「あっ、キミって……えっと、ゴメン。知っていると思ったら知らない人だったや。誰だっけ?」
「私はユキノ、ユキノ・ヒビヤ。RM第三小隊の副隊長を務めています。あなたはメイア・メイリスさんですよね?」
「あっ、何でそれ……」
「あなたが思っているよりも、有名人って事です」
「えっ、何……サインとか?」
「まさか。この土壇場でサインなんて。私は……小隊長の仕事を減らしたいだけですから」
「小隊長ってさっき、ダイキと息巻いていた彼? 喧嘩っ早いってのは嫌だねー」
「……あなたは何で、あの機体に?」
ユキノの詰問にメイアはうーんと呻っていた。
「何でって言われると……ノリ? としか言いようがないんだよね。まぁハッキリ言える事があるとすれば、ボクはピアーナを守るために付いて来たようなもので」
「……ピアーナさんと、あなたはどういう立場だって言うんですか?」
「助けたいってのが本音かな。もちろん、色々あったにはあったんだけれど、無茶する人だから、艦長って仕事は。ボクがよく知っている艦長もそうだったし、みんなそうなのかな? ……前に出て、死んで欲しくないだけ」
こちらの返答にユキノは顎に手を添えて思案する。
「……それをまともに受け取るとして、じゃああなたはでも……三年前にレヴォルを動かしたって言う記録があります」
「あれも何でだったのかな? 分かる人居る? って言うか、クラードが居るはずじゃんか。彼はどこ?」
「クラードさんは……先の戦闘で負傷したようで、医務室に」
「訪問してもいい?」
「それは……駄目です。クラードさんはこの作戦の要なんですから」
「うーん、ケチー。……まぁ、とは言えさっきの戦闘見ていたらそれも言えないか。《ダーレッドガンダム》の性能を使って無理やりミラーフィーネを突破しようなんてどうかしてる。思った以上に生き急ぎになっているみたいだね、クラードは」
こちらが知った風な論調であったためだろう、ユキノはむっとして言い返す。
「……あなたがクラードさんの何を知って……」
「どうかな。キミよか知っているかもよ?」
意味のない挑発に乗るかどうか――ユキノは一拍の逡巡の後に、ため息をついていた。
「……そうやって煙に巻くのが常套句なんでしょう?」
「あっ、バレた?」
種の割れたマジシャンのように肩を竦めていると、ユキノは自分を手招いていた。
格納デッキの隅で重力と戦闘の衝撃で散乱した空き缶を一つずつ彼女は拾い集める。
「……で? 何? この艦の流儀で一発、って感じ?」
「……殴りませんよ、別に。ただ……あの場所だと整備班の眼もありますから、話しやすいところでってだけです」
「ボクも多分、重要参考人だから何かと聞きたい事があると思うんだけれど」
「その前に私の質問に答えてください。何であなたは《レヴォル》に乗れたんですか?」
「それかー。分かんないんだよねぇ、未だに。そこんところはハッキリしないから、次にしない?」
「……じゃあ次に。何でモルガンに?」
「あー、それも行きずり、って奴かな? 元々、短い命だったのを救ってもらったみたいなもの?」
「……何で疑問形なんですか」
「それはー、ボクにも分かんない。だってそういうものでしょーって言う」
正直に話したところで、ユキノに事の経緯を説明するだけで時間はかかるだろう。
彼女は拾い集めた空き缶をダストボックスに捨ててから、手を叩いて尋ねる。
「……じゃあ何も分かんないんじゃないですか」
「そう言われちゃえばそうかな。……ボク自身、何が起こって何でここに居るのかもよく分かってない。ピアーナを守るためだとか、そういうのも建前みたいなもんだし。ボク自身が行動する理由みたいなのは不明なままだ」
「……自分の行動理由が分かんないままで、よくここまで来れましたね」
「それも不思議っちゃ不思議なんだよねー。やっぱりこういうの、天の御導きがーとか言っておけばそれっぽい?」
ユキノはため息をついてから、中空を仰ぐ。
「ないない尽くしの艦とは言え、そこまでよく分かんないのもなかなかないですよ。……ピアーナさんとの繋がりは?」
「艦長と……捕虜? かな?」
「捕虜ならここに居る理由もわけ分かんないですね」
「でしょー? ワケ分かんないだってば。そういう事態に巻き込まれた……被害者だって思ってよ」
「被害者の言い分にしては、随分と豪胆が過ぎますけれど」
そこで暫し睨み合っていると先に沈黙に耐え切れなくなったのは相手のほうであった。
ぷっと吹き出したユキノに、メイアも堪えていた笑いを発する。
「ちょっ……待って。何で笑うのさ」
「いや、だって……あまりにも……何だろう。わけ分かんない事ばっかり言うもんですから」
「だってワケ分かんないんだもん、仕方ないよね?」
「何で自信満々なんですか……」
お互いに腹を抱えて笑い合ってから、ああ、とユキノは告げる。
「その調子じゃ、何で敵にトキサダ副長が居たのかも分かんないでしょうし、グゥエルが《サードアルタイル》に乗っている理由も知らなさそうですね」
「あれ? もしかして試してた?」
「当然。これでもエンデュランス・フラクタルのエージェントですし」
「うへぇ……嫌な女だなぁ、キミ。……とは言え、当たり前か。いきなり来たような奴を、じゃあどうぞって通すのもおかしいから」
「……私はあの三年前から時間が止まっちゃってるんです。少しでも手掛かりがあれば、って気持ちでしたけれど……それも空振りって感じですね」
「キミも苦労してそうだなぁ。さっきのダイキとやり合っていた彼……アルベルトとか言ったっけ?」
「どうかしましたか?」
「いや、キミ、彼の事好きでしょ?」
不意打ち気味に言ったためか、それとも本人は意識さえもしていないのか、ユキノは似つかわしくない咳き込み方をする。
「大丈夫? えー、そんな意外かなぁ……」
「な……何を根拠に……」
「いや、だってそう言う風に顔に書いてあるもん。そりゃー、分かるよ」
ユキノは紅潮した面持ちでこほんと咳払いする。
「……そんな事は、断じて」
「嘘。嘘だけは鼻が利くんだー、ボク。だから今のは嘘だって分かる」
「……メイア・メイリス、あなたは……」
「呼びやすい呼び方で大丈夫だよ」
「……じゃあメイア……さん。あなたは自分の目的は不明瞭なのに、オフィーリアでこのまま普通に待機出来ると思っているんですか」
「あれ? 話題変えたね。ははーん、今のは結構効いたって感じ?」
「……質問には答えてくださいよ」
ゆったりとした沈黙が降り立った後に、メイアは逃れられないな、と応じていた。
「まず無理だろうね。ボクやピアーナ、それにダイキの知っている事の洗い出しから始めるだろうけれど、それで間に合う? さっきの敵がもう一度襲ってこないとも限らない。時間は、あるようで全然足りないんだ」
「……あの敵は……? あんなの初めてでした……」
「艦長曰く、IMFとか言うまるで意図されていない敵だったみたい。魔獣、とか言っていたかな」
「魔獣……そんなものが、どこの誰の手で……」
「質問に対する返答、終わり。ねぇ、さっきの彼のどこがいいのさ」
割り切って話題を変えた自分に、ユキノは視線を逸らす。
「あれー? そんなに言いたくないの?」
「……意図しない質問には答えたくありません」
「でもボクだって全然分かんないんだ。IMFとか言っていたのが何なのか。そんなのいいからさー、ちょっとは聞かせてよ。ねぇ、アルベルトとか言うのの何がいいのさ?」
「……あなたはバーミットさんじゃないんですから、色恋沙汰とか、知らない艦に来てまず聞く事じゃないでしょう」
「へぇー、でも色恋ではあるんだ? 上官と部下とかじゃなく?」
「……怒りますよ?」
「ジョーダン。さっき試されたのの仕返し」
微笑んでから、メイアは両手を上げる。
ユキノは一拍挟んでから、自らの乗機であろう《アイギス》を仰ぎ見ていた。
「……これから先の戦い、分かんないじゃないですか。いつあんなのが出てきて、私達が何かのはずみに……全滅してしまうような。そんな事だってあり得るってのが分かったんですから」
「さっきのはマジにヤバかったんだと思う。心中、察するよ」
IMFと何の説明もなしに会敵していれば自分達も手段を講じている暇などなかっただろう。
それでも助かったのは、ひとえにダイキの機転と、そしてピアーナの知識のお陰だ。
「……私達はこれまで以上に……危ない橋を渡っていかないといけないのでしょうか」
「かもね。それでも、希望がないわけじゃないでしょ?」
自ずとその眼差しは《ダーレッドガンダム》を目で追っている。
中破した《ダーレッドガンダム》は格納デッキで修繕を受けていたが、その威容にメイアもたじろいでいた。
「……末恐ろしい機体だなぁ。ミラーフィーネの中を突き進もうとするなんて」
「クラードさんの現場判断です。逆らえませんよ」
「キミはクラードと長いんだ? それも結構意外だなぁ。彼、そういう縁とか作らないタイプじゃん」
「運が良かったと言うべきなんでしょうね。凱空龍で一緒に戦って、三年前の月軌道決戦、そして今も味方でいてくれる」
「クラードは……彼は同じでしょ。ストイックに敵を見据えている」
「メイアさんに何が分かるんですか」
「分かるよ。ボクと彼は……どうやら似たようなものらしいから」
「レヴォルに乗れた事、ですか?」
その段に至ってメイアは首をひねる。
「あれ……何で近いなんて思ったんだろ。……違う箇所のほうが多いはずなのに……」
「何ですか、それ。結構、その場の勘とかで動いてるんですね。ギルティジェニュエン、“罪付き”のメイアって言うのは」
「あっ、今馬鹿にしたでしょ?」
「してませんよ」
「いいや、したね。……あー、でもホントに分かんないや。何で? ボクはどうして、クラードと近いなんて思っちゃってるんだろうね?」
「何ですか。自問自答なんて」
メイアが悩んでいると、直上のタラップから声がかかる。
「ユキノ嬢。そこのお嬢さんを呼んでくれとレミア艦長からお達しっす」
「ああ、トーマさん。悪いわね、今行かせるから」
整備班の女性と目配せをしたユキノに、メイアは嘆息をつく。
「お喋りも終わりかな?」
「そうみたいですね。……クラードさんの下には行かせませんよ?」
「誰も何も言ってないじゃん」
「そういう顔をしていたって言うんです」
「さっきの仕返し? やだなぁ、もう」
とは言え、無駄口を叩いている場合でもないようだ。
トーマと呼ばれた整備班がこっちだと示したのを、メイアは首肯して追従する。
「……一つだけ。《レヴォル》はどんなものだったんですか」
「あれ? お喋りは終わりだったんじゃないの?」
「それだけ……聞かせてください。私達の運命を、ある意味じゃ根本から変えた……あの叛逆の機体は一体……」
「乗った人間にしか分からない何か、か。……キミは結構、頭は切れるみたいだね。うーん、とは言え、ボクだってよく分かんないんだけれど……感想でいいなら。初めて乗った気がしなかった、って言う感じかな」
「……初めて乗った気がしない……それが《レヴォル》の?」
「はい、お喋り終わり。ボクは大人しく付いていきますよーっと」
ユキノはまだ尋ねたい事が山ほどありそうだったが、メイアはオフィーリアのブリーフィングルームへと導かれる。
「……けれど、いい仲間を持ったもんだなぁ、クラードは。そういう点じゃちょっと羨ましいや」