機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第239話「人界を編む」

 

《オリジナルレヴォル》の干渉波から逃れられたのは、ただの偶然に過ぎない。

 

 一度でも観測されてしまえば、その戦場は途端に泥沼化する。

 

「気を付けて運べ。ダレトの向こう側から来た遺産だ」

 

 部下達に命令する途上で、ザライアンは等間隔の振動を感じていた。

 

 踏みしだくMSの骸を超え、ようやく視界に入った前線基地を目の当たりにした瞬間、部下の一人が声にする。

 

『小隊長、これはやはり、扉の向こうからもたらされた……』

 

「ああ。だからって及び腰になるな。彼……クラードへの侮辱に繋がる」

 

『了解はしましたけれど、それでも信じ難いですね……。前線兵が子供だったって言うのもそうなら、この機体が少年を選んだって言う事にもなるでしょう』

 

「まぁ、我々が関知するのは所詮、扉の向こうからもたらされる叡智の一端だ。おい、そこ、もたつくなよ。基地まで帰投するのに後ろを付かれていないかの再確認、忘れるな」

 

《エクエス》の機体は少しがたつくくらいでちょうどいい。

 

 ザライアンは壁に囲われた前線基地を見渡す。

 

 非常時には壁の各所から砲台が現出し、敵編隊を狙い澄ます砦となっている。

 

 自分達の部隊のログを関知し、大仰なメインブロックが開いていた。

 

「MS三十機に相当する扉、か……」

 

 それだけ外部が恐ろしいのもある。

 

《エクエス》乗りに確約されているのはある意味では変わらぬ日常の謳歌と、そして民草を守り抜く信念だ。

 

 だがその信念も軽く吹き飛ばされてしまうのが戦地でもある。

 

 殊にダレト――空に陣取る暗黒太陽からの共鳴連鎖がモニターされれば、それだけで一部隊が消滅する事さえもあり得るのだ。

 

 ザライアンは砦の中の人々からの称賛を得ていた。

 

『リーブス小隊長! それが今回の獲物ですかい?』

 

「ああ、ちょっとした拾い物だ」

 

『いいよなぁ、花形の外部探査部隊。こっちもあやかりたいもんだよ』

 

 そうそういいものでもないさ、と返しかけてザライアンは口を噤む。

 

 この世界において自分達の栄光とそして力の誇示を少しでも恥じれば、それはこれまで死した者達へ唾を吐くようなものだ。

 

 それだけ、外部探査部隊は生存率が低い。

 

《エクエス》で探索するのには、あまりにも外の世界は弱肉強食の理が強く、そしてその理を前にすれば、実力者紛いの人間は途端に足が竦む事だろう。

 

 本物の強者でしか、生きる事を許されない果ての園――それが何十年も紛争状態にあるこの世界の現状であった。

 

《エクエス》を含め、鋼鉄の巨神に身を固めなければ、砦の外では死が常に付き纏う。

 

 誰も自分達の生存域を確約してはくれない。

 

 ゆえにこそ、先ほど回収したクラードと名乗った少年の生き方の苛烈さもさもありなん。

 

「……子供か。それはしかし、大人がしっかりしていなかったから、こうなってしまったのだろうな」

 

『小隊長、その機体を持って祭壇まで行くんですか?』

 

「当たり前だろ。まずは神官に判断を仰がなければいけない。おれ達の役割はそれからだ」

 

『嫌な身分ですよね。せっかくの外部探査部隊になっても、結局は砦の中の掟は絶対なんですから』

 

「盗聴されるぞ、それ。どこに耳が付いているか分からないんだ」

 

 ザライアンは都市部に巡らされた蒼い光の網を視野に入れていた。

 

 あれが都市の「神経」だ。

 

 砦の中において絶対の価値観を持つ、神官の「瞳」でもある。

 

『それにしたって、我が領土はまだ敵の攻め込みを三回しか経験していないって言うのに……少し神経質なんじゃ?』

 

「どこもそうとは限らないんだろ。そろそろ祭壇に着くぞ。通信域を一定にしておけ」

 

 祭壇――そう評されているのは砦の頭脳たる蒼い血潮を滾らせた情報集積部位であった。

 

《エクエス》乗り達がそれぞれ、片膝を立てさせて祭壇の前で傅く。

 

 鋼鉄の巨神の力を持っていても、理だけは守らなければならない。

 

 祭壇より神官達が歩み出ていた。

 

 彼らは一様に頭蓋を覆う豆電球型のヘッドセットを有しており、それらの端末は祭壇の最奥へと接続されている。

 

『ザライアン・リーブス小隊長。帰還を歓迎する』

 

「感謝いたします」

 

『しかし、珍しいものを拾ってきたものだ。扉の向こうの産物とは』

 

「恐らくは遺産の一つだと思われます。高重力磁場を偏向させ、断絶と言う概念そのものを付与する機体と言う識別処理が出ています」

 

『興味深いな。暗黒太陽の向こうの者達の叡智の結晶とは』

 

『既に搭乗者が登録されている。何者か』

 

「戦場に投入された少年兵のようです。ライドエフェクター施術を両腕に刻み込まれております」

 

『現在科学の忌み子か』

 

 吐き捨てる物言いの神官に、ザライアンはコックピットの中で僅かに眉をひそめる。

 

「……よろしければ……彼の処遇に関しては自分に一任してもらえないでしょうか? まだ意識もあります。今は気を失っているだけで……彼は仲間に成ってくれる可能性が高い」

 

『ライドエフェクター施術は禁忌の一つだ。簡単に受け入れろと言うのが難しい』

 

「ですが、彼は恐らく元の居場所もなくし……一人の身分です。出来れば、その戦士としての戦い振りは讃えたい」

 

『ザライアン・リーブス。面倒見がいいのは知っている。だが、下手に抱き込めば貴君の害にもなるぞ?』

 

「承知の上です」

 

 暫時の沈黙が流れた後に、神官達は機体だけを回収していた。

 

『調べは尽くす。この機体の処遇とパイロットの処遇はイコールではない』

 

 神官達の眼前で取り落とされたクラードへと、ザライアンは《エクエス》のマニピュレーターを延ばしていた。

 

『だが、ザライアン・リーブス。もし……その少年が喉笛に噛み付いた時には、どうするか』

 

 それをこの局面で聞くのは卑怯だと感じつつ、おくびにも出さないで応じていた。

 

「その時は……自分が責任を持って、彼の首を刎ねましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が開いた時には、どうにも騒がしいな、という感覚が付いて回っていた。

 

 脳髄に残響する「聲」に何度か頭を揺さぶられた気分で、よろけた身体を起き上がらせる。

 

「……俺は……」

 

「起きたか。おぅい、起きたってよぉ」

 

 自分の横たわっていたベッドの傍に居る男の声に、記憶を手繰り寄せる。

 

「……あんたは、ザライアン……とか言う」

 

「ザライアン・リーブスだ」

 

 今はパイロットスーツ姿でもない。

 

 平時の軽装に身を包んだ茶髪の男性はそれなりの偉丈夫であったが、物々しさは感じなかった。

 

「……ここは……」

 

 回復した視界で見渡す。

 

 木目造りの一室で自分は保護されているらしいと言うのは分かる。

 

「あら? 本当に起きたのね。あなた、下の子達の面倒を看てちょうだい。私はその子の状態を看ておくから」

 

「オッケイ、んじゃ、後でな」

 

 気安い様子のザライアンと入れ替わりで部屋に入って来た女性は柔らかい笑顔で微笑みかける。

 

 クラードは腰のホルスターに反射的に手を伸ばしかけて、自分の服装も着替えさせられている事にようやく気付いていた。

 

「……俺は……」

 

「しっ。怖がらなくっていいわ。あなた、南七十管区の紛争地に居たんだってね。あそこは一度でも投入されれば、二度と生きては帰って来られないって聞いていたけれど」

 

 女は手慣れた様子で医療器具を探り、自分の瞳孔反射とそして両腕に刻印された紋様に機械を当てていた。

 

 僅かに痺れる感覚に顔をしかめる。

 

「痛いだろうけれど、ちょっとだけ我慢して。ライドエフェクターになったのは、何年?」

 

「……その機械で調べれば出るだろう」

 

「あなたの口から聞きたいのよ」

 

「……もう二年になるか」

 

「そう。二年間もずっと紛争地ってわけでもないでしょう。《エクエス》に乗ったのは?」

 

「……その場その場で当てられる機体は違う。今回はたまたま、《エクエス》であっただけだ」

 

 女はぬるま湯に浸した柔らかい絹で自分のライドエフェクター痕を拭っていた。

 

「聖痕」より血が沁み込み、瞬く間に白かった絹は真っ赤に染まる。

 

「……あの人も《エクエス》乗りだから。あなたが生き残ってくれて嬉しいって思っているはずよ」

 

「……あの人と言うのはさっきの、ザライアンとか言う……」

 

「あれでも旦那だからね。《エクエス》に乗って長いから。戦地を飛び回って帰ってくるのは大抵忘れた頃って具合。どこの砦でも似たようなものだろうけれど。ほら、背中を向けて? 汗を拭かないと」

 

 クラードは大人しく背中を向けていた。

 

 その途上で窓より望める景色に蒼い「神経」を垣間見る。

 

「ここの砦は……どこの前線基地だ?」

 

「東の連邦の領土の一つよ。同じように、戦線を拡大させている」

 

「……領土の奪い合い、か」

 

「それだってどこも同じでしょう?」

 

 女の声は柔らかく耳馴染みがいいが、それは久しく聞いていなかった「平和」と言うものを謳歌する人間の声であった。

 

「……あんたは何も感じないんだな」

 

「兵士の妻をやるって言うだけで大変っちゃ大変だけれど、飯の種だから。それに……あの人はちょっと変わり者だし」

 

「変わり者……」

 

 そこで脳髄を揺らすのとは別種の声が発せられていた。

 

 駆け込む足音と共に二人の少年が部屋のドアを開ける。

 

「こぉーら。お父さんの言う事をちゃんと聞きなさい」

 

「駄目だって! ザライアンは毎回、約束破るんだもんなー。石英の土産を買ってくれって言っておいたのに!」

 

「悪い悪い。おれも必死でな。今回はちょっと余裕なかったんだよ」

 

「そんな事言って、毎回余裕ないじゃんかー!」

 

 こちらを覗き見たザライアンはさらに二人の子供を抱えている。

 

 クラードは唐突な子供達の好機の眼差しにうろたえていた。

 

「……そんなに、子供が……?」

 

「お前だって子供だろー? まったく、ザライアンは相変わらず、節操がないんだからなぁ」

 

「こらこら。お父さんを悪く言っちゃいけません。……まったくどこで覚えたんだか」

 

「はいはーい。ま、母さんに免じて今回は許してやるよ」

 

「そいつぁ悪かった……なっ!」

 

 デコピンをかましたザライアンへと少年がタックルして階下へと駆け抜けていく。

 

 残された気弱そうな少年は女の傍へと歩み寄っていた。

 

「包帯……要るかもって……」

 

「ああ、助かるわ。お父さんと遊んでいらっしゃい」

 

 頭を撫でられると少年はくすぐったそうに首を引っ込めてから、こちらへと興味深そうな視線を投げる。

 

「……何だ」

 

 威圧すると少年はたじろいで後ずさっていた。

 

「いや、その……」

 

「俺の施術痕がそんなに珍しいか」

 

 涙目になった少年へとクラードは追撃しようとして、女に遮られていた。

 

「こら。ここじゃ、あなたは弟なんだから。お兄ちゃんにそんな事言っちゃいけません」

 

 制されてクラードは胡乱そうにする。

 

「……俺が、弟……?」

 

「ここじゃ年齢順は関係ないんだ。先に来たほうが兄貴で、お前は弟ってわけさ。おっととと……」

 

「あなた気を付けてちょうだい。二人はまだ二歳にもならないんだから」

 

 子供達を前に後ろに抱きかかえたザライアンは女へと微笑みを向けていた。

 

「ああ、気を付けるよ。それで、クラード。お前の乗っていた機体なんだがな。あれにはちょっとした調査が必要ってんで、一週間は砦の神官達の預かりって事に成っている。その間、ここで養生してくれ。大したものはないが、休める時間だけはある」

 

「休める時間……。いや、俺にそんなもの……」

 

「おいおい! そんなものなんて軽んじるものじゃないぜ? お前は真っ当に戦士だろ? なら戦士には休息がなくっちゃな」

 

 ザライアンは肩を叩いて上機嫌に部屋を出ていく。

 

 クラードはその温かみに茫然としていた。

 

「あの人、結構変わり者でしょ? あなたも大変だったとは思うけれど、ここじゃ少しの変わり者も、大層な変わり者も似たようなものだから。そこまで肩肘を張る必要性もないし」

 

「……分からないな。俺はあんたをここで殺すかもしれない」

 

 凄んだつもりであったが、女はあっけらかんと笑っていた。

 

 何だか壮絶に滑ったようで気恥ずかしい。

 

「……何が可笑しい? 俺は兵士だ。殺せと言われれば殺す」

 

「兵士だなんだって言ったって、あなたはまだまだ子供なのよ、結局は。それに、運が悪かったわね。私相手にはそういうの通じないから、さっ!」

 

 背中を叩かれてクラードは委縮する。

 

 その有り様と快活な様子に今度こそ毒気を抜かれたと言う奴で、言い返す気力も起きなかった。

 

「……俺は、殺ししか知らないんだぞ。そんな奴を、家庭に置くもんじゃない」

 

「そうかしらね。私は……あなたは真っ当に生きられそうに映るけれど」

 

「一度でも戦場に出た人間に真っ当なんて期待するなんてお門違いだ」

 

「お生憎様、そういう点じゃ、旦那のほうがよっぽどなのよ。あなたはまだひよっこ」

 

 そう指し示されれば、言い負かされた気分にも陥る。

 

「……勝手にしろ。あんたは……」

 

「ああ、名乗ってなかったっけ。私はバーミット。バーミット・リーブス。ま、ここじゃお母ちゃんやらママやら言われているけれどね」

 

 バーミットと名乗った女は自分と向かい合って両腕に包帯を巻いてくれた。

 

 丁寧な所作にクラードは思わず問い質す。

 

「……医療経験が?」

 

「昔、戦地でね。旦那ともそこで出会ったの。あの人、楽観主義でしょ? あなたも参ったクチじゃない?」

 

 コックピットを開くなりの言葉には、まるで自分を恐れていないようにさえ映ったが、しかしあれは――。

 

「……ダレトよりの遺産なんだぞ。恐れないほうがどうかしている」

 

「あの黒色の太陽ねぇ。あれ、日照りって程じゃないけれど南のほうはほとんど農作物に恵まれないって。とんだ疫病神ね」

 

「その疫病神から堕ちてきたのが、あんたの旦那が拾ってきた俺の機体だ。危ないとは思わないのか」

 

「全然っ! あなた、それよりもちょっと食べたほうがいいわ。痩せ過ぎよ。パンと水と……あと何がいい?」

 

「……何でもいい。俺は食べ物に好き嫌いなんて価値観は挟まない」

 

「それはいい事で。じゃあ適当にあったかいものを持って来るわ。ちょっと待っててね」

 

 バーミットが部屋を立ち去ってから、クラードは己の両腕を包帯越しに眺めていた。

 

 因果の集約点たる印――ヒトの呪縛。

 

「ライドエフェクター相手に温情なんて……馬鹿な連中だ」

 

 だがそれを拒めなかったのも事実。

 

 クラードは都市圏を巡る蒼い血脈たる「神経」を視界の端に留め、窓の外へと手を伸ばそうとした瞬間――焼き付くような激痛が両腕を走ったのを感じ取って呻く。

 

 途端、正常色の蒼から赤へと色相を変えた砦の内側は混乱に包まれていた。

 

「……これは……敵襲か」

 

「クラード! ……悪い、おれは出なくっちゃいけない。子供達と妻を頼む」

 

 押し入ってきたザライアンの眼差しにクラードは確信する。

 

「……俺が倒した連中の報復だな?」

 

「……そうだとして、お前に出ろなんて言えないとも。《エクエス》部隊だけで充分だ。お前は休んでおけ」

 

 額に手をやったザライアンの一所作に、彼もまた戦場に慣れた兵士なのだと実感する。

 

 ザライアンの背中へと投げるべき言葉も見当たらないまま、バーミットは子供達と共に自分を手招いていた。

 

「地下にシェルターがある! そこまで行ければ……!」

 

 だが木造の家を出た瞬間に、混乱のるつぼに落とし込まれた街並みが飛び込んでくる。

 

 誰もが地下シェルターとやらを目指しているのが窺えたが、それでも異常なほどの混迷であった。

 

「……敵が攻めてくるのは、初めてなのか?」

 

「いいえ、初めてじゃないけれどまだ三回目。ここは管区から離れているから、少しばかりはマシなの。でも……襲われればあまり頑丈と言うわけでもない。早く、シェルターにさえ入れば……」

 

「母さん……大丈夫なのか……?」

 

 バーミットは子供達を抱いて地下シェルターへと一路急ごうとするが、恐慌に駆られた人々に足を取られて転んでしまう。

 

「母さん!」

 

 二人の少年が起こそうと肩を貸すが、バーミットは足を挫いたようであった。

 

 これでは恐らく逃げ遅れる――クラードには火を見るまでもなく明らかであった。

 

 迷宮じみた砦の都市の中を《エクエス》部隊が駆け抜けていく。

 

 その中にザライアンが居るのが窺えたが、彼はいちいち人波を頓着するような余裕もないらしい。

 

 推進剤を吹かして一気に加速した《エクエス》の挙動に戸惑いを浮かべる人々も居る。

 

 それでも、ザライアンは砦から銃撃戦に打って出ているようであった。

 

 火線が舞い、硝煙の臭いが途端に満たす。

 

 ――ああ、見知った場所の香りだ。

 

 クラードは必死に地下シェルターを目指す人々から逆方向へと歩み出ていた。

 

「クラード君? そっちは危険よ……!」

 

「……俺には、役目があると思った」

 

「クラード……君……?」

 

「あいつと契約したんだ。それは世界への――叛逆の契約だ。運命に出会えなかったのだと、俺は諦めていた。もうここで死んでいくしか道なんてないのだと」

 

 だが一時とは言え。

 

 自分のような人でなしに休息の時間を与えてくれようとした人間の厚意を、無碍に出来るものか。

 

「……バーミットさん。子供達と一緒に避難してくれ。俺は――戦うよ」

 

「戦うって……! MSもなしに……無理よ……!」

 

 ああ、分かっている。分かり切っている。

 

 だと言うのに、これは死への誘因だろうか。

 

 戦場へと向かう足を止められない。

 

 別段死にたいわけでもないのに。

 

 それでも――あの絶対の死地から助け出してもらった恩義くらいは、感じてもいいはずなのだから。

 

 空っぽの心であっても、死から救い出された温情で動いても構わない。

 

 それは――ヒトであるのならば、当たり前の感情であったのだろう。

 

 久しく忘れていた感覚であったが、この時クラードはその感情の意味を手繰り寄せていた。

 

 巻かれた包帯の内側で蠢動する赤い兆し。

 

 脈動と刻印が鼓動と一体化する。

 

 否――その鼓動は最早、一つに非ず。

 

 二つの脈動が己の中で同居する。

 

 やがて、一つに結びつかれた鼓動の意義を、クラードはその赤い瞳で呼び寄せていた。

 

 それは約束された、世界を壊す聖剣の名前――。

 

「来い! 《レヴォル》!」

 

 瞬間的に装甲が構築され、築き上げられた巨神の息吹を纏い、クラードは瞑目した直後には腹腔のコックピットへと収まっていた。

 

 瞳を開く。

 

 真紅に染まった瞳へと緑色の三角形が刻み込まれ、新たな刻印は戦闘の息吹を伴わせる。

 

 轟、と風が唸り、搭乗した機体の周囲を逆巻く暴風域が包み込んでいた。

 

 一歩、歩み出すだけで位相を変えた風圧が奔り、刃の剣圧として街の一部を断ち切る。

 

「……浮つくなよ。《レヴォル》、俺に……従え……ッ!」

 

 直後、眼窩に意識が宿り、《レヴォル》は飛翔していた。

 

 単純な飛行回路ではない。

 

 空間そのものを否定し、その上から概念を差し挟む事によって飛翔と呼ぶのにはあまりにも高度で、なおかつ素早い機動力を可能にする。

 

 ビーム兵装で固めた敵影の陣形の只中へと、クラードは飛び込んでいた。

 

『敵影……? これは……何だ?』

 

 白く照り輝く機体が両腕を掲げる。

 

 その腕に沿うようにして、きりもみながら刃が内側より展開されていた。

 

 両腕に宿した太刀の感覚を鳴動させ、クラードは刃の圧力を一挙に放つ。

 

 オォン、と機体が咆哮したのが伝わった。

 

 嵐のように黒色にほど近い重力磁場が拡張され、周囲に展開していた能面のMSを蹴散らしていく。

 

 否、蹴散らすと言う表現は生ぬるい。

 

 文字通りの「断絶」。

 

 文字通りの「断罪」。

 

 刃の投網にかけられた敵機は切断されたと認識する前に微粒子のレベルに至るまで溶断されていた。

 

 その切断面は今しがた斬られたにもかかわらず完全に冷却されている。

 

 二度と接合する事のない運命を辿った敵影を踏みしだき、クラードは敵の首魁らしき機体へと向かい合っていた。

 

「……お前を倒せば、ここで終わりか」

 

『待て、いや、待つんだ……。何だ、その機体は……。まさか、報告にあったダレトよりの使者か? だが、操っているのは人間と見受ける。……我々は北二十六管区の砦より参った。そのほうとは外交的な取引の末に、軟着陸の線で話し合いたい』

 

「どの口が。勝てなくなった途端に弱腰か」

 

 片腕を掲げる。

 

 刃が蠢動し、四枚刃が流転を始める。

 

『待て! 待つんだ! この砦との超法規的取り決めには神官の合意が必要なはず。ここで我々を倒せば、禍根を残すぞ……! 戦争国家と渾名されたくなければ、一度武装を仕舞う事をお勧めする』

 

 クラードはいつでも武装展開が出来るように構えながら、ザライアンへと通信を繋いでいた。

 

「……こいつらの言っている事は本当か?」

 

『……ああ、間違いじゃない。何よりも、紛争を避けると言う方針はどの砦でも同じのはずさ。だが……今回は相手が無条件で攻めてきた。それは恐らく、お前の操っている機体の鹵獲目的だろう』

 

「……俺が居れば迷惑をかける、か。なら――禍根は少ないほうがいい」

 

『何を……! 何をしようと言うのだ! 我が方は平和的解決を――!』

 

「それってさ。反吐が出るってもんなんだ。戦場じゃ一番に踏み潰されるだけの、飯の種にさえもなりやしない」

 

《レヴォル》が両腕に拡張した刃を翳し、敵兵へと突っ込む。

 

 ビームライフルの軌跡でさえも、刃が接触した瞬間には偏向し、コックピットへと深々と切っ先が突き刺さっていた。

 

 途端、背後に感覚した銃撃を軽くステップを踏んで回避し様に一閃。

 

 敵機は両断され、後方についていた指揮官機は恐れ戦いたようであった。

 

『……な、何なんだ、それは……その機体は……!』

 

「――《レヴォル》だ」

 

 至近距離まで距離そのものを「切断」し、レイコンマの世界で肉薄する。

 

 相手が悲鳴を上げたその時には、刃を流転させた腕を振り落とすのには充分であったが、それを止めたのはザライアンの一声であった。

 

『そこまでだ! クラード、ここで全滅させても旨味はない。そいつは残しておいてくれ』

 

 もう一秒遅ければ断絶させていただろう。

 

 ギリギリで止まった斬撃に、相手の機体は硬直していた。

 

 恐らくパイロットは失神でもしているのだろう。

 

 ザライアン達の《エクエス》が砦の守りからこちらへと舞い降りて、接触回線を開く。

 

『よくやるよ、お前……。本当にそいつと出会ったのはさっきので初めてか?』

 

「……ああ、だけれど……初めて乗った気が、しないんだ」

 

『それはまるでエース様のご意見だな。さて、残った指揮官機から命令系統の洗い出し。こいつぁ忙しくなりそうだぞ』

 

 ザライアンは《エクエス》のコックピットハッチを開く。

 

 拡大化されたモニター内で、サムズアップを寄越しているのが視野に留まった。

 

「……俺は……助けたのか。何でだ……」

 

 自分でも不明瞭な感覚であった。

 

 確かにザライアンには恩義がある。助けられたのならば助け返すのもやぶさかではない。

 

 だが、自分は今日この日に至るまで、無数の裏切りと骸の上に成り立っていた。

 

 今さら、人の道なんてものを信奉するのはそれこそ間違いだろう。

 

 それでも彼らを――バーミットや子供達を死なせたくなかった。

 

「俺にも……まだあったのか。ヒトの心が……」

 

 包帯の下から刻印に沿って血が滲んでいる。

 

 平時ならば忌むべき紋様も、今は誰かを助け出せた証のようで、嫌な気分はしなかった。

 

 砦のメインブロックたる扉が開く。

 

 敗残兵を回収する中で、クラードはふと空を仰いでいた。

 

 未だに世界を満たす暗黒太陽たる存在――ダレト。それがもたらしたのが、数奇な運命の結果だとしても。

 

「……分からないものだな。人の世って言うのはさ」

 

 

 

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