機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第26話「命題の戦場で」

「――にしたって、イカれてる。何だってフロイト艦長はあいつらの許可まで降ろしちまったんだ」

 

 整備班のぼやきを聞きながら、クラードは《レヴォル》のコックピットハッチへと導かれていく。

 

 既にパイロットスーツを身に纏い、漂うサルトルにヘルメットをすり寄せる。

 

「……《レヴォル》は?」

 

『ああ、発艦準備は間もなく完了する。なに、一週間あったんだ。仕事に関しちゃ任せろよ』

 

「コアファイター形態で行くのか」

 

『そっちのほうが敵の出端を挫ける。何よりも機動力でまず圧倒してからお前のやり方なら充分に勝利出来る相手だ』

 

「またトライアウトだって? 懲りないんだからな」

 

『あっちも必死なのさ。ホレ、パスコード。《レヴォル》のほうにも送っておいたから照合しろよ』

 

「ありがと。それじゃあ、ちょっと出撃前に《レヴォル》と話させてくれ」

 

『ああ。ただし、三分以内だからな』

 

 サルトルの理解を得つつクラードはコックピットの気密を確かめてから、《レヴォル》のテーブルモニターをさする。

 

 すると、脈動が動き出したかのように表示されたステータスに水色の鼓動が浮かび上がっていた。

 

『コミュニケートモードへと移行。“クラード、調子はどうだ?”』

 

「そうだな……。ちょっと何て言うのか、小骨がつっかえている感じかもしれない。……さっきの、あれ、何だったんだろ」

 

『“要領を得ない返答だ。お前らしくない”』

 

「俺らしくない? ……そうなのかもしれないな。あんなのに心をちょっとばかし掻き乱されるなんて。ただ……柔道部って奴らしい」

 

『“返答の意義を問う。柔道部とは何の事か”』

 

「いい、忘れてくれ。俺も多分忘れる」

 

『“承認した。敵は軍警察らしい。相手も必死なのかもしれないな”』

 

「どうだろうな。同じ敵とも限らないし……何よりもお前となら、百人力だ。誰にだって負ける気は――」

 

 ――約束してください!

 

 そう言いやって自分へと柔道技を見舞ったカトリナが脳裏を掠め、クラードは言葉を濁す。

 

「……いや、そうでもないのか」

 

『“出撃前のメンタルチェックが必要か? クラード。今のお前はどうかしている”』

 

「……そうだな。どうかしていた。俺は俺だ。だからこんな事にいちいち気を揉んでいる場合でもない。……コアファイター形態へと移行しつつ、一気に叩く。敵は三機らしい。ミラーヘッド戦になるだろう」

 

『“自信はあるのだろう”』

 

「当たり前だ」

 

『《レヴォル》、発進位置へ。リニアカタパルトボルテージ上昇。射出タイミングをエージェント、クラードに譲渡します』

 

「了解。《レヴォル》の思考言語をコミュニケートモードから戦闘モードに移行させる」

 

『“ではな。また語ろう”。――システム、オールグリーン。専属ライドマトリクサーの承認を乞う』

 

 最早、戦う以外の人格を消し去った《レヴォル》が待ち望んだコネクターへと、クラードは自身の両腕を可変させ、接合させる。

 

 脳髄に突き立った電流の加速度と共に、思考が明瞭課され、クラードは《レヴォル》と一体化していく。

 

 誘導灯が次々と点灯していく中で、宇宙の常闇をクラードは真紅に染まった眼差しで見据えていた。

 

「――武装承認。エージェント、クラード。《レヴォル》、先行する」

 

 誘導灯が青に染まると共にクラードはリニアボルテージの重加速にシートへと背中を押し当てられる感触を確かめていた。

 

 ベアトリーチェから飛び立った嘴の如き形状の《レヴォル》がそのまま、敵影へと矛先を捉える。

 

「……悪いな。今回はこっちも一応、武器はあるんだ。まずは一発、試させてもらう」

 

 機体側面に備え付けられていたビームライフルが一射されるも、やはりと言うべきか敵影は散開して回避運動に入っていた。

 

「……当たる馬鹿は居ないか」

 

 そう呟いた刹那、そのうち一機が編隊を外れ、急速にこちらとの距離を詰めていく。

 

「……おいおい、ミラーヘッドの戦場じゃなかったのか」

 

 ビームライフルを速射してから、まさかの抜刀をし様に加速した敵影にクラードは《レヴォル》の機首を立てて旋回し、敵の一閃を回避してから下方に位置する相手の動きを窺う。

 

「……何だって急に? 我慢出来なくなったとか?」

 

『広域通信だ……! 聞こえているだろう! ガンダムのパイロット!』

 

「……何を言っている? ガンダム……?」

 

『そのMSの忌み名だ! ガンルーム・ダムド……忌むべき火薬庫よ! この、ガヴィリア・ローゼンシュタインが! 貴様を粛正してくれると言っている!』

 

「……イカレか。たまに居るよな。戦場に居ると」

 

 推進剤を焚いてこちらへと肉薄しようとする相手に、ビームライフルの射線で応戦しつつ、クラードは他の二機の動きを観察する。

 

「……後方の二機は編成を崩すつもりもなし。ミラーヘッド戦に移るつもりか。こいつは囮? ……いや、そうじゃないな。執念深過ぎる」

 

 その言葉の反証のように敵《エクエス》は銃火器を絞って《レヴォル》を撃ち抜こうとしてくる。

 

『逃げるな! 戦え、ガンダム!』

 

「……逃げるな、か。それは意見の相違だ。《レヴォル》、急速制動と同時に後ろの厄介なのをどうにかする。タイミングはこっちに譲渡してくれ」

 

『了解。格闘兵装のロックを解除。武装承認、ヒートマチェット電荷』

 

 クラードは《レヴォル》の前面に急速制動推進剤をかけさせた後に、そのまま翻るようにして追撃する《エクエス》へと機体を開いて交錯し様に斬撃を浴びせていた。

 

『格闘兵装だとぉ……!』

 

 可変を遂げた《レヴォル》がその手に携えたのは切断面が赤く煮え滾る鉈状の格闘武装である。

 

 僅かに刃が反り返っており、今しがた《エクエス》の腕を肩口から斜に斬り裂いていた。

 

「……うん、こういうのも悪くはないな」

 

 ヒートマチェットを握り締め、敵の背面から肉薄する。

 

 相手は舌打ち混じりにビームサーベルを抜刀し、一撃を凌いだが、その防戦の網はこちらの好機だ。

 

 スパーク光が焼け付く間にも、《レヴォル》はその掌底を敵の顔面へと向けている。

 

『……まさか』

 

「――墜ちろ」

 

 拡散した蒼い粒子が束となって《エクエス》のアイカメラをぐずぐずに融かしていく。

 

 撃ち抜いた感触はあったが、相手も行動不能になったわけではないようで、すぐに後退し、残りの二機に挟まれる形で保護されていく。

 

『准尉、迂闊が過ぎます。下がって見ていてください。トライアウトジェネシスの戦い方を』

 

『……く、くそがぁ……っ! 私はガヴィリア・ローゼンシュタインだぞ……!』

 

『存じております。今は、邪魔なので下がって』

 

 紅色の《エクエス》が中距離からビームライフルを引き絞り、瞬時にミラーヘッドの幻像を編み出していく。

 

 もう一機はこちらの観測役なのだろう。

 

 ミラーヘッドで無数の分身体を作り上げ、その分身と同時に照準する事によって、単騎戦力における行動範囲の拡充を行っている。

 

「……正しいミラーヘッドの使い方って言うわけか」

 

 クラードは光条の網を潜り抜けながら敵の狙いを探る。

 

「相手の赴く先はベアトリーチェへの攻撃。俺に構っている時間もないはずだが……本来の作戦意図じゃない事が起きたせいで、敵も焦りがあるのか」

 

 紅色の《エクエス》はミラーヘッドを闇雲に飛ばす事もない。

 

 恐らくはある程度の持久戦に耐えてから、こちらの根負けを画策するつもりだろう。

 

《レヴォル》は短期決戦型だと、ある意味で見抜かれているのだ。

 

「……中距離からちくちくと。《レヴォル》、嘗めさせるな。このまま急接近して幻像を破壊。本体である《エクエス》も殲滅する」

 

『了解。加速開始。ミラーヘッドジェルを消費します』

 

《レヴォル》が蒼いミラーヘッドの残滓を引きながら、急加速に入る。

 

 中距離でやられてしまえばこちらとて戦いづらい上に、耐久戦では分があるのは《エクエス》のほうだ。

 

 ミラーヘッドの幻像をいくつか犠牲にしつつ、《レヴォル》は着実に紅色の《エクエス》へと距離を詰め、そしてビームライフルで至近距離にある敵の幻像を射抜く。

 

「……特に工夫もない。これで終わりだ……!」

 

 ヒートマチェットで幻像の頭蓋を薙ぎ払ってから、本体の頭部を腕で引っ掴む。

 

 そのままゼロ距離での掌底を浴びせ込もうとして、接触回線が弾けていた。

 

『――掴んだな?』

 

 ハッと習い性の勘でクラードは《レヴォル》に距離を取らせようとするが、その時には敵影が爆ぜている。

 

 自爆、かと思ったがそうではない。

 

 今の一瞬、自分が本体だと思って掴んだ《エクエス》は掌の中で淡く溶けていく。

 

「……まさか、一瞬のうちにミラーヘッドを俺に掴ませた?」

 

 完全に意図の外だ。

 

 二機の機影はベアトリーチェへと向かっている。

 

「……突破された。《レヴォル》、コアファイター形態で一気に追いつく」

 

 可変しようとする《レヴォル》へと、こちらに一瞥を振り向けた紅色の《エクエス》が手を払う。

 

 自分はミラーヘッドの中心軸に居るのだ。

 

 四方八方から襲うミラーヘッドの分身体がこちらを引き寄せては自爆していく。

 

「……こいつ。自分のミラーヘッドのフィードバックを無視してでも、俺をベアトリーチェに帰さないつもりか……!」

 

 幻像の破壊、もしくは自爆はそれなりのダメージフィードバックとしてライドマトリクサーを襲うはずだが、それをも恐れないのならば、それは最早、作戦の領域を超えている。

 

 クラードは《レヴォル》に可変させようとして、その度に敵の幻像の接近攻撃に邪魔をされていた。

 

「……俺の邪魔を……するな!」

 

 腰にマウントしていたもう一本のヒートマチェットを振り抜き、双剣を扱って幻像を次々と斬り裂いていくが、その間にも敵のベアトリーチェへの距離は詰まっていく。

 

 舌打ちを滲ませ、クラードは失敗の二文字が眼前に浮かんだのを感じ取っていた。

 

「……まさか俺が……こんなところで……」

 

『専任ライドマトリクサー。ベアトリーチェからの援軍を関知』

 

 思わぬ《レヴォル》の声にクラードは面を上げる。

 

「援軍? そんなの居るはずが……」

 

 そう思った刹那には、ベアトリーチェ甲板から出撃していた無数の《マギア》を目にしていた。

 

《マギア》部隊は肩口からビームで構築された旗を振る。

 

 それは見知った凱空龍の旗――。

 

「……アルベルト達か……?」

 

『怯むな! 敵を絶対に近づけさせちゃいけねぇ!』

 

 通信網越しに耳朶を打ったアルベルトの声と共に凱空龍の操る《マギア》編隊が統率された動きでビームライフルを照射し、《エクエス》の進路を遮る。

 

『クラードが来るまでの時間稼ぎだ! てめぇら、油断すんじゃねぇぞ!』

 

「……俺のため、に、なのか……。まったく、これだから人間と言うのは……」

 

 クラードはリニアシートに腰掛けていた自己を顧みて、一つ深呼吸を行い、そして研ぎ澄まされた殺気の刃を真紅の瞳に宿す。

 

「……《レヴォル》。敵への到達概算時間は?」

 

『およそ40セコンド』

 

「――充分だ」

 

 瞬時にコアファイター形態へと移行し、加速度を上げて宇宙の常闇を引き裂いていく。

 

 こちらの接近に気付いたのは随伴機のほうで、紅色の《エクエス》はアルベルト達の相手に忙しいようであった。

 

『少尉! 目標がこちらへ……!』

 

『時間をかけ過ぎたな。応戦する! 背中は任せたぞ』

 

 二機の《エクエス》が背中合わせになって自分とアルベルト達を同時に相手取る。

 

 クラードは胃の腑を押し上げる強烈なGを味わいながら、《レヴォル》をコアファイター形態からスタンディングモードへと瞬時に可変させ、四肢を広げた《レヴォル》がヒートマチェットを大上段に打ち下ろす。

 

 その攻撃を受け止めた紅色の《エクエス》の照合結果に《エクエスルージュ》と表示される。

 

『ここまで接敵したのは褒めてやる。だがお前にはもう二度目はない!』

 

《エクエスルージュ》から生じるミラーヘッドが《レヴォル》を包囲する。

 

 確かにこのまま打ち合っているだけでは、幻像に射抜かれる未来しかないだろう。

 

「……嘗めるな。俺と《レヴォル》は、その先を行く……!」

 

 ヒートマチェットで斬り返すなり、《レヴォル》は機体を翻してミラーヘッドの幻像を《エクエスルージュ》へと放る。

 

『嘗めるなはこちらの台詞! たった一体のミラーヘッドで!』

 

「いや、今のでいい」

 

 応じた自分の声に敵が懐疑を抱く前に、下方へと流れた《レヴォル》の機影がベアトリーチェへの保護ルートを取っていく。

 

《レヴォル》の幻像が《エクエスルージュ》と打ち合ったのもほんの十秒未満。

 

 互いに幻像を打ち消し合い、《エクエスルージュ》はこちらへと追撃する。

 

『……こけおどしで!』

 

「……やっぱ、通じないか。他の連中みたいにミラーヘッド戦に頼り切りじゃない。ミラーヘッド戦を分かっている奴の戦い方だな」

 

『ならば私に負けろ! 白いMS!』

 

「残念ながらそうはいかない。第一、俺の目的はベアトリーチェの保護だ。他の面子は知らないがな」

 

 アルベルト達の駆る《マギア》編隊の一斉掃射に《エクエスルージュ》は確実に足を潰され、その隙にも《レヴォル》はベアトリーチェの守りに入れる位置につこうとする。

 

 それを相手も許せないのだろう。

 

 随伴機に命じ、《マギア》部隊を相手取る。

 

『……まずは目の前を飛ぶ羽虫から狩る。アイリウム稼働。ミラーヘッド、展開』

 

《エクエスルージュ》と随伴機がミラーヘッドを展開してアルベルト達と対峙する。

 

 それを見届けながら、クラードは、やはり、と熱源反応を確認していた。

 

「……元々、あいつら自体が囮だ。俺に時間をかけさせてベアトリーチェの守りが手薄な間に、本隊が叩く。分かりやすい陽動作戦だったが、最初の奴がイカレなせいで余計に印象が強くなっていた」

 

 立ち向かうのはこちらも《エクエス》三機編隊。

 

 しかし通常の軍警察カラーの《エクエス》ならば、こちらの敵ではない。

 

 クラードは《レヴォル》の腕を払わせ、ミラーヘッドを瞬時に展開する。

 

 無数の幻像を生み出した《レヴォル》はミラーヘッドを雪崩のように操り、敵の三機編成の横っ面を叩く心持ちで打ち込んでいた。

 

『……まさか! 少尉達の作戦が失敗したと?』

 

「残念だがな。やらせるわけにはいかない。ここで墜とす」

 

 パワーゲインを引き上げ、《レヴォル》の分身体が敵《エクエス》の銃撃網を阻む。

 

 そのままミラーヘッドの幻像が相手の手足を掻っ切り、蒼い炎となって敵に纏わりつく。

 

『……ぐ、っ……! ミラーヘッドで金縛りに!』

 

「俺の命令をこなす。それだけだ。行くぞ、《レヴォル》」

 

 ヒートマチェットを振り翳し、敵《エクエス》の頭蓋を薙ぎ払い、直後には挟み撃ちの形になっていたもう二機へと同時に格闘兵装を投擲する。

 

 ヒートマチェットの柄頭は《レヴォル》の袖口に仕込まれたワイヤーに接続されており、そのまま力任せに振り抜いていた。

 

 自身を回転軸として《レヴォル》のワイヤー攻撃が二機の《エクエス》の推進機構を斬り払い、無効化していく。

 

 ワイヤーを引き戻してヒートマチェットを手に、《レヴォル》は眼前の《エクエス》の両腕を叩き斬る。

 

 敵は腰部より白煙を棚引かせて離脱挙動に入っていた。

 

「スモークでの離脱。……全六機ともか。去り際は潔いな」

 

 紅色の《エクエスルージュ》もいつの間にか遠くに離れている。

 

 自分の命令は逃げる相手の追撃ではない、とクラードは《レヴォル》にヒートマチェットを収納させていた。

 

「……ベアトリーチェ。被弾率は?」

 

『ベアトリーチェ、被弾率ゼロパーセント。……アルベルトさん達のお陰ですね』

 

「アルベルト達の、お陰、か……」

 

 もし自分が第二部隊に気付けず、《エクエスルージュ》の目論みに勘付くだけの時間がなければ、ベアトリーチェはここで沈んでいたかもしれない。

 

『クラード。よく戻ってくれたな』

 

 接触回線を図ってきた《マギアハーモニクス》から聞こえる声に、クラードは冷淡に応じる。

 

「……守ってなんていなかったってわけか」

 

『ん? そりゃ違うだろ。お前は凱空龍に居た頃と同じ、切り込み隊長だった。だからあそこまで敵と戦ってくれたんだろ?』

 

「……俺が、凱空龍の時と同じ、だって?」

 

 そんなはずはない、と否定しようとして、否定材料がない事に気付く。

 

「……俺は、拭えていないのか。まだ、甘さを……」

 

 ならば、もっと強く。もっと気高くならなければいけないはずだ。

 

 それがどのような形であったとしても。

 

『……クラード。何を気にしてるんだか知らねぇが、オレらにはこれがある。凱空龍の旗だ。こいつがある限り、お前はまだオレらの味方だよ』

 

 振るった凱空龍の旗印に、クラードは静かに瞑目する。

 

「……いや、俺の甘さが招いた結果だ。後でレミアにも報告する」

 

『クラード? 難しく考える必要は……』

 

「いや、あるはずだ。俺はエンデュランス・フラクタルのエージェント。なら……甘さは不要のはず」

 

 そうでなくとも、敵の誘いに軽々しく乗った。

 

 このままでは月航路までの道のりを踏破するのは難しいだろう。

 

「……俺はまだ、強くならなければいけない。誰よりも……強く……」

 

 そのためにこれまで培ってきた甘さが不必要だと言うのならば躊躇いはしない。

 

 いつだって、切り捨てて来た。これまでもそうだ。

 

「……俺と《レヴォル》のために、余計な感傷は必要ない。だがアルベルト達は何だ? 俺にどういう有用性があって援護してきた……?」

 

 理由が明快ではない事がこれほどまでに居心地が悪いとは思いも寄らない。

 

 ベアトリーチェと帰投信号を出そうとして、《レヴォル》の関知した熱源反応に、クラードは目線を振り向ける。

 

「……これは、救難信号? ベアトリーチェ、察知しているか?」

 

『いえ、こちらでは何も。恐らく、戦闘時のミラーヘッドに干渉するタイプなんでしょうね。どこの陣営であっても拾って欲しいと言う、そういう意思の表れかしら?』

 

「……回収してみるか」

 

『でもクラード、あなたも《レヴォル》も負傷しているんじゃ?』

 

「いい。今は……ちょっとだけ常闇の寒さがありがたいほどだ」

 

 アルベルト達はベアトリーチェの格納デッキへと戻っていくのが窺えた。

 

 自分は彼らと何が違う?

 

 何が、自分にとっての弊害なのだ。

 

「……考えなければいけない。《レヴォル》、お前はどう感じている?」

 

『コミュニケートモードに移行します。“さぁな。クラードの考えている事はこちらには分からんよ。だが敵は排除した。上々ではないのか?”』

 

「……結果論だ。俺はアルベルト達の支援がなければ艦も轟沈されていたかもしれない」

 

『“そこまで深刻になる事はないと思うがね。だが……クラードの感じた事が全てのはずだ。こちらからの助言は所詮、人間という意図を理解していない発言に過ぎない”』

 

「人間と言う名の意図、か。そんなもの、存在するのか? 意図なんて、どこにもないのかもしれない……。それこそ、どこに……? どこに、何の意図があって、俺は助けられたって言うんだ……」

 

『“クラード。僅かながら脳波に乱れを確認している。それは精神面での研ぎ澄ましの問題になるだろう。悪いが、こちらでは専門外だ”』

 

「……メンタルに関して言えば、俺が強くなるしかないってわけか」

 

『“エージェント、クラードのこれまでの戦歴を見ていればそちらに何か分が悪いとも思えない。だと言うのに、今回の一件に関して言えば、気にし過ぎだとも”』

 

「……俺が気にかかっているのは何なのか……出る前に大外刈りを喰らったところで、俺の何かが麻痺してしまっているのかもしれない」

 

『“大外刈り? 意味が分からないが?”』

 

「……いい。忘れてくれ。……救難ポッドか」

 

 デブリ帯に紛れて赤い発振光を灯らせているのは、軍部の救難ポッドであった。

 

『“あのタイプを照合した結果、クルエラ級よりもさらに前の年代の救難ポッドだ。前時代の遺物か”』

 

「中に入っているのは死体かもしれないって事か」

 

『“死体が救難信号を打つかね”』

 

「分からないさ。亡霊だって助けを乞うかもしれない」

 

 そういうのがミラーヘッドの戦線だ。

 

 クラードは《レヴォル》に救難ポッドを掴ませるなり、信号をいくつか打ち込んでいた。

 

「《レヴォル》、内側の誰かにアクセス出来るか?」

 

『“やってみよう。こちらエンデュランス・フラクタルの所属MSである。そのほうの所属を問う”』

 

『……分からない。寒い……』

 

 か細い少女の声にクラードは《レヴォル》に掴ませたまま、問い返す。

 

「女……? 女の声だって? こんな暗礁宙域に……」

 

『“亡霊だろうか?”』

 

「分からないが……どっちにしたって見殺しは禍根になりそうだ。一旦、ベアトリーチェに持ち帰ろう」

 

 救難ポッドからもたされる声はどれも小さく、今にも消え入りそうだった。

 

『……寒い、ここは嫌だ……。もう、何年、いや、何十年……』

 

「待っていろ。もうすぐ艦に着く」

 

 しかし、とクラードは僅かに自嘲していた。

 

「……先ほどまで殺す事しか考えていなかった俺が、どういう因果で人助けなんだか……」

 

 ベアトリーチェのガイドビーコンが視界に入って来る。

 

 クラードは自分の命題だな、と思い直すのであった。

 

 

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