機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第255話「亀裂の入った世界で」

 

「何が起こったって言うんです!」

 

 アルベルトからしてみれば、唐突な事象ばかりで狼狽もする。

 

 しかし、硬直するRM第三小隊の足並みを、今ばかりは是正する時間が訪れたと考えるべきであろう。

 

「ユキノ! RM第三小隊の損耗は!」

 

『小隊長……! こちらは三割を持って行かれて……っ! それよりも小隊長は! 大丈夫なんですか、今のは……』

 

 ユキノからしてみても観測不可能な事象であったらしい。

 

「……《ティルヴィング》のどてっ腹に風穴を開けやがったのか……クラード……」

 

 大地を割り、空間そのものを呑んだつい先ほどの黒白の弾頭が、《ティルヴィング》を射抜いたところまでは理解出来るが、その砲弾の意味まではまるで分からない。

 

 だが、《ダーレッドガンダム》はトドメを刺そうとして、機体制御系が沈黙したのは窺えた。

 

「……今のままじゃ……体のいい的だ……!」

 

《アルキュミアヴィラーゴ》を疾走させ、《ダーレッドガンダム》を回収する。

 

 脱力した形の《ダーレッドガンダム》に最悪の想定が脳裏を掠める。

 

「クラード! どうしたってんだ、クラード! ……お前はこんなところで……!」

 

『アルベルトさん……っ! 《ティルヴィング》が……!』

 

 カトリナの声が通信域を震わせ、直後には頭上に迫った《ティルヴィング》の口腔部にアルベルトは射竦められたように動けなくなっていた。

 

 ミラーフィーネシステムを実行するような時間もない。

 

 楕円上に牙を並べたムカデの頭蓋に、飲み込まれる――と感じた、その刹那。

 

 声が、弾けていた。

 

『……キルシー……?』

 

「……ファム……?」

 

 知らない人間の名前を紡ぎ出したのは、《オムニブス》に同乗するファムであった。

 

 その名前が放たれた瞬間、《ティルヴィング》の動きが鈍る。

 

 アルベルトからしてみれば、何が起こっているのかはまるで不明だが、千載一遇の好機であるのは事実。

 

《ダーレッドガンダム》を抱えて撤退機動に移った《アルキュミアヴィラーゴ》のコックピットで、ファムの訴えかけが響く。

 

『キルシー……? キルシー、なの? キルシー、ファム……だよ……』

 

「何をやってるんですか! ここで足を止めていれば、魔獣の腹の中ですよ!」

 

《オムニブス》へと接触回線を開いた自分にカトリナの声が返ってくる。

 

『で、でも……ファムちゃんが、呼びかけていて……』

 

「そんな事に頓着していたら戦場ではやられちまいます! ファムも、今は分からん事を言っている場合じゃ――」

 

『ミュイ……! キルシー! そこにいるの? なんで……なんでそんなところにいるの……? キルシーっ!』

 

 ファムの声が聞こえているのか、あるいは偶然の折り重なりか、《ティルヴィング》は動きを止めている。

 

 今しか、大勢を整える暇はない。

 

「ユキノ! それにブリギットの連中も、だ! 今は一時撤退! その後でどうとでもなる! 聖獣の心臓は……どうやら手に入ったらしい。これ以上の損耗はマジにマズイ! オフィーリアでこっちの戦局を確かめる! 今は……帰還しかねぇだろ、マテリア! 広域通信!」

 

『“分かってますよ! オフィーリア、及びブリギットから出撃した編隊へ! 一時撤退! 繰り返します、一時撤退してください!”』

 

 マテリアの声が届いた範囲ならば、戦略的撤退も飲み込んでくれる事だろう。

 

 問題なのは、自機の腕の中にある《ダーレッドガンダム》と、そして乗り手であるクラードの安否であった。

 

「……クラード……お前はそう簡単には彼岸には、行っちまわないよな……」

 

 弱気でも、今はそう尋ねられるだけの時間が欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撤退を確認! 動けているMS部隊は格納デッキへ! ……酷いものね、万全を期しての出撃でこれほどやられるなんて」

 

 レミアは自身の実力不足を噛み締める。

 

 肘掛けを骨が浮くほどに握り締めてから、意味のない感傷だ、と帰投していく機体を視野に入れる。

 

「クラードは……どうなったの? 《ダーレッドガンダム》の状態は?」

 

『それが艦長! まるで不明なんです。直前まではモニター出来ているんですが……。おい! クラードのバイタルをすぐに確認! ヴィルヘルムに入電してすぐに治療を……! モタモタするな! 他の機体だって中破してるんだぞ!』

 

 サルトルも落ち着かないようで、忙しない整備班の声が滑り落ちる中で、バーミットの声が返っていた。

 

「……大丈夫、とは言いませんよ。あたしにも……よく分かんないんですから」

 

「……こういう時、正直なのがあなたよね、バーミット。……直前までのレコード、回せる? 《ダーレッドガンダム》が一斉砲火を受ける……はずだった映像を」

 

「映しますが……これ……どう考えても避けられない秒数なんです。フレームレートを何回試行しても、この状態からどうやって《ティルヴィング》の腹腔に撃ち込んだって……」

 

「今は、結果だけが欲しいの。構わず管制室のモニターに」

 

《ティルヴィング》の赤い砲火を今に受けるか――そのようにしか見えなかった《ダーレッドガンダム》と《オムニブス》が直後には攻勢に移っている。

 

 まるで――世界の理が入れ替わったかのように。

 

「……どう見る? バーミット」

 

「これまでだって、そりゃあ確かに意味不明な事ってのは起こってきましたけれど……これって多分……地球にあたし達が落ちて来た時の、空間転移現象と同じなんじゃないですか……?」

 

「やっぱり、そう見るわよね……。《ダーレッドガンダム》はこの一瞬の間に……聖獣の心臓を手に入れた、と」

 

 白銀の鉤爪に纏い付いた紫色の結晶体が顕現したその直後、レイコンマ一秒にも満たない世界で、凝縮し、放たれた砲弾。

 

 それが全てを塗り替えていた。

 

 照準したようには見えないほど一瞬。

 

 それでいて、確定的に相手を葬るのには十全過ぎるほどの時間。

 

 黒白の砲弾が放たれ、《ティルヴィング》の下腹部を射抜いていた。

 

「……どう考えても、負けるのはこっちだった。でも、何かが変わった。そして、《ダーレッドガンダム》とクラードを生かした、としか、見えないのよね……」

 

「何らかの力が重なった、って事ですか? ……確かにMFの心臓なんて、今の今まで縁なんてなかったですけれど、まさか時間だとかそういうのを逆転させただとか?」

 

「そこまで突飛でもないかもしれないけれど……。いえ、待って。通信よ」

 

 直通通信を繋ぐと、声が弾けていた。

 

『ミュイ! ミュイぃぃぃ……っ! キルシー……! キルシー……っ!』

 

『ファムちゃん……落ち着いて! 何があったの? あのIMFが……キルシーって……』

 

「カトリナさん、直通通信よ」

 

 返答すると、まさか管制室に繋がっているとは思っていなかったのか、周波数を確認したカトリナが弁明の声を発する。

 

『す、すいません……! でも……あの《ティルヴィング》を見てから……ファムちゃんが言う事を聞いてくれなくって……』

 

「ファム? どうしたって言うの? キルシーって言うのは……確かネオジャンヌの頭目よね? 何で今、その名前が関係あるの?」

 

 バーミットが宥めるように通信を繋ぐと、ファムの涙声が聞こえてくる。

 

『ミュイぃぃぃ……っ! なんで……っ! キルシー……そんなところに……いちゃ、だめだよ……っ!』

 

 直感的であったのかもしれない。

 

 あるいは偶発的に重なった事象を認識するのに、いやに醒めた神経が作用したか。

 

 レミアは傾ぐ《ティルヴィング》の姿へと、震える声を発していた。

 

「……まさか……あの中にキルシーが……?」

 

「艦長! そんな事……あり得ませんよ! だって艦長の妹さんは……あの時、死んだはずじゃ……!」

 

 しかし死体を確認したわけでもない。

 

 何よりも、ファムが感じている。

 

 それは自分達には関知出来ない領域であろうとも、妙に説得力があった。

 

「……IMFの中に……キルシーが……」

 

「艦長! ……先に謝っておきます、すいません!」

 

 彷徨うように艦長席から腰を浮かせた自分へと、バーミットが阻み、張り手を見舞っていた。

 

 その痛みで遊離しかけた意識が明瞭化する。

 

「……バーミット……」

 

「しっかりしてください! 艦長が駄目になっちゃえば、あたし達はお終いです! それこそ、もう戻れないところまで来ているんですよ。覚悟を決めてください。今、弱い女に戻っているような余裕はないんですから……!」

 

 決死の訴えかけに、レミアはじくりと痛む頬をさすり、やがて放心したように席に座っていた。

 

「……でも、まさか。そんな事があるわけが……」

 

「……カトリナちゃんの言っていたハイデガーの一件だってあります。今は、あり得ないと言う証拠を探すよりも、ある程度はあり得るのだと、飲み込むほうが精神衛生上いいはずなんです」

 

「……でもキルシーが……。IMFに乗っているなんて……」

 

 信じられない、否、あり得ないと言って欲しかった。

 

 だが先のピアーナの一件もある上に、聖獣の心臓と言うイレギュラーを抱え込んだ自分達には、あり得ない証左のほうが少ない。

 

《ティルヴィング》が遠く長く咆哮し、やがてゆっくりと身を翻させていた。

 

 その腹腔には間違いのように風穴が開いている。

 

「……クラードがやってのけた……世界を壊す一撃……」

 

「艦長、クラードの意識戻っていません。次の戦闘がどうなるかは不明ですけれど、時間が出来たと考えるか、あるいはそんな余裕もないって考えるかは、案外、長丁場には成らなさそうです」

 

 淡々と説明するバーミットに、レミアはああ、と沈痛に面を伏せる。

 

 現実なのだと訴えかける頬の痛みが、今だけは憎いほど。

 

 それほどまでに、もたらされた現実はあまりに過酷で――。

 

「……教えてちょうだい、クラード……。私達は、間違えたの……?」

 

「その質問、今ばっかりはズルいですよ。オフィーリア、通常航行に戻ります。ブリギットとの航続距離合わせ、ピアーナとデータを連携しますよ」

 

「……冷たいのね」

 

 抗弁のように発した言葉に、今だけはバーミットは返答さえもしなかった。

 

 

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