機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第252話「後戻りできない戦地へと」

 

「IMF02の索敵範囲には出来るだけ入らないように、それでいて《サードアルタイル》のパーティクルビットの有効範囲内で、ね……。なかなかに無茶な作戦を立案したものだわ」

 

 ブリギットの管制室でピアーナの艦長席兼電算椅子にもたれかかり、バーミットはコーヒーを差し出していた。

 

「バーミット様? ……そろそろオフィーリアに戻られたほうが……」

 

「最後の最後まで、ここまで甲斐甲斐しくするような義理もないでしょ? ……贖罪のつもりなら、やめておきなさいって言うのが、あたしの本音」

 

 ピアーナは電算作業を一端止め、差し出されたマグカップを手に取っていた。

 

「……あたたかいですね」

 

「あたしの特製ブレンド。感謝してよね、あたしがお茶入れるなんて、もうとっくの昔にレアになってるんだから」

 

 コーヒーを啜るバーミットとピアーナは視線を交わして、それから笑い合う。

 

「……何で笑えているんでしょうね、わたくし達は。殺し合っていたのに」

 

「あんたが自分の中に溜まっていた澱みたいなのを吐き出したからかもね。話は一応、レミア艦長と一緒に聞いたけれど……にわかには信じ難い事実ね」

 

「ですがバーミット様は戯言ではなく、事実と思ってくださっているのですね」

 

 こちらの呼吸にバーミットは茶目っ気たっぷりにウインクする。

 

「そりゃー、あんた、カワイイからね。信じるに足る要素なんてその程度でいいのよ、その程度で」

 

 バーミットの生き方はいつだって自由だ。

 

 ベアトリーチェで拾われた時も、彼女は最初に自分の身を案じてくれた事を思い出す。

 

「……あの、ベアトリーチェでは……すいませんでした。誰も信じられなくって……あの時は」

 

「何の話? あたし、覚えていなくっていいことはすぐに忘れる性質だからね」

 

 その立ち振る舞いが今はありがたい。

 

 過去に囚われずに済むからだ。

 

「……ですが、これは奇縁でしょうね。わたくしはカトリナ様を……拾われる前から知っていたんですから」

 

「その話、全部が全部話したわけじゃないでしょ? カトリナちゃんのお婆様ってのはどういう人だったの?」

 

 電算椅子にもたれかかってきたバーミットに、ピアーナは顎に手を添えて思案する。

 

「そうですね……ちょうど貴女のように……奔放な方であったと記憶しています。ハイデガー様をよく困らせていました。テスタメントベースで生きていくしかないと宣言された時も、それほど驚いていらっしゃらなかった気がします」

 

「ふぅーん、じゃあいい女だったって事だ」

 

「……ええ、偉大な女性でした。ハイデガー様もあのような方だから、添い遂げようと思われたのでしょうね」

 

 コーヒーに口をつける。

 

 少し苦みばしった味が先行したが、そこから先は溶けるように甘い。

 

「そのハイデガーって言うの、どうしてもあたし達は思い出せないんだけれど、でも居たのよね? ベアトリーチェに」

 

「ええ、途中で下船されましたが最初から居たメンバーのはずです」

 

「じゃあ、あたし達はとんだ重石を……カトリナちゃんに背負わせたみたいなもんか。みんなが忘れてしまった人間の事、いつまでも憶えておくなんて常人の域じゃないもの」

 

 言葉尻は沈んでいたが、それでも割り切っているのが窺えた。

 

 分かっている、バーミットはそういった人種だ。

 

 ある程度までは現実と理想の境目を理解し、割り切れる。

 

 しかし、カトリナはそうではない。

 

 きっと彼女にとっては相対する自分共々、何もかも巡らせる思い通りにいかなかったはずだろう。

 

「……苦いですね」

 

「足りないなら砂糖を入れなさい。そうやって人生を生きていくしかないのよ、所詮他人なんてね。その都度都度で、分かりやすい人間関係に集約されるしか、道なんてない。それは誰かを愛する事だったり、誰かを憎む事だったりするんでしょうけれど、そればかりは強制出来ないから」

 

「……バーミット様は、でも、その振る舞いでカトリナ様を救ってくださったのですね。それはよく分かります」

 

「そう? あんたも分かるようになったってわけか。ま、五十年も前から居たんじゃ、大人のレディ通り越してお婆ちゃんだけれどね」

 

 軽口が今は愛おしく、ピアーナは微笑みかける。

 

「……カトリナ様を、わたくしは守りたい。今度こそ、この心に迷いなく、自分のために……。それは、いけないのでしょうか?」

 

「誰も強制出来ないわ。だってあんたの人生なんだもの。この世に生まれて、走り出したら誰も止めてなんてくれない。その時々でアドバイスをくれる人は居ても、最後の時まで一緒に走り抜けてくれる人は滅多なものじゃ出来ないわ」

 

「……バーミット様は、そういった方はいらっしゃったのですか?」

 

「……どうなのかしらね? これでも恋愛体質のつもりだったけれど、もう、そういうのを遠巻きから眺めるのが好きになっちゃってさ。あーあ! レミア艦長みたいに枯れたつもりもないってのに!」

 

「……聞こえますよ?」

 

「いいのよ、聞かせるためにデカい声出してるんだから」

 

 バーミットの自由奔放さはきっと、誰にも縛られないからこそだろう。

 

 皆が自分を守るために、自分の殻に誰かを引き入れないために、線を引く。

 

 線引いた先は他者の人生、他者の領分だ。

 

 しかし、バーミットはその線を時折、強引なほどの言葉と行動で飛び越えていく。

 

「……バーミット様のような在り方は、純粋に眩しいですよ。わたくしには……特に」

 

 面を伏せた自分の名をバーミットが呼ぶ。

 

 反射的に顔を上げると、頬を指差されていた。

 

「かかった。あんたも結局さ、長い時間を生きてきたとは言え人間なんだと、あたしは思うわよ? カワイイんだからさ、ダイキ中尉といい感じになっちゃいなさいな」

 

「……クラビア中尉は関係ありませんよ」

 

 ふふっ、と笑ってからバーミットは身を翻す。

 

「まぁ、頑張りなさい。あんたなりの納得いく答えをね。それが誰かと恋する事でも、誰かを慈しむ事だってどっちでもいいのよ。だって、あんたの人生はあんたのものだって、ハイデガーは言いたかったんでしょうし」

 

 ハイデガーは自分を自由にしたかったのだろうか。

 

 外の世界を知らぬ籠の鳥。

 

 鳥籠に囚われたままの自分を、救い出すために、彼は五十年の時を超えたのだろうか。

 

 だとすれば、返し切れない恩義が、彼とひいてはカトリナにはある。

 

「……わたくしは、もう取りこぼすのは嫌なんです。だって自分の努力でどうにでも出来た。どうにでも……未来を描けると言うのなら……わたくしは……迷わずに行きます」

 

 バーミットはわざと返答せずに立ち去っていた。

 

 覚悟は決まった、とピアーナは電算椅子に手を翳し、全ての広域ネットワークを拾い上げる。

 

「ブリギット所属のトライアウトネメシス……いいえ、最早そのような別は不要でしょうね。ブリギットを守護する皆様はクラビア中尉の《シュラウド》をリーダー機としてIMFには対応してください。これより我々は……IMF02、《ティルヴィング》撃退とそして聖獣の心臓を確保すべく行動します」

 

『艦長! どかーんとやってやりますよ!』

 

 ネットワークの一つが拾い上げたダイキの声に、ピアーナは諌める。

 

「クラビア中尉、油断はしないよう。貴方の指揮一つで連隊が墜ちかねません」

 

『ですが、艦長は俺の事は信用してくれている、そうでしょう?』

 

「……本当、貴方は食えない……。作戦指示書には目を通しておいてください。メイア・メイリス? 艦内待機を命じていましたよね?」

 

『ボクでも乗れそうなのがあったから、これ使う事にするよ。一機でも戦力は欲しいでしょ? 《レグルス》だっけ?』

 

『メイア・メイリス。《レグルス》のミラーヘッドには慣れているか?』

 

 メイアに声をかけたのはダビデであり、彼女はマニュアルを差し出していた。

 

 メイアは一読するなり、コックピットの隅に置く。

 

『大体分かった』

 

『大体って……その程度の読み込みで、貴様……』

 

『あのさー、ボクはこれでもエージェントなの。もうちょい信用してよ。ねぇ、艦長?』

 

 そのやり取り一つでも今の自分にとっては勇気となる。

 

 微笑みをこぼし、ピアーナは通信域に呼びかける。

 

「ダビデ・ダリンズ。貴女はこれまで通り、トライアウトジェネシスの流儀でお願いします。そのほうがきっと、編隊としても動きやすいはず」

 

『了解した。……リクレンツィア、とか言ったな? カトリナ・シンジョウに声をかけないでいいのか?』

 

「……貴女も存外、お人好しですわね」

 

『……放っておけ。これでも彼女にほだされたクチなのでな』

 

 もちろん、カトリナには呼びかけるつもりであったが、それは最後でいい。

 

『アルベルト様、オフィーリアの作戦行動は任せていますが、わたくしのアイリウムの調整は如何です?』

 

『“マテリアです! もうオリジナルのわたくしとは違っているんですから、その辺理解するよう!”』

 

『あっ、てめぇっ……勝手に通信チャンネルをオンにするんじゃねぇよ。……ピアーナ、オレはお前の立ち位置とか、立場とか理解したとは言わねぇ。だが、抱えて来たもんは――』

 

『“アルベルトさん! こっち、調整甘いですよ! 何やってるんです!”』

 

『ああっ、もう! てめぇはカッコつけさせてもくれねぇな、マジに! ……まぁ、何っつーか、大丈夫だ、こっちは』

 

「そうですか。安心しました」

 

『RM第三小隊より入電。《サードアルタイル》のパーティクルビットには前衛として入ります。……話すの、久しぶりですよね、ピアーナ』

 

「……ユキノ様。生きていらして……いいえ、それもまた侮辱ですわね」

 

『いいのよ、別に。ただ……案外喋る機会もなかったなってだけ。帰還したら、面白い話をいっぱい聞かせてちょうだい。通信終わり』

 

 ピアーナはネットワークに接続された一部に、一瞬気取られていたが、持ち直して繋ぐ。

 

「……ゴースト、スリー、生きているとは……」

 

『リクレンツィア艦長、私のような人間にはわざわざ通信は不要です』

 

「そうは……いきません。貴女はわたくしの作戦の犠牲者――」

 

『そういうのも、やめにしましょう。私の今はゴースト、スリーではなく、シズク・エトランジェ。死に損なった人間が背負うのに相応しい、そんな記号です』

 

 彼女もまた運命を振り切ったのかもしれない。

 

 ようやく安堵した心地のピアーナは最後の二つのどちらを優先すべきか一瞬だけ逡巡したが、やがて接続していた。

 

「……エージェント、クラード」

 

『何だ? 《ダーレッドガンダム》のスペックは渡したはずだろう』

 

「いえ、そうではなく……。貴方はわたくしを、軽蔑しないのですね」

 

『軽蔑すれば満足だったか』

 

「……貴方はどこかで、分かっていたのではないのですか? わたくしがこんなにも脆く、そして弱い事を。だから三年前、撃たなかった。殺す必要もない程度だと明け透けだったから……」

 

『そこまで他人を評価出来るほどの人間だとも思っていない。俺は常に俺の判断にはその場その場で準じているだけだ』

 

「……分かった風な事を、言っていたのはわたくしのほうかもしれませんね。貴方は、そんなに簡単ではなかった」

 

『今さらでの出来事だ。これ以上、時間を引き延ばすな』

 

 相変わらずの朴念仁だ。とは言え、クラードには言っておかなければいけない事もある。

 

「……ハイデガー様の事、貴方は憶えていたと言うのは、本当だったのですか……。皆が忘れてしまった後でも……」

 

 震える声の問いかけに、クラードは別段、飾ったわけでもなければ驕ったわけでもない。

 

 ただ自分の感情に素直であっただけだ。

 

『憶えていたからと言って意味があるわけでもない。ヒトは思い出の中で生きられる。誰かが思い出として認識して初めて意味があるのだろう。そういう点ではお前がカトリナ・シンジョウに話した事でハイデガーの生には意味が出来たと言えるはずだ』

 

「意味……ハイデガー様が別れる間際、わたくしに貴方とカトリナ様を頼むと言ってくださったのは、それも意味があったのでしょうか? 未来で出会うという事を、理解して……」

 

『考えたって安きに似たりだ。どうせ、俺達は後付けの意味で戦うしかない。ピアーナ、勝てる作戦をくれ。それ以外に俺は要らない』

 

 切り詰めた――と言うよりも心底それ以外に必要性を感じていないと言う声音に、ピアーナはようやく了承出来ていた。

 

「……クラード、わたくしは貴方に、感謝しなければいけないのかもしれませんね。貴方の行動でわたくしは救われた。それは間違いでも何でもないのですから」

 

『行動に伴っての結果なんて、どうせ意味を見出すのは後世でしかない。俺達は、今を覆すために抗うだけだ』

 

「そうですわね……貴方はいつだってそうでした。わたくしが失念していただけの事。……エージェント、クラード。作戦行動を期待します」

 

『了解した』

 

 それで通信を切る事に、自分はどこかで安息さえも感じているのだ。

 

 余分な言葉など必要ない。

 

 こうして、片道切符の約束で、満足出来るのならば。

 

 最後の最後、後回しにし続けた結論に、ピアーナは手を伸ばしていた。

 

「……カトリナ様」

 

『……ピアーナさん? 作戦行動に何か支障でも……?』

 

「いえ、そうではなく……。詫びるべきなのは、間違いないですから。わたくしは間違えていた、間違え続けて、そして貴女を……殺してしまうところだった。ハイデガー様との誓いも忘れて……」

 

 沈痛に沈んだこちらの声音に、カトリナは応じていた。

 

『……大丈夫ですよ。だってピアーナさん、信じてくださっていたでしょう? 敵同士になっちゃった時は、辛かったですけれど、それも込みで、私達なんだと思います。どんな人間だって、間違いを犯さない事なんてないですし。私達は間違えながら、そうやって少しでも……自分の信じるに値するものを、信じられるんでしょう』

 

「自分の信じるに値するもの……」

 

 かつて希望を見た。

 

 ハイデガーの姿に、そしてカトリナの振る舞いに。

 

 だがそれは、仕組まれていた出会いであったかもしれない。

 

 ハイデガーの予言通りに事は進み、そして自分はベアトリーチェの面々と出会った。

 

 それが正しかったのか、間違っていたのかは結局、後世の人間が決める事。

 

 自分達は、正しいと信じた場所に赴く程度でしかない。

 

 その程度でしか、ないのだ。

 

「……構えたところで仕方はない、か。わたくしとした事が、クラードに教えられるなんて思いも寄りませんでした」

 

『クラードさんが? ……でもそれって、多分クラードさんも、ピアーナさんもこの局面にならないと、素直になれなかったんですよ。だから、私は出会いに感謝しているんです。ハイデガーさん……おじいちゃんの事も、それにおばあちゃんの事も、ピアーナさんの口から聞けてよかった。だって、私、こうも満たされているんです。それが聞けたから、覚悟も出来る……。ハイデガーさんの生きてきた意味を、私は感じられるんです』

 

 それこそ、ヒトは思い出の中でしか意味を持たない、か。

 

 ピアーナは瞑目してその言葉を咀嚼した後に、的確な指示を飛ばす。

 

「……カトリナ様。これよりブリギットは独自権限をもって、IMF02へと作戦行動を開始します。作戦概要は打ち合わせた通りに」

 

『はい……。あの、ピアーナさん』

 

「何か? もう作戦行動まで300セコンドを切っていますよ」

 

『いえ、そのぉ……なかった事には出来ない、それは分かります。でも、これだけは。……お帰りなさい、ピアーナさん。私、ピアーナさんが帰ってくれて、とても嬉しいです……っ!』

 

 予想外とはこのような事で。

 

 そして、毒気を抜かれたように呆けた後に、ピアーナはくすっと微笑んでいた。

 

 五十年も前に忘れた笑い方で、何のてらいもなく笑える事もあるのだ。

 

 その奇縁に、ピアーナは一言だけ返す。

 

「……ええ、ただいま、帰りました、カトリナ様」

 

 それで通信を切る。

 

 ブリギット管制室の空気を吸い込んでから、ワンマンの管制室で電子戦闘を実行する。

 

 浮かび上がった半球状の電算椅子からアクティブウィンドウが投射され、ピアーナは手を払う。

 

「作戦開始――ブリギット、出陣!」

 

 

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