絶句した一同の中で、最初に言葉を継いだのはアルベルトであった。
『……カトリナさんの爺さんが……ハイデガーとかだって……? 待ってくれ、待って……ピアーナ、そいつぁ……』
『飲み込めないのも分かります。ですが、これは事実であり、そしてわたくしが知っている全てでもある』
沈痛な面持ちを伏せたピアーナへと、誰も懸ける言葉を見失っているようであった。
クラードは直通回線より声を放つ。
「……ピアーナ、それを俺達に教えて、それでどうする? ハイデガーの事を認識しているのは現状、俺とカトリナ・シンジョウだけだと、知っていてなのか?」
『分かっています、虫のいい話だとも。ですが……わたくしは……事ここに至ってようやく、あのお方の事を思い出せたのです……! だから、報せなければ、いけなかった……』
《ダーレッドガンダム》のコックピットの中でクラードは長く深く呼吸する。
自分の功罪だと思い込んでいたハイデガー消滅はその実、ピアーナも関知しての事であっただけではない。
「……来英歴の……歴史が変わっていた……?」
否、そうではない。
組み込まれた来英歴の歴史を紐解けば、そうなってしまっていただけ。
元々、自分とカトリナが出会うのでさえも、織り込み済みであったとすれば。
『クラードさん……私……聞けてよかったと、思ってます。だって、ハイデガーさんの事、私は特別に思えるんですから……。
「……カトリナ・シンジョウ……」
消し去ったはずの人物が自分の祖父であったなど、受け入れがたいはずだ。
だと言うのに、カトリナは嬉し涙を流していた。
ようやく――胸の中に受け入れる場所を見出したかのように。
『……おじいちゃん……おじいちゃんが遺した鍵は……今もここにあるよ……』
『……カトリナ様……』
言葉を失う一同の中で、アルベルトは壁を殴りつけていた。
『……こんな事って……こんな事ってあっていいのかよ……! だって、オレはどんだけ聞いても、まるで思い出せないんだぞ……! だってのに、カトリナさんとクラードだけが……そいつの重みを受け入れるなんざ……酷だろうに……!』
アルベルトなりの受け止め方なのは窺えた。
彼は自分達の事を考えてくれている。
きっと、誰よりも。
「……アルベルト。俺も、背負う事にする」
『クラード……?』
「この手で消してしまった……そう思い込んでいた命一つが、カトリナ・シンジョウの持つ鍵に集約されると言うのならば、俺はそいつの事を決して忘れない。絶対に……忘れてはいけないんだ……!」
『……クラード、お前……』
拳を堅く握り締める。
こうして、今、決意出来た。
ハイデガーの意味は、ここにあった。
自分の覚悟を固めるために。
そして、道を歩み出すためにこそ。
『……クラード、わたくしは確かに、ハイデガー様に教わりました。貴方と、そしてカトリナ様を頼んだ、と。だから、わたくしは自分の意志で、これから貴方達に加勢いたします。ブリギットの艦制御が必要だと言うのならば、電子光学技士としての責務があります』
『……参ったな。話のスケールが壮大過ぎて俺はまるで付いていけねぇ……だが、一個だけハッキリしてます。最後の最後まで、お供しますよ、リクレンツィア艦長』
挙手敬礼したダイキにピアーナは微笑みを向けたのも一瞬、彼女は歩み出していた。
それは自分なりのハイデガーとの決別であったのだろう。
思い出の中で生きていけるのならば、人は決して一人ではない。
「……俺達は、ひとりじゃない、か……」
呟いたクラードは《ダーレッドガンダム》のアイリウムを作動させる。
『コミュニケートサーキットを展開。専任ユーザーの承認を乞います。30セコンドの対話状態へと変移。“どうした? 今しがたの会話で何か思うところでも?”』
「……お前は分かっていたのか? いや、分かっていたとしても俺には教えないのだろうな。それだけの運命を」
『“知り得る情報ではなかった。五十三年も前に跳躍させたつもりもない”』
全ては偶然――否、必然のはずだ。
偶然で出来上がったにしては、自分の運命はここまで築き上がっている。
「……レヴォルの意志、お前に、俺は決して屈しない。それはハイデガーと言う男が、この五十年を積み上げてきた意志であるからだ」
『“こちらを拒むとでも?”』
「違うな。逆だ。――俺は最後まで、お前を乗りこなす。レヴォルの意志よ、俺に従え。それが俺に出来る、唯一の叛逆……いいや、手向けだ。ミハエル・ハイデガーと言う男に対しての、義理でもある」
『“義理、か。似合わぬ言葉で自らを装飾し、そして折り固め、拘泥するか。それがお前の理屈だと言うのならば、こちらはそれを凌駕しよう”』
「上等……と言う奴だ、《ダーレッドガンダム》」
『コミュニケートモードを終了。これよりレヴォル・インターセプト・リーディングは次の戦場に向けて調整状態に入ります』
「……カトリナ・シンジョウ。届いているか?」
声を発した自分に、カトリナは立ち尽くしたまま頬を濡らしている。
きっとようやく見出された自分の価値に震えているのだろう。
『……はい。……分かって、決意しなくっちゃいけないのに私……何で、こんなにも嬉しいんでしょう。安心しているのかも……しれません。ハイデガーさんが……おじいちゃんが私にエンデュランス・フラクタルに入って欲しいって願った意味。それってきっと……出会うためだったんですね。私と、クラードさんが』
「……ハイデガーがどこまで事象を掌握していたかは分からない。だが……俺も一つ思う。カトリナ・シンジョウ。変わらないのは、たった一個でいい。あんたは俺の委任担当官であり、それはハイデガーの意志も関係がない。あんたが決意したから、ここまでの未来は拓けたんだ。その意味を……忘れるな」
自分なりの鼓舞のつもりであったが伝わるかどうかはどっちでもよかった。カトリナは涙を拭い、そうして泣き腫らした眼差しでこちらを見据える。
『……委任担当官、カトリナ・シンジョウは……これよりあなたの担当窓口として……いいえ、これからもずっと……っ! ずっと……っ!』
委任担当官の職務までハイデガーが理解しての事であったとは思えない。
ここまで来られたのはきっと、個人個人の意思もあるはずだ。
ハイデガーは他者の意思を祈り、願い、そして想いを届けるべく時空を超えた。
「……人の想いが時を超える事もあるのだな……」
しかしそうなのだと、自分はよく知っている。
想いが他人の運命を変容させ、そして行く先でさえも変え得る事を。
「……ミハエル・ハイデガー。お前は未来に……本心から願えたのか。変える事こそが自らが掲げられる叛逆なのだと。しかし、俺は……」
コックピットの中で停滞を持て余す。
自分は前に進まなければいけない。
ピアーナの話し振りを聞いたのならば、そのはずだ。
だが、この足を僅かに鈍らせるのは――聖獣の息吹。
「……俺は次の作戦にこそ、第六の聖獣の心臓を手に入れなければいけない。だと言うのに、俺は……何を、恐れているのか? そこまでしたハイデガーの想いが潰える事にでも……」
否、違う。
これはまるで別種の恐怖だ。
クラードは明瞭不能な恐怖の根源に向けて、一言だけ放っていた。
「……俺は、俺ではなくなるのが……怖いのか……?」