機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第256話「答えを求めて、ただ」

 

「いやぁ! キルシーが……キルシーがぁ……っ!」

 

「待って、ファムちゃん……! 落ち着いて……!」

 

《オムニブス》から降り立つなり、ファムは格納デッキから出ようとしたので、カトリナは決死の勢いで止めていた。

 

 しかし彼女には何も通じていないように、呼びかけを続ける。

 

「キルシー……っ! なんで……なんで、そこにいるのぉ……っ!」

 

「カトリナさん! ファム、どうしたってんだ、お前……!」

 

「アルベルトさん! ファムちゃんが……さっきからずっと……」

 

 アルベルトは困り顔で自分が必死に押し留めているファムの横顔を眺めている。

 

 彼からしてみてもRM第三小隊が追い込まれたのだ。

 

 余裕があるわけではないはずなのにファムの顔を覗き込む。

 

「ファム! ……どうしたってんだ、お前も……クラードも……」

 

「ミュイ……クラード……」

 

 唐突に勢いをなくしたファムに、カトリナはつんのめってしまう。

 

「ファムちゃん……?」

 

「……クラードぉ……それは……よくないちから、だよ……」

 

 途端に泣きじゃくり始めたファムにカトリナとアルベルトは視線を彷徨わせる。

 

「……どうすれば……」

 

「オレに聞かれましても……。あの、いいっすか、そもそも」

 

「はい?」

 

 アルベルトは深く呼吸してから、自分に向かって大声を発していた。

 

「なに、また無茶してるんですか! あんな戦場に……《オムニブス》で出るってのがどういう意味を持つのかってくらい、分かってるはずでしょう!」

 

 まさか怒声が飛んでくるとは想定していなかったカトリナは、響き渡った声に首を縮こまらせる。

 

「ふぇ……っ、でも……でもでも……! あのままじゃみんな……!」

 

「分かってくださいよ! ……あんたの身分は、もうあんた一人のもんじゃねぇんだ! ……それくらい、少しは自分を大事にしてください……」

 

 アルベルトの言わんとしている事を理解出来ないほど子供であるつもりもない。

 

 しかし、それでもあのままでは全滅の危険性すらあった。

 

「……私にも……出来る事が欲しかったんです。……エゴかもですけれど、それくらいは……血濡れの淑女に出来る事だって……!」

 

「その結果が……! この危ない情況っすか! ……クラードが助けなくっちゃ、あんたもファムも死んでいたんですよ……!」

 

 平時よりもアルベルトは怒り心頭のようであった。

 

 分かっている、どうして自分でも――あの時視線を合わせただけのファムまで連れ出そうとしたのかは、明言化出来ないのだ。

 

「……でも、私が行かなくっちゃ、それこそ……っ!」

 

「あのですね……! オレもユキノ達も……RM第三小隊の連中は……それこそ覚悟くれぇは出来てるんですよ! ……でもあんたは違う! あんたが死んじまったら……何のための抵抗ですか! 何のための抗いですか! ……途端に意味がなくなるくらい、分かってるはずでしょう……!」

 

 アルベルトの声色にはどこか承服し切れない痛みが滲んでいた。

 

 結果論として、自分もクラードも助かったものの両方死ぬ可能性だってあったのだ。

 

 ――だが、赴く足を止められなかった。

 

 これまでだって意味はない戦いはあったかもしれない。

 

 見て見ぬ振りなど出来なかったのだ。

 

 命が散っていく戦場で、自分だけ安全な場所で待っているなど、それはだって――。

 

「だってそれは……三年前と……同じじゃないですかぁ……っ」

 

「……何であんたが泣くんです。それはズルいでしょう」

 

「分かって……分かっているんです……っ。こんな事をして、命を粗末にするものじゃないって事くらい……っ、分かっているんですぅ……っ! でも、もう何も出来ないのは嫌……っ、私も守りたい……っ!」

 

 かつて月軌道決戦で無力な自分を持て余したように。

 

 あるいは――ラジアルが死んだ時に何も出来なかったように。

 

 もう何も出来ないまま事態を静観するのだけは御免であった。

 

「……あんたは……その結果で自分が死んじまっても、いいって言うんですか。それで事態が好転するとでも……!」

 

「……だって、だってぇ……っ! 私……私はもう……無力な自分だけは、嫌なんですっ! そんな事になるのは絶対に……嫌ぁっ……!」

 

 真正面から見返したせいか、あるいはアルベルトは覚悟を問い質していたのか。

 

 嘆息一つで、憂いを消し去る。

 

「……そんな眼をしているから、かもしれませんね」

 

「……えっ……」

 

「何でもありません。言って駄目な分からず屋ってのを、オレは傍で見ていたつもりですが、それも驕りの一つだったのかもって話です。ユキノ! RM第三小隊の損耗を確認してぇ! 報告を頼む!」

 

 その一声で先ほどまでの諍いを中断したアルベルトの背中に、カトリナは狼狽気味に呼びかけていた。

 

「……えっと……もう怒らないんですか……」

 

「何が……。って言うか、あんたも承知しているんだかいないんだか。オレらはオレらに出来る戦いをします。あんたにはあんたの出来る戦いを……ファムを頼みます。オレ達は所詮、前に出るだけが能のRM第三小隊っすから」

 

 言葉をかける前にアルベルトはユキノから報告を受ける。

 

 何名かの名前が滑り落ちて行き、それが死傷者の名前である事に勘付いたカトリナは膝から崩れ落ちていた。

 

「……私……また身勝手だ……」

 

 涙が零れ落ちる。

 

 何も出来ない無力感に打ちひしがれているのは自分だけではない。

 

 アルベルトも、ユキノも同じか、それ以上の痛みを背負っているのだ。

 

 自分だけ分かった風になって、それで悲劇のヒロインを気取るつもりか。

 

 馬鹿らしい、自分の境遇に秘密があったからと言って、それで中心人物にでもなったつもりだと言うのか。

 

 それこそ傲慢の一言。

 

 それこそ――何の資格もない。

 

「……私は……でもクラードさんを……クラードさんは……」

 

 鎧のパイロットスーツを強制排除されたクラードは担架に乗せられ、医務室へと運ばれていた。

 

 何度かシャルティアが呼びかける。

 

 彼女でさえ自分の居場所を持っていると言うのに、自分はまた戦場を掻き乱しただけで、何かを得たような気になっているのだ。

 

 その無遠慮なやり口が――心底嫌になる。

 

 誰かのせいでもない、自分のエゴとそして身勝手がまた人を死なせたのだ。

 

「……私、は……」

 

「カトリナ……? だいじょうぶ……?」

 

 面を上げると先ほどまで涙声だったファムが自分を慮って声を発している。

 

「……ファムちゃん……本当に、あの中に居るの……? ファムちゃんの、大事な人が……」

 

「……うん。ファム、わかる。にせもののなかに、キルシー、いる」

 

 ファムにしか分からぬ領域もある。カトリナは折った脚に熱を込めていた。

 

 まだ倒れるわけには、まだ自分が諦めるわけにはいかない。

 

「……ファムちゃん。私……ファムちゃんの想いを叶えたい」

 

「ミュイ……? カトリナ、キルシーをたすけてくれる……の?」

 

「うん……だってファムちゃんは、私達の事、忘れないでいてくれたから。ファムちゃんの大事な事は、私達にとっても大事な事だもの」

 

 ならば自分の決意は定まったようなものだ。

 

 カトリナはファムの肩を掴み、約束を告げる。

 

「私達に……ファムちゃんの大事なものを……守らせて」

 

「ミュイぃぃぃ……でも、にせもの、とてもつよい」

 

「大丈夫。私達なら、きっと出来るよ」

 

 半ば無責任な言葉であったのかもしれない。

 

 それでも、ファムを裏切るような真似をここで出来るものか。

 

 ファムは瞳を潤ませて、こくりと頷く。

 

「……ファムも、キルシー、たすけたい……」

 

「じゃあ、行こう」

 

 その手を引いて、カトリナは想いを新たにする。

 

 自分のすべき事は、誰かの決心を後押しする事であるのならば――。

 

「絶対に……幸せに成らないといけないはずだから……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が重く沈んでいる。

 

 それでありながら、瞼を上げる事に躊躇いはなく、重石を付けられたかのような上体を起こしていた。

 

「……ここ、は……」

 

 四方八方が白の世界。

 

 またか、とクラードは振り向かずに声を放っていた。

 

「煉獄に何度も堕ちるものではないだろう」

 

「――だが、貴様は堕ちてきた。しかし、先ほどは少しばかり驚いたな。小娘と彼奴等の遣いと共に堕ちて来るとは」

 

 クラードは白色の世界に滲み出した色相を目にする。

 

《ダーレッドガンダム》が放った砲弾は確かに《ティルヴィング》を射抜き、その行動を止めようとしたが――。

 

「……仕留め損なった、か。俺は聖獣の心臓を手に入れたはずだが」

 

「第六の聖獣の心臓は貴様に馴染む前に、まず《セブンスベテルギウス》との結合を果たす。その前段階で無茶をすれば、意識も昏倒するだろう」

 

 第二射はあまりにも無謀であったか。

 

 クラードは一呼吸置いてから、立ち上がって肩越しに一瞥する。

 

「……エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。ここでの記憶は持ち越せない、との事だったな? ……カトリナ・シンジョウとファムも同じか?」

 

「それを聞いてどうなる? 他者の心配をしている場合か?」

 

「……言われてみれば確かに。俺は、自分の心配を少しはするべきだな。あの砲撃……テーブルモニターに表示されたのは……」

 

「第六の聖獣の概念性能と、第七の聖獣が持つ世界を引き裂く権能が合わさり、進化した。元々聖獣の心臓は取り込んだ対象と同化する性質を持つ」

 

「……《ダーレッドガンダム》がまた強くなった、という単純な話でもないはずだ。俺達が聖獣の心臓を取り込まなければしかし、《ティルヴィング》が取り込んでいた可能性もある」

 

「全ては可能性宇宙の話だ。一概には言えない」

 

 クラードはエーリッヒと向かい合い、意外だな、とこぼす。

 

「貴様は全能者気取りだろう。全てお見通し、というわけでもないのか?」

 

「全能者であっても、見通せぬものもある。第六の聖獣が地上に墜ちた事もそうだ。あれは彼の者達が仕出かしたミスの一つ。だがその綻びが最終的な勝利者を変えてくる。事象は変動しつつあるのだ、クラード」

 

「可能性世界の話に過ぎないそれは……俺達の努力次第で、とでも言うようだ」

 

「事実、そうなりつつある。《ダーレッドガンダム》は《シクススプロキオン》の心臓を取り込み、さらなる力を得た。今や、その力の手綱一本を握っているのは、力を望み、この世界に舞い戻った貴様自身に過ぎん」

 

「俺次第で神にも悪魔にも、か。だが得心がいかない。どうして《ダーレッドガンダム》はそこまで出来る? 一体お前と《ダーレッドガンダム》に搭載されたアイリウムは、何を企んでいるんだ?」

 

「ここで知ったところで、貴様は現世に記憶を持ち越せぬ」

 

 せせら笑うエーリッヒに、クラードは臆さずに応じていた。

 

「だが知れば変わってくる。それがたとえ、変えようのない運命だとしても」

 

「運命……! 貴様のような人間が運命など、信じると言うのか? あるいは先の“惑星のエーリッヒ”の生き様が貴様の考えを変えさせたか? 言っておこう、“惑星のエーリッヒ”がやった事、彼奴の放った運命と言う名の呪縛は、貴様を永劫苦しめる事となる。それは“惑星のエーリッヒ”が――ミハエル・ハイデガーが貴様を恨み切れなかった事に起因した代物だ」

 

「憎しみや憎悪だけでは……ヒトは時を超えられないはずだ。ハイデガーが五十年間を耐えられたのはその後に託す者が居たからに違いない。……俺に託されたと言うのならば、力を振るう事に何の躊躇いもあるものか」

 

「だがそれは他者の思惑に過ぎん。貴様の原初の衝動は自らが奪われたものを奪い返す一事より生ずるものだ。他人から借り物の情動で動くような人間ではあるまい。エージェント、クラードよ。貴様はこの世界を歩むのに、他人の理由を頼りにして歩むと言うのか?」

 

「まさか。俺の理由は常に俺の中にある。借り物の価値観や、他人の衝動で動くものか。俺は……自分の衝動を飼い馴らす。飼い馴らさなければいけない」

 

 だがそれは――空虚な事と何が違う。

 

 誰かの思惑で動くのも、またヒトだ。

 

 ヒトは誰かに託す事で、時代も世界も超えて行ける。

 

 ハイデガーが自分とカトリナに想いを託したと言うのならば、責任は生じる。

 

《ダーレッドガンダム》を駆るだけの責任、そして未来を生きるための存在証明。

 

「……だが、俺は……。そこまでの価値はあるのか……?」

 

「自問か、貴様らしくもあるまい。ここまで来ておいて、最早退路も非ず。貴様は進み続ける他ない。たとえ待っているのが破滅の道筋であると分かっていても、だ」

 

「……やはりか。あの力は……過ぎたる毒にも映った」

 

「過ぎたる毒だと? クラードよ、本心から第七の聖獣を駆るのならば、これだけは覚えておけ。貴様は毒を喰らい、身の真髄まで闇で染めて、そして唾棄すべき存在として屹立するのだ。それが貴様が征く、茨の道よ」

 

「……茨の道、か。もう既に退路は、消し去ったつもりだったんだがな。エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー、ならば俺に、勝てる手立てを寄越せ。今の《ダーレッドガンダム》では、魔獣でさえもまともに狩れない。今のままでは、どうせ先細る。俺は……魔獣も聖獣も、超えて行く」

 

 浮かべた決意にエーリッヒは両腕を広げ、白の世界に哄笑を残響させる。

 

「ならば行け! その身に呪詛と毒を帯びて、迷える現世へと戻って行け!」

 

 途端、重圧が消え失せ、クラードの意識は浮上する。

 

 その最中で、エーリッヒへと指鉄砲を向けていた。

 

「分かっているはずだ、貴様もまた――俺は乗りこなす。覚悟しろ、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー。お前もいずれ、俺の力となる」

 

「それは、愉しみにしておくとしよう。いずれ貴様の手に! 聖獣の力は集結する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を掻いた指先が痺れ、クラードは声を聞いていた。

 

「ヴィルヘルム先生! クラードさんの意識が……!」

 

「まぁ、待て。クラード、わたしが分かるか?」

 

「……ヴィルヘルム……か」

 

「ふむ、意識レベルは正常のようだな。前後の記憶は?」

 

「……IMF02は……? 倒せたのか……」

 

「自己認識も正常のようですね……。バイタルサイン、僅かに危険域です」

 

 シャルティアの報告を聞きつけてヴィルヘルムが機械を自身の両腕にはめ込む。

 

 途端、補正された電位の刃が頭蓋に突き立っていた。

 

 その激痛に、奥歯を噛み締める。

 

「……耐えてくれよ、クラード。お前はこんなところで彼岸に行くべきじゃない」

 

「……俺は……」

 

「《ダーレッドガンダム》に呑まれたかと思ったくらいだ」

 

 前後の記憶が明瞭化し、クラードは身を起こそうとして全身を貫く痛みの澱に身体を横たえていた。

 

「……身体が言う事を聞かない」

 

「恐らくは、強度のRM適応によって意識の一部を持って行かれたのだろう。《ダーレッドガンダム》の中に存在するキャッシュを統合しなければ、お前はこのままでは危うい」

 

 その言葉を聞いてもクラードは指先を延ばしていた。

 

 何か、掴みかねているような気がする。

 

 大切な何かを、取り落としたままで――。

 

「クラードさん! 大人しくしていてください! 救急処置が必要にもなります!」

 

 シャルティアの悲鳴のような声を聞き留めつつ、クラードはヴィルヘルムに問う。

 

「……俺は、負けたのか……?」

 

「いや、勝ち負けで言える領域ではない。少し、事態を整理しなければいけなさそうだ」

 

 両腕に嵌められた機械より停止信号が打ち込まれ、身体は脱力していく。

 

 RMの身となれば逆らう事も出来ない。

 

 それでも言葉を重ねる。

 

「……ヴィルヘルム、ハッキリと言ってくれ。俺は……また取りこぼして……」

 

「そこまで気に病む事でもない。お前はよくやった。聖獣の心臓を手に入れた《ダーレッドガンダム》が放った不明なる砲撃、それが我が方を救ったんだ」

 

「……俺が、救った……救えたのか……?」

 

「ああ、お前の力だ、間違いなく」

 

 その評価は、平時ならば波風も経てずに受け止められたと言うのに、今は何故なのだか心がざわめく。

 

「……アルベルト達は? 他の連中はどうなった?」

 

 ヴィルヘルムが沈痛に面を伏せ、煙草に火を点ける。

 

 シャルティアも言葉をなくしているようであった。

 

「……何かがあった、な? 何があった」

 

「……これは不確定事項だが……少し、厄介な事になりそうだ。ファム……彼女が感じ取っている存在。それがもし……事実なのだとすれば、我々が相手取っていたIMF02、《ティルヴィング》の正体は……」

 

 紫煙がたゆたい、ヴィルヘルムの顔を覆い隠そうとする。

 

 クラードはその向こうへと必死に声を飛ばす。

 

「……言ってくれ。どれほどの残酷な真実でも、俺は知らなければいけないだろう」

 

「……では。《ティルヴィング》は破壊されていない。そして、あれに乗っているのは、恐らく――」

 

 

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