機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第262話「キルシー・フロイト」

 

「艦長! 広域通信なんて迂闊ですよ!」

 

 バーミットが止めにかかったが構うものか、と呼びかける。

 

 レミアは平時の落ち着きを忘れ、《ティルヴィング》へと声を発していた。

 

「キルシー……キルシー――っ! 私は……あなたを、一度は見捨てた……。贖い切れないとは思っている……! でも、けれど今も……見失わないで……! 私は……あなたをずっと……愛して……いた……」

 

 そう、愛して「いた」。

 

 過去形でしかない。

 

 今も自分達の脅威となるキルシーに同じだけの愛を注げるものか。

 

 思わず項垂れる。

 

 涙が、頬を伝い落ちていた。

 

 もう取り戻せない。

 

 もう言い訳も出来ない。

 

 自分はここに――キルシー・フロイトの姉として言える事は、一言もない。

 

 咽び泣く中で、バーミットが背中をさすってくれる。

 

「……大丈夫です。大丈夫……カトリナちゃんとファムが、行ってくれました。これできっと……艦長の想いだって届いたはずなんです」

 

「……こういう時、突き放すのがあなたじゃないの……」

 

「何言ってるんです。艦長とあたし、どれだけの仲だと思ってるんですか? もう、お互いにずぶずぶでしょ? 今さら湿っぽい事、言いっこなしですよ」

 

 バーミットの強さに救われるものを感じつつ、レミアはカトリナの乗る《オムニブス》と、そして今も照準するクラードの《ダーレッドガンダム》へと、回線を開く。

 

「……お願い、カトリナさん。……クラード……。キルシーを……人として死なせてあげて。私の保留し続けたトリガー……その役目を……果たして……」

 

『――請け負った』

 

 譲渡されたトリガーの行方は今、クラードがしっかりと保持している。

 

 レミアは幻の中で、自身の突きつけた銃口に手を添えたクラードを視ていた。

 

 その銃口の先にはドレスを着込んだキルシーが居る。

 

 彼女は戸惑うでもなければ、まして嫌悪するでもなく、その銃口の行方を受け入れていた。

 

 穏やかな笑みで、自分の罪を受け止めてくれている。

 

「……そんな顔で……笑うように、なったのね……、キルシー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラードさん……!」

 

《オムニブス》を急速後退させる。

 

 推進剤を焚きながら《ティルヴィング》の射程より逃れようとした《オムニブス》であったが、あまりにも損害を受け過ぎていた。

 

「懐に潜り込んで呼びかけるのは……結構手痛かったですよ……」

 

 その証拠に逃げなかった証として弾痕が装甲を打ち据えている。

 

「……キルシー……さよ、なら……? さよなら、なの……?」

 

「ファムちゃん……」

 

『カトリナ・シンジョウ。これより――《ダーレッドガンダム》の特殊兵装を、開放する。承認を乞う』

 

 クラードの言葉にカトリナは首から下げた黄金の鍵を握り締めていた。

 

 そのままテーブルモニターに現出した認証装置の鍵穴へと差し込んで回す。

 

 開錠されたシステムゲートが認証を指し示し、カトリナの最終安全装置たる声紋照合を推奨する。

 

『委任担当官の識別信号の受諾開始。受諾コードを発声してください』

 

「受諾コード、PE037! ダーレッドバスターの発射シークエンスを――委任担当官カトリナ・シンジョウの名において許諾しますっ!」

 

『コード認証を確認。ダーレッドバスター、発射信号を承認』

 

「……クラードさん……! ダーレッドバスター、撃てますっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片腕に抱えた呪縛を解き放つ。

 

 白銀の鉤爪が七色の色彩を放ち、掌底の構えで固定した武装を突き出していた。

 

 今にも弾け飛びそうな概念殺しの砲弾。

 

 黒白の累乗弾頭は撃鉄に酷似した機構によって――装填される。

 

『専任ユーザーの発射シークエンスを許諾。ダーレッドバスター、発射体勢を維持』

 

『クラードさん……! ダーレッドバスター、撃てますっ!』

 

「……よし」

 

 かと言って、ただ放っただけでは先の風穴と同じ結果に終わるだろう。

 

 闇雲ではなく、狙いをつけ、確実に葬る。

 

「……耐えてくれよ、《ダーレッドガンダム》。ミラーヘッド……段階加速……!」

 

 蒼い色調を引き写した《ダーレッドガンダム》が大地を駆け抜ける。

 

 その速力、そして世界を打ち消しながらの佇まいは、既にヒトの造った戦闘兵器の域を超えている。

 

 今――聖獣の名を借りし兵装を携え、魔獣を討ち滅ぼす撃滅の徒が、肉薄する。

 

 その腕に宿った概念殺しの一撃を命中させるために。

 

 地表を引き裂いて触手が蠢き、こちらを捉えようとするが全て遅い。

 

 大地を蹴った《ダーレッドガンダム》が《オムニブス》と入れ替わる形で前に出て、その掌を突き出していた。

 

『「ダーレッド――、バスター――ッ!」』

 

 カトリナの声と自分の声が相乗し、《ティルヴィング》の剥き出しの内蔵骨格へと、放つ。

 

 それは世界を鳴動させる一撃。

 

 着弾と共に《ティルヴィング》の全身が虹色に脈打ち、やがて装甲の継ぎ目より噴出したのは蒼い血潮であった。

 

『……やった……?』

 

「いや……まだだ……!」

 

《ティルヴィング》ほどの巨大な兵器を一撃で倒すのにはまだ中枢部への威力が足りていなかったのか、あるいは自分の見据えた弱点部位が見誤っていたのか。

 

《ティルヴィング》は未だ健在――。

 

「……作戦失敗……だと言うのか……」

 

 絶望的な宣告が滑り落ちようとしたその刹那。

 

 砲撃が《ティルヴィング》の躯体を打ち据える。

 

 後続部隊か、と熱源を関知したクラードは識別信号にうろたえていた。

 

「……識別……クロックワークス社だと……」

 

『ここまでの追い込み感謝する。これより、我が社が先陣を切ってIMF02、《ティルヴィング》を処理させていただく。貴官らに責任は生じず、ここに居たと言う記録も残らない』

 

 アルチーナ級の艦艇より《アイギス》がそれぞれミラーヘッドの軌跡を滾らせて長距離ライフルで狙い澄ます。

 

 その赤い砲撃には見覚えがあった。

 

「……王族親衛隊が使っていたのと同じ砲弾か……。対聖獣用の……」

 

『本来ならば逆賊たる貴官らとの戦闘は避けられないが、ここでは不問とする。我が方による魔獣の抑止を、ただ見ていればいい』

 

 アルチーナ級の艦艇よりもたらされた声に、クラードは奥歯を噛み締める。

 

「……ふざけるな。自分達が生み出した者を……処理するなんて傲慢な真似……見過ごせるわけがないだろう……!」

 

『言葉を慎め。そちらには聖獣の鹵獲疑惑もある。いっその事、貴官らを攻撃してもいい』

 

《サードアルタイル》が最奥に位置している以上、下手な口出しも出来ないと、相手は高を括っているわけか。

 

 ――まったくもって、唾棄すべき代物だ。

 

 クラードは機体を反転させ、《アイギス》の照準から《ティルヴィング》を庇うように機動する。

 

『……クラード……さん……?』

 

「俺は俺の信じる者達のために刃を振るう。だが貴様らは違う。貴様らは……ただ憎しみの連鎖を断ち切ろうともしない、敵だ。俺は敵のために、道を作った覚えはない」

 

『……ミュイ……クラード……』

 

『賢しくない判断だな、エージェントにしては。ここで静観を貫いているほうがまだマシだろうに』

 

「そうだろうな。だが、俺は人でなしに成る事には慣れているとは言え、外道に堕ちろと命じられたつもりはない」

 

『……後悔するぞ。その化け物を放逐して、何の得がある。現に、貴官らとて、破壊を急務としていたはずだ』

 

『……ばけもの……じゃ、ないよ……。キルシーは……だってバイバイしてくれたもん……っ!』

 

「……ファム……」

 

『またあおうって……いってくれた……っ!』

 

 ファムに恥じるような生き方をしたくない。

 

 その一心で、クラードは一斉に突きつけられた砲身相手にも臆さず、老いず、逃げなかった。

 

『……自分が撃たれてもいいと言うのか』

 

「撃つのならば撃て。そちらこそ、後悔がないようにな」

 

『……《アイギス》部隊、照準を敵不明機へと――』

 

 命令が下ろうとした、その瞬間。

 

 どくん、と空間を震わせる脈動と共に声が思考へと澄み渡っていく。

 

 ――ファム達を、殺させやしない。

 

「……誰だ……?」

 

 疑問が氷解する前に、《ティルヴィング》がオォンと長く、遠く咆哮する。

 

 その雄叫びは蒼い光を帯びていた。

 

『……まさか、ミラーヘッド……?』

 

「いいや、違う……これは……ポートホーム集積地点と、共鳴しているのか……」

 

 ポートホーム集積地点が粒子加速を開始し、甲高い共鳴連鎖が空域を満たしていく。

 

 その光は途端にこの戦局を取り込み、オフィーリアとブリギット、そして《サードアルタイル》までも光の渦の中へと落とし込んでいた。

 

「……オフィーリアが……!」

 

 機体を駆け抜けさせようとして、クラードはカトリナの声を聞いていた。

 

『……待ってください、クラードさん……。この光……あたたかい……』

 

「……何の光だって言うんだ……」

 

 ――ファムの友達でしょう? あなた達は。なら、私のするべき事は決まっている。

 

「……思考に声が……! お前は……一体……」

 

 否、問答するまでもない。

 

 声の主は《ティルヴィング》の搭乗者――キルシー・フロイトのはずだ。

 

 ――魔獣の力を使い果たし……あなた達を宇宙に上げます。それで私の……償いとなるのなら。

 

 光が渦巻いて加速し、直後には浮遊感を伴わせて戦域の機体群を押し上げていく。

 

『何を……何をやっているか! 撃て! 撃つんだ……!』

 

 アルチーナ級の艦艇より声が響き渡り、《アイギス》が《ティルヴィング》へと砲撃を見舞う。

 

 恐らく、《ティルヴィング》は先のダーレッドバスターで致命傷を受けていたのだろう。

 

 ミラーフィーネを展開するような余裕もなく、次々と砲弾でその身を削っていく。

 

『キルシー……っ!』

 

 ――さよなら、ファム。大丈夫、あなた達ならきっと、大丈夫だから。

 

『いやだよ、キルシー……もう、バイバイなの……?』

 

 その問いかけにキルシーは慈愛の微笑みさえ浮かべさせて応じたのが、クラードにも伝わっていた。

 

 ――……馬鹿ね。また会えるから、バイバイするんでしょう? さよならは、もう一度どこかで会いましょうって言う、意味なんだから。

 

『撃て! 魔獣を墜とせ!』

 

《アイギス》の砲撃がより激化し、《ティルヴィング》の装甲が剥離していく。

 

 死の直前に、《ティルヴィング》は蒼い光の柱と化していた。

 

 物質転送のためだけに特化した、想いの輝きだ。

 

 光の樹木は枝葉を伸ばし、その内側の命そのものの脈動を感じさせる。

 

『……キルシー……うん、また、またあおっ……。キルシーのおうた……あたたかい……』

 

『歌が……聴こえるって言うの……ファムちゃん……。でも、私にも分かる……。手を振るあの人はきっと……歌っている……』

 

 ファムが静かに、それでいて確かな声音で、歌声を紡ぎ始める。

 

 それは罪悪に堕ちた地表をさらう、浄罪の歌であった。

 

「ファムの歌と共に、誰かが歌っている……違う、歌っているのは……キルシー・フロイト……」

 

 電位でしかない、ただの現象だ。

 

 一定波長でしかない、ただの音叉だ。

 

 だと言うのに――こうまで心を震わせる歌が、あったであろうか。

 

 音階も、言語も、まるで不明瞭。

 

 まるで不揃いだと言うのに、二人の歌が戦場を満たしていく。

 

「……戦地を歌が……洗い流す……」

 

 罪の地平に向けて、二人の少女が歌声を響き渡らせる。

 

『……クラード……この歌……ファムが……歌っているのか……?』

 

 上空展開していたアルベルトも同じように、空の彼方へと向けて引き上げられていく途上であった。

 

 戸惑いがちなその声に、クラードは確かな論調で応じる。

 

「……ああ。ファムとキルシー・フロイトの……魂の歌声だ」

 

 やがて世界の片隅で、歌声だけを寄る辺にしたファムともう一人の少女を幻視した瞬間には、光は爆ぜていた。

 

 ティルヴィングの存在証明そのものを対価とした願いは、蒼い樹木の消滅と共に、キルシーの意味存在さえも消え失せる。

 

 途端、クラードは無重力を感覚していた。

 

『……歌が……止んだ……』

 

 成層圏を超え、衛星軌道上まで上がって来た艦隊はオフィーリアとブリギットだけであった。

 

 それがどのような意味を持つのか、理解出来ないわけではあるまい。

 

『……クラードさん……私……私……助けられてばっかりで……』

 

 泣きじゃくるカトリナの回線越しの声を聞きつつ、クラードは面を伏せる。

 

「……俺もだ。俺も……キルシー・フロイトを本当に……殺してよかったのか、はかりかねている……」

 

 片腕を接続口から引き剥がし、その掌を眺める。

 

 何も掴めない、破壊者の腕、簒奪者の指先かも知れない。

 

 それでも――今だけは、何かを生み出せたのだと、信じたいではないか。

 

『……キルシー……バイバイ。また……どこかで、あおう……』

 

 歌の最後にファムの添えた言葉に、一同は押し黙るしかなかった。

 

 犠牲の果てに、宇宙まで上がれた。

 

 その感慨を噛み締めながら、自分達は最後の最後まで戦い抜くしかない。

 

『……《ダーレッドガンダム》へ。一時帰投してちょうだい。他の編隊ももちろんよ。……悲しんでいる場合じゃ、ないでしょうからね』

 

 バーミットの声に混じってレミアの咽び泣く声が漏れ聞こえてくる。

 

 きっと、彼女も痛みを背負った。

 

 ならば、その責は負うべきだ。

 

「……了解。一時帰投して――」

 

 その言葉尻を引き裂いたのは熱源警告であった。

 

 咄嗟の習い性で鉤爪の機構を現出させ、放たれた黄金の帯による一撃を弾き飛ばす。

 

「……この攻撃現象は……《ファーストヴィーナス》……!」

 

 しかしもたらされた識別信号にクラードは目を戦慄かせる。

 

「……違う……聖獣じゃ……ない」

 

『――問う。成層圏より上がって来たそちらを、自分は叩きのめすように命じられている。退くか、進むか。いずれかの選択を求める』

 

 機械のように切り詰めた冷酷な声に、クラードは振り仰いでいた。

 

 暗礁の宇宙で、赤いX字の機体が鋼鉄の兵隊を率いている。

 

「……ジオ・クランスコール……!」

 

『また相見えたか、エージェント、クラード。喜ばしい事だ。――自分は貴殿を、完全に殺し尽くす。その運命より、逃れ得ぬという事が、現実として突きつけられたのだから』

 

 

 

 

 

 

 

第十九章「想い、未来の果てへと〈ソング・オブ・フューチャーゲート〉」 了

 

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