機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第244話「聖獣、堕つる時」

 

「目標の沈黙を確認。このまま制圧に入る」

 

『そうはさせない。万華鏡』

 

 機体識別信号、《ゲシュヴンダー》が破壊された《ファーストヴィーナス》の陣取る宙域を保護するように浮かび上がっている。

 

「その方では勝てないと分かっているはず。余計な事はしないほうがいい」

 

『それはどうかしらね』

 

 この時、不可視の鎧を纏っていたラムダが宇宙空間の常闇に姿を晒す。

 

 その意味を理解してジオは《ラクリモサステイン》の自律兵装を自分の周囲へと呼び戻していた。

 

「どういうつもりか」

 

『交渉条件に移るのには充分でしょう? あなたは私達がどこに行こうと分かる術を持っている。そして、目的はそれなのは明白』

 

《ゲシュヴンダー》の一機が銃口を向ける。

 

 真空の闇へと晒されたのはカプセルであった。

 

 その中で息づく存在が、自分へと命じる。

 

『何をしている、ジオ・クランスコール。ここに居ると言っているだろう』

 

「人質作戦とは、程度が知れる」

 

『どうとでも。私達としても想定外の拾い物なのよ。どうかしら? 交換と言うのは』

 

「我が方は貴官の船を墜とすように命を受けている。ここで交換と言うのは命のやり取りか」

 

『そう難しい事じゃないでしょう? 我が艦の安全と、人質の交換を条件とする』

 

「安全とは。なかなかに言ってくれる。ここでそちらを逃す利がない」

 

『どうかしら? 例えば主砲の照準を少しでも向けるか、あるいはカプセルに一ミリのデブリでもぶつかれば、簡単にこの内側の存在は死ぬ事でしょう。それを容認出来る立場?』

 

 長丁場に持ち込めばその分不利になるのはこちらなのだと相手は理解している。

 

 ジオの思考は一秒未満の決断であった。

 

「了承した。《ラクリモサステイン》で人質の交換と、そちらの安全な航路を保証する」

 

『マーシュ艦長、相手の動き次第では……』

 

《ゲシュヴンダー》のパイロットもそれなりのやり手ではあるが、この状況では自分の機体に比肩しないのは何よりも先ほどの打ち合いで理解出来たはず。

 

 よってそれ以上に接近してこないのは、交換条件の無意識下での飲み込みであったのだろう。

 

「ただし、それ以外の交換条件は聞き入れない」

 

 艦の直上より舞い降りたのは王族親衛隊の《パラティヌス》部隊だ。

 

『……今の今まで気配を悟らせない……?』

 

「言っておく。マグナマトリクス社の光学迷彩は既に解析されて久しい。我が方も重宝している」

 

『……交換条件が聞いて呆れる……!』

 

《ゲシュヴンダー》の殺気が向かいかけたのを、ラムダの艦長が押し留めていた。

 

『待ちなさい、イリス。ここは静観しましょう』

 

『でも、艦長……!』

 

『……お願い。第一の聖獣が墜ちたのよ。少しは命を大切にする姿勢が必要になってくる』

 

『賢明に映るぞ、ラムダの艦長。大佐、重要人物の確保は完遂しました』

 

 腹心の部下の声に、ジオは撤退機動の命令を下そうとして、ダーレットチルドレンの声に阻まれていた。

 

『待て、ジオ・クランスコール。奴らに思い知らせるのだ。我々を害した罰を』

 

「どうしろと言うのです」

 

『――第一の聖獣の心臓をお前が手に入れろ』

 

 その命に仮面の下でジオは眉を僅かに跳ねさせる。

 

「それはご命令ですか」

 

『そうだ。目の前にある聖獣の心臓、ここで退いて相手にくれてやる旨味もあるまい』

 

「しかし、外交的取引が成立した以上、それは簒奪者の行いです」

 

『よいではないか。我々は全てを手に入れ、そして彼の者達は全てを失うのだ。これは勅命である』

 

 そう命じられてしまえば、自分に否定する術はない。

 

「了解しました」

 

 ミラーヘッドビットを周囲に展開しつつ、《ゲシュヴンダー》が保護する聖獣の心臓へと肉薄する。

 

 内側で無限の流転を繰り返す漆黒の心臓部へと、この時行った事は少ない。

 

 ミラーヘッドビットで撃ち抜くと同時に、《ラクリモサステイン》を接触させる。

 

 途端、自身の自我境界線が無数に分裂していた。

 

 肉体が意味存在を失い、全ての意識が剥離する。

 

 だがその状態は長くはない。

 

 直後には、《ラクリモサステイン》のコンソールには聖獣の心臓を手に入れた権能が、まるでさも当たり前のように表示されている。

 

「概念の書き換え、そして事象の占有か」

 

『こいつ……! 《ファーストヴィーナス》を喰ったって言うのか……!』

 

 突きつけられた銃口に対し、ジオは振り向けた殺意にも満たない感情をミラーヘッドビットに電荷させる。

 

 瞬間、黄金の色相を帯びたミラーヘッドビットが質量兵装の意義を伴わせ、《ゲシュヴンダー》の持つビームライフルを貫いていた。

 

『これは……《ファーストヴィーナス》の力……?』

 

 応戦の頭部バルカン砲から機体を保護したのは、ミラーヘッドビットに付与された黄金の障壁である。

 

 まさに――その力は鉄壁。

 

 一ミリの世界でさえ、徹しもしない世界の中で、いやに醒めた意識でジオはミラーヘッドビットを手繰る。

 

 障壁を構成しつつ、別のミラーヘッドビットが幾何学に機動し、《ゲシュヴンダー》を瞬きの間には包囲していた。

 

『……は、速過ぎる……』

 

『これで充分であろう、ジオ・クランスコール。帰投する。聖獣の心臓を我々が手に入れた事で、情勢は動く。地上勢力は後回しだ。まずは宇宙での力の誇示を行う』

 

「しかし我が方は相手を追撃出来ません」

 

『何を言っている? 別に約束を守る義理もない。どうせ、相手方も逆賊の徒だ。このまま殲滅してしまえ』

 

 そう命じられるのは分かり切っていたと言うのに、少しばかり人の湿っぽさを感じていた自分もどうかしているのだろう。

 

 あるいは聖獣の心臓を喰らった代償か。

 

 澄み渡った湖の如く醒め切った感情に、僅かに沁みた黒点のようなものだろう。

 

「仰せのままに」

 

 銃口を向けるや否や、相手からの声が飛ぶ。

 

『……外道に落ちると言うの。彼の万華鏡の名が泣くわよ』

 

「外道結構。我が方は最初から、この宙域には居なかった、記録にはそう記される」

 

『そう……。そちらがそのつもりなら、考えはあるわ』

 

 光学迷彩を纏い直すような暇を与えない。

 

 全方位より照準したミラーヘッドビットの光条が打ち砕くのには十全であったと言うのに――この時、ミラーヘッドビットは高重力の断絶現象に晒されていた。

 

 思考拡張で接続された思惟がざわめく。

 

「思ったよりも早かったな。いや、自分が時間をかけ過ぎたか」

 

『MF04……《フォースベガ》……』

 

 茫然とする王族親衛隊の《パラティヌス》の通信網に、再び放射された「断絶」の概念が牙を剥く。

 

《パラティヌス》は確かにかわしたはずであったが、その脚部装甲が裏返り、直後には「切断」されている。

 

『触れてもいないのに……か……?』

 

「否。あれは切断概念を物体に付与する。射程内であれば、勝利する方法は限りなくゼロであろう」

 

『大佐……。《パラティヌス》に対聖獣弾頭の使用許可を。あれは我々が総員で相手取る必要があるでしょう』

 

「いや、我々の目的はあくまでもラムダに囚われた人質の奪還。《ファーストヴィーナス》撃破は想定外であったが、これも戦果として受け取ろう」

 

『ジオ・クランスコール! 敵を撃破しろ! 殲滅するのだ!』

 

「いいえ、もう不可能です」

 

 ラムダは不可視の鎧を身に纏い、熱源光学センサーに切り替えるような余裕もない。

 

《ゲシュヴンダー》もいつの間にか撤退し、今の自分達へと明瞭な敵意を持っているのは遥か彼方に存在する《フォースベガ》だけだ。

 

「勝てない戦いはするものではありません。我が方だけでは現状、聖獣を相手取るのは難しい」

 

『貴様の力があるだろう……!』

 

「それもつい先ほど。ブーステッド2まで使用しました。次に使えるのはあと一回きり」

 

 こちらの報告にダーレットチルドレンは不承気に声にする。

 

『……問題があるようだな。我々の欠陥品と言うのは』

 

『大佐。撤退を進言いたします。これ以上……あなたがそのような言葉を吐かれるのは、耐えられそうにない』

 

 カプセルの持ち主は《パラティヌス》の部下だ。

 

 彼も分かっている身分のはずだが、今は自分への忠誠が勝っているようであった。

 

「衛星軌道上へと帰投する。その後に、追撃作戦があれば追えばいい」

 

《ラクリモサステイン》はバインダーを閉じ、繭のような形状へと変形して撤退に移る。

 

 大局で言えば、こちらの完全勝利には違いないが、それでも相手を逃したのは大きな禍根になるのは窺える。

 

「しかし、聖獣の心臓とは。思いも寄らぬ、とはこの事を言う。自分は、少しばかり世界の重量を背負うのにはあまりに脆い」

 

 どくん、とコンソール上の鼓動が脈打つ。

 

《ラクリモサステイン》と同一化した第一の聖獣の脈動はこの時、ジオにとって大きな世界の試練のようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マーシュ艦長! そちらは無事か?』

 

 管制室に響き渡るザライアンの声に、マーシュは軽口一つで応じていた。

 

「逃げなかったのね、それはやはり宇宙飛行士の名に唾を吐く行為だから?」

 

『……逃げるわけがない……。僕は、もう誰も裏切りたくないんだ。自分の気持ちも……!』

 

「そう。でも、気を付ける事ね。広域通信は気取られかねない。ランデブーポイントX03で落ち合いましょう。既に《ゲシュヴンダー》から信号を発しているわ」

 

『……信用してもらっているわけではないのか』

 

「信用はしているわよ。それでも、聖獣の力に恐れをなしているクルーも数多いの。彼らのメンタルも考えなければいけないのが艦長の職務もである」

 

『……了解』

 

 暫時の沈黙の後に了承の声を返した相手に、マーシュは我ながら、と嘆息をつく。

 

「どこまで……人でなしに成ればいいのかしらね。ねぇ、メイア。あなたはこんな私を軽蔑するかしら」

 

『マーシュ艦長。《ゲシュヴンダー》全機収容完了。作戦は一時終了だ。……何を気にしているのかは分からんが、少しは気を休めるといい。こちらには損耗一つない。艦長の判断に間違いはなかった』

 

 整備班長の後半の声はプライベート通信であり、自分を慮ってのものだったが、マーシュにしてみればそれも辛い。

 

 彼らの信用と命を預かっている手前、弱音の一つも吐ける状況ではない。

 

「……ええ、お疲れ様……。《ゲシュヴンダー》はすぐに使えないと意味がないわ。整備を急いでちょうだい」

 

『あいよ。こっちも仕事はきっちりとこなすよ。通信終わり』

 

 管制室は静まり返っており、自分一人の存在を持て余すばかりであった。

 

「……メイア。こんな虚栄の頂、あなたはきっと、意味なんてないって言うでしょうね。だってこれは……あなたと見たかった景色じゃないもの」

 

『艦長へ。《ゲシュヴンダー》パイロットはこれより全員、ブリーフィングルームへと向かいます。相手は……聖獣の心臓を喰らいました。この意味を分かっているのは我々と、そしてザライアン・リーブス達だけでしょう』

 

「ええ、これより向かいます。……聖獣の心臓を手に入れる。それがどれほどの意味を持つとしても……ジオ・クランスコール。彼は我々にとって最も忌避すべき毒となった。それだけは……確かでしょうからね」

 

 誰の声もない管制室を、マーシュは後にしていた。

 

 残響の音色さえもなく、扉は冷徹に閉じられていた。

 

 

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