「……何だか一件落着って感じ出してますが、こっから始まりなんですからね」
ダイキの声を受け、ピアーナは涙を拭ってもちろん、と応じていた。
「……わたくしは……出来得る限りの……手助けをしたいのです。カトリナ様だけではなく、皆様のために……」
「そうと決まりゃ、早速作戦を練ろうじゃねぇか。……ピアーナ、帰って来たの、オレも嬉しく思ってるぜ」
『“何ですか! アルベルトさんってば、鼻の下伸ばしちゃって! そんなにオリジナルのわたくしがいいんですか! このロリコン!”』
「げっ……! せっかくいい雰囲気だったのにぶち壊しにするなよな、マテリア。第一、お前だって別段、ピアーナの帰還に一家言あるワケじゃねぇだろ」
『“ありますよ! せっかくわたくしの有能さを示せていたのにー!”』
ピアーナはマテリアと向かい合い、それから微笑む。
「……アルベルト様にはマテリアのほうが合っているご様子。どうかよろしくお願いします」
「あ、ああ……それはもちろん……お前の半身を受け取っているんだからな。そう簡単にやられやしねぇよ」
『“どの口が言うんだか。もっと《アルキュミアヴィラーゴ》を上手く使ってくださいよね! 機体が上質でもこれじゃ命が持ちませんよ!”』
「……マテリア、ちょっと黙っておけよ」
言い合いを続けるマテリアとアルベルトに、カトリナも笑みをこぼす。
何だか久しぶりに――打算なく笑えた気分であった。
「……して、次の作戦はどうする? 懐かしい面々が揃ったようだが、それだけでは勝てるかどうかも微妙だぞ」
ダビデの論調は厳しいようだが今の状況を的確に把握している。
「……ブリギットがこれまで以上の性能を発揮出来るんなら、艦隊戦でIMFを追い込むのも作戦のうちに入って来るだろ。可能性が広がったんだ」
「可能性が拡張したところで、勝算がなければ同じ事だ。現に我々は勝率を引き上げるべく《サードアルタイル》のパイロットとも協定を結び、鹵獲した《ネクロレヴォル》のパイロットまで利用して、それで前回の憂き目だぞ? ……何も出来ずに撃墜されていたのは火を見るまでも明らかだろうに」
ダビデの戦局分析は冷徹がゆえに誰も応じられなかった。
第三の聖獣の力を物にしていながらの敗走、そしてクラードとアルベルト頼みの戦場、どれもこれも勝ちの目には薄い。
「……トライアウトジェネシスのDDの眼は腐っちゃいないようだな。俺も大筋じゃ同意見だ。かと言ってここで勝てない理由を浮かべるのは士気に関わると思っちゃいたんだが……」
後頭部を掻いたダイキにカトリナは思案を巡らせる。
「……勝てるだけの説得力……って言う事ですよね……」
「勝利条件を間違ってはならない、と言う話でもある。我々の目的はあくまでも第六の聖獣の心臓の確保だ。IMF……魔獣とやらを撃破する事ではない」
「それは……そうかもですけれど、あんなの放っておいたら大変な事に……!」
「どう大変な事になると言うんだ? 統合機構軍の生み出した怪物を我々が率先して葬るだけの理由もないだろう。それに、敵の動きの動機も不明瞭だ。相手も聖獣の心臓を欲するのならばぶつかり合うだろうが、あれだけの戦力……聖獣の心臓だけを獲りに来ているとも思えない」
「……別の目論みがある……聖獣の心臓はその中の一つでしかない、そう言いたいわけね。ダリンズ中尉」
レミアが顎に手を添えて考察を纏めたのを、ダビデは首肯する。
「聖獣の心臓を奪い去るだけならば、いくらでも手段はある。そちらの行動如何では、もっと容易い手も取れるだろう。問題なのは、魔獣とやらを倒す、そのようなお題目に足を取られて、結果として我が方が不利を被る相手にも、敵は仕掛けてくると言う事だ」
「王族親衛隊の足取りも気にかかるわね……。あたし達がダレトを……不安定ながらに物に出来ている事を相手が気づいていないのなら、つけ入る隙はまだあるはず」
バーミットが中天を仰いで分析してみせたのを、カトリナは声にしていた。
「……つまり、あれだけの敵を……放っておくっていうんですか」
「まかり間違えるなとはそういう事もだ、カトリナ・シンジョウ。我々の目的の中にIMFの駆逐なんてものはない。同じ条件下ならば戦ってもいいが、明らかに相手のほうが優位だ。この状況で下手を打てば、敗走だけでは済まない……もっと手痛いしっぺ返しを受ける事になる」
「カトリナさんの考えている事は分かるわ。IMF……あんなものを放置しておいたら、地上は荒れ果てるでしょう。もしかしたらこれまで以上に苛烈な統制が待っているのかもしれない。でも、私達の目的はあくまでも聖獣の心臓を確保し、そして次なる武装へと繋げる事。今、真正面から《ティルヴィング》と戦い抜いて、勝率が高いわけではないでしょうしね」
「……レミア艦長……」
自分の懸念事項を全て悟っている様子のレミアに、カトリナはぎゅっと胸の前で拳を握り締める。
「……分かりました。今は、聖獣の心臓を確保する事を最優先に。でも、もし……どうしても《ティルヴィング》が看過出来ない事を仕出かしたのなら……」
「その時には戦う……ね。カトリナちゃん、言っておくけれど、単騎戦力でどうこう出来る敵じゃないわ。その権能は聖獣に匹敵すると思っていいでしょうし」
バーミットでさえも今回ばかりは弱気である。
「……でも、放っておくなんて……何か……手はないんでしょうか……」
地球の人々が魔獣の脅威に晒されているのを、分かっていて放逐する事など自分には出来そうにない。
だが、かと言って、これまで抗ってきたのはあのような規格外の化け物と戦うためではないのだ。
皆の言う事は正しい――そう感じて口を閉ざそうとした自分へと、ピアーナが袖を引く。
「……ピアーナさん……」
「カトリナ様、貴女の性格上、あれは放っておけない、そう仰ると思っておりました。……わたくしにはエンデュランス・フラクタル上層部の提言した作戦指示書がございます。これに従えば……《ティルヴィング》の投入はまだ序章でしかない。ここから先、IMFが世界の戦場を席巻する、その前段階です。ですが、敵が統合機構軍、ひいてはエンデュランス・フラクタルだと言うのならば、手を貸す事も出来ます」
「ピアーナさん……? でも、あなたは……」
言い出しかけた自分へと、ピアーナは頭を振っていた。
「……確かにわたくしはエンデュランス・フラクタルの走狗でした。ここで発言するだけの権利も持っていないでしょうし、いつ裏切るのか皆様からしてみても気が気ではないでしょう。ですが……これだけは言わせてください。わたくし達は……一人ではないのです。ならば、IMFの蛮行を、その邪悪を止める義務があるはず。わたくしのエゴだと思ってもらっても構いません。それでも、《ティルヴィング》を破壊しなければいけないのだと……」
頭を下げたピアーナにカトリナは戸惑っていた。
ピアーナの言葉を信じるのならば、《ティルヴィング》を破壊しても次なる魔獣が建造される可能性もある。その度に戦っていれば損耗も激しくなるばかりだ。
自分達の目的だけを優先するのならば、《ティルヴィング》は放置し、そして聖獣の心臓を奪い取る事だけを考えればいい。
それでも――放っておけないのだとざわめくこの心は、きっと――。
「……私はピアーナさんを信じます」
「カトリナ様……」
面を上げたピアーナにカトリナは一つ頷いて強く主張していた。
「だって……ピアーナさんは帰って来てくださいました! 私は……待っている事しか出来ないけれど、それでも……! クラードさんも帰って来てくれた、レミア艦長だってそう……皆さんだって……! もう二度と戻らないと思っていたものが、ここにはある……! 絶対に取り戻せないのだとそう覚悟していたものがここにあると言うのなら……私はもう一度、勇気を出せる! あの日奪われた全てを……取り戻すために……私は、戦えます……っ!」
自分の必死の抗弁に、レミアは嘆息交じりに尋ね返す。
「それが……あなたの答えなのね? カトリナさん」
「……はい……っ。無茶でも無謀でもいい……諦めなければ、何かが見えるはずですから……っ!」
暫しの沈黙の後に、レミアはバーミットへと視線を流す。
「バーミット、IMFの認証コードをピアーナから受諾して。彼女は、今の口ぶりなら、魔獣の攻略法に精通している可能性が高い」
「艦長、それって結局、情で動くって事ですよね?」
心得た様子で微笑んだバーミットに、レミアはフッと笑みを浮かべていた。
「いけない? 今までだって、きっとそうだった。カトリナさん、あなたはこの艦の委任担当官。エージェントの命を預かる義務と責任があります。……だから、あなたに託すわ。クラードを含むエージェント達の命の輝き。それを今、あなたの手の中に」
「私の……手の中ですか……」
「何よりも、戦い抜くのだと決めた人間の、そうと規定された眼差しって言うのは裏切れないものよ。バーミット、次の戦場までにIMFの位置情報を捕捉。正面切って戦うのが難しくっても、何かしら活路はあるはず」
「正気か? レミア・フロイト艦長。我々は聖獣の心臓を確保しなければいけないはずだろう」
ダビデの問いかけに、レミアは憂いを帯びた泣きボクロで応じていた。
「……ねぇ、ダリンズ中尉。こういうことわざを知ってる? “為せばなる、為さねばならぬ何事も”ってね」
「それは根性論だろう」
「根性論が時に必要な局面もある。それに……これだけの人々に、まだ説得するつもり?」
ダビデは自分を一瞥してから、理解出来ないとでも言うようにため息をつく。
「……死にに行くようなものだぞ」
「元より、そのつもりだったじゃない。クラードにダレトを開いてもらった時点でね。作戦指揮は私が執ります。カトリナさんはエージェントの面々へと作戦詳細を伝えてください。現時刻より二時間以内に――聖獣の心臓の確保と、IMF02《ティルヴィング》の破壊を敢行します。……言っておくけれど、これは艦長命令です」
「……両方って言うんですか? さすがに欲張り過ぎなんじゃ……」
ダイキの戸惑いにレミアは自信満々に返答する。
「欲張り上等。下手に遠慮していちゃ、レジスタンスなんてやってられないわ。それとも、クラビア中尉、あなたはこの程度で及び腰になるのかしら?」
「……いえ。お供します。出来なかった忠義の一、果たすとすれば今だと思いますので」
挙手敬礼を返したダイキに、今さらながら彼は敵で、そして軍属であった事を思い出す。
「……それだけの時間が流れちゃったんだな……」
「ではこれより――オフィーリアは聖獣の心臓の座標まで出撃。目標が何であれ、邪魔をするのならば構わない。全て、薙ぎ払いましょう」
その声音がここまで心強く聞こえたのは、恐らく初めてであったのだろう。
総員が身を引き締める中で、カトリナはピアーナの声を聞いていた。
「……あの、カトリナ様……大事なお話があります」
「ピアーナさん? 大事ってそれはどういう……」
「エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……彼に関しての話です」
想定外の名前が出てきてカトリナは困惑する。
「……エーリッヒって……それは確か、月のテスタメントベースで……クラードさんに接触してきた……」
「それまでにも、偽書を書き連ねてきた偉人である彼ですが……接点がないわけではなかったのです。カトリナ様、貴女と私は共に……彼に救われてここに居る。何故、思い出せなかったのでしょう……わたくしは五十年前に……彼に出会っていたのです」
「五十年前……? どういう……」
「ピアーナ、エーリッヒの爺さんって言えば、オレも関係ねぇワケじゃない。聞かせてもらうぜ」
アルベルトの物言いに、ピアーナは静かに頷いていた。
「……あのお方はきっと……ですがこれは……わたくしの記憶の中にある、蜃気楼のようなものでしかありません。実際に彼がどういう人間で、どういった理屈で五十年前にわたくしの前に現れたのか……それはまるで分からないのですが……一つ言える事があるとすれば、わたくしもカトリナ様も……そしてベアトリーチェに居た皆が、彼とは出会っているのです」
「ベアトリーチェに居た全員が? ……おいおい、それは奇妙だろ。あの爺さんは、月のテスタメントベースに居たって言うんじゃ……」
「いいえ、そうではなく。エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーと言う、時の偉人は――わたくし達の隣人でもあった。今から話す事は、わたくしの過去に起因する出来事です。……来英歴253年の……暑い夏の事でした」
紡がれ行くのは壊れ果てた夢の先の物語のようであった。