機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第250話「祈りの先に待つものを」

 

『……いえ、分かっているつもりです。これでも、エンデュランス・フラクタルで教育されてきた三年間もありますし、エージェントとしての勘って言うんですかね。それも、まぁまぁ。凶報ですか』

 

 ヴィルヘルムは一拍目線を伏せた後に、《サードアルタイル》へと直通回線で呼びかける。

 

「君の操っているのは《サードアルタイル》……第三の聖獣のはずだな? ログはどうなっている?」

 

『それが、こっちの領分じゃないんですよ。それが分かったのは、ヘッド達と合流してから今までで数回のログ送信の解析……これじゃ何の当てにも成らないな。エージェントとして使い潰される予定だったのは目に見えています』

 

 やはり、そうなのだろうとシャルティアは感じ取っていた。

 

 グゥエルはエンデュランス・フラクタルによって「再教育」を受けさせられた身。

 

 恐らく、その自由でさえも効かなかったはずだ。

 

 それがどうしてなのだか、彼の意識は表面化している。

 

 とは言え、それが永続的に続く保証もない以上は――と、《サードアルタイル》に括りつけられた爆弾の数をシャルティアは目で追っていた。

 

 グゥエル本人も了承しているとは言え、この扱いはあまりにも人道にもとっている。

 

 しかし、安全装置としての爆弾がなければこうして話す事も儘ならないだろう。

 

 実際、自分もこうして目の当たりにしても圧倒されている。

 

 第三の聖獣としての在り方――それは地を這いつくばるしか能のない人類を遥かな高みで俯瞰する。

 

 ヒトの手で届く叡智などあるものかと嗤っているようでさえもあった。

 

「君の感覚でいい。MF03は次の戦場でも使えそうか?」

 

『レミア艦長にも聞かれました、それ。一応、こっちで掌握している分もありますけれど、いつ何が起こって本社の意向に逆らえないか分かりません』

 

「ファムは? 彼女はどう言っている?」

 

『ファムは……俺達の天使は、俺が乗っているって分かっているんでしょうかね……近づいてもくれませんよ』

 

 格納デッキの隅でトーマとユキノに肩を抱かれたファムは不安げな眼差しをこちらへと注ぐ。

 

 元々は彼女の聖獣だ、と言う事実でさえも、先刻分かったばかり。

 

 だと言うのに、今のファムは恐れを抱いているようであった。

 

「シャルティア委任担当官……これからわたしは、少し想定外な事を言う。レコードを撮るならば今だぞ」

 

「……どういう……」

 

「先の戦いで、《サードアルタイル》は権能を発揮し、そのお陰で我々は九死に一生を得た。だが、わたしは次の戦いでもそうとは限らないと規定している。その上で、進言する。――《サードアルタイル》の権限をグゥエル君に預け、わたしとの共同作戦を張ってもらおう」

 

 その発言に即座に反応したのは元凱空龍のメカニック達であった。

 

「何を……! ヴィルヘルム先生……!」

 

 向けられる銃口にシャルティアは思わずそれを庇うように踏み出しかけて声に阻まれる。

 

「来るな! ……君まで背負う事はない、シャルティア委任担当官。わたしはオフィーリアの船医であり、有機伝導技師だ。決して作戦士官などではない。これは真っ当な反応だ」

 

「で、でも……ヴィルヘルム先生が間違うなんて事が……」

 

「それがあり得る局面だから言っている。シャルティア・ブルーム委任担当官、もしもの時にわたしの責任に出来る。レコードを撮れ。そして、君の職務を果たせ」

 

 確かにここですべき事は、ヴィルヘルムを後で糾弾するためにレコードに記録し、彼の行動を縛り付ける行いであろう。

 

 それがオフィーリアの――ひいてはエンデュランス・フラクタルの委任担当官だと言うのならば、正しいはずの行い。

 

 教わってきたはずだ。

 

 誰かが間違えれば泡沫に帰すレジスタンス活動。

 

 そんなものに身をやつすのならば、すぐにでも誰かを見限れる冷徹さを持て、と。

 

「……出来ません……」

 

 震える声で紡ぎ出した声に、ヴィルヘルムは背を向けたまま声を放つ。

 

「やれ。やらなければ禍根を残す」

 

「出来ません……! だって……ヴィルヘルム先生だって……辛いのに……それを知っているのに、何で今さら……第三者になんて……」

 

「言ったはずだ。それが君の役職であると」

 

「なら! それを違うと言えるのも、私の役割のはずなんです!」

 

 シャルティアはヴィルヘルムを庇うように踏み出し、銃口を向けられていた。

 

 ――分かっている。

 

 ――怖い。

 

 銃を向けられると言うのは、こんなにも恐ろしいのか。

 

 こんなにも、視界がぶれて。

 

 こんなにも、意識は閉ざされそうで。

 

 それでも、奥歯を噛み締めて耐える。

 

 それでも、萎えかけた意識に熱を通す。

 

 きっとアルベルト達は、こんなひりつくような殺気を感じながらこれまで戦ってきたはずだ。

 

 ならば――自分の役目は帰る場所を守る事だけではない。

 

「……君も死ぬぞ、シャルティア……!」

 

「でも……心に従って立派に死ねるんなら……それでいいです。私は……自分の心一つに誓いを立てられないまま死ぬほうがよっぽど……怖い……!」

 

 こちらの様子が奇妙であると感じたのか、ユキノが歩み出そうとしたのをシャルティアは微笑みで応じていた。

 

 本当なら頼ってしまいたい。

 

 だが、こればかりは自分の役目だ。

 

 抱え込まなければ、何が仲間か。

 

 何が、信を置くに足る盟友か。

 

 シャルティアは向けられた銃口の殺気から逃げなかった。

 

 きっと、これまでならば逃げていた。

 

 しかし肩口で今も疼く思考拡張の痕跡が、逃げを許さなかった。

 

「……容易いほうに……転がっちゃ、駄目……」

 

 その決意を瞳に浮かべると、彼らも当惑していた。

 

 撃てばいいのか、撃ってはいけないのか。

 

 その判定は彼らの手にはない。

 

「……そこまで往生際が悪くなれとは、教わってないだろう。シャルティア・ブルーム委任担当官。君達、銃口を降ろしてくれ。試すような事をするつもりはなかった」

 

「しかし……ヴィルヘルム先生……これは背信行為ですよ」

 

「だとすればわたしが責任を負えばいいだけの話だ。あるいは……ずっと見ているんだろう? クラード」

 

「……えっ……」

 

 思わず、と言った様子で漏れた声に、回線が繋がれる。

 

『驚いたな。ヴィルヘルム、あんたはそこまでウェットな性質でもなかったはずだ』

 

「そうかもしれないが……出会いが、変えたのだろうな。こう言えば陳腐に落ちるが、人との繋がりと言うものが」

 

「く、クラードさん……?」

 

『シャルティア・ブルームとか言うの。あんたの覚悟、見させてもらった。別に俺は裁定者じゃない。誰かを裁く権利もなければ、誰かを罰する権利もない。ただ……自分が間違った時に撃てと言ったのは、その男のほうだ』

 

 ハッとしてシャルティアはヴィルヘルムの背中を眺める。

 

 彼は肩越しに一瞥を向けて口元を緩めていた。

 

「……参ったな。お前にそれを言わせるのは本当に最後の最後だと、思っていたんだが」

 

「……ヴィルヘルム先生……」

 

『ヴィルヘルム、俺からも作戦を進言したい。グゥエル・レーシングの《サードアルタイル》は有用だった。先ほどの戦いでパーティクルビットがなければ俺達は負けていただろう。それは火を見るまでもなく明らかだ』

 

「……だな。分かっていてのつもりでもなかった。ただ、わたしは……お前に裁いて欲しかったんだよ、クラード。直属の人間が冷静さを欠いた時、始末をするのがわたしの教えた通りのはずだ」

 

『だがあんたは間違っちゃいない。ここでの判断はそちらのほうが合致している』

 

「これは、言われてしまっていると、そう思うべき局面なのかな」

 

 ヴィルヘルムは《サードアルタイル》に手をつき、そっと懇願するように首を垂れる。

 

「……頼む。クラード達を救って欲しい。これは作戦指揮者でもなければ、立案の立ち位置にもない門外漢からの願いでしかないが……彼らを死なせないでくれ、グゥエル君。どうか……どうか生きて帰って欲しい」

 

『……ヴィルヘルム先生、それは命令……じゃ、ないですよね』

 

「ああ。弱い人間の祈りのようなものだ。……笑えるだろう。信仰なんて一番に捨てた性質の人間が、縋る時には神頼みだなんて」

 

『いえ、俺も、今のあなたならば信じてみたくなりました。元々、ヘッドには拾われた命なんです。なら、俺もRM第三小隊の一員として……殿を務めます』

 

 しかし、いつグゥエルは本社の命令で背くか分かったものではない。

 

 そのリスクが消えたわけではないのだ。

 

 だが、ここでの提言よりもシャルティアが信じるのはヴィルヘルムの決死の心であった。

 

 自分が裁かれると分かっていて、それで命一つを投げるのはそうそう出来る事ではない。それも、自分の教育してきたクラードに判断を投げた――その理由は即ち。

 

「ヴィルヘルム先生、あなたは知っている事は全て……」

 

「ああ、言い置いた。よってわたしに価値はもうない。だからこそ、裁かれてもいいと思ったんだが……当てが外れるとはこの事か」

 

『ヴィルヘルム、俺はあんたを裁くほどの器量もなければ権利もない。次の作戦までに万全にしておく。それはあんただってそうだ』

 

「言われてしまっているな。いいや、そのほうがお前らしい。グゥエル君、次の作戦の要となるのは明らかに《サードアルタイル》だ。……頼んだよ」

 

『ヴィルヘルム先生……ええ、もちろん。俺に出来る事は、全部……』

 

 その言葉を受けて安堵したのか、ヴィルヘルムは踵を返していた。

 

 どこか全てを捨てたかのような寄る辺のない背中に、自分は何を思ったのだろう。

 

 声を張り上げて呼び止めていた。

 

「ヴィルヘルム先生……!」

 

「……何かな。シャルティア・ブルーム委任担当官。わたしに言える事は、もう何一つない。次の戦場では油断が命取りになる。委任担当官としてアルベルト君達を守ってあげるのが、君の役割のはず――」

 

「いえ、そうではなく。……ヴィルヘルム先生だって、守られていいはずなんです」

 

 その言葉に心底意外であったかのようにヴィルヘルムは目を見開く。

 

「わたしが……守られる……? だがそれは、何も出来ない事と同義だ」

 

「いえ、違います。それはきっと……違う。だってヴィルヘルム先生は、待つ事に意味を見出してきた人なんです。私も……待つしか出来ない身分ですから、だから言わせてください。待つ事は苦痛で、それでいてとても怖いですけれど……直視してください。アルベルトさん達の戦いも、待つ事という名の戦いを」

 

 それは自分の振り翳すような領域ではなかったのかもしれない。

 

 ただ、今はヴィルヘルムの心を救いたいのだ。

 

 彼はこれまで数多の秘密を抱えてきたに違いない。

 

 その度に心が擦り切れ、そして軋んできた。

 

 だが、もう隠し立てをする秘密もないというのならば、その痛みも肩代わり出来るはずだ。

 

 たとえ自分のような小娘であったとしても。

 

「……シャルティア・ブルーム……君は……」

 

「私は何も知らないに等しい人間かもですけれど……知らないからこそ言える事もあります……! 無知である事は、何も無力である事とイコールじゃない。待つ事も、帰る場所を守る事も、戦いなんです……っ!」

 

 誰かから借りた言葉でもない。

 

 誰かから教わった言葉でもない。

 

 ただ――自分の心の意味を見出す言の葉を、今ヴィルヘルムにぶつけなければその機会は永劫失われるという事だけは明瞭であった。

 

「……君に、そこまで言わせるほど、わたしは弱く、脆く見えるかね……?」

 

 とは言え、とヴィルヘルムは天上を仰ぐ。

 

 涙を堪えているのは、今の自分ならば窺えた。

 

 こうして泣かない事を選択し続けてきたのが、ヴィルヘルムという人間なのだろう。

 

「……一つ、まだ君には明かしていない事があった。クラードも、よく聞いてくれ。わたしの真の名前は……クリシュナ・クーンド。意味のない文字の羅列だが、憶えておいてくれ。お前がハイデガーの事を憶えてくれていたように、“ぼく”の名前を……」

 

『ああ、俺はお前の事を、一生忘れないだろう。俺に名をくれたのは、お前だからだ』

 

「……まるで呪縛のように言うのだな」

 

『呪縛はお互い様だ。世界の果てに至るまで、業火に焼かれ続けようと言うのが』

 

「約束、のようなものだったな。いいだろう。クラード、いずれわたしに教えて欲しい。お前のタイミングでいい。捨ててきた名前を……いや、これは野暮か。もっと相応しい、人間が居るのだろうからな」

 

 ヴィルヘルムは《ダーレッドガンダム》に収まるクラードへと視線を流してから、自分を一瞥する。

 

「……まさかわたしを暴いたのが、君のような女性だとは思わなかったよ。ともすれば君は、母に似ているのかも……いや、これ以上言えばわたしの地位も何もかも堕ち果てるな。言葉を重ねるのも、いい加減にしたほうがいい」

 

 格納デッキを立ち去ろうとするヴィルヘルムに、シャルティアは頷き返してから、身を翻していた。

 

「……グゥエルさん、でしたね? 私はエンデュランス・フラクタル、RM第三小隊の窓口である委任担当官です。これよりあなたの作戦系統への指示を行います」

 

『……それは……構わないが、ヴィルヘルム先生は……』

 

「……あの人は、きっと大丈夫。だって、ようやく弱さを吐き出せるようになったんです。なら、きっと……大丈夫なはず」

 

 自分は自分の職務を全うすべきだ。

 

 そうなのだと、ヴィルヘルムの白衣の背中は語っていた。

 

 

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