敵対するべきではない、と判定していても身体は自ずと動くものだ。
アルベルトは《アルキュミアヴィラーゴ》のコックピットブロックより駆け下りるなり、《ネクロレヴォル》の改修機と向かい合っていた。
「……サルトルさん。出て来た奴への対処はオレに任せて欲しい」
「だがお前……相手は何者なのかも分からんのだぞ……」
「敵じゃねぇ、とは思いたいがな。今、クラードの状態は?」
「……芳しくないな。あの赤い光の波に捕らわれた直後から意識レベルが急速に低下した、とある。データ、見るか?」
リアルタイムデータを差し出そうとしたサルトルを、アルベルトは制していた。
「いや、大丈夫だ。生きているんだな?」
「それも、辛うじてって感じだな。あのままじゃ、抵抗も出来ず死んでもおかしくなかった。それを……何とかこの状態まで持ち直したのも奴さんだって言うんじゃ、穏やかじゃないさ」
《ネクロレヴォル改修機》はクラードを助けたように映ったが、それも一時の判断だと言えばその通りかもしれない。
アルベルトは整備班と共に前に歩み出ていた。
「……アルベルトさん……あれって……」
「シャル……? 来んな! ……相手の状態も何もかも分からん」
背後にかかったシャルティアの声にアルベルトは張り詰めた面持ちのまま、拳銃の弾倉を込めていた。
いつでも撃てる覚悟はあるつもりだ。
詰めた息に、機体のコックピットブロックが開放される。
《ネクロレヴォル》と同系統の機体のため、頭部コックピットの方式を踏襲した相手が挙動する前に、と拳銃を構えたアルベルトと整備班は、直後に接続された意想外の声を聞いていた。
『……まったく! どれだけ言えば分かるのですか! クラビア中尉、反省するように』
『へいへい、艦長は小うるさいんですから。生き残っただけでも御の字でしょ』
『そういう態度だから……!』
「……嘘……だろ、ピアーナ……?」
コックピットより立ち現れたのは自分をモルガンより逃がした服飾のままのピアーナであった。
彼女に付随してパイロットがヘルメットを脱ぐ。
警戒心を走らせた自分達へとタラップの上で声が弾けていた。
「……ダイキ……? やっぱり、何で……」
「カトリナ……さん? ダイキって……まさか……」
「やっぱり、カトリナだったか。って言う事はここはオフィーリアで間違いないんだな?」
ダイキと呼ばれたパイロットがカトリナを認めて周囲を見渡したその時には、配置していた整備班が一斉にアサルトライフルの銃口を据えている。
「おおっ、怖ぇ……。安心してくれ……って言うのも何か変だが……俺は敵じゃねぇ」
「味方って言う根拠もねぇだろうが……」
「その声、さっきの《アルキュミア》のパイロットだな? ……やれやれ、あんな戦い方をするのはどこのどいつだって思ったが……」
「てめぇに諭されるいわれはねぇよ……。命が惜しければ動くんじゃねぇ……一歩でも動けば……!」
「蜂の巣ってわけかよ。にしたって、これは心外だぜ? 俺は援護に回ったはずだよな?」
「悪いが、どこの馬の骨とも知らねぇ奴の援護ってのは、そう呼ばねぇんだよ。命知らずって言うんだ」
「そうか。覚えておくよ。じゃあ、俺はとりあえず……フロイト艦長に報告をしたいんだが」
「あんたがレミア艦長の何を知ってるって言うんだ……!」
こちらが敵愾心を剥き出しにすると、ダイキも同じように声に敵意を纏っていた。
「……元はと言えば、あんたらがフロイト艦長をそそのかしたからだろうか。あの人はトライアウトネメシスの士官だったんだぞ。俺の……直属の上官でもあった……!」
「奪ったのはお互い様って言いてぇのか? 悪いけれど通じねぇ論法だ。何よりも、あの人はこっちを選んだってのは明白だろ」
「……今ハッキリと分かったのは、あんたとは気が合いそうにねぇって事だけだな」
「それは奇遇だな。オレもだぜ……!」
互いに牽制の言葉を投げ合っていると、同時に背後から――不意打ちのチョップを浴びせられていた。
「やめなさい、アルベルト君」
「やめなさい、クラビア中尉」
バーミットとピアーナが同時に自分達を制し、アルベルトとダイキは完全に虚を突かれた形となる。
「って……バーミットさん……? 何やってるんで……」
「それはこっちの台詞よ。いきなり喧嘩腰ってのは感心しないわね、あなたもクラビア中尉も」
「痛って……リクレンツィア艦長、それが助けた人間に対しての態度ですか?」
「貴方は迂闊が過ぎます。オフィーリアの軍勢のほうが優位なのに喧嘩を売ってどうするのです」
「そいつはそうですが……。売ったのはあっちっすよ!」
「んだと、てめぇ! 降りて来い! ぶちのめしてや――!」
「だから、やめなさいってば」
再びお互いにチョップが浴びせられ、二人ともどこかばつが悪い様子で振り返る。
「あのー……これじゃカッコつかねぇんスけれど」
「喧嘩しに来たんじゃないのくらいは分かるでしょうに。話をしに来たんでしょう? ピアーナ・リクレンツィア艦長」
「バーミット様……どうやら貴女とはここで仲違いをしているような状況でもない、と言う認識では同じのようですね」
「あら、意外。カトリナちゃんだけを慕っているんだと思っていたわ。あたしの事も様付けしてくれるのね」
「……元々、ベアトリーチェに居た頃は同じような身分でしたから、憶えていましたとも。わたくしがたまたま、電子戦闘に長けていただけで……分かたれてしまった」
「それも残念な話よね。あたし、結構あんたの事、好きだったのよ? 見た目だけはカワイイし、ファムにも負けない逸材だって」
「……バーミット様。ここに至るまでの行動原理だとか、そういう事と問い質すのでは……」
「野暮ってもんでしょ、そういうの。第一、あたし、嫌いなのよね。戦う理由だとか手を組む理由だとかそう言うの。打算だとか抜きにして、ただ一言だけ、言わせてちょうだい。――おかえり、ピアーナ」
その言葉にコックピットのピアーナは僅かに顔を伏せてから、搾り出すように返答していた。
「……ただいま……帰りました……。本当に、こんな事を言っていいんですか」
「あたしが許す! あんたもカワイイしね。それに、現場判断って奴よ。さっきの戦闘を見た限りじゃ、あんた達が敵だとはどうも思えないのよね」
「……味方にしては少しばかり迂闊が過ぎます。そこを糾弾されてもいいのでは?」
「あたし、難しい事分かんないんだもーん。言ってるでしょ? 元々一介のOLに何を期待するんだかって」
バーミットの軽口でピアーナはようやく張り詰めた糸を解きほぐしたように、少しだけ微笑む。
「……貴女は変わらないのですね、バーミット様」
「変わったのは年かさだけなもんよ。それと階級かしらね。久しぶりじゃない、クラビア中尉。あんた、まだ中尉階級だっけ?」
「そ、その……俺は……サワシロ大尉……」
「ファミリーネーム禁止、階級で呼ぶの禁止。今のだけで二回のバツよ、あんた。分かっているんでしょうね?」
バーミットの一声だけでダイキは及び腰になったのが伝わった。
アルベルトは転がっていく状況に対し、呆けたように眺めるしか出来ない。
その目線を理解してか、バーミットは肩を叩く。
「いいの? カトリナちゃんだけじゃない、みんなが危ないのよ。アルベルト君、あなたは《アルキュミアヴィラーゴ》で待機。話はあたしとレミア艦長、それにダビデちゃんも来て欲しいわね。あと、カトリナちゃんとシャルティア委任担当官も」
「……私……も……?」
茫然とするシャルティアへとバーミットはそっと肩を突く。
「あなただけでしょ? アルベルト君を止められるのは。他の面子は喧嘩しないように退避! はい、撤収!」
バーミットが手を叩いた事で切り詰めていた整備班の緊張は、ここではまるで意味のないものとして消費されていく。
「……相変わらずの胆力だ。ま、キャリア組ってのはやっぱりな。ここがキレる」
こめかみを突いたサルトルは大声を発して手を叩いていた。
「やめだ! やめ! そういう空気じゃないのは分かり切っていただろう? 第一! 元々聖獣の心臓を狙っての作戦はまだ切れちゃいないんだ。パイロットは全員、機体内で待機! これは命令だ!」
「で、でもサルトルさん……あいつが妙な事を仕出かしたら……」
「ピアーナがおれ達を裏切るか?」
そう詰められてしまえばアルベルトは返答も出来なかった。
「それは……」
『“わたくしのオリジナルはやはり、どこかで割り切れていないんですよ! その点、完璧なボディーのわたくしはどうですか! こういう時でもきっちり、《アルキュミアヴィラーゴ》の戦闘待機を解かなかったんですからね!”』
「あっ、マテリア、てめぇ……今は出て来ちゃ駄目だろうが!」
アルベルトが手を伸ばすのをマテリアは掻い潜っていく。
『“いやですよー! なぁーんで、アルベルトさんの言う事を聞かないといけないんですか?”』
「てめぇは《アルキュミアヴィラーゴ》のアイリウムだろうが! ……あと空気読め! オリジナルが来てるんだぞ!」
『“だからって無駄に空気を読んで機体内で待機していろとでも? ふぅーん、アルベルトさんはわたくしがオリジナルに劣っていると、そう仰るんですねー”』
「誰もそうは言ってねぇだろうが! ……って言うか筒抜け……」
自分達のやり取りを目の当たりにしていた整備班は毒気を抜かれたように微笑んでから、銃器を降ろしていた。
「……やめっすね、やめ。こういうの、そもそも向いてないんすよ。撤収ー」
トーマの合図で整備班はめいめいの仕事へと戻っていく。
ある意味では警戒状態が解かれたのはありがたいが、その中で自分達がただ単に醜態を晒したような気がしてアルベルトは納得いかなかった。
「……何でオレだけ、馬鹿みたいに……」
『“馬鹿なのは前からでしょう?”』
「てめぇ……っ! マテリア……! ちょっと待て!」
捕まえようとしてマテリアは踊るように宙を駆け抜け、《アルキュミアヴィラーゴ》のコックピットへと逃げていく。
アルベルトは降下してきたダイキとやらへと、コックピットに入る前にガンを飛ばしていた。
相手もその気のようでこちらを睨み据えたのをピアーナが制する。
「やめなさい、クラビア中尉。バーミット様の便宜がなければ撃たれていましたよ」
「そいつは……分かっているつもりですが……。あの人、やっぱ軍人っぽくねぇよ……」
やけっぱちのようにそう口にするダイキに、ピアーナも呆れ返っているようであった。
「ええ、本当に……。三年前から、変わっていないのですね、バーミット様。わたくしも少しばかり肩肘を張り過ぎていたようです。……とは言え、敵と言われればそれが是となる空間。もしもの時には備えるように」
「……了解です」
やり取りの一部始終を眺めてからアルベルトはコックピット内部を漂うマテリアがリーゼントに張り付いて来たのを払う。
「ああっ、もう! 何がしてぇんだ、てめぇは!」
『“そっちこそ! 女々しいですよ、アルベルトさん。何もそこまで恋しい視線でわたくしのオリジナルを見なくても。わたくしはここに居るのですからっ!”』
「……てめぇのペースに巻き込まれると、本当にイライラしてるのが馬鹿馬鹿しく思えて来るぜ」
『“でしょう? ここは静観、ですよ”』
「……ってもよ、さっきの戦場、誰が死んだっておかしくなかったんだ。そんな中で、《ネクロレヴォル》系列の機体に助けられたってのはぞっとしねぇぜ」
『“機体識別信号、来ました。あれは《ネクロレヴォル》強化改修型、《シュラウド》、と言うのが名称のようですね”』
「名前なんざどうだっていい! ……オレが言いてぇのは、土壇場で敵に命を預けるって言うリスクを背負うのが納得いかねぇってだけで……!」
『“アルベルトさんはまだ彼を信じていないと言うわけなんですか?”』
「そりゃ、お前……突然来たようなヤツを、信じろってのが無理なんじゃ……」
『“ふぅーむ、分かりませんね。その論法だと諸々問題があると思うのですが”』
マテリアの指摘はもちろん、的を射ている。
自分の物言いで言えばグゥエルの操る《サードアルタイル》だって信用ならないと言う事になる上に、何度も前線で戦い抜いているクラードはもっとだ。
「……そういや、クラードは……」
『“ヴィルヘルム先生がコックピットから強制排除させて医務室へ。現在、心拍、脳波、全てが異常値のようです”』
「それもそうか……。あいつ、あのダイキとか言うのが下がれって言っても下がらなかったもんな……」
『“それはアルベルトさんも同じですよ!”』
「うっせぇな……分かってんよ……」
ダイキの《シュラウド》が咄嗟の判断で《サードアルタイル》の自動防衛機能を看破しなければ、恐らく全滅していただろう。
アルベルトはその予感に震える。
「……何だったんだ、あのバカデカい敵は……。あんなの、これまでに居なかったぞ……」
『“機体照合の中に該当データはなし。まったく新しい敵だと断定せざるを得ません”』
「まったく新しい敵って……MAだとかって言うのか? だとしても、規格外っつーか……」
『“わたくしのオリジナルが何かしら交渉条件を持っているようです”』
「持っているようですって……何で分かるんだよ」
『“オフィーリアに入った時点で、何度か情報を共有しております。そう言う風に出来上がったネットワークなのです”』
マテリアの返答にアルベルトは頬杖を突いて招かれていくピアーナを視界に入れる。
「……それにしたって、こんな形の帰還になるなんてな。オレも想定外って言うのか?」
『“わたくしのオリジナルはモルガンで使命を全うするかに思われましたが、そうでもない様子。いえ、それどころではない、が正しいでしょうか”』
「《アルキュミアヴィラーゴ》を譲渡された時点で、ピアーナには選択肢がなかったのは分かってる。分かってるが、何も《ネクロレヴォル》系列の機体に乗ってまで来るとは思わねぇだろうが」
『“いつだって現実とは想定されない事態だけで構築された代物と言う事なのでしょう”』
「何だよ、それ。誰の言葉だ?」
『“……引用不明、ですが”』
マテリア自身も困惑しているように応じた答えに、アルベルトは陰鬱なため息をついていた。
『“な、何ですか……。わたくしだってこの言葉を使いたくはないのですよ”』
「いや、別にそういう事を言っているワケじゃねぇんだ。ピアーナの領分も理解しているつもりさ。だが……あの女……は」
《シュラウド》のコックピットから出てきた少女にアルベルトはモニターを拡大させていた。
『“メイア・メイリス。ギルティジェニュエンのボーカルであり、マグナマトリクス社所属です”』
「いや、そういうのを聞いてるんじゃねぇ。メイア……って、いっぺんレヴォルを動かしてみせたって言う、あいつか……?」
『“そういえば初遭遇でしたか。メイア・メイリスは一時的にモルガンで身柄を預かっていたのです”』
その情報も初耳ならば、メイアがどこか訳知り顔で格納デッキを歩んでいくのを見てもいられず、アルベルトは再び出ようとして、彼女の行く先を遮ったのはユキノであった。
「……ユキノ……? 何やって……」
『“今は、任せたらどうですか? アルベルトさん、一方的に物騒な交渉を吹っ掛けそうですし“』
「何言って……ユキノが危ねぇんじゃ……!」
腰を浮かしかけた自分をマテリアが回り込んで制する。
『“だーかーら、そういうところですよ。さっきの戦闘で死にかけたんです。なら、命はもっと慎重に扱うべきなはずでしょう? クラビア中尉に噛み付いたところで仕方がないのと同じように、今アルベルトさんがメイア・メイリスに喰いかかっても何もいい事はないですよ”』
アルベルトは後頭部を掻いて嘆息交じりに座り込む。
「……言っておくが、何かあったらオレは飛び出すからな」
『“どうぞ、ご自由に。……でも、少しはユキノ様達も信じてあげればどうです? 古い仲間達なのでしょう?”』
「仲間なんて生易しいもんじゃねぇ。……オレ達は……言っちまえば家族みたいなもんで……」
凱空龍の絆が容易く切れるとは思っていなかったが、その言葉は先刻のトキサダの存在で霧散しかけていた。
トキサダが生きていた事も驚愕の事実なら、彼が《ネクロレヴォル》のパイロットであった事でさえも自分にはにわかに信じ難い。
「……分かんねぇ……世の中どうしちまったんだ……」
コックピットの中でそう呟く事くらいしか、今の自分には出来そうになかった。