機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第267話「死者の名を継ぐ」

 

『近づいてきているぞ! 弾幕張れ!』

 

 ダビデの声が通信網に焼き付く中で、ダイキは《シュラウド》を駆って敵陣に穴を開けようとしていたが、やはり腐っても王族親衛隊だ。

 

 その練度は自分のような人間の比ではない。

 

「野郎……! 《パラティヌス》ってはやり辛いったら……!」

 

 その赤い砲撃が《サードアルタイル》に至る前に、ダイキは《シュラウド》の加速度でシールドを翳す。

 

 しかし、相手の迷いのない火力を前にシールドは爆散してしまっていた。

 

「……対聖獣弾頭なんだ。ただの盾じゃ持つわけねぇ……! それでも……ッ!」

 

『クラビア中尉、新たに敵影を関知。……これは、騎屍兵……!』

 

 ブリギットを操るピアーナの声を聞き留めたダイキは、襲いかかってくる《ネクロレヴォル》の刃を咄嗟に発振したビームサーベルの太刀で受け止めていた。

 

 干渉波のスパーク光が至近距離で散り、接触回線を震わせる。

 

『……《ネクロレヴォル》改修機、という事は、クラビア中尉か』

 

「あんたら、騎屍兵なんだろ! リクレンツィア艦長が悲しむ! 何でそれが分からない!」

 

『……艦長は我々を見捨てた。そんな者に仁義を感じるのは間違っているはずだ』

 

「見捨てたのはエンデュランス・フラクタルの連中のほうだ! あいつらから艦長を護るためなら……俺は何だってやるぜ!」

 

『逆賊の徒に堕ちてもか……! ダイキ・クラビア中尉!』

 

「よく話すじゃねぇの。もっと口下手かと思っていた……ぜっ!」

 

 浴びせ蹴りで突き飛ばし、敵勢から距離を稼ぎつつダイキは戦局を見据えていた。

 

「……ここ大一番で王族親衛隊とドンパチするってのは、まさに予想外って奴だな。それにしたって……あいつらは無茶をやる……。万華鏡と真正面切って戦うだって? 死に急ぎかよ、エージェント、クラードってのはさ」

 

 だが自分も相応に無茶を演じているものだ。

 

《ネクロレヴォル》隊との戦いはまるで想定していない。

 

《シュラウド》が格闘戦に秀でているとは言え、《ネクロレヴォル》はオールラウンダーだ。

 

 敵が纏めてかかれば、自分達などたちどころに無力化されるであろう。

 

 その時、先陣を切っている《ネクロレヴォル》の照準が、戦域の只中で応戦するこちらの友軍機に向けられていた。

 

「……あれは、こっちに寝返ったって言う、騎屍兵……確かゴースト、スリーだったか?」

 

 ワイヤーが射出され、敵機の《ネクロレヴォル》との回線が開かれる。

 

 さすがに物理接触回線だ。

 

 自分には分け入る術はない。

 

「……おいおい、こんな土壇場で、裏切りとかない……よな? どっちにしたって、戦場で足を止めている場合じゃねぇ……!」

 

《パラティヌス》が割り込んでビームサーベルを斜に刻もうとするのを、下段より振るい上げた一閃で切り結ぶ。

 

 互いに弾かれた一瞬の隙を突いて、中破したシールドを投擲していた。

 

 回転しながらシールドは《パラティヌス》の腹腔へと突き刺さり、相手の気勢が削がれたのを感覚して急加速する。

 

「悪いね! 俺はこれでも搦め手上等なんだよ……ッ!」

 

 両手に携えたビームサーベルを互い違いに振るい、《パラティヌス》をようやく一機撃破する。

 

 爆発の光輪の余波を感じる前に、次なる敵の猛攻がダイキの感覚を落ち着かせない。

 

「……くそっ! こんな状況じゃ、真っ当な会話なんざ……! 一体何を……話してやがる……!」

 

 こちらの《ネクロレヴォル》へと、相手は何かを語りかけているのは明白。

 

 だとして、ブリギットの守りについている彼女がもし、心変わりでもすれば。

 

 最も危ういのはピアーナの待つ艦橋だ。

 

 ダイキは仕掛けてくる《パラティヌス》の攻勢を退けつつ、失態を噛み締める。

 

「……俺が行くまで……持つ、か……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――どういう、心境の変化だったか。聞いても?』

 

 向かい合った形の機体同士、《アイギス》より通信を飛ばしてきたのは、確かユキノと言う女性であったか。

 

 シズクは《ネクロレヴォル》に収まったまま、その言葉を問い返す。

 

「……意味をはかりかねる。心境の変化?」

 

『だってそうでしょう? あなたはカトリナさんを殺すところだったし、私からしてみれば、ある意味じゃ因縁。って言ったって、こんな距離でも別に、そうは思わないんだけれどね』

 

「……何故。あなた達は前を向いて戦える? IMF02、《ティルヴィング》は性能を聞くだけでも強敵だ。そんなものに、立ち向かわなくっていい脅威に、わざわざ死にに行くような真似をする? 理解出来ない」

 

『そうかもね。実際、大勢死んだわよ、前回の戦闘で』

 

 そうだ、彼女はRM第三小隊とやらをほとんど任されている。

 

 部下達が死んで、憎いはずだ。その遠因を作ったのが自分であるのならば、ここで撃って終わりにすればいい。

 

 しかし、ユキノはそうする仕草もない。

 

「……私相手に直通通信を繋ぐ。それも何故。殺したいほどの相手だろうに」

 

『何でかしらね……。それはまぁ、ある意味じゃクラードさんや小隊長がそれ以上を飲み込んできたからかもしれないけれど……私個人はね。別にあなたに刺されたからって、恨みつらみだとか、感じちゃいないのかもね』

 

「死ぬところだったのだろう。それでも、か」

 

『……そうね、それでも。三年前の月軌道決戦で何も守れないまま死ぬよりかは、まだ意義のある死だったから、受け入れる準備は出来ていたのかな。あの時は本当に……私は何も出来なかった……』

 

「……三年前、か……」

 

 別段、ユキノが話しやすかったわけでもない。

 

 ただ、きっかけであった。

 

 それに過ぎないのだ。

 

「……三年前、私はトライアウトネメシスの訓練兵だった」

 

『騎屍兵は実質上、死んだ事になっているって聞いたけれど、その時に?』

 

 こくりと頷き、シズクは続ける。

 

「酷い戦場だった。私以外にも訓練兵の同期は居たが、皆死んだ。最後の最後まで喚いて、足掻いて、それで醜く死んで行った。誰が悪かったわけでも、まして誰に大義があったわけでもない。皆、死の前では平等だった。近づいてくる死の足音の前では……人間なんて、その程度だったのかもしれない」

 

『……あなたはそこで一度、“死んだ”のよね?』

 

 あの戦いの決着を死で清算出来たのならば、まだよかったのだろう。

 

「私は死に損なった。生き延びて……それでも身体の半分は強度のライドマトリクサーだ。時々……自分の生きている世界が、あの戦いの延長線上なのか、分からなくなる。これは機械の水槽に浮いた何者かの見ている夢なのか、それとも自分の感覚している戦場なのか……。前者ならば、性質の悪い夢だ。私は死んでまで……この世界に囚われ続けている」

 

『でも後者だとしても……あなたは自分でそれを選んだという事になる』

 

「……私は、後者でありたいと、心のどこかで願っているのかもしれない。いや、それもどこかお笑い種か。騎屍兵に心など」

 

 心なんてあるはずがない。

 

 あれば、統制の名の下に人々を地図ごと消すなんて事を何度も何度も繰り返せるものか。

 

 心ある人間の行いにしてはあまりにも目に余る所業だろう。

 

 自分はやはり、機械の一部なのだ。

 

 パーツでしかない。

 

《ネクロレヴォル》を稼働させるだけの、一部品だ。

 

 そうして騎屍兵として、何も感じず、何も考えず。

 

 全てを、どうしようもなかったとして、処理するのが簡単であったのだろう。

 

 自分が三年前にどうしようもなく、死に損なったように。

 

 きっと彼らもどうしようもない運命のままに死んで行った。

 

 そう規定すれば少しは気も軽くなるはずであったのに。

 

『……今のあなたはそうじゃないって思っているみたいだけれど』

 

「……分からなく、なってしまった。三年前に死んだから、地獄の延長線で動いているのだと。裁かれる事のない世界で、ずっと、蜃気楼のように揺らめくのが似合いの結末だと、そう思い込んでいたが……。何故、奴は無遠慮に私に割り込んでくる」

 

『奴……ってのは、まぁ何となく分かるけれど、小隊長の事よね?』

 

 一拍の嘆息を挟んで、シズクは声にしていた。

 

「……私になんて入れ込まないほうがいい。私は死者、騎屍兵だ。だから、ここまでやって来られた。ここまで死に損なったまま、世界に対し、不格好で居られた。……だが奴は違う。死んだ眼をしていない。何故なんだ。……魔獣に立ち向かうと決めた時も、私を説得しに来た時も……何で奴は、あんな眼をしたまま、戦えるんだ」

 

『それはあなたが綺麗だからでしょうね』

 

 ユキノの返答に、シズクは嘲りを向けていた。

 

「からかっているのか」

 

『いいえ、ご大層なお題目でもなく。……小隊長は美人に弱いから』

 

「……そういう空気じゃなかっただろう」

 

『あの人、一度愛した人を失っているのよ。ラジアル・ブルームって言えば、分かる?』

 

「……天才女優と謳われた、あのラジアル・ブルームか? ……驚いたな、消息不明とは聞いていたが、死んでいたとは」

 

『そっ。そのラジアルさんが、ベアトリーチェに同乗していた時、二人、恋仲だったの。私は……まぁ、お似合いだなって思ってた。だって、私、凱空龍でも二軍だし。別に小隊長……いいえ、ヘッドが誰と付き合おうが勝手だもの。分かっていて、見ていない振りを続けた、その愚かしい結果が、これなんだと思う。私はいい人を演じられるだけ。誰にとっても都合のいい女を……』

 

「……あの男を愛しているのか」

 

『私の好意なんてお呼びじゃないでしょう。……どれだけ焦がれたって、宇宙暴走族の中に居る女一人なんて、目もくれないわよ。だってあの人は……私みたいな跳ねっ返りじゃ、届かない人なんだから』

 

「……想いを告げる気はないのか?」

 

『駄目よ、駄目。だってカトリナさんを振り切ったばかりの小隊長の心の隙間を埋めようとするなんて、それこそ嫌な女だもの。あの人は……三年間も恋い焦がれて、見守って来た。それが義務なんだって、自分に言い聞かせて。ラジアルさんを失った時、一度駄目になりかけたあの人を見たから分かる。カトリナさんはきっと、忘れられない人。どれだけ言葉の上で振り切っただとか、どれだけ決着が付いたって言っても、きっと小隊長は忘れない。その心にケリなんて一生つかないまま、失恋を続けるのが私にも似合いなんでしょうね』

 

「……分からない。いや、分からない振りをしているだけか。私も……かつてはそういう気持ちがあった。誰かを愛して、誰かに焦がれて、それで意義があるのだと、そう思い込んでいた。だが、この三年間でそう感じるだけの何かが壊れてしまったのだろう。……恨んでくれていい、お前を刺した時、私にあったのは使命感だった」

 

『……それは騎屍兵として?』

 

「そうだ。誉れと思ってお前を刺した。カトリナと言ったあの女を殺せれば、鹵獲されてもいい境遇だと、そう信じて疑わずに、刃を振り下ろした。前後なんて考えもしなかった。ここで相手を殺し、自分も死ぬ。その境遇に、疑いの余地さえも挟まずに」

 

 そういう形でしか成り立てなかったのだろう。

 

 自分は騎屍兵。

 

 もう死んだ存在。

 

 ならば、世界に歪みをもたらすべきでもない。

 

 死者は死者らしく、土の下をねぐらにして、殺しを続ける。

 

 生者の足を時折取り、その生き様に怨嗟を吐いて、そうして相手を引き込む。

 

 死の誘因に。

 

 それが騎屍兵――《ネクロレヴォル》を稼働させる、ゴースト、スリーとして真っ当な在り方なのだと。

 

『……でも、ピアーナさんは恋を知ったようだけれど?』

 

「……私にも信じられなかった。リクレンツィア艦長は騎屍兵の師団長として常に迷いのない決断を振るってきた。時には私達よりも冷酷に、非情であったはずだ。だと言うのに、今の艦長は……まるで知らない少女だった……。この艦の者達は、皆そうなのか? 私達では意見を差し挟む事さえも恐ろしかった艦長を、一端の少女のように扱う。あのカトリナと言うのだってそうだ。騎屍兵師団長は伊達な称号じゃない。何十、何百も殺し、そして冷徹にそれらを実行し続けたからこそ、輝く称号だ。それをまるで……最初からそんなものはなかったかのように……」

 

『あなたの知っているピアーナさんは、きっとそう出来たのかもね。でも、私達の知るピアーナさんはそうじゃない。あの子なりに……悩んで、時折自己嫌悪して、それで進んできたんだと思う。だって、ベアトリーチェでの日々は、私にとっても宝石の日々だった。ラジアルさんが居て、副長が居て……ヘッドが居て、クラードさんが居る。それが当たり前だった。デザイアを放逐されても、それでもよかった。帰る場所があったから。……それももう、永遠に失ったようなものだけれど』

 

「辛くないのか?」

 

『……辛いと言えば、辛い』

 

「……もう、やめてしまいたくならないのか?」

 

『そうね……。もう全部ひっくるめて、やめてしまいたい。投げ出したい時もある』

 

「……なら……」

 

『でもそれを……私自身も許せない。小隊長が《サードアルタイル》に吹き飛ばされて死んだと思った時、私の中は空っぽだった。その時、ああそうなんだって分かったの。私は小隊長の背中を追うだけの小娘。ずっと、縋り続けたかった。ずっと、このままの距離がよかった。心地いいとさえ思っていた。あの人を慕って、あの人に信頼されて。でも、そんなの虚飾。シャルティア委任担当官と顔を合わせた時、私は何も言えなくなった。これまでの私の価値を、全て否定された気分だった。……こんな時、気の利いた事も、ましてや自分を嫌いになり切る事さえも出来ないなんて、って』

 

「……それでもお前の仲間達は責めないだろう」

 

『それが余計に……しんどかったかな。誰かに責められて、ぐちゃぐちゃに言われたほうが楽だった。……でも、自分の感情の落としどころは自分で決めないといけない。最後の最後に、自分がどうしたいのかを決められるのは自分だけ。……ようやく、クラードさんがどうしたいのかが、その時になって分かったの。世界への叛逆、運命への簒奪者なんて、言ったってよく分かっちゃいなかった。でも、そういう事なんだって、こんなにも遅れて理解出来てしまった。自分の道筋を決められるのは自分だけ。他の誰でもない。きっとクラードさんは凱空龍に居た頃から、その気持ちを曲げちゃいない。だから、強い』

 

「……だから、強い、か」

 

『《ダーレッドガンダム》のベテルギウスアーム、最終調整完了! ビームマグナムの弾倉をきちんと込めて、確認作業に移る!』

 

 メカニックのティーチとやらの声がオープン回線で響き渡る。

 

 きっと、こうして喋る事さえも、かつての自分は無駄と断じていただろう。

 

 それが、少しばかり変わったのが、今を生きている者達の声だなど、思いも寄らない。

 

「……私は、諦めて来たのかもしれない。もう死んだのだと、そう規定したほうが随分と楽だから。だが、ここに居る者達は違うな。……楽に転がるのならば、IMFにも……もっと言えば世界にも、立ち向かうべきじゃない。自分の立ち位置から、一歩も離れないほうが、楽なのに……」

 

『カトリナさんもクラードさんも、言っている事は真逆だけれど、志しているのは、見ているものはきっと一緒……。そして二人とも、絶対に楽には転がらない。それがきっと……強さなんだと思う。私にはない、答え……』

 

「分からないな、私にはお前達も強く映る。IMFに立ち向かい、その果てに何を得るつもりだ? 蛮勇だと分かり切っているのに、その果てに何を求めて、戦場に意味を見出す」

 

 その時、ユキノはくすっと笑ったのが伝わった。

 

 シズクは眉を跳ねさせる。

 

「……何か可笑しな事を言ったか?」

 

『いえ、そんな事はないんだけれど。衝動的なものだけで、私達は戦ってきた。デザイアでも、ベアトリーチェでもそう。私達はその時々の、刹那的な心だけで回っている。嗤えるでしょう? あなたにしてみれば、自分の道筋を狭めてなおかつ、退路を塞いでいるなんて』

 

「……私達だってそうだ。騎屍兵なのだと、もう死んでいるのだと退路を塞いできた。だがそれも……分からなくなってしまった。正しいと信じた生き方に殉ずる事も出来ず、その生き方に疑問を見出す事も出来ず。ただただ、持て余すばかりの死を、私は抱えているのだろう」

 

『生ではなく死、か……。でも、小隊長はあなたみたいな人でも分かってくれるでしょう? 私みたいなどうしようもない弱さを持っていても、あの人は分かってくれようとする。それが時折……きついんだけれどね』

 

『オフィーリアはIMF02への追撃速度に入りました。これよりRM第三小隊、及び合流部隊による強襲を仕掛けます』

 

 アナウンスがかかった事で、ここでの会話は打ち止めとなった。

 

『……ありがとう。話せてよかった。……何て言うのかな、私はいつも取りこぼしてから気付くみたいだから。ピアーナさんも、クラードさんもそう。もっと早くに……話せて分かり合っていれば、こんな齟齬はなかったんだって』

 

「……私も話せてよかった。ユキノ・ヒビヤ。一つだけ、約束してくれないか」

 

『何? 私に出来る事なら何でもやるけれど』

 

「……お互いに、生き残らないか? もちろん、勝敗で分かたれるような容易い戦場だとは思っていない。だが、生き残る事で、可能性が……何か確率が変動する事もあると言うのならば……私は、生き残りたい」

 

『それは騎屍兵としての言葉じゃなく?』

 

 一拍の逡巡を差し挟み、シズクは応じていた。

 

「……ああ。シズク・エトランジェとしての、言葉だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうした? 何故返答をしない、ゴースト、スリー』

 

 戦場に舞い戻って来た意識で、シズクは接触回線越しのイレブンの声を聞く。

 

 目の前に屹立するのは《ネクロレヴォル》隊――自分の帰るべき居場所。

 

 それが差し出されていると言うのに、ここで何かが惑う。

 

「私は……」

 

『ヘルメットを外しているのか? 敵に対して恫喝されたか。その結果ならば情状酌量の余地がある。帰って来い。それが望みだ』

 

「……望み……? 望みなんてでも、私が騎屍兵に戻れば……この最悪な戦いが巻き戻るわけでもない……」

 

『何を高望みをしている? 最早一兵卒で出来る範疇は過ぎた。戦うのならば、どっちつかずの立場は抜け出すべきだ。それに、お前は賢明な人材だ。このまま反転し、敵艦を我々で抑える。それで事足りるはずだ』

 

 イレブンの声音には迷いはない。

 

 それどころか最適解を導き出している風でもある。

 

 撃つべきは、と指先が硬直する。

 

 RM施術が施された肉体が、永劫とも言える彷徨いの中へと呑まれていく。

 

 自分はどう生きるべきなのか、どう死ぬべきなのか。

 

 そしてどう――ユキノとの想いに報いるべきなのか。

 

「……私はいけない」

 

『……ゴースト、スリー……?』

 

「私はもう、ゴースト、スリーじゃ、ない。私の名前はシズク……シズク・エトランジェ。ここで守ると誓った、戦うと誓った。なら……自分の想いに、唾を吐くべきじゃないから……!」

 

 そう、最早「シズク・エトランジェ」としての戦いだ。

 

 騎屍兵の名無しではない。

 

 戦いは、己の胸の内で疼く衝動に衝き動かされて赴くべきだ。

 

『……後悔するぞ』

 

「それでもいい……! 私は……生きていきたい。死に損ないでも、もう一度人生をやり直していいのなら……!」

 

『決裂だな』

 

 接触回線が切られ、《ネクロレヴォル》隊がビームライフルを照準する。

 

 照準警告が鳴り響く中で、不意打ち気味の熱源反応に目線を向けた途端、《アイギス》が割って入り、弾幕を張って騎屍兵を後退させていく。

 

 重火力の武装を抱えた《アイギス》から声が放たれていた。

 

『シズク! 大丈夫だった?』

 

 名を呼んでくれたユキノに、シズクは思わず声を飛ばす。

 

「……今みたいな無茶な機動……危ないって思わないのか」

 

『危ない程度で及び腰じゃどうしようもないわよ。《ネクロレヴォル》隊はまぁまぁの数。……いけそう?』

 

「……騎屍兵として、《ネクロレヴォル》の性能は熟知しているつもりだ」

 

『それって当てにしてもいいって事なのかしらね? どっちにしたって、これ以上後退も出来ないんだし。《アイギス》、ユキノ・ヒビヤ! このまま応戦展開に入るわよ!』

 

「……《ネクロレヴォル》、シズク・エトランジェ。……出る」

 

 ユキノの《アイギス》が面火力で騎屍兵の牽制を弾いてから、シズクの《ネクロレヴォル》はイレブンの機体へと蒼いビームサーベルを振るっていた。

 

 互いにぶつかり合い、刃の灼熱がアイカメラを焦がす。

 

『……ここまで来て裏切りとは。ゴースト、スリー。堕ちたものだな』

 

「……堕ちたっていい。私は……生前の名前にまだ未練があったという事だ」

 

『墓碑銘を名乗る事の厚顔無恥さを恥じながら死んで行け。このまま、墜ちろ』

 

 イレブンの下段よりの振るい上げを弾いていなし、刺突を浴びせようとして瞬時に回避されていた。

 

 シズクは《ネクロレヴォル》の肩口にマウントされている近接戦用のガトリングガンを放射し、相手の接近を阻む。

 

 ――分かっている。

 

 自分もイレブンも熟練度はほぼ同じ。

 

 泥仕合になるのは明白。

 

 だがそれでも、自分を曲げたくないと言う意思が、太刀筋となって交わす。

 

 急接近すると共に浴びせ蹴りを与えて衝撃波で牽制しようとするが、《ネクロレヴォル》の加速度で回り込まれ、速射モードに設定したビームライフルの火線を潜り抜ける。

 

 上下左右が目まぐるしく入れ替わる感覚を味わいながら、シズクはイレブンの機体へと一射していた。

 

 掻い潜ったイレブンは刃を中段に構え、そのビーム粒子束の出力を引き上げる。

 

 恐らく、長期戦は不利なのだと判断したのだろう。

 

 シズクはビーム刃の発振を停止させ、腰だめに構える。

 

『抜刀速度で私に勝てると思っているのか』

 

「そちらこそ。太刀筋が震えているぞ? 隠し切れていないんじゃないか、恐怖を」

 

『恐怖など。騎屍兵になってからは覚えた事のない感情だ』

 

 爆発の光輪が広がっていく戦場の中で、互いに睨み合った両機はやがて弾かれたように急接近していた。

 

 肉薄したイレブンの機体の放った粒子切断面がシズクの機体の左肩を根元からそぎ落とす。

 

 シズクは逆手に握り締めたビームサーベルの発振部を敵《ネクロレヴォル》の頭蓋へと押し当てていた。

 

「――砕けろ」

 

 ビーム刃が形成され、《ネクロレヴォル》の頭部を断ち割らんとする。

 

 一閃は、ギリギリのところで回避されてしまったが、それがどのような意味を持つのかはレヴォルタイプを操っているのならば自明の理だ。

 

 シズクはガトリングガンを掃射して敵《ネクロレヴォル》へとダメ押しの弾幕を張っていた。

 

 噴煙に包まれていく《ネクロレヴォル》が大破したかどうかまでは分からない。

 

 分からないが、それでも自分の想いを告げる事は出来た。

 

 これまで、誰かの大義でしか刃を振るえなかった自分とは違う。

 

 ぐずぐずに融けた左腕を抱えつつ、シズクは一度ブリギットへと帰投すべきだと感じていた。

 

「……このままじゃ継続戦闘は難しい……。それにしたって、こんな混戦……」

 

 その時、シズクはブリギットより再出撃したダビデの《レグルスブラッド》とそれに随伴する通常《レグルス》を視野に入れる。

 

「……ジェネシスのDD、それについていくとは、中々の実力者だろう。今は、あまりにも難しい宙域だ」

 

 

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