「おいおい……とんだ伏兵も居たもんだなぁ、聖獣が二機と来た!」
クランチはコックピットの中でぼやくなり、トライアウトブレーメンの艦艇より報告を聞く。
『識別照合完了。向かってくる敵影は間違いなく、MF02、とMF04と推察される』
「んなもん、見りゃあ分かるっての、たわけが。にしたって、聖獣とやり合えるたぁ、こいつはツイてると思ったほうがいいのかねぇ! ――IMF01、魔獣《ヴォルカヌスカルラ》。お前の性能を見せてみろよ!」
先ほど砲撃を溶断されたが、こちらのエネルギー状態は決して悪くはない。
むしろ最善だ。
トライアウトブレーメンの艦艇六隻のアステロイドジェネレーターからエネルギーを供給されている状態なのは、万全を期すために他ならない。
「砕けちまえよ! 聖獣とやらもな!」
両肩に位置するすり鉢状の砲撃器官が瞬き、直後には高出力のミラーヘッド砲撃がもたらされている。
しかし、敵機はうろたえるわけでもない。
《ネクストデネブ》は憤怒のままに自律稼働する一対の砲門を手繰っていた。
直撃したと感じた瞬間には、ビーム粒子が霧散している。
「件のIフィールドってヤツか! 面白ぇ! 面白ぇぞ! モノホンの聖獣ってのはそう来なくっちゃいけねぇ……なァ!」
両腕に格納されていた拡散重力磁場の収束装置を稼働させる。
蒼い残像を帯びて袖口より山脈じみた剣が形成されていた。
「思い知りな! これがビームサーベルだ!」
質量と、そして単純なエネルギー総量だけでも艦砲砲撃に値する。
在りし日の月軌道艦隊でさえ凌駕する性能のビームサーベルを《ネクストデネブ》へと打ち下ろしていた。
相手はIフィールドを纏い、砲門で受け止めるがそれでも限度があるらしい。
足を止めた敵機へと、クランチは喜悦に口角を釣り上げる。
「嬉しいねぇ! 聖獣が魔獣の罠にかかるってのも! なかなか出来ねぇ経験ってヤツさ!」
《ヴォルカヌスカルラ》の四肢に格納されているのはそれ一つがMS大ほどもある円盤状の削岩機であった。
「自律兵装持たせてくれるってのも、割と羽振りはいいってもんだ! 行けよ、ミラーヘッドジェム!」
蒼い残像現象を伴わせ、円盤の自律兵装が宇宙の常闇を疾走する。
《ネクストデネブ》は撃墜しようと砲門を稼働させるが、その時にはもう片方の腕から発振させたビームサーベルが突き刺さっていた。
「聖獣に……届いたってこった!」
『……図に乗るな。私の《ネクストデネブ》に、貴様らは傷一つ――つけられるものか!』
直後に咆哮した《ネクストデネブ》がビームサーベルを弾き返す。
「……今のは、威勢、か。威勢だけで質量差を無視出来んのか? ……ますます面白ぇ……ッ! 戦場はァ……こうでなくっちゃあ、なッ!」
戦場の愉悦に浸ったまま、クランチは四方八方よりミラーヘッドジェムを操作する。
《ネクストデネブ》ほどの機体とは言え、Iフィールドを何度も展開出来るわけでもあるまい。
加えて、《ヴォルカヌスカルラ》との打ち合いは終わらない戦いに挑むようなもの。
「六隻のベアトリーチェ級戦艦に、内蔵するのは十七のアステロイドジェネレーター。さぁ、止められるかよ。聖獣とやらでもよォ……ッ!」
ミラーヘッドジェムが砲身に至った瞬間、これまで人類が成し遂げて来なかった聖獣への一撃が入っていた。
砲身表面が焼け爛れ、Iフィールドが歪んでいる。
「やっぱりな! そう何でも無尽蔵ってワケじゃ、ねぇと見た! ここで時代は移り変わるのさ! ……獣は討たれ、英雄の時代の……到来だ!」
ミラーヘッドジェムはまだ格納しているのも含めれば《ネクストデネブ》を撃墜するに足る量が内包されている。
このまま物量戦で押し込めるか、と感じた矢先、戦場の習い性がクランチの背筋を粟立たせていた。
「……やべぇな。右舷の艦隊……!」
それを認識するよりも先に――右舷に位置していた艦隊が断絶されていた。
漆黒の重力の太刀を操り、後衛に位置している《フォースベガ》がその腕に刃を拡張させる。
「……聖獣は二機……おい、艦隊! ……ああ、駄目か。死んじまいやがった。いや、消滅と言ったほうが正しいかもな。おい、そこの。あんた、さっきの通信じゃ、ザライアンとか言うの。俺みたいなロクデナシでも聞いた事はあるぜ。木星船団を指揮する、随分とエリートなはずじゃねぇの。だってのに、その正体は世界をたばかる聖獣のパイロットって事か!」
『……何が可笑しい……』
「いや、こいつぁ傑作で笑えてね! 何てこたぁねぇ、人でなしってのは案外、他人より高い位置が好きなもんさ。あんたもそうだろう! 高みに上って、下々を見下ろすのが、何よりも好きなんだろうが!」
『……僕は……そんなつもりは……ない!』
言い切るのと同時に放たれた重力の剣に宿った殺気はしかし、どこか混じり気があるのをクランチは見抜いていた。
――これはほだされるクチだ、と。
「マジな話かねぇ、それも。今の今まで、人類の敵を担っておいて、それでいて裏では騙し騙され……さぞ楽しかった事だろうぜ! 来英歴の人間は全部、愚かに見えていたってこったろうが!」
『……僕は、貴様とは……違う!』
「どう違う! 力への求心力に負けて、今もそうやって聖獣越しでしか戦えねぇ、腰抜けと! 戦場依存症の俺の、どっちが高尚かねぇ、こいつぁ!」
黒色の刃がのたうち、《ヴォルカヌスカルラ》本体へと放たれる。
それは心の余裕がなくなっている証拠だ。
先ほどの太刀筋で、艦艇を攻撃すれば、確実に戦力を削げると理解していた冴え渡っていた脳も今はないも同義。
『……取り消せ……。僕が、貴様よりも下劣だと言うのか……!』
「そうじゃねぇのか? 来英歴を背負って立つ宇宙飛行士の裏の顔が、実のところあれだけ人殺しを行った聖獣のパイロットだぜ? バレればどうなる? 羨望も、情景も、そして何よりも信頼も! 何もかも失っててめぇは一人っきりだ!」
『……一人でも、大義があれば一人ではない……!』
「大義! 大義たぁ、随分と俗世間じみた事を言うじゃねぇの! 結局のところ、てめぇだって割り切れていねぇのさ。殺し尽くす簒奪者の手なんだってなァ!」
『僕は……僕はこの世界を救いに来たんだ! 貴様のような壊すだけの人間と一緒にするな!』
《フォースベガ》は前に出ている。
高重力の太刀筋は確かに恐ろしい兵装だ。
先ほどからミラーヘッドジェムを盾にして直撃は免れているが、もしあれが《カルラ》に内蔵されている《ヴォルカヌス》本体まで至る性能があれば恐るべきだろう。
しかしクランチはこの時、相手の力量を完全に掌握していた。
如何に優れた武装を持ったとしても、如何に優れた思想を持ち得ていたとしても。
こちらの誘いに乗り、そして力の振るいどころを間違えれば、一瞬にして瓦解する。
それは何者でもない、どのような最果ての戦場でも届く経験則だ。
「壊すだけの人間ねぇ。それは光栄と思うべきなんだろうな。俺は全てを壊す! 壊して壊して……その果てに待っているのが、玉座なら、喜んで背負って立つぜ!」
『壊した果てに待っているのはただの虚無なのだと、何故気付かない! それだから貴様は……僕達に押し負ける!』
「果たしてそうかねぇ……。ミラーヘッドジェム、電荷。少し分からせてやるといい。戦場の素人に、本物の戦場ってヤツを」
これまで格納されていたミラーヘッドジェムはあえて使ってこなかった。
《ネクストデネブ》相手ならば、全て使い尽くすまでもない。
問題はどこまで《フォースベガ》のパイロットが釣れてくれるかであったが、相手は思ったよりも容易く挑発に乗った。
その時点で――勝ち筋は見えていた。
《ヴォルカヌスカルラ》内部に格納されていたミラーヘッドジェムが疾走し、大上段に太刀を振るい上げた《フォースベガ》へと包囲陣を敷く。
『小賢しいだけだ! 《フォースベガ》!』
両腕を振るい、迫りかけた自律兵装を打ち砕いた戦力は確かに本物だろう。
クランチは口笛を吹かす。
「シビれるねぇ……それだけの力、俺も欲しくなっちまったよ」
『貴様に聖獣が微笑む事など……あるものか!』
「それがあるんだなぁ、こいつが。俺の園に入ってきて無事で済むかよ。ミラーヘッドジェム、ミラーフィーネを展開構築」
《フォースベガ》からしてみれば、まさしく一足飛びの距離。
そこで相手は硬直していた。
ミラーヘッドジェムが四方八方より赤い光を拡散させ、聖獣の殺意が押し留まる。
『……何を……何をした……! これは!』
「ミラーフィーネって言う、極上の兵器さ。どうにもこいつに睨まれると、ミラーヘッド内臓兵装は全部意味をなくすらしい。ビビるねぇ、その性能。ただまぁ、それを振るうのは他でもない、俺だってだけで安心するさ」
『く……っ! この程度の距離……! 《フォースベガ》!』
「無駄だと悟ったほうがいいぜ、ザライアン・リーブスよぉ。あんたは結局、何者にも成れねぇんだ。安心しな。英雄には俺がなっておく。お前はせいぜい、地を這い付くばるだけの、無価値の代物に堕ちてろよ」
『……ふざけるな……! 貴様だけは……墜とす……!』
「強がりもここまで来れば立派に酔狂だな。もっと落ち着いて物事の推移を見るべきだったところを、俺の口車にまんまと乗りやがって。性能が良くったってなァ! 感情を制御出来ないゴミには過ぎた代物だってこったよ!」
『……《フォースベガ》……ビームサーベルで敵を両断――!』
「――遅ぇ。既に俺の領域に入っているんだ。触れるよか簡単だな」
クランチの眼差しは《フォースベガ》の中心軸で脈打つ心臓部を見据えていた。
ミラーフィーネの制御下にある現状、手で触れるような事もない。
そうなのだと規定した直後には、《フォースベガ》から完全に勢いが削がれていた。
『……《フォースベガ》……?』
「ミラーヘッドエラーってヤツを知ってっか? 宇宙飛行士。そうなっちまえば自力じゃ活動再開は不可能だ。そして――栄光は俺にこそ輝く」
出力値を引き上げた刃を大上段に振り上げる。
相手は絶望しながら死んでいく。
その喜悦だけでもクランチからしてみれば極上であった。
何せ、世界全ての羨望を得た相手を、その座から引きずり下ろすのだ。
「英雄ってのはこうでなくっちゃいけねぇ。時代遅れなんだよ、聖獣なんざ。聖獣殺したぁ、なかなかに幸先がいい事じゃねぇの」
『……動け! 動け、《フォースベガ》! どうして……僕は……来英歴を……こんな世界を、守ろうとして……』
「世界を守るたぁ、随分と妄言だな。死んでいけよ」
そうして刃は、振り下ろされていた。