『頭には入ったか、ってよ』
サルトルの声が響き渡る中で、クラードは《ダーレッドガンダム》のコックピット内で鎧のパイロットスーツを着込む。
「何が。作戦概要なら、打ち合わせたでしょ」
『そうじゃないだろ。……ったく、お前さんは、相変わらず素っ気ないと言うか、何と言うかな……。期待の新人に言ってやる事も、ピアーナ嬢に言ってやる事ももっと多かったんじゃないのか?』
「言葉を重ねたって仕方ない。……それに、別段死にに行く気もしないんだ。俺は、聖獣の心臓を手に入れて、ここに帰ってくる。なら、それでいい」
『かもしれんがなぁ……。オジサンとしちゃあ心配だよ。お前さんらの関わり合いってのは、どうにもなぁ……淡白と言うか何と言うか』
「サルトル、ベテルギウスアームの修繕、出来たんだよね? 途中で動かなくなった、じゃ話にならない」
『そりゃあ、心配するな。ティーチ女史と仕上げた完璧な仕事だ。トーマの奴も太鼓判を押してやがったし、今回は壊れるなんて事はないだろう』
クラードは《ダーレッドガンダム》の武装の中にあるビームマグナムの仕様を確かめてから、管制室からの声を聞いていた。
『出撃位置に。《ダーレッドガンダム》、カタパルトデッキへと。……頼んだわよ、クラード。前回みたいに無茶しないでよね』
バーミットの小言にクラードはインジケーターを調整する。
「前回は出端を挫かれた。倒すと決めればそれ以外にない」
『そりゃあ頼りになる事で。……言っておくと、IMF02、《ティルヴィング》とやらはほとんど動いていないみたい。いいえ、動けないのかもね。デカブツだから』
「聖獣の心臓を掴もうとすれば、会敵は避けられない、か」
『それもそうなんだけれど、妙でもある。解析班のデータによると、あの大きさの巨体となれば、冷却装置が膨大に必要になるらしいのよ。だって言うのに、前回のような動きをしてくれば熱暴走しているはず』
「……相手も何かしらの策略があるという事か」
『そうでしょうね。狙い目がなければ聖獣の心臓を狙って鉢合わせなんて事もないでしょうし……』
「……奴の狙いも、聖獣の心臓、か」
『だとすれば頷けてくる、ってだけの話。じゃあね、クラード。あんた、カトリナちゃんを泣かせるんじゃないわよ』
「何でカトリナ・シンジョウの名前が出てくる」
『あんたってば、そろそろそのトーヘンボクも直したほうがマシに……まぁいいわ。あんたらしいと言えばそうだし』
「バーミット。俺は作戦を遂行し、そして帰還する。その前提を間違えなければいい」
『そうね。その程度でもまだ真っ当になったと思うべきなんでしょう。《ダーレッドガンダム》、リニアカタパルトボルテージを上昇。発進どうぞ』
「了解。《ダーレッドガンダム》、エージェント、クラード……」
そこで一拍呼吸を置いてから、クラードは接続口へと腕を翳す。
途端、可変した腕を伝導させて電位が頭蓋を射抜き、痺れた感覚と共に奥歯を噛み締める。
「……お前を駆るのは……俺の役目だ……! 迎撃空域に……先行する!」
青い電流を迸らせて《ダーレッドガンダム》が空域を引き裂いていく。
《サードアルタイル》が最後尾につき、出撃した全機を俯瞰出来る立ち位置だ。
ブリギットからもダビデを嚆矢としてMS部隊が出撃していく。
前回は聖獣の心臓の回収目的であったため、戦闘編成にしては脆弱であった。
今回は密集陣形を取り、即座に《ティルヴィング》に対応出来るようにそれぞれの背中を任せている。
「……しかし、あれはまだ、動きもしない……」
天を衝く威容の《ティルヴィング》に対して、クラードは《ダーレッドガンダム》の武装を変更させていた。
「ベテルギウスアーム、接続。ビームマグナムで牽制銃撃する」
右腕を沈み込ませた白銀の鉤爪を固定させ、その掌底部へとビームマグナムの撃鉄部分を接合させる。
一本の砲身と化した右腕武装を掲げ、クラードは敵影を睨む。
「エネルギー充填……行ける」
引き出されたのは黒白の砲弾であった。
《ティルヴィング》へと突き刺さるなり、その装甲が裏返り、世界を引き裂く絶叫が木霊する。
ライドマトリクサーの電位を掻き毟る声に、クラードは歯噛みする。
「……効いているにしたって、この声は……」
『クラード、奴さんが展開する前に、ある程度は損耗させておく! ミラーフィーネを起動するぞ!』
アルベルトの駆る《アルキュミアヴィラーゴ》が上昇し、一定高度へと到達した瞬間に蒼い皮膜を拡張させる。
ミラーフィーネ機構は自陣でさえも巻き込みかねない諸刃の剣――だからこそアルベルトはRM第三小隊の小隊長としての任務は半ば捨て、ユキノの《アイギス》へと後を任せていた。
《アルキュミアヴィラーゴ》が斬り込み、敵のミラーフィーネの効力を確認次第、《サードアルタイル》のパーティクルビットを広域展開――それで事は足りているはずだった。
この時、地面から浮かび上がった触手じみた機動兵装を予期出来ていれば。
大地を突き破り、揺らめく触手がMS部隊を捉えんとする。
「……まさか、張られていた……?」
否、相手は動かなかったのではない。
動く必要性がなかったのだ。
ここに来て、自分達を確実に迎え撃つのにはミラーフィーネの射程へと完全に捉えなければいけない。
だが、こちらには前回の策がある。
それさえも凌駕して――最初から、ミラーフィーネを考慮に入れての攻勢。
だとすれば全て、裏返る。
「RM第三小隊! ここは相手の触手を回避に専念しろ! そうでなければ……」
こちらの懸念が直後には現実となっている。
《アイギス》はその脆い装甲の弱点を晒し、捉えられた直後にはひき潰されていた。
見知ったパイロットの断末魔が通信網に焼き付いたその時には、クラードは《ティルヴィング》を睥睨する。
「……貴様は……貴様は……ッ!」
《ティルヴィング》本体はまるで不動の状態。
しかし、脅威判定は前回よりも上だ。
こちらを完全に敵だと判定している。
確実に潰す手を講じるために、動かない振りをしていただけ。
《ティルヴィング》がオォンと吼えたその直後には、触手を発端として赤い拡散磁場が覆っている。
「……まさか、局所的なミラーフィーネを……!」
『クラード! そっちに戻ったほうがいいんじゃ……このままじゃジリ貧だ!』
判断を乞いかけて、クラードはいいやと頭を振る。
「相手からしてみれば……密集陣形は狙いやすかったと言うわけか。アルベルト! そっちは別経路から《ティルヴィング》を抑えてくれ! そうでなければ読み負ける……!」
僅かな逡巡を浮かべたのも一瞬、アルベルト自身も戦士だ。
《アルキュミアヴィラーゴ》は高空に位置して一目散に《ティルヴィング》を目指して疾走する。
問題なのは、こうして足を止めている自分達のほう。
「……相手からしてみれば、わざわざ網にかかっただけじゃない、位置関係も最悪だ。ユキノ! RM第三小隊を散開させろ! その後に、パーティクルビットを纏わせて――!」
『やってる! やっているけれど、相手の速度があまりにも速くって……!』
ユキノの悲鳴じみた通信網の先で触手を避けられなかったメンバーの《アイギス》が叩き潰される。
ミラーヘッドを封じられ、武装のことごとくを無効化された状態ではもがく事も出来ない。
クラードはまるで生殺しのこの状態で、《ティルヴィング》の装甲が次々と変移し、赤い眼を無数に備えているのを目の当たりにしていた。
装甲表面が裏返り、砲身が出現する。
それぞれが照準したのを関知した瞬間には、クラードはビームマグナムの砲身に熱を通していた。
敵機のアイカメラを狙い澄ました一撃を叩き込むが、それでも相手の触手の勢いは削がれない。
「……触手そのものに、感覚器を有している可能性もあるのか……。どこまでも厄介な……魔獣だな」
砲撃を見舞いつつ、クラードは殿を務める《サードアルタイル》のおっとり刀の援護を得ていた。
少しずつ、しかしながら確実な手段をもって、パーティクルビットが押し包んでいく。
『クラードさん! 俺の出来る事は少ないですから、前へ……!』
「グゥエル・レーシング……感謝する!」
アルベルトの機体と共に上下から挟み込むようにして屹立した敵影を捉える。
「……バーミットの話では、この巨体の維持には相当なエネルギーを擁するはずだ。どこかに冷却装置でもあるとは言われていたが……」
しかし鯨の威容を誇る相手にはどこにも継ぎ目でさえもない。
本当に機械仕掛けなのかさえも怪しい魔獣が深く長く、咆哮する。
それはまさに鯨の声にも似て――戦場を圧倒していた。
『クラード! 《アルキュミアヴィラーゴ》のミラーフィーネは確実に発動している! ……距離を判じて敵の懐に潜り込み、それで近接戦闘に移るのが、あのダイキとか言う軍人の戦法だったはずだ!』
クラードは《ティルヴィング》へと幾度か砲撃を与えるが、まるで効いた様子もない。
ここは、とビームマグナムを格納し、右腕の鉤爪を開いていた。
「……格闘戦で、やるしかない、か」
ベテルギウスアームを拡張させ、敵機の装甲へとゼロ距離の掌底を爆ぜさせようとして、瞬間的に放出された火力を前に封殺されてしまう。
まるで圧倒的。
砲撃網が弾幕を張り、MS一機分程度の火力では到底太刀打ち出来ない皮膜。
それを前にして、クラードは後退を強いられていた。
パーティクルビットの守りがあるとは言え、それでも前進を続ければ以前のような無理な戦局に転がりかねない。
加えて自分は戦力の要だ。
そう簡単に墜ちるわけにはいかない身分がこの時、《ダーレッドガンダム》とクラードを膠着させていた。
「……身勝手に立ち向かえればまだ楽なんだがな……」
上空にて《アルキュミアヴィラーゴ》がビームジャベリンを振るい上げ、斬撃を浴びせ込んでいたが、それでさえも蚊が刺した程度でしかないのだろう。
一斉砲撃の火砲が白銀の機体の装甲を流れて行き、接近戦に持ち込ませない。
『クソッ! どうしろってんだ、こんなの……! おい、ダイキとか言うの! 前みたいな戦法は通じないぞ、これ……!』
『分かってんよ、そんな事は……それよか、相手の張った触手の戦法はこうもいやらしいとはな……! こっちの足を止められている! 思うように展開も出来ないぞ、こりゃあ……!』
ダイキ達のブリギット出撃部隊は触手の網に阻まれ、それらを斬り据えて行く事に必死でまるで作戦が成り立っていない。
現状、《ティルヴィング》に肉薄せしめたのは自分とアルベルトの機体だけだ。
「……この状況でさえも、まだ僥倖だって言うんだから、どうしろって言うんだ……」
《ティルヴィング》を滅する術はまるで思いつかない。
この土壇場において、時間をかければ逆効果なのは目に見えている。
――否、一つだけ、方法はあった。
だが、それは禁術だ。
「……《ダーレッドガンダム》のパラドクスフィールドを再び全開にして……《ティルヴィング》をこの事象宇宙から……消し去る……」
浮かべた策にアルベルトは必死の抗弁を振る。
『待て! 待つんだ、クラード! お前に二度も三度もそんな苦しい真似をさせて、堪るかってんだ! だって、しんどかったんだろ! 辛かったんだろ! だって言うのに、オレ達は欠片も憶えちゃいなかった! あんな事……二度も三度も、味わわせるなんて……生き地獄だろうが……!』
《アルキュミアヴィラーゴ》が敵の火砲を回避しつつ、ミラーフィーネの蒼い皮膜を拡散させるが相手との出力差で拮抗状態にもならない。
まるで燃え尽きる前の松明の灯りだ。
《ティルヴィング》と言う大火を前にして、《アルキュミアヴィラーゴ》だけでは届く気配もない。
ここでしかし、自分が迷っているような時間もないだろう。
クラードは覚悟を決めていた。
「……レヴォル・インターセプト・リーディング、コミュニケートサーキットを起動。……やれるな? 《ダーレッドガンダム》」
『コミュニケートモードを30セコンド限定で稼働。“パラドクスフィールドの閾値を最大まで設定すれば、なるほど、《ティルヴィング》ほどの巨体でも事象宇宙から消し去る事は容易い”』
「……それを実行出来るのかと、聞いている」
『“可笑しな事を言う。今言った通りではないか。事象宇宙から消し去れると”』
「……間違いはないんだな? ハイデガーの時のように、時間跳躍の結果としてこの時空に居なかった事になるだけでは、ないのだな?」
『“レコードされていない情報だが、パラドクスフィールドの最大出力で《ティルヴィング》を消し去った場合、相応の対価が訪れる事は予期される。果たして、物事を忘れる程度で済むかどうかは観測不能だ”』
「……覚悟の上だ」
『“了承した、そちらに従おう。――パラドクスフィールドの設定を最大値に”』
途端、白銀の鉤爪は七色の輝きを抱く。
掌より浮かび上がった極黒の事象平面への干渉磁場が混じり合い、黒と色彩が流転する。
『……クラード……本気だってのか……。ハイデガーを忘れる程度じゃ済まないんだぞ……! 今度こそ絶対……お前は致命的な何かを……』
「アルベルト。もう俺は、失いながら戦っていくしかない。そうでしかないと今、規定した」
『だが、そりゃあ……』
分かっている。修羅の道だという事くらいは。
それでも、前を行かねばここで退路はない。
道を阻む者は迷わず排除せよ。
そしてこの次元に後悔や血飛沫を舞い散らす前に――圧殺してみせろ。
「《ダーレッドガンダム》……パラドクスフィールドを――」
『駄目――っ! 駄目です、クラードさん!』
通信網に不意に咲いた声に、クラードは代償の掌底を放つ前に硬直していた。
「……カトリナ・シンジョウ……?」
『ミュイ! クラードがくるしいなら……だめ!』
「……ファム、も……か?」
オフィーリアからスクランブルを果たした《オムニブス》は、触手に阻まれた空域を滑走し、そのまま地表へと降り立っていた。
そこには大地に根を張ったままの第六の聖獣の臓腑がある。
《オムニブス》が推進剤を焚いて緩やかに着地し、聖獣の心臓を掴み取る。
「何を……何をやっている! ここは戦闘空域だぞ……!」
『分かって……います! 分かっていて、ここまで来たんです! 私もファムちゃんも……半端な覚悟でクラードさんに……その力を使って欲しくないんです……っ!』
『ミュイ……、こどう、きこえるよ……。カトリナ、まだろくばんめ、いきてる……』
『生きてる……? じゃあなおの事……! クラードさん、聖獣の心臓を……!』
内蔵火器で地表へと固定された聖獣の心臓を引き剥がし、明らかに荷重を無視した《オムニブス》が舞い上がろうとする。
『わわっ……パワー不足……? そんな……!』
「カトリナ・シンジョウ! ファム……!」
クラードはその手を伸ばす。
破壊の右腕を一度手離し、《ダーレッドガンダム》のマニピュレーターが《オムニブス》に触れていた。
瞬間、照準警告が鳴り響き、崩壊の火力が自分達を押し包まんとする。
閃光の果てに――クラードの意識は消失点の向こう側へと没していた。