機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第248話「今を生きるスケールで」

 

「正直、話半分、って感じかなー」

 

 格納デッキへと自らの居場所を見出した矢先、声が弾けてアルベルトは視線を向ける。

 

「……メイア・メイリスだったか」

 

 メイアはウインクして整備されていく機体を眺める自分の傍らに佇んでいた。

 

「知ってるでしょ? この宇宙で一番のアーティストの名前だ」

 

「それは当て擦りだろうが。第一、オレは……ピアーナの言っていた言葉に嘘があるとは思えねぇ」

 

「それはボクも同感。でも、信じられるスケールってものがある」

 

「それは……今さら言いっこなしだろ」

 

 聖獣を操り、そして作戦に組み込んで自分達はそれをも超える戦いを繰り広げようと言うのだ。

 

 だと言うのに、ここで参ってしまっているのでは肩透かしもいいところ。

 

「……でも、信じられる? 五十年も前に跳ばされた名もない人が、今のボク達を創り上げているなんて。それは何だか……ボクはちょっとヤだな……」

 

「嫌って……それはお前……メイア・メイリスの、一流アーティストの第六感って言いたいのかよ」

 

「そこまで思い上がったつもりもないよ。ただ、さ。ここまで艦長には色々と世話になって来たけれど、そのハイデガー……いいや、話の中じゃエーリッヒだっけ? ……どっかで聞いた覚えがあるんだけれど……何だっけ?」

 

「オレに聞くなよ。どう考えても学はなさそうに見えるだろ?」

 

「どうかな。案外、一番に真実に肉薄しているのはキミみたいなクチかも。クラードは冷静に事の次第を望めそうにもないし、あのカトリナって人もそう。ハイデガーの生き方に……感動しちゃってるんだ」

 

「お前はそうじゃないみたいな言い草だな」

 

「ボクはほとんど無関係だからね。ハイデガーだろうがエーリッヒだろうが、そりゃすごいとは思う。ここまで想いを切らさずに、未来に展望を描けるなんて。でもそれって、結局は人間の限界ってものに頭打ちになるんじゃない?」

 

「……人間の限界か」

 

 メイアはどこか、先ほどの話の中に違和感を抱いているようでさえもあった。

 

 ハイデガーと言う――自分の知らない人間の行いは全て自分達の今に繋がっている――そう言われても実感出来ない自分があまりにも不感症なのかと思っていたくらいだ。

 

「何となく分かるんじゃない? だってキミは、クラードに一番近い場所で見守って来たって言うんでしょ? なら、彼の目線だって何となく分かるはずだ」

 

「……オレはクラードの視座なんて分かった風な事を言えねぇよ」

 

 分かった風になったのがデザイアでの日々だと言うのならば、今は少しばかり諦観さえもある。

 

 クラードは、自分に期待してくれているようで、そうでもない。

 

 きっと何度も、何度だって打ちひしがれた過去があると言うのに、クラードは膝を折る様子もない。

 

 それは彼が赴くべき未来を見据えているからだと、再会するまでは思っていたが実際は違っていた。

 

「……クラードは、見据えるべき場所を……そうそう神様みたいには成っちまえねぇって、そうやって足掻いているのが今ばっかりは分かるんだ。だってよ、神様みたいな奴が寄越した道標なんて、あいつはそれこそ御免だって言ってのけるはずなんだからな」

 

「何だ、案外やっぱりクラードの事、分かってあげてるじゃん」

 

 メイアは赤い瞳に宿った好奇の色を隠しもしない。

 

 アルベルトは嘆息交じりに、その気配を振り払う。

 

「……あのな、オレは分かった風になって、それで何もかも諦めるようなヤツが大嫌いなんだよ。ハイデガーってのがどれほど偉大にクラードとカトリナさんの事……それにピアーナの未来だって理解したつもりになっていようが、オレは御免だね。神様が最初から最後まで創った道なんて、反吐が出るってもんだ」

 

「……いい気概だね。ボクは何となく、それを聞いて安心したかも」

 

「安心? そりゃ真逆だろ? 不安の間違いだ。こんなヤツがピアーナの半身である《アルキュミアヴィラーゴ》を操ってるんだって言う、落胆だってあるだろ」

 

「いいや、ないね。ボクは高尚な音楽に堕ちる気なんてないんだ。だって、音楽ってのはもっと自由で、そして万人のものじゃなくっちゃいけない。神様の生み出したメロディなんて、一番に叛逆の対象だよ。この世の神の音階があるとすれば、ボクはそういうものにとっての毒じゃないと生きる価値もない」

 

「生きる価値も……か。お前と言い、クラードと言い、思い切りがよ過ぎんだよ。自分が世界にとっての毒になるなんて……間違ってもオレは言い出さねぇ」

 

 それだけ脆いのだろう。

 

 自分一人が世界と言う強制力に抗うなんて、それこそ意味がないとでも言うように、先ほどの話は受け止めていた。

 

 クラードの未来も、カトリナの未来も、ともすれば自分の未来でさえも――。

 

 そこまで考えて、馬鹿馬鹿しくなったのもある。

 

 誰かの作ったレールに沿って生きるなんてらしくない。

 

 そう――凱空龍の荒れくれ者らしくないではないか。

 

「……オレは高尚なものにとっての毒だなんて言い出せるほど強くもねぇし、それにピアーナの言う感動とか言うのも、何となくだけれど拒んでるんだろうな。そういうもんには無縁の生き方だと思っていただけに」

 

「それがキミなりの叛逆か。アルベルト・V・リヴェンシュタイン」

 

 フルネームで呼ばれ、一拍構えたが、アルベルトはそれも意味がないか、と警戒を解く。

 

「……お前は何がしたいんだ? クラードと同じように《レヴォル》に選ばれて……この世界にとっての毒だろうが、忌むべき何かだろうがになろうとしてんのか?」

 

「どうだろうねぇ……。ボクは結局さ、自分の存在感ってものに特別性を見出したかったのかもしれない。ギルティジェニュエンのボーカルとしてがなり立てて、世界に亀裂を作るだけの“罪付き”のメイア。そう……評価されるのがどこか心地よかったんだ。でも、さっきの話聞いてさ、何だか拍子抜けしちゃった。いや、感動はしたんだよ? そこは間違えないで欲しいな」

 

「別に誤解するつもりもねぇよ。ドデカい話に感動するかしねぇかはその人間次第だろ」

 

「そう、その人間次第のはずなんだ。でも、さっきのは結構、キタって言うか……参っちゃうよね。五十年間なんて重石、まだ若い身分にはきつ過ぎる。別に艦長の生き方に異議を差し挟むわけじゃないけれど、それでも、さ。年数で説得させるなんてズルいじゃん」

 

 意外、と言うのが正直な感想であった。

 

 アルベルトは先ほどのような話に感動する人間こそ、真っ当な生き方なのだと思い込んでいたからだ。

 

「……分かんねぇもんだ。オレは、これでも真っ当に……いや、違うな。それなりに人間的な感性を持っているつもりだった。でもよ、さっきので泣けねぇんだ。それって人でなしって事なのかもな」

 

「じゃあボクも人でなしだ。だって、泣けなかった。酷いとは思ったし、しんどいとは思ったよ? でも、泣けない。これってさ、やっぱり強制力みたいなもの?」

 

「……オレに聞くなよ。知るワケねぇだろ」

 

「でも何となくだけれど、キミはそういうのを知っているように映るんだ。これは穿ち過ぎかな?」

 

 問いかけられてアルベルトは脳裏を掠めたラジアルとの思い出を振り払う。

 

 簡単に思い出して、それで感傷に浸るような記憶でもない。

 

「……オレはただのRM第三小隊の小隊長。それだけに過ぎねぇよ。それ以上の意味を見出すのは勝手だが、お門違いってもんだ」

 

「そう。何となくキミには涙なんて似合わないもんだって決めつけていたのかもね。まぁ、それでも……ボクは艦長の言う、時を超えた想いに感化されなかった。これってさ、アーティストとしては失格?」

 

「だから、知るワケねぇって言ってるでしょう。他人の思い出なんだ。当事者であるカトリナさんや、クラードからしてりゃ、とんでもねぇ過去だっただろうさ。ピアーナも……あそこまで重たいもんを背負っているなんて思いも寄らなかった。ただ……その生き方の苛烈さに感情移入出来るかって言えばそれも違ぇはずだ。きっと、思い出なんて分かった風に成っちまうのが一番よくねぇんだろうな」

 

 ピアーナの過去には同情するものもある。

 

 ハイデガーが遺した意志には圧倒されるものもある。

 

 しかし――だからと言って分かった風になって、それで同じように泣けるか? と問われれば途端に霧散するのだ。

 

 きっと誰にでも、他人の感情移入を拒む物語はある。

 

 それがちょうど自分にとっては先ほどの物語であっただけの話。

 

「……こんだけ説明されてもハイデガーとか言うのが生きていて、元々はベアトリーチェのクルーだったなんて全然信じられねぇんだ。これって何つーのかな……感情の矛先を知らない、馬鹿みてぇだなって」

 

「感情の矛先なんてボクだって分かんないよ。艦長の思い出話だし、当事者には絶対に成れないんだから。それこそ、ダイキみたいに艦長の全てを肯定するとか言い出さない限りはさ。やっぱり他人なんだよ」

 

「……やっぱし他人、か」

 

『“とは言え、少しは感じ入るものがあったのではないのですか? アルベルトさん”』

 

 唐突に浮かび上がったビジョンにアルベルトはうわっ、と仰け反る。

 

「……何で今の今まで出てこなかったのに出て来るんだよ。空気読めって」

 

『“何ですか! わたくしが空気を読んで、じゃあさめざめとまるで幽霊のように振る舞えとでも? それこそ御免ですよ!”』

 

「……驚いた。さっきの話だと、キミは元々、テスタメントベースで培養された……知的生命体みたいだけれど」

 

 メイアも驚嘆しているのか、マテリア相手に及び腰になっているようであったが、当の本人はのほほんとしている。

 

『“ですが、憶えていない出来事に意味を見出せと言われても……それこそ無感情ですよ。わたくしは機械ですから”』

 

「そのジョーク、今ばっかしは笑えねぇよ。もうちょい分かれ」

 

 自分が言いやると、マテリアは頬をむくれさせて抗議する。

 

『“……何ですか。わたくしだって、今の今まで実感なんてなかったんですよ? ピアーナ・リクレンツィアの一部なんだって、本気で思い込んでいたんですから”』

 

 ピアーナの半身、と言う事はマテリアは彼女の人格形成に多大な影響力を持っている可能性が高い。

 

 それどころか、先ほどの物語を信じるのならば、彼女の記憶を封じていたのはマテリア自身でもあるのだ。

 

「……お前は……さっきの聞いておいて、何でもねぇって振る舞えんのかよ」

 

『“別に、何だってないんじゃないですか? だって、わたくしからしてみれば、五十年も前にあったかなかったか分からない記憶の一部に触れさせられて、それで信じろですよ? こっちの身にもなって欲しいものです”』

 

 ちょこんと三角座りをして不貞腐れるマテリアに、アルベルトはそっと呟いていた。

 

「五十年、か……。そんだけの説得力で話されちまうと、何だかな。オレらの抵抗なんざ意味なんてねぇって言われているみたいでな。スケール違いって言うかよ」

 

『“……わたくしに、殊勝に成れとでも? それこそ反吐が出るっていうものです。わたくしはマテリアであって、ピアーナ・リクレンツィアじゃないんですから”』

 

 あ、とアルベルトはその段になって彼女の地雷を踏んでしまった事に気付く。

 

 誰もがマテリアをピアーナの一部、彼女の封じられた思い出として語る事に、一番に敏感なのはきっと、マテリア自身なのだ。

 

「……悪かったよ。さっきの話に感動しなかったクセに、他人にはそれっぽい生き方をしろって言っているようなもんだった」

 

『“本当ですよ。アルベルトさんは相変わらず女子の扱いが全然ですね”』

 

 完全に参ったこちらに対し、メイアがクスリと笑う。

 

「……何か?」

 

「いや、キミとそのアイリウムとの関係、面白いね。何だかとっても自由な気がするよ。さっきの話聞いた後のやり取りだとは思えないほどに」

 

「……緊張感足りてねぇヤツが二人揃って……って意味かよ」

 

「いや、それくらいでちょうどいいのかもしれない。ボクも、さ。いつだってお涙頂戴の物語ばっかり奏でていたらお腹いっぱいになっちゃうよ。なら、今日はブルースの気分でもあれば、今日はポップの気分って風に移り変わったほうがよっぽど自由だ。うん、人間らしい」

 

「……人間らしい……か」

 

 自分とマテリアの関係性に人間らしいなんていう感想を持ち出す相手には何となくだが、当てになるような気はしていた。

 

「……オレらはもう少し……自由な立ち位置で生きているつもりだったんだがな。それが意外と偏狭で、それでいて誰かのとてつもない思惑の上なんだって言われりゃ、ちぃとばかし辟易もするぜ。ここまでの抵抗も、ハイデガーとか言うのの思い通りだったのかってな」

 

「それは違うでしょ。だってキミ、カトリナの事、好きだから支え続けたんだから」

 

 不意に自分の感情に触れられ、アルベルトは当惑気味に後ずさる。

 

「な……な……っ」

 

『“バレバレなんですよ、アルベルトさんは”』

 

「てめぇっ! 何言ってやがる、マテリア! もうちょい空気ってもんをだな……!」

 

『“知りませーん。血も涙もないマシーンですから”』

 

「だから、彼女の思い出になりたくって、キミは悩んでいるんでしょ? でも、泣けない。それってさ、何だかんだ人間ってのはそういうもんなんだよ」

 

「……そういうもんって……でもそりゃあ……!」

 

「そういう風にしてあげるのが、カトリナの言い分なら確かなんだろうね。でも、キミは彼女のそういうのには成れないし、彼女自身も望んじゃいない。それで決着。あれ? ダメ?」

 

「……駄目っつーか……何だってオレは、こうも見透かされちまうんだろうな」

 

 重苦しいため息をついてから、アルベルトは格納デッキで整備されてゆく《ネクロレヴォル改修機》と、そして愛機の《アルキュミアヴィラーゴ》を視野に入れていた。

 

「……お前も戦うのか?」

 

「そりゃあね。一機でも戦力が欲しいのが実情でしょ? これでもライドマトリクサーだし、望まれればどれだけだって!」

 

 腕まくりをして鳳凰の紋様のRM施術痕を見せつけたメイアに、やはり自分は、とアルベルトは天井を仰いで呼気を付く。

 

「……やっぱオレは、お前みたいにも成れねぇし、何だかんだで実感もねぇのかもな」

 

「……でも、しんどい目には遭ってきたはずだ。キミだって一端の戦士だから、クラードの傍に居られる」

 

「オレが一端の、か。でもよ、クラードが何を望んでいるのか、今になってよく分かんなくなっちまったんだ。さっきの話で余計にさ。クラードには物語がある。だがオレにはねぇ。その……何つーのかな、隔絶みたいなのが明らかになっちまってよ」

 

「醒めちゃったってわけか」

 

 代弁されてアルベルトは項垂れる。

 

「……身勝手だって嗤えよ。それくらいの立ち位置なんだろ?」

 

「嗤えないよ。ボクだって泣けなかったし、キミを嗤えるもんか。きっと、さ。人間なんてそれなりに人でなしで、それなりに他人と自分とを分けているだ。だから、他者を傷つけるし、他者の想いに寄り添えるんだろうね」

 

「……やっぱお前、一端だよ。オレにはそこまでの思い切りはねぇ」

 

「嘘つき。だってキミは、クラードだって好きなんでしょ?」

 

 またしても見透かされた事を言われ、アルベルトは面映ゆい。

 

「……クラードの感じている事も、思っている事も、オレにとっちゃ宇宙よりも遠いのかもしれねぇ」

 

 彼が何を抱えて、どのような闇をこれまで飼い馴らして《ダーレッドガンダム》に乗り続けているのかだって、分かりさえもしなかった。

 

 ハイデガーの記憶をこの世で二人きり――カトリナとだけ共有する事だって重石であったはずだ。

 

「クラードが何を考えているのかは彼だけの領分でしょ。ボクだって分かんないよ」

 

「……《レヴォル》を動かせても、か」

 

「そっ。《レヴォル》を動かせたってそう。だからボクに、特別なものなんて期待してないでよね。だって何だかんだで、この世はいい加減な調子で回ってるんじゃないかな? 何もかも敷き詰められて完璧なものなんてないんだ。そう思わなくっちゃやってられないよ」

 

 それはハイデガーの辿って来た道筋そのものへの叛逆のようでさえあって、アルベルトは嘆息をつく。

 

「……クラードも、何かを感じている。でもよ、オレには分け入る術なんて見当たらねぇんだ」

 

「だったらさ、少しでもクラードを支えようよ。何だかよく分かんないけれど、ボク、キミはちょっと好きかも知れない」

 

 唐突に告白されて、アルベルトは当惑する。

 

 声を出し渋っている間にマテリアが囃し立てる。

 

『“ひゅーひゅー! 妬けますねぇ、アルベルトさん!”』

 

「てめっ……! マテリア! そういうんじゃねぇ……っ!」

 

 マテリアは浮かび上がって自分の拳を掻い潜る。

 

 その様子を眺めながら、メイアは肩を叩く。

 

「分かってあげてね! クラードの事、最後の最後まで……!」

 

 その言葉を潮にして格納デッキを後にしたメイアに、アルベルトはガラにもなく照れてしまった己を持て余す。

 

「……何だっつーんだよ、女ってのはこれだから」

 

 始末に負えないのだ、とアルベルトは愛機の修復作業を見守っていた。

 

 

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