機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第243話「覚悟の証を」

 

《ゲシュヴンダー》の攻勢は思ったよりも頼りになるな、とマーガレットは胸中に結んでから、コックピットの中で蒼く波打つアイリウムを感じていた。

 

『コミュニケートサーキットを起動。これより専任ユーザーへと委譲します。“久しぶり、というのは性急かな?”』

 

「《ファーストヴィーナス》。お前は私が乗りこなす。浮気したのは許してやるから、私に……従え」

 

『“寛大なのだと、思っていいのだろうかね。いずれにしても、こちらとしてはパイロットを選べないのだ。その時々で最適解を選び取るとも”』

 

 レヴォルの意志の皮肉に付き合っている場合でもない。

 

 マーガレットは接続口へと掌を翳し、直後には巻き上がった樹木のような機械部品が腕を侵食していた。

 

 脳髄に突き立つ、電流の痺れ。

 

 その感覚を味わいつつ、マーガレットはキッと戦意に染まった双眸を戦場へと向けていた。

 

「悪いが撃墜させてもらう……この世界の悪意が生み出しし元凶。その結実が貴様なのだろうからな、ジオ・クランスコール!」

 

『こちらも把握している。MFのパイロットが一人、マーガレット・マジョルカ。自分が相手取るのにはいささか時期が早いようでもあるが、それは選べない。よってここで断罪する』

 

「……機械のような物言いを口にする……! その回るだけの舌を叩き斬ってやる!」

 

《ファーストヴィーナス》が直上へと黄金の推進剤を焚いて躍り上がり、直下の敵機へと黄金の帯を射出していた。

 

 それを相手は遊泳するように余裕を持って回避運動に入っている。

 

「そんな小手先で! 私の《ファーストヴィーナス》を相手取るか!」

 

『こちらもでは言わせてもらおう。自分としては聖獣と戦うのは何の引け目もないのだが、地上とは物が違う。この機体の真骨頂は空間戦闘で発揮される。――行こう、《ラクリモサステイン》。爪弾け、ミラーヘッドビット』

 

 バインダーより無数に弾き出されたビット兵装へと、マーガレットは己の持ち得る照準システム全てを発揮させて叩き落としていた。

 

「小賢しい……ッ! 貴様も所詮は、純正殺戮人類の一人だと言う事だ。どれほど策を弄しようと、私のガンダムには敵わない!」

 

『なるほど、ガンダムか。ならば聖獣殺しであるのと同時に、ガンダム討伐でもある』

 

 ジオの《ラクリモサステイン》はこちらの敵意を鏡のように反射するのみだ。

 

 余計な感情を差し挟まないミラーヘッドビットが駆動し、加速度を得て襲いかかってくるも、一撃一撃はさしたるダメージでもない。

 

 黄金の帯を盾のように用いて減殺すれば、そもそも攻撃とも呼べない代物だ。

 

「嘗めているのか、万華鏡。一度でも撃墜のチャンスがあれば、その時に墜とすべきであったな。貴様も私を軽んじていた。地上よりも空間戦闘が得意なのは、貴様だけではない!」

 

《ファーストヴィーナス》が黄金の帯を無数に重ねて射出し、その威力を高めて《ラクリモサステイン》を撃ち抜く。

 

 この時――あまりにも容易く相手の機体の中枢部へと突き刺さった事を、疑問に思うべきであったのだろうか。

 

 否、戦闘色に染まったマーガレットの脳内は既に討つと決めた意識で満たされている。

 

 一撃が相手を射抜いたのだと、そう確証して次手を打っていた。

 

「全方位からだ……これで終わりだ、万華鏡!」

 

 マーガレットが掌握した《ラクリモサステイン》の座標へと一斉掃射が叩き込まれる。

 

 撃墜され、黒煙を棚引かせる《ラクリモサステイン》の像に、今度こそ勝利を確信した――その瞬間であった。

 

『そう来るか。ならば少し――事象を巻き戻そう』

 

 ジオの声に不明瞭さを感じ取ったその時には、全ての事象宇宙が後れを取る。

 

 何が起こっているのか分からないまま、《ラクリモサステイン》へと撃ち込まれたはずのこちらの攻勢が巻き戻され、そして無意味と化していく。

 

「何だ……? これは、何が起こっている……」

 

 抵抗も出来ないまま、《ファーストヴィーナス》は《ゲシュヴンダー》数機を擁したままの状態にまで立ち返っていた。

 

 マーガレットはコックピットの中で視線を巡らせる。

 

「何が……《ファーストヴィーナス》! 何が起こった!」

 

『解析不能……全ての事象ゲージの修復を確認。敵機によってこの次元宇宙そのものが“あるべき形に修正された”と推測』

 

「修正……修正だと? ……まさか、この力は……貴様、その機体! 《オリジナルレヴォル》の技術を――!」

 

『――全てが遅い。ミラーヘッドビット、電荷』

 

 先ほどまでとは段違いのミラーヘッドビットが《ファーストヴィーナス》を四方八方から射抜いていく。

 

 照準精度も、そして威力もまるで異なっていた。

 

 先ほどの事象では手加減をしていたのか、と感じたが恐らくそれも違う。

 

 ジオは――《ラクリモサステイン》は「そういった事が可能」なのだと、推測するしかない。

 

「……わざと私に撃たせたのか……。その機体の性能を誇示するために……」

 

『少し違う。当方もこの機体にはまだ慣れていない。よって、試させてもらった。そうか、これが――レヴォルの意志か』

 

 間違いない、とそこで確信する。

 

 相手の機体にもレヴォル・インターセプト・リーディングが搭載され、そして自分の機体を上回ったのだ。

 

 性能でも、そして権能でも。

 

 全てにおいて、《ファーストヴィーナス》では勝てないのだと理解させるために。

 

「……知恵ある生命体にとって、最も有効な手段は勝てる勝てないの理論ではなく、無駄なのだ、と実感させる事か。何をやっても無為なのだと、知性があればあるほどに感じ取り、そして抵抗の気概を失う……」

 

『よく観察している。貴公には軍師の才能もともすればあったのだろう』

 

 ミラーヘッドビットが加速度を上げて《ファーストヴィーナス》の装甲を剥離させる。

 

 誘爆の衝撃波でコックピット内が激震されるが、マーガレットは抵抗も出来なかった。

 

 ――何をしようと無駄、それが明瞭に分かってしまったからだ。

 

 自分が猿共だと断定していた連中が、自分にとって意義のある「知恵の果実」を手に入れて最大の叡智を凌駕する。

 

 その瞬間に、マーガレットは奥歯を噛み締めながらも、溢れ出す涙を止められないでいた。

 

「……これが……これが私の追い求めた……答えだと言うのか……! こんな場所に、答えがあったなんて……! 《オリジナルレヴォル》……! 私にはもう微笑まないと言うのか……叛逆の運命!」

 

『反証は不可能だ。マーガレット・マジョルカ。ここに沈め』

 

 ミラーヘッドビットが幾何学の軌道を描いて《ファーストヴィーナス》の堅牢な守りを突き崩す。

 

『警告、警告。これ以上損耗は機体の自動修復機能でも賄えない。コミュニケートサーキットを出力……“死ぬ気か、マーガレット・マジョルカ……”』

 

「レヴォル……私はこの土壇場に、祈りさえも感じているんだ……。私達があれほど追い求めた答えが……こんな形で結実するとは想定もしていない。だが、答えはあったんだ。ならばその事に祝福しよう」

 

『“機体追従性を80パーセントまで向上。自動迎撃システムを認証する。このまま撃墜されるわけにはいかない”』

 

 レヴォルの意志による自動迎撃が開始されるも、それでも《ラクリモサステイン》が撃墜出来ないのは明白だ。

 

 黄金の帯が小型に変移し、これまでにない連続射撃をもって相手の機体へと追いすがるが、《ラクリモサステイン》の機動力にはまるで追いつけない。

 

 敵機はそれどころか、さらにミラーヘッドビットを空間に追加し、細やかな機動力で《ファーストヴィーナス》の装甲へと亀裂を走らせる。

 

『《ファーストヴィーナス》! あまりにも迂闊だ! 援護に入る、悪く思うな……』

 

 イリス達の声が連鎖し、《ファーストヴィーナス》を守るべく《ゲシュヴンダー》が《ラクリモサステイン》へと銃撃するが、どれもこれも命中する前に相手の操る自律兵装が背後を取っていく。

 

『退け。ここで自分は《ファーストヴィーナス》の撃墜のみを命じられている』

 

 わざと引き絞られないビームの意味を今さら理解出来ないほど、彼女らも馬鹿ではないはずだ。

 

《ラクリモサステイン》の疾駆が射程圏内までこちらを追い込み、身に纏っている黄金の帯を打ち砕いていく。

 

『自動迎撃システム損耗。反射戦闘屈折率、56パーセントにまで低下。コミュニケートサーキットによる専任ユーザーの承認を乞う。“マーガレット、マヌエルを使え。それならば一時的とは言え、相手を退けられる”』

 

 その提案にマーガレットは頭を振っていた。

 

「……もう、答えはここなんだ、《レヴォル》。どん詰まりだ。私達の旅路は、ここに意味が集約されていた……」

 

 思えばつい先ほどザライアンの故郷の物語を聞いたのも理由としてはあったのかもしれない。

 

 誰もが物語を持つ。

 

 そして、誰もが自分だけは特別だと思い込む。

 

 物語に付随する己の優位性を疑いもしない。

 

 そんな調子だから、六十億の知性はひっ迫するのだ。

 

「……馬鹿な。物語などない。誰もに等しく、不幸だけが分配される世界だ。それがこの世の理なのだと……分かっていただろう? “クラード”。私の《ガンダムレヴォル》と、そうしてこのマーガレット・マジョルカという躯体の物語の末はここにある。ならば――本懐を遂げずして、何が生か。何が死か。ジオ・クランスコール。私の園まで入って来たな?」

 

 完全に射程圏内に潜り込んだジオの《ラクリモサステイン》は巨大な機体である《ファーストヴィーナス》を内側から破砕する気であったのだろう。

 

 だがそれは――このマーガレット・マジョルカの術中であり、最後の抵抗の気概に火を点けていた。

 

「これが無為なら、私の価値はない。しかし、ここまで来たんだ。――抱け。私の中で貴様は絶命する。全攻撃器官を《ファーストヴィーナス》の心臓へと集約させる」

 

『何をするつもりか』

 

「聖獣の心臓を、見せてやると言っているんだ」

 

 黄金の帯が内側へと裏返り、その刃は堅牢な装甲へと薄皮一枚を引き裂くように容易く、溶断していた。

 

 腹腔に位置する部位が暗黒の色相を得て流転する。

 

 それを目の当たりにして、正気でいられる人間はこの世には居ないはずだ。

 

『ダレト、か』

 

「そうだとも。聖獣の心臓部位にはダレトが宿っている。これは私達、“クラード”が本能的に察知している事だ。自身の操る《ガンダムレヴォル》の切り札であり、そして忌避すべき弱点でもある」

 

『何故、それを今晒す』

 

「必要であるからだ。貴様にとっては特に。事象宇宙を巻き戻せる能力を保持しているのならば、他の攻撃ではまるで通らないかもしれないが、ダレトであるのならば届く。――私は、この時のために生きていたのだろう。《ファーストヴィーナス》、この次元宇宙に降り立った最初の《ガンダムレヴォル》よ。今こそその心の臓を晒し、宇宙にあり得ざる夜明けを導き出せ」

 

 干渉波が互いに呼応する。

 

 そう、呼び合っているのだ。

 

《オリジナルレヴォル》の一部か、あるいは権能を引き写した《ラクリモサステイン》にとってこれは唯一の毒である。

 

『自爆特攻をするつもりか』

 

「そんなつもりはさらさらない。どうせ、私の故郷なんてものは大したものじゃないんだ。ザライアン・リーブス……彼のように崇高な信念があるわけでもない。ヴィヴィー・スゥ……彼女のように憤怒だけを頼りにして生きていくほどの気力もない。私にとって貴様ら純正殺戮人類の愚かさだけがこの身体を動かす原動力であったが、それも失せた。ここで手打ちにしようじゃないか、ジオ・クランスコール。お互いに過ぎたる力は、持つものじゃないだろう?」

 

《ラクリモサステイン》が推進剤を焚いて逃れようとするが、既に自分の領域だ。

 

 何よりも、開いてしまったダレトを止める術など、この世界では持っていないはず。

 

『事象宇宙の調律を拒むか。それはしかし、《ファーストヴィーナス》と、そしてマーガレット・マジョルカ。貴公らの意味消失を意味する』

 

 最後の抵抗のつもりであったのだろうか。

 

 その言葉を、マーガレットはせせら笑う。

 

「構わないさ、もう、な……。私は少し……生き過ぎてしまったらしい。なら、終わりを描く事に、全霊を傾けてもいい。編纂概念の向こう側で……待っているぞ、二人とも。さぁ、終焉の時だ!」

 

 一本の黄金の帯が《ファーストヴィーナス》の心臓部を狙い澄ます。

 

 その攻撃さえ実行されれば、《ラクリモサステイン》ごと、この事象を消滅させられる――はずであった。

 

『そうか。ならば自分も――少し本気を出そう。思考加速、エグゾーストネットワーク。ブーステッド2』

 

 ハッと感覚する。

 

 その直後には、黄金の帯は《ファーストヴィーナス》の心臓を貫いていたが、《ラクリモサステイン》は充分な距離を取っていた。

 

「……いつの間、に……」

 

『不本意ではある。だが同時に、これ以外になかった、とも思っている。マーガレット・マジョルカ。そして第一の《ガンダムレヴォル》。これはせめてもの手向けだ』

 

「嘘だろう……その力は……」

 

 警告音が響き渡る。

 

 直上に四つのミラーヘッドビット、そして動きを封殺するように挟み込む六つの自律兵装の網。

 

 奥歯を噛み締める。

 

 こんな終わりを描いてまで――最後の最後まで自分は、この世界の人類に絶望し切らなければいけないのか。

 

 来英歴を呪いながら消えて行けと言うのか。

 

「ジオ・クランスコール――ッ!」

 

『――放て』

 

 ジオの声はまるで鮮やかなタクトの一振りのように。

 

《ファーストヴィーナス》を押し潰す悪意の光軸は、この時完全な形で命中していた。

 

 まず頭蓋を射抜き、その上で《ファーストヴィーナス》の特徴的な黄金の装甲板を打ち据えていく。

 

 こちらには最早、防衛手段も、そして抵抗手段も存在し得ない。

 

 このまま蹂躙されるかに思われたが、マーガレットはコックピットに至った亀裂を目の当たりにして声を爆ぜさせる。

 

「これが! これが貴様ら純正殺戮人類の行き着く先だと言うのならば! 私は呪おう! この来英歴を! 破局に至った世界はこうも愚かしく、そして破滅の道を辿るのだから!」

 

 地獄の哄笑が響き渡る中、最後の一撃が肉体を吹き飛ばしていた。

 

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