機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第265話「理知の獣」

 

『MSハンガー、すぐに開けておけ! 回収した機体には、パイロットの生存が最優先だ!』

 

 オープン回線で声を飛ばすサルトルの声量に圧倒されながら、カトリナは《オムニブス》でオフィーリアに帰投していた。

 

「……あの……クラードさんは……」

 

『クラードさんは戦っています、カトリナ嬢、それにファム嬢も。今は、お二方は完全にお荷物です。すぐに管制室に向かってください』

 

 二の句を継がせないトーマの厳しい論調はそれだけ事態が切迫している事を伝えていた。

 

「……でも、私が居ないところで……クラードさんはまた……!」

 

 しかし自分が踏み越えられる領域ではないのだろう。

 

 相手は万華鏡、ジオ・クランスコール。

 

 最強のミラーヘッド使いと、そして彼が指揮する王族親衛隊。

 

 少しでも半端者の意地で食らい付けば、それだけでも厄介の種になる。

 

 今は、実力者達の帰還をただ待ち望むしかないようであった。

 

「……でもそれって、三年前と何が違って……」

 

「違うっすよ、カトリナ嬢」

 

 コックピットハッチを強制排除させたトーマと視線がかち合って、カトリナは思わず顔を逸らしてしまう。

 

 あの月軌道決戦で最も大事なものを失ったのはトーマのはずだ。

 

 だと言うのに、自分はまた、誰かの気持ちを踏みにじりかけている。

 

「……その、トーマさん……」

 

「カトリナ嬢の仕事はなんすか? 前に出て、無謀な策を練る事っすか? そうじゃない戦場くらいは分かるでしょう? 前回はたまたま運がよかっただけっす。戦いは……それだけ確率が変動する場なんすよ。だから、半端な意地は呑まれます。殊に、今みたいな戦場では」

 

「で、でも……クラードさんの《ダーレッドガンダム》……その力の真の意義は……私じゃないと……」

 

「必要に駆られればそうなりますって。カトリナ嬢、無理し過ぎっすよ」

 

 柔らかく諭す言葉振りに、トーマは自分を叱らないのだな、と思い返していた。

 

「……何で、トーマさんは私を……怒鳴りつけないんですか……。私みたいなのなんて、怒鳴って少しでも分からせたほうがいいでしょうに」

 

 我ながら女々しい問いかけだと思いつつも、トーマのスタンスを尋ねずにはいられなかったのもある。

 

 彼女は今も忙しく収容されていくMSを横目にして、首をひねっていた。

 

「何でっすかね? 分かんないっす」

 

「わ、分かんないって……」

 

「だってそういうものだから、じゃ、駄目っすか? カトリナ嬢、一番に効くのはあーしみたいなののガチギレじゃなくって、アルベルト氏とかのマジギレでしょ? だから、あーしはちょっとばかし賢しくってもそう動くんすよ。……自分でも嫌になる、そういうクセ……」

 

 トーマはこの戦場の土壇場でも、本音で話してくれているのが窺えた。

 

 いつだって、そうであった。

 

《オムニブス》を中破させた事も二度や三度ではない。

 

 サルトルやアルベルトは怒る事もあったが、トーマだけは一言も叱らなかった。

 

 それそのものが、一番に自分への薬なのだと実感していたのだろう。

 

 近くで見てくれていたのは、何も彼らだけではないのだと。

 

「……トーマさんの事……私、分かろうともしないで……」

 

「分かる戦場ばっかりじゃないでしょう。カトリナ嬢、今は安全な場所に。ここもヤバヤバのヤバっすから。管制室にファム嬢と一緒に」

 

 手を引くトーマに対してファムは呆けたようにMSデッキを眺めている。

 

「ファムちゃん……私達に、出来る事はもう……」

 

「にいさま? にいさまはクラード、ころしちゃうの?」

 

 その言葉にカトリナは茫然とする。

 

「兄様……って、ファムちゃん……敵の事を、知っているの?」

 

「ミュイ? にいさまはにいさまだよ?」

 

 まるで当たり前のように発せられた言葉に、自分とトーマは視線を交わし合う。

 

「……万華鏡、ジオ・クランスコールが……」

 

「ファム嬢のお兄様ぁ? ……ちょっと、冗談は顔だけに……って、言えるクチじゃないっすね、あーしも。髪の毛もギトギトの機械油まみれ。ファム嬢、それってマジ筋の奴っすか?」

 

「うん、ほんとだよ? でも……にいさま、かなしそう。なんでそんなふうに、たたかうの?」

 

「あの万華鏡が……悲しい……?」

 

 二人して信じられないものを見る眼差しを向けていると、サルトルの回線が割り込む。

 

『おい、二人とも! ぼんやりしてちゃ、仕事に成らん! とっとと管制室に行くか、それか隅っこで邪魔に成らんところに行ってくれ! 今はいつもの優しいオジサンにもなれんのだからな!』

 

 ハウリングするサルトルの悲鳴に、トーマと自分は頷き合い、ファムの肩を掴む。

 

「ファムちゃん……今は、邪魔になっちゃうから」

 

「にいさまは……クラードをころしたくないの?」

 

「……クラードさん……」

 

 純粋な問いかけに等しい疑問は、この時ばかりは喧噪の中に埋もれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出撃には序列がある――そう口にされ、ヴィクトゥスは骨が浮くほど拳を硬く握り締めていた。

 

『……分かっているはずだよな? あんたほどの実力者なら』

 

「……しかし、私は……! 今出撃しなくっていつ出ると言うのだ……!」

 

『ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。あなたの発言権は一時的に封殺されている。それくらいは分かって欲しい。ここはモルガンだ。騎屍兵達の最後の死に様を飾るのに相応しい場所だという事くらいは』

 

 イレブンと呼称されていた騎屍兵が自分を押し戻し、前を行くゴースト、ファイブを赴かせる。

 

「君とて! ……この戦場に疑問を持たぬ性質ではないはずだ!」

 

 我ながら甲斐性もない叫びであったが、ファイブはその読めない喪服のパイロットスーツのヘルメットを一瞥さえもしない。

 

『あなたの時代は終わったんだ。……ディリアン・L・リヴェンシュタイン。まさかあんな人間の成れの果ての腰巾着に収まっていようとはな。……私達を止めるのに、いささか説得力不足だとは感じなかったのか?』

 

「……私は……! 誰かに飼われる気はないさ……!」

 

 だがそれも逃げ口上なのは分かり切っている。

 

 他の誰でもない、自分自身が。

 

『では今すぐその首に馴染んだ鎖を解くんだな。もっとも、そっちのほうがよっぽど人間じみている。お笑い種だよ、ヴィクトゥス・レイジ。あんたほどの人間が、最後に辿り着くのはそんな結果だなんて。せいぜい、身分一つ大事にして、死すべき戦場を逃すといい』

 

 ファイブが乗り込んだのはこれまでの《ネクロレヴォル》ではない。

 

《ネクロレヴォル》に高機動型改修を施し、無数の加速バーニアと対艦装備を施した紅色を誇る恩讐の機体――。

 

『――《ネクロレヴォル高度改修型弐番機》。コード、《プロミネンス》。ゴースト、ファイブの名において、命じる。騎屍兵の敗残兵達よ、――おれに従え』

 

 その言葉に同調するようにイレブンは自分を突き飛ばしていた。

 

 格納デッキを舞うヴィクトゥスは声を搾り出す。

 

「君らとて……! そこまで思い詰める事はなかった! そうではないか……!」

 

『いえ、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉。最早、我々の命は捨てられたのです。他でもない、リクレンツィア艦長によって。彼女が何をして、どう生きるのかは勝手ですが、投げられた命はもう、獄炎として輝くのみ。どうか、ファイブの赴く“死に様”を、邪魔しないでいただきたい』

 

 ――死に様。

 

 そうだ、彼らはもう事実上、「死んで」いる。

 

 その在り方に異議を申し立てたとて、最早意味などない。

 

《ネクロレヴォル》によって度重なる血と硝煙の戦いの果てに、彼らはようやく、自由な死に様を描けるようになったのだ。

 

 それがたとえ、自ら信じた者を撃つという答えであったとしても。

 

「……だが君らは……まだ……死ぬには惜しい」

 

『特務大尉、我々の命の灯はもう、三年前に途絶えているのです。ならば最後の戦場くらい、自分の意志でこの命、燃やしても構わないではありませんか。ファイブは行こうとしています。その道を、共に歩む事こそ、騎屍兵であった誉れなのです』

 

「誉れ、か……。君は……君の本当の名前は……いや、よそう。我ながら女々しい問答であった……」

 

 知ったところで。

 

 見知ったような事を言ったところで。

 

 今の彼らの覚悟を、止められるものか。

 

 今の彼らの未来を、変えられるものか。

 

 そうではない者に成り下がった自分のような卑しい人間に。

 

「……しかし序列と言ったな。ならば、それに従うまでだ」

 

 ヴィクトゥスはその時、自分を呼ぶ声を聞き届けていた。

 

『何をやっているか。貴様は王族親衛隊の守りにつけ! わたしを守るのだ! こんなモルガンが野蛮人だらけの艦に落ち延びているとは思わなかった! いやに死に急ぐ連中ばかり! これでは亡命に来たと言うのに……!』

 

「……ディリアン・L・リヴェンシュタイン……」

 

『王族佐官が抜けているぞ! まったく……せっかくわたしが子飼いにしてやっているのだ。もう少し弁えて動いてもらいたいものだな』

 

 ヴィクトゥスは瞑目した後に、一度ディリアンの居る重力ブロックへと踵を返していた。

 

 ノックもせずに室内に押し入り、トライアウトブレーメンの構成員に奉仕させていたディリアンと対峙する。

 

「……なっ……貴様、ノックくらいはするべきであろう! 何だと心得ている!」

 

「失礼ながら、そのような淫らな行為に耽っている場合でしょうか。今は宇宙の絶対防衛戦の只中なのです」

 

「知っているとも、たわけめ。見ろ! 馬鹿共がぞろぞろと死にに行く……! このような悦楽のコンテンツがあるか? 騎屍兵と謳われた者達も所詮は使い捨ての駒であったという事だ! わたしはそのような喜悦に自らを従わせているだけ……貴官と何の変りもあるまい」

 

 ブレーメンの女性構成員を跨らせたディリアンへと、ヴィクトゥスは眉一つ上げずにつかつかと歩み寄る。

 

「……何だ? この女が欲しければ貴官も買えば――」

 

 その言葉の先を、ヴィクトゥスの拳は遮っていた。

 

 ブレーメンの女性構成員の頭部を裏拳で吹き飛ばし、白い血潮が舞う。

 

 頭部を失ってもブレーメンの構成員は喘ぎ続けていた。

 

 まるで調子を失った不出来な機械人形のように。

 

 さしものディリアンも恐れを宿したのか、女性構成員を突き飛ばしていた。

 

「な、何を……!」

 

「死すべき戦場に殉じ、己の生の意味を問い質す……私とした事が、また取りこぼすところであった。識者の理論では、そうであるべきに戦わない者を、腑抜けと呼ぶ」

 

「何を……何を言っているのだ……貴様は……」

 

「失礼ながら、ディリアン・L・リヴェンシュタイン。あなたはここで悦楽を貪るような価値もなければ、彼らを嗤う権利もない。そして何よりも――意義を持って死を選ぶ権利ですら」

 

 銃口を突きつけるとディリアンはその枯れ果てた身体をまるで虫のように揺らして、助けを乞う。

 

「だ、誰かぁ……! 誰かぁ……っ! 謀反である……! この……ヴィクトゥス・レイジ特務大尉の……正気を失って……」

 

「誰も正気を失ってなどいない。いや、真に狂気に堕ちると言うのならば、私は彼と踊りたいのだ。だと言うのに、卑しく肥えるだけ肥えた薄汚い豚未満に――飼われる趣味などない」

 

「ぶ、豚未満だと……! 貴様、誰と心得ている! わたしはリヴェンシュタイン家の長男で――!」

 

「だから何だと、言うのです」

 

 理性的に振る舞ったつもりであるが、それでも隠し切れていない殺意の波に、どうやらディリアンは中てられたようだ。

 

 あうあう、と何度も言葉になる未満で喉の奥で潰れていく声に、ヴィクトゥスは身を翻していた。

 

「失礼を。もうあなたに要らぬ首輪を付けられて、自らの信に背く事を行うのには、心底嫌気が差しました。よって私はこれより、王族特務の任よりお暇をいただきます。もう……こんな上っ面だけの肩書きは、必要ない。序列があるのならば、それに従うと、私は言ったぞ、トキサダ君。ならば君らが出たのなら必然、私の《レヴォルトルネンブラ》も出るべきであろう」

 

「ま、待て……! 待て、ヴィクトゥス・レイジ! 貴様、わたしに背くか! 王族親衛隊を捨ててまで、では何に殉ずる!」

 

「何に? 決まっているでしょう」

 

 侮蔑の一瞥を投げ、分かり切った答えを返す。

 

「――全ては一刹那に生きる死狂いの感覚に。クラード君と踊れない世界に、意義などない」

 

「貴様……その瞳……!」

 

「ああ、失礼。あまりにもガラにもなく……昂ぶってしまっていますので。お偉方には眼の毒でありましたか? 私の眼差しは」

 

 蒼く染まった双眸で、ヴィクトゥスは格納デッキへと一路向かう。

 

 その歩みを止める言葉を、ディリアンは思いつきもしないようであった。

 

 ――最早、答えは問い質すまでに非ず。

 

「クラード君、さぁ、舞い踊ろう。私と一緒に、この硝煙の宇宙で」

 

 

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