機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第242話「英雄は立つ」

 

 その日が訪れたのは唐突で。

 

 しかし到来を予感する事も出来ていた。

 

「勇者、クラード。《ガンダムレヴォル》によるダレトの向こうへの観測を命じる」

 

 神官達の声に、バーミットが引き止める。

 

 自分の袖を引いたのは随分と年の離れた妹であった。

 

 まだ生まれ落ちて二年に満たない妹の指先に、自分は誓う。

 

「大丈夫。僕は……絶対に帰ってくる」

 

「やくそく……だよ、おにいちゃん……」

 

「ああ、約束だ。僕の大事な……家族にも」

 

「クラード。あなたには辛い思いばかりをさせる……。申し訳ないと、思っているわ」

 

「やめてくれ、母さん。僕は幸せだよ。家族に恵まれて……それでこの地を、護るために旅立てるんだから」

 

 その意味を分からないバーミットではない。

 

 だがザライアンの――父親の守り抜いた家族を守らずして何が男か。

 

 修繕された《レヴォル》は――あの戦いの後にガンダムの名を冠していた。

 

 何でも、システムポップアップに最初に浮かんだ言葉であったらしい。

 

 その真相を解明するために、自分はこれから暗黒太陽の扉の向こうへと旅立つ。

 

 思えば、随分と大きなものを経験させてもらった。

 

 この世界も捨てたものではない事、そしてあの日――ザライアンが守り抜いた家族と言うものの尊さ。

 

 口で言うのは容易いが、自分は悪人の側からそれを知れたのだ。

 

 ならば、言葉以上の価値があるはずだった。

 

 神官達に恭しく首を垂れる。

 

 今、砦の人々が自分と《ガンダムレヴォル》の行方をリアルタイムで見守っている。

 

「時空の先へと赴くのに、我が砦だけの叡智では足りないかもしれないが……」

 

「いえ、そのような事はない。僕は、きっと相応しい結果を持ち帰ります。もう二度と、《オリジナルレヴォル》の干渉波に脅かされない……永劫の平和を、この地に」

 

「……生まれ落ちたのはこの場所でなくとも、お前は戦い抜くと言うのか」

 

 きっと人によっては恐れの宿る決断であったのだろう。

 

 震える声音に、クラードは断言する。

 

「ええ。僕は僕の家族が息づくこの場所を――故郷を護る。そのためなら、何人たりとも赦しはしない。戦い抜きましょう」

 

「……お前にそんな決断をさせるために、今日まで生きてもらったわけではないのに……」

 

 神官達も自分に感情移入しているのか。

 

 平時は心の欠片さえも窺わせない彼らでさえも、自分の旅路には思うところがあるのかもしれない。

 

「……行こう。《ガンダムレヴォル》。世界を――救いに行こう」

 

 その声にマニピュレーターを伸ばし、悪魔の胎に自ら収まる。

 

 目指す先は一つ、彼方の暗黒太陽の向こう側。

 

「扉の先へ。……父さん、母さん……僕は、行くよ」

 

 両腕に刻まれた呪いの刻印が疼く。

 

《レヴォル》は同期された情報を更新し、その眼窩は黒く煙る陽光の先を睨んでいた。

 

 今この時――《ガンダムレヴォル》は旅立つ。

 

 果てにあるのは、時空の彼方、累乗の先。ヒトが望める、遥か向こう側。

 

 だが征かねばならぬ、征かねば男の名が廃る。

 

 クラードは胸に抱いた志と共に、暗黒太陽へと迫っていた。

 

 通常の恒星のそれではないのが明白であったが、なんとその大虚ろは飛翔して間もない場所に固定されていた。

 

「……こんな空に……僕達は支配され続けて……」

 

 だが、目指すべきは遥か果て――故郷を救うための巡礼の旅。

 

《ガンダムレヴォル》はこの時、干渉波を潜り抜けて、そして扉は――開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一呼吸置いて、ザライアンはヴィヴィーとマーガレットの反応を確かめる。

 

 彼女らは自分の境遇に何か疑問を挟むわけでもなければ、異論を口にするわけでもない。

 

 それもある意味では当然なのだろう。

 

「……僕は、そうしてこの次元宇宙へと辿り着いた。だが、まさか時を同じくして三人のMFまで到来しているとは思っても見ない」

 

「それで、ザライアン・リーブス、お前は何故、クラードの名を捨てた?」

 

「感覚的に理解出来たからだ。本能の部分なのかもしれない……同じく扉より来たりし使者達は自分と同じなのだと。ならば余計な緩衝を生まないためには、僕は喜んでクラードの名を捨てよう、と……そう決意出来た」

 

 そうして得たのが父親の名前だ。

 

 ――ザライアン・リーブス。

 

 自分にとってこれ以上のない、栄光の名前。

 

 ヴィヴィーはこちらの話し振りに興味を示したのか、静かに語る。

 

「……似たようなものであったのだな。次元同一個体なんだ、似ていて当然か」

 

「だが、僕は今、こうしてここに居る事に意義を見出している。死んでいて当然であった命だ。それを拾ってくれた父さんや母さん、それに兄弟達を、死なせるわけにはいかない。そのためには彼らの……ダーレットチルドレンの叡智が必要だった」

 

「約定を結ばされたのは、不利益になると分かっていても、お前はそれを選択していたと言うわけか」

 

 首肯し、ザライアンは舷窓に手を付く。

 

 宇宙の常闇が広がる中で、その手を拳に変えていた。

 

「……僕は必ず帰る。そのためには、《フォースベガ》を解き放ち、そしてダーレットチルドレンを倒さなければいけない……。その目論みに最も近いのがマグナマトリクス社であるのなら、利用もされてやる」

 

「その心積もりは買うが、しかし連中は何を思って我々を抱き込んだのか、まだ分からないんだ。《フォースベガ》と《ネクストデネブ》の奪還は慎重過ぎてもいいくらいだろう」

 

「……お前は自分のMFを持っているからそんな余裕が言える」

 

 突っかかったヴィヴィーにマーガレットは肩を竦める。

 

「これでも立ち回りは気を遣っていたつもりだがね。それでも、先の超重力砲撃で《ファーストヴィーナス》を奪われかねなかった時には冷や汗ものだった。だが、もう恐れる事はない。ラムダの船員が何を考えてエーリッヒの名を継いだのかも知れた。ここに来て、ハッキリしたな。――我々はダーレットチルドレンを、彼らを殺さなければいけない」

 

 共通の目的にザライアンは提言する。

 

「でも僕らの力だけじゃ、彼らには到底敵わない。約定で縛られ、そしてMFの行動範囲は限られている。今のままじゃ、どうあったって勝てない」

 

「この艦に艦載されていた《ゲシュヴンダー》なる機体を最悪使ってでも宙域まで飛ぶか? だが《ネクストデネブ》は封じられている。まずはザライアン・リーブスが《フォースベガ》に接触しなければいけない。思考拡張は?」

 

 ザライアンは額を撫で、それから頭を振っていた。

 

「……駄目だ、ここからでも遠い」

 

「わざと距離を取っているのかもな。マグナマトリクス社の連中からしてみても、制御の出来ないMFを奪われるわけにはいかないのかもしれない」

 

「だが……! マーシュ艦長は信頼出来そうではあった」

 

「それは一時的な協定に過ぎないだろう。私はあの女艦長にそこまで信を置いていない。所詮は純正殺戮人類の一員だ。いずれは切り離す」

 

 マーガレットの迷いのない論調に、自ずと視線はヴィヴィーへと行っていた。

 

 彼女の瞳は昏く沈んでいたが、それでも確固たる声音で言い放つ。

 

「……《ネクストデネブ》を取り返す。それからだ、全ては」

 

「我々は簒奪者だの稀代の殺戮者だの言われてきたが、それでも奪われたもののほうが多いとはな。これも因果か」

 

 ザライアンはその時、関知野を震わせる声を聞いた気がして窓の外に視線を移していた。

 

「……どうした?」

 

「いや……何かが……近づいてくる」

 

「このラムダは視認出来ないはずだが」

 

 それでもその感覚へと信を置き、ザライアンはラムダへと一直線に向かってくる機体を視野に入れていた。

 

 それは――赤い閃光。

 

 青い推進剤の尾を引きながら、こちらへと真っ直ぐに向かってくるのは繭のような機体であった。

 

 それそのものが異様としか言いようのないシルエットに、ザライアンは狼狽する。

 

「……視えているのか?」

 

「まさか。熱源光学迷彩を伴わせている艦だぞ」

 

 しかし相手は直後には機体を拡張させている。

 

 それはX字を想起させるバインダーを有しており、内側から無数に放出されたのは自律兵装であった。

 

 細やかに動き蒼い光を蠢動させた刹那には、引き絞られた光条がラムダ艦艇を揺さぶっている。

 

「……何だと! まさか、敵影はラムダを視認……」

 

「いずれにしても! このままじゃ轟沈する……! マーシュ艦長は!」

 

『こちらマーシュ。まずい事になったわね。接近している機体識別信号は――王族親衛隊、放たれたバイタルサインは最強のミラーヘッド使い、万華鏡、ジオ・クランスコールのものよ』

 

「ジオ・クランスコール……! 宇宙に上がって来ていたのか……!」

 

 忌々しげに放った声に応答するように、ミラーヘッドビットが幾何学の軌道を描いてラムダ甲板へと突き刺さる。

 

 激震にザライアンは身を持ち直しつつマーシュへと提言する。

 

「……《ファーストヴィーナス》で出ます。ここで潰えるわけにはいかない」

 

『許可出来ないわ。《ゲシュヴンダー》で牽制しつつ、時間を稼ぐ。あなた達はその間に、《フォースベガ》の思考拡張範囲まで逃れてもらいます』

 

「何で……! それじゃ尻尾を巻いて逃げろって言っているようなもんじゃ――」

 

『あなた達の生存が全ての鍵になる。ここで死んでいい人員じゃないのよ』

 

「それにしても、何故相手はこっちが分かるんだ。偽装迷彩は有効じゃないのか?」

 

『そうね……きっと私達が彼らを手に入れたからでしょう』

 

 その言葉にハッとする。

 

 先の《シクススプロキオンエメス》攻略戦で手に入れたダーレットチルドレンの一員。

 

 その者がもし――思考拡張の救援信号を打っているとすれば。

 

 ジオからしてみれば相手が見えていようが見えていなかろうが関係ないのだ。

 

 その道筋を頼みに攻撃していれば勝手に相手は自滅する。

 

 ザライアンはマーシュへと声を飛ばす。

 

「……《ファーストヴィーナス》で時間を稼ぐ。僕でもそれくらいは――」

 

『自惚れないで。このまま戦力を摩耗すればそれだけで我が方の敗北に傾く。あなた達は切り札なのよ』

 

 歯噛みする。

 

 このまま黙ってやられていろと言うのか。

 

 それとも、背中を向けて逃げ出せとでも。

 

「……ザライアン・リーブス。何も《ファーストヴィーナス》を動かせるのは、お前だけではない」

 

 マーガレットの声に、ザライアンは目線を振り向ける。

 

「……だがそれじゃあ……」

 

「いずれにせよ、私では《フォースベガ》と《ネクストデネブ》を操れない。ここで捨て石になるのは、私が正しいだろう」

 

「だが……ジオ・クランスコールは……万華鏡は強敵だ。もしもの時があれば……」

 

「万に一つでも、私は負けない。この世界に生きる純正殺戮人類を排除し尽くすまでは……!」

 

 そのオッドアイの瞳に宿った恩讐の火に、ザライアンは二の句を継げなかった。

 

 きっと彼女なりに出来る事を模索しているのだ。

 

 ならば、これ以上は侮辱に繋がる。

 

「……分かった。僕とヴィヴィー・スゥは自らのMFの確保に向かう」

 

「ああ、それでいい。……ザライアン・リーブス。一つ聞いていいだろうか」

 

「何だろうか。僕に答えられる範囲なら……」

 

「死に時を見失い、それで英雄の名を手に入れたと言うのならば、私達は同じはずだ。同じ名前を冠している。ガンダムの名と、そしてもう一つ。それを教えてくれ」

 

 この次元宇宙に囚われた栄誉ではなく、自分達が旅立つのに足る理由を答えろと言われているのだ。

 

 ここに嘘は付けないな、とザライアンは瞑目の末に応じていた。

 

「……操る機体の名前はガンダム。そして――僕に与えられた戦士としての名前は――機動戦士。――機動戦士ガンダムだ」

 

 マーガレットは特に感慨を浮かべたわけでもない。

 

 しかし、確かな確証に口元を緩めていた。

 

「……《レヴォル》の名は伊達ではないか。行け。私は相手を押し留める」

 

 断絶のように、ザライアンはマーガレットとは正反対の道筋を辿る。

 

 その背中を一瞥し、彼女の持ち得る魂の輝きを感じてから、奥歯を噛み締めた。

 

 出来る事があれば、何でもしたい。

 

 しかしそのように相手の領域に踏み込むのは、今だけは冒涜だろう。

 

 ――マーガレットは覚悟して立ち向かおうとしている。ならば、彼女の戦いは彼女だけのものだ。決して余人が口を挟めるものではない。

 

「……それでも、僕は弱いな。立ち向かう戦士の背中一つ、気の利いた言葉で押せないなんて」

 

 既に格納デッキにはシャトルが用意されており、ラムダより正反対の方向へと発進準備が整っている。

 

 慌ただしく《ゲシュヴンダー》の最終チェックが行われ、次々にカタパルトへと移送されていった。

 

「二人とも、これは片道切符だ。そう簡単に行って帰っては出来ない」

 

 

「覚悟の上です。僕達は、そうでなければいけない」

 

 整備班長の慮った言葉へと覚悟の声で返答する。

 

 彼はフッと笑みを浮かべていた。

 

「……何でなのかな。《レヴォル》を扱う資格のある人間って言うのは、いつだってそういう眼をしているってんだから。……言っておくと、頼みの綱はあんたらだけじゃない。そればっかりは安心して欲しい。ラムダはそう簡単に沈まないさ」

 

「……信じていますよ」

 

 シャトルへと乗り込み、パイロットスーツに身を固める。

 

 マグナマトリクス社製のパイロットスーツはこの時、自分の肉体に馴染んでいた。

 

『イリス・エーリッヒ。《ゲシュヴンダー》、出ます』

 

 イリス達の声が響き渡る中でザライアンはヴィヴィーへと手を伸ばす。

 

「行こう」

 

 しかし彼女はそれを拒み、自らの手足でシャトルに収まる。

 

 ザライアンは一拍嘆息を差し挟んでから、シャトルの操舵を担当していた。

 

「システム自体は単純だが、もう戦域になっていると言うのなら、王族親衛隊の送り狼も考えなければいけない。悪いが、全速前進で行く……!」

 

 ヘルメットのバイザーを下げ、ザライアンは緊急射出カタパルトに位置していた。

 

 カウントと共にオールグリーンに染まった発着信号に、ザライアンは腹腔から声を発する。

 

「ザライアン・リーブス、出る!」

 

 カタパルトボルテージの青い電流を跳ねさせてシャトルは宇宙の宵闇を駆け抜けていた。

 

 目線を振ればそこいらかしこで戦闘が散発的に起こっている。

 

 いつ巻き込まれてもおかしくはない距離だ、と認識を改めてザライアンは操舵していた。

 

「……向かうべきは、僕の《ガンダムレヴォル》へと……《フォースベガ》……」

 

 

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