機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

257 / 323
第254話「其れは事象を射抜く砲撃」

 

 右手を伸ばす。

 

 何も考えられないまま、ただ虚空に。

 

 その手を取るものは居ないと、そう思っていたが――クラードはカトリナに手を握られていた。

 

 四方と重力が消え失せた白いだけの空間で、ファムを傍らに抱くカトリナと、自分達は指を絡ませる。

 

「……何で……」

 

「クラードさん……? ひゃぁう……っ!」

 

 途端、戻ってきた重力でカトリナは尻餅をついていた。

 

 ファムもカトリナの重さを煩わしそうに声にする。

 

「ミュイー! カトリナ、おもいー!」

 

「ご、ごめんファムちゃん……って、ここ……どこ……?」

 

「……ここは……」

 

 何度も堕ちて来たから分かる。

 

 ここは――件の煉獄のはず。

 

 だと言うのに、平時の記憶を持ち越したまま、カトリナとファムまで堕ちてきている。

 

「……どうしてなんだ。どうしてカトリナ・シンジョウとファムまで堕ちてきている……」

 

「――貴様らが咎人だからに、決まっておろう」

 

 発せられた声の主に、クラードは身構える。

 

 咄嗟にカトリナとファムを庇うように前に歩み出て、対峙していた。

 

「……エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……!」

 

 忌々しげに放った名前に、カトリナは困惑しているようであった。

 

「……えっ、何で……。だって、あなたは月のテスタメントベースで……」

 

「あの時の小娘だな? そして……ここに我と共に同時存在する事、それそのものが罪深き……理解はしておろう。彼奴等の手の、悪の娘よ」

 

「……ファムの事を知っているのか?」

 

「そうか、貴様には見せていなかったな。メイア・メイリスには見せていたが、それはやはり不足であったか。エージェント、クラード。堕ちてきた意味くらいは分かっておろう」

 

 前後の記憶を確かめ、クラードは詰問する。

 

「……ベテルギウスアームのパラドクスフィールド……空間跳躍の際、お前と《ダーレッドガンダム》は示し合せていたな? 貴様らには……全て分かっての事だった……! ハイデガーの事も……《ダーレッドガンダム》の性能も……!」

 

「そう睨むな。我とて貴様に叡智を持たせられないのは辛いのだ。クラード、貴様は何も思い出せず、記憶出来ず現世へと戻る。その度に、原初の罪を抱いて。しかし、ピアーナ・リクレンツィアの記憶が戻るとは想定していなかったな」

 

「……ピアーナの事まで、知っていたのか……」

 

 驚嘆するこちらへと、白の老人は哄笑を上げる。

 

「当然だ。我は全能、貴様らの呼ぶ“月のエーリッヒ”だと言うのに。だが“惑星のエーリッヒ”がここまで手を講じているとは想定外であった。我の関知範囲の外で、ピアーナ・リクレンツィアと未来で出会えるように仕組んでおるとはな。そこまでの者だとは看破出来なかった」

 

「……貴様の思い通りにばかり……ならないというわけだ……!」

 

 鋭く返すなりエーリッヒは口元に深く笑みを刻む。

 

「……待って……っ、待ってください……! あなたは……月のテスタメントベースの時点で……私が“惑星のエーリッヒ”の……ハイデガーさんの孫娘だって、知って……」

 

「惑わされるな、カトリナ・シンジョウ。こいつはただ、全能を気取っているだけに過ぎない」

 

「だが貴様らの言うところの全能者とは、このような者の事を言うはずだ。そして、彼奴等の忘れ形見と一緒とは。どこまでも人界とは度し難い」

 

 ファムへと視線をくれるなり、嘲笑したエーリッヒにカトリナがそっと彼女へと肩を寄せる。

 

 それでも、ファムは噛み付いていた。

 

「ミュイ! クラード! このひと、いやなひと!」

 

「これはこれは。嫌われてしまったな」

 

「まやかしを弄するな。エーリッヒ、何故この二人までここに堕ちた? 俺だけのはずだ、この煉獄に堕ちるような人間は……」

 

「煉獄……って、ここが……? じゃあ私達、もう死んで……」

 

「死んではいない。そのはずだ。いいや、死後の世界もこんなものかもしれないと言う、諦めはあるがな」

 

 だがエーリッヒがこうして現れたという事は、単純な死に集約はされないだろう。

 

 何かの意味がなければこうしてエーリッヒは自分達の前に姿を現さないはずだ。

 

 その確証に、クラードは声を発していた。

 

「……《ダーレッドガンダム》の性能か」

 

「察しもよくなったではないか。いや、この煉獄において、全ての記憶を持ち越せるのならば、その状態も当たり前か」

 

「……前回、宇宙からの空間跳躍の際に、お前と《ダーレッドガンダム》のレヴォルの意志は何かを知っているようであった。何がある? 《ダーレッドガンダム》の真の目論みは何だ?」

 

「目論みとは。まるで邪悪そのもののような言い草ではないか。我は貴様の行く末を案じぞすれ、陥れようと言う気はないのだからな」

 

「どうかな。ここにカトリナ・シンジョウとファムが墜ちて来たのが何よりも雄弁に物語っている。……一体、《ダーレッドガンダム》には何がある?」

 

「勘繰るのも別段構わないが、時間もない。ここで言葉を弄しているような余裕もな。IMF02《ティルヴィング》……彼の者達が生み出しし魔獣を葬るのに足る力を……ここに授けよう」

 

 エーリッヒの想定外の言葉に目を見開く自分へと、カトリナは視線を投げていた。

 

「クラード……さん。これって一体、どういう……。私達、死んじゃったんじゃないんですか?」

 

「……死はまだ縁遠いという事か」

 

「死の安息が訪れるのには、まだ早いだけの事よ。貴様も、その小娘もな。そしてファム・ファタールの名を冠する娘よ。彼奴らが生み出したエゴの塊よ。そちらまで堕ちて来るとは完全に考えの外であったが、致し方あるまい」

 

 クラードは咄嗟にカトリナとファムを庇うべく歩み出る。

 

 しかしその腕をカトリナは制していた。

 

「カトリナ・シンジョウ……? 奴は危険だ」

 

「それは……何となく分かります。でも、あなたは……私のおじいちゃんと……同じ名前を持っている。それにはきっと、意味があるはずだから。だから私は……恐れない……っ! クラードさんの後ろに隠れているばかりじゃきっと、駄目だから……っ!」

 

「恐れを押してでも前に踏み出るか。よかろう、その勇気に敬意を表し、ここでの記憶を貴様らは持ち越す。だが一時的だ。そしてクラード、貴様にとっては一部でしかない。魔獣を殺せる兵装を携え、そしてまた! 現世の地獄へと帰って行け!」

 

 途端、足場が重力をなくし、全てが暗礁の闇へと途絶えようとする。

 

「カトリナ……!」

 

「クラードさん……!」

 

 二人の手は、闇の果てへと堕ちかけた世界の中で繋がり――やがて全てが白く弾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭蓋に突き立つ電磁の刃が、痛みと共に感覚を取り戻させる。

 

「……ここ、は……」

 

『クラードさん……。今、私達……』

 

 断片的であるが憶えている。

 

 今しがた自分達は、この世にあらざる世界へと堕ち、そして戻ってきた。

 

《オムニブス》が聖獣の心臓を携えている。

 

 クラードは右腕の鉤爪を翳し、手刀を差し込んでいた。

 

「聖獣の心臓よ……! 俺に力を貸せ……ッ!」

 

 世界が裏返り、全ての事象宇宙が後れを生じさせる。

 

 その只中で、自分と《ダーレッドガンダム》、そしてカトリナ達の操る《オムニブス》だけが明瞭な時を刻んでいた。

 

『これって……』

 

「世界が……剥離する……!」

 

 心臓を貫いた右腕が変容していた。

 

 紫色の結晶体を帯び、白銀の鉤爪が鋭く輝く。

 

 クラードはこちらへと一斉掃射を見舞う《ティルヴィング》の火砲へと、ゆっくりと照準していた。

 

「……パラドクスフィールド、最大値に設定。ベテルギウスアーム……これは、変異……?」

 

 システム名がブロックノイズで切り替わり、その武装の名称を紡ぎ出す。

 

 忌むべきその名は――。

 

「……ダーレッド、バスター……」

 

 直後、右腕が可変し、黒白の砲弾を掌底に抱いた一撃が、この時《ティルヴィング》の攻勢よりも先に――全ての現象を塗り替えていた。

 

 発射された一撃が世界の致命的なものに亀裂を生じさせ、「後に撃たれた」という事象そのものを書き換えていた。

 

「……明らかに後から放ったものなのに……」

 

《ダーレッドガンダム》の右腕より放たれた砲弾は時空を書き換え、ブロックノイズを軌跡に生じさせて打ち据えようとした火線を歪ませ、《ティルヴィング》の下腹部へと突き刺さる。

 

 その瞬間、劈いたのは世界を割る絶叫であった。

 

《ダーレッドガンダム》と接続していた自分だけではない。

 

 この場に息づく全ての生命体を拒絶する悲鳴に、電子機器が麻痺していく。

 

「……魔獣の断末魔か……」

 

 直撃したはずの箇所は最初から存在しなかったかのようにそぎ落とされていた。

 

 まるでその部分だけ不格好に切り取られた騙し絵の如く、《ティルヴィング》の下腹部の向こう側の景色が見えていた。

 

 弾道上の重力と生命体を消し去り、砲撃は成されていたのだ。

 

 大地は事象境界線の前に掻き消され、射抜かれた先の光景も壮絶に波打っている。

 

 それは世界に穴を開ける一撃に等しい。

 

《ティルヴィング》が傾ぎ、赤い眼光から戦意が消え失せて行く。

 

 仰げば赤い皮膜は消失し、《アルキュミアヴィラーゴ》がこちらへと合流する。

 

『クラード! 今……一体何が……』

 

 アルベルトの声も今は遠い。

 

 全ての事象が後れを取ったかのように、クラードには感じられていた。

 

「……今、俺は……何を撃った……?」

 

 右腕の鉤爪の合間を黒白の電磁が行き交う。

 

 少しずつ完成を見ていた《ダーレッドガンダム》の兵装が今、まさにこの瞬間にようやくその片鱗を見せたのだけは窺える。

 

 ブラックホール砲でもなければ、それ以外の凡百たる別の兵装でもない。

 

 ――世界と言う理を打ち砕くだけの、禁忌の兵器。

 

「……カトリナ……カトリナ・シンジョウ……! ファム……!」

 

『ミュイぃぃぃ……ななばんめ、こわい……ね』

 

『く、クラードさん……今、私達、どうなったんですか……』

 

 二人とも無事であるようだが、今しがたの現象を解明するような余裕もない。

 

『《ティルヴィング》が墜ちるぞ……』

 

 ダイキの声が通信網に焼き付き、傾いでいた《ティルヴィング》が力なく、その頭部を項垂れようとさせて、地表を見据えたムカデの頭頂部が拡張していた。

 

 内部器官はまるで生物の口腔のよう。

 

 そこから放たれたのは世界を割る怨嗟の咆哮であった。

 

 誰しもが縫い止められたように硬直する中で、クラードは《ダーレッドガンダム》を進める。

 

「……俺、だけだと言うのだろう、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……ここで奴を仕留められるのは、俺だけだとでも……!」

 

『クラード……さん……?』

 

 カトリナの声にも戸惑いさえも浮かべず、クラードは再び鉤爪の右腕へと熱を通そうとした。

 

《ダーレッドガンダム》の眼窩が煌めき、脈動と共に次弾が逆巻いて発生する。

 

 そう、これは装填などと言う言葉は生ぬるい。

 

 まさに「事象の発生」。禁じられた新たなる黎明の誕生に、世界そのものが鳴動する。

 

 黒白の砲弾を編み出し、《ダーレッドガンダム》が《ティルヴィング》へと照準しようとして、途端に機体内部が暗く沈んでいた。

 

「……何だ……?」

 

 警告表記さえも浮かばず、何もかもが沈黙に落ちる。

 

 可変させていた腕が強制的に戻り、フィードバックの激痛が頭蓋を苛む。

 

「これ、は……」

 

 闇の中へと没していく意識の中でクラードは何とかその意思表示を保とうとするが、閉ざされ行く意識の波を捉えたのはレヴォルの意志であった。

 

 蒼い円環が波打ち、暗黒の中で声を生じさせる。

 

『“何度も撃てば、それだけで事象地平線に亀裂が走る。力の使い時を見誤らぬ事だな、クラード”』

 

「……貴様は……《ダーレッドガンダム》……か。何故……止める……」

 

『“お前が死ぬのにはまだ早いからだ。お前達には、もっと残酷な未来が待っている事だろう”』

 

「待て……レヴォル……の、意志……」

 

 伸ばしかけた指先は力を失い、コンソールの上に落ちていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。