機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第25話「作戦行動へ」

「微熱だな。ちょっとした疲れが出たんだろう。栄養剤と解熱剤を出しておく」

 

 医務室でカトリナはしゅんと首を項垂れていた。

 

「……何だ、期待の新人らしくない。風邪とも呼べない疲れ程度だぞ?」

 

「いえ、そのぉ……私、仕事出来ていますかね?」

 

「出来ていなければ社会人ではないな」

 

「か、からかわないでくださいよぉ……。ヴィルヘルムさんから見て、私、やっぱり空回ってます?」

 

「いいや。そうでもないんじゃないか? あのクラード相手に四六時中よくやるとは思っているとも」

 

「……それって褒めてませんよね?」

 

「分かっているじゃないか。はい、処方箋」

 

 差し出された栄養剤と解熱剤の袋に、カトリナは何度目か分からない陰鬱なため息をつく。

 

「おいおい、ため息をつくと幸せが何とやらだろう? 君が駄目になってどうする?」

 

「いえ、でも……クラードさん、私なんてどうだっていいって思っているみたいで……」

 

「書類仕事に追われ過ぎて持ち前の元気さも失ったか? 打ち止めになる前にもう一度走り出すといい。次第に気力なんてものは後から湧いてくる」

 

「……そういうのも、もう古いですよ」

 

「根性論は君の得意分野だろう? わたしは苦手だがね」

 

 こちらへと振り返ったヴィルヘルムはしかし、聞く姿勢に入っていたのでカトリナはぽつりとこぼす。

 

「あの……クラードさんは一体その、何者なんですか? だってあんなに若くして、エージェントだなんて……」

 

「エンデュランス・フラクタルの社内機密の中にある代物だ。わたしの口からでもクラードに関して多くは語れない」

 

「そ、それでも……っ!」

 

「残念ながら、ね。エージェントに関する機密はわたしでも話せないんだ。これはクラードの身を守るためでもある」

 

「そ、その理屈は分かります……けれどでも……誰もクラードさんの事を、語りたがらないのって、それも変ですよ……!」

 

「彼は特級のエージェントだ。もしもの時に近しい誰かが重石になるのならば、それをまず除去する方向へと考える。それがエンデュランス・フラクタルのエージェントとしては正しいからね。人として正しいかは、ともかくとして」

 

「……ヴィルヘルムさんも、やっぱり人としてはその……クラードさんも正しくないっ……」

 

「一意見だよ。何だ、真に受けたような顔をして。期待の新人の名が泣くぞ?」

 

「そっ……そんな名前の人は知りませんっ! ……でも、委任担当官で命じられたのに、いいのかなぁ、って」

 

「当のクラードの事は君自身が知ればいい。いずれはその時が来る」

 

「ですけれど……本人が語りたがらないのに、私がその……いつまでも馬鹿みたいに付いていったって……それってよくないんじゃ……」

 

「君らしからぬ悩みだな。何だ、ベアトリーチェ出港からまだ一週間だろうに。そんなでは航路に差し支える。サワシロ君や、サルトル技術顧問に話を聞けばどうなんだ?」

 

「……それってズルくないですか? 確かにバーミット先輩やサルトル技術顧問はよく知っているでしょうけれど、委任担当官としてなら、話は本人の口から聞くべきなんじゃ……」

 

「分かっているのなら回れ右だな。わたしと無駄話をくっちゃべっていると、フロイト艦長からお叱りが来るぞ」

 

「うぅ……ですよねぇ……。でも、一個だけ不思議なのって、あの《レヴォル》ってのがそのー……ぅ、喋るんですよね? 何でだか」

 

「ああ、あれはね。ああいう風に出来ている代物でもある」

 

「……あれって変じゃないですか? MSにコミュニケート機能なんて」

 

「いや、変ではないんだ。クラードはこれまで、いくつもの戦場に身を置いてきた。その中には口にするのもおぞましい戦場もあったに違いない。そんな中で、この社内でも信じられる人間と信じられない人間が居たはずだ。クラードはそれこそ、信じられない、人間不信の状態に陥ったっておかしくはなかったはずなんだ」

 

「……それを《レヴォル》が助けた……? ですか」

 

「助けとなるべくして《レヴォル》が居る、が正しいかな。《レヴォル》が実装されたとなれば、これまでの潜入任務や、あるいはこれまでの戦場とは違う、別種の戦いが待っている。そういう風にエージェント、クラードは教育されてきたはずだ」

 

「……まるで観てきたみたいに」

 

「失礼。話し過ぎたな。君は委任担当官なんだろう? だったら、もっと体でぶつかっていけばいい。言葉なんて得意じゃないのは見れば分かる。だったら、馬鹿でもいいんだから全力でクラードにぶつかっていけ。そうすれば結果は自ずと出るだろう」

 

「……そう、でしょうか……。クラードさんにとってそれが正しいのかは……」

 

 その瞬間、衝撃波と電燈の明滅にカトリナは椅子から転げ落ちてしまう。

 

「……この感じ……敵?」

 

「こんな短期間にまたか。仕方ないな。……期待の新人、君は管制室に向かうといい」

 

「ヴィルヘルムさんは……!」

 

「ここよりかは管制室が安全だ。さぁ、とっとと行った! 隔壁が閉鎖になればそれも叶わないぞ」

 

 一つ頷き、カトリナが飛び出したところで、廊下を折れたところでクラードとかち合う。

 

「……あんた」

 

 少しだけうろたえたクラードへと、カトリナは先ほどの言葉を思い返していた。

 

 ――馬鹿でも体からぶつかれ。

 

 その言葉に衝き動かされたかのようにカトリナはクラードの白衣を引っ掴んで声にする。

 

「あの! 私、絶対に諦めませんから! クラードさんに認めてもらうまで、もう絶対に! 馬鹿だとか愚図だとか言われても! もう体から立ち向かうって決めたんですっ!」

 

「……何言ってんのさ。離しなよ」

 

 これまでならここで折れてきただろう。しかしカトリナは頭を振っていた。

 

「離しません! クラードさんも、だから約束してくださいっ! 少しでいいから私と向かい合うようにって! 帰ってきたら、絶対ですよっ!」

 

「……何であんたと向かい合わなくっちゃいけないんだ、いいから離せって……」

 

 力任せに振り払おうとしたクラードの躯体を僅かにずらし、重心をぶれさせてカトリナは自分の側へと引き寄せた後に、大外刈りを見舞っていた。

 

「どうです? これでも柔道部じゃ強かったんですよ……っ!」

 

「……ラクロス部だったんじゃなかったの」

 

「あっ……えーっと、ラクロスは高校の時で、その、柔道は大学の時に誘われて……!」

 

「どうでもいい。気は済んだ?」

 

 こちらの気勢を削ぐように白衣を整えた後にクラードは脇をすり抜けていく。

 

 その背中にカトリナは言葉を投げていた。

 

「約束なんですからねーっ!」

 

 返事はない。

 

 だが少しだけ、前向きになれたような気がして管制室に向かっていた。

 

「遅くなってすいません! カトリナです!」

 

「名乗りはいいから。そこの椅子に座っておきなさい、委任担当官」

 

「あっ、今回は居るんですね……艦長」

 

「居ちゃ悪い?」

 

「い、いいえ……っ! ……そんなに今回の敵はまずいんですか?」

 

 レミアは頭痛薬を飲み干してから、はぁと嘆息をつく。

 

「……こんなことわざを知っている? 狭き門より入れ、ってね。どっちにしたところでいつかは会敵するような相手よ。ここで一度陣取っておいてもそれは別段、しなくてもいい苦労じゃない。聞こえているわね? クラード。敵は軍警察、トライアウトの識別信号が出ているわ」

 

『またトライアウトか。あいつら懲りないんだな』

 

「“この世に存在する上で、最大の充実感と喜びを得る秘訣は、危険に生きることである”ってね。彼らも狭き門を通ろうとしているのかもしれないわ」

 

『何だ、それ。ワケ分かんないな、まったく……』

 

 ぼやきつつも、出撃姿勢に入っていくクラードの《レヴォル》の信号へと、別のシグナルが開かれる。

 

『待ってくれ! また軍警察なら……オレも出させて欲しい』

 

「アルベルト君……だったかしら? 許可出来ないわ。大人しくしていなさい」

 

『でもよ! クラードばっかり出るこたぁねぇはずだ! こっちも一応、《マギアハーモニクス》でミラーヘッド戦ならやれる! ……あいつばっか傷つくのは、観てられねぇ!』

 

「……勘違いがあるようだから言っておくけれど、クラードは別にあなた達を守るために出ているわけじゃないのよ。この艦と、そして自分の生存のために出撃している。それが彼の職務なのだから」

 

『だったら! オレらだって職務はあるはずだ! いつまでもおんぶにだっこじゃ……居られねぇよ!』

 

 通信を切ったアルベルトにレミアは陰鬱なため息をついていた。

 

「……サルトル技術顧問、聞こえているわね?」

 

『ああ。さっきのも聞いたが、艦砲射撃の邪魔にならん範囲なら《マギア》を置いてやってもいい。いくら宇宙の荒れくれ者だって言っても、それくらいは守らないと後ろから撃たれるくらいは分かるだろ』

 

「……分かったわ。後の処理はそっちに一任します。カトリナさん」

 

 不意に言葉を振られてカトリナはかしこまる。

 

「あっ、へっ……? あっ、何でしょうか! レミア艦長!」

 

「……そろそろ座ったら?」

 

 ずっと管制室で佇んでいるのを茶化され、カトリナは羞恥の念で耳まで真っ赤になった挙句に、椅子へと歩を進める。

 

「し、失礼しまーす……」

 

「敵影は三。明らかなミラーヘッドの編成です」

 

「最大望遠、出せる?」

 

 管制室のモニターに大写しになった敵影はデルタ編隊を三機で組んでおり、先頭を行くのは紅色の《エクエス》であった。

 

「……あの《エクエス》、変な色……」

 

「識別信号トライアウトジェネシス……軍警察の上層部……?」

 

「……なるほどね。単純に攻めて来たわけでもなさそうってわけ。クラードにはミラーヘッドの許可を。全力で叩き潰すように」

 

「了解。エージェント、クラードにミラーヘッドの許可を降ろします」

 

「あの……っ、ちょっといいですか?」

 

「なに、カトリナさん。分かっているとは思うけれど戦闘姿勢なんだけれど」

 

「いえ、その……相手が軍警察なら、ミラーヘッドオーダーを、令状を持っているんじゃ? そうなってしまうと、下位のオーダーは掻き消されてしまう。《レヴォル》がどれほど優れたミラーヘッドの機能を持っていても、もうオーダーが出された後じゃ……」

 

 こちらの知識にレミアは一瞥を振り向けた後に呟く。

 

「……単純に元気なだけが取り柄でもないのね」

 

「えっ、どういう……」

 

「カトリナさん。知っておくといいわ。あの《レヴォル》が、何故、何のために我が艦に配備されているのか。それも込みでね」

 

「……は、はぁ……。でもそれって、この世界の常識……」

 

『エージェント、クラード。《レヴォル》、発艦準備に移行』

 

「了解。リニアカタパルトボルテージに《レヴォル》を固定。出撃位置に。艦長」

 

 振り向けられた命令系統にレミアは手を払う。

 

「エージェント、クラードと《レヴォル》に出撃許可を」

 

 

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