰りを続けていたところで仕方はない。

 

 重役はオペレーター達へと命令を振っていた。

 

「……引き続き、《ティルヴィング》の信号を受信。接近する敵影があればすぐさま自動迎撃を走らせよ。あれに容易く近づく、と言うのは現行の兵器ではないだろうが、先にモニターされた《ネクロレヴォル》の改修機もある」

 

「シーン06の272秒間だけですが、《ティルヴィング》の機体追従性を上回った、と言う報告が上がっています。MSが瞬時に《ティルヴィング》の脆弱性を突けると言うのはデータにはありませんでした」

 

「それも当然、か。あれほどの巨躯を前にしてよく立ち向かったものだ。……騎士の栄光があるとすれば、ああいう者にこそ輝くのだろうな。魔獣に立ち向かう騎士はしかし、物語の終末においてはろくな死に方をしないものだ。大抵、牙に毒を持っている魔獣にとっては、な」

 

「オフィーリア追撃に我が方の機体を向かわせますか?」

 

「よせ、藪蛇になるだけだ。まだ《ティルヴィング》が我が方の機体だと露呈していない以上、要らぬ詮索を進めるような真似だけはよしておけ。……タジマはああ言ってはいたが、我々の事などトカゲの尻尾切り程度にしか思っていないだろう。統合機構軍で、何が足並みを合わせる時、だ、死の商人め」

 

 だがタジマ含むエンデュランス・フラクタルの面々のデータがなければ《ティルヴィング》は完成さえもしなかっただろう。

 

 その最後のピースを埋めたのが、完全に偶然の産物であったのは笑えもしないが。

 

「姫と騎士に不明瞭な動きがあればすぐに連絡を寄越せ。わたしは一度、会議に出なければいけない」

 

「了解しました。《ティルヴィング》、内蔵アステロイドジェネレーターの温度が急上昇。冷却水と排熱、電荷に入ります」

 

「頼んだぞ。あのデカブツとは言え、繊細なんだ。少しでも異常があれば報告するように。以上」

 

 扉を潜り、重役は切り詰めた空気からようやく抜け出していた。

 

 魔獣の心拍、そして脳波を常にモニターし続ける地獄のような領域から逃れたとは言え、それでも面倒は付き纏う。

 

 ネクタイを緩め、それにしても、とひとりごちていた。

 

「こんな世界の場末に至っても会議とは。……わたしは憂鬱だよ」

 

 

 

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