機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第270話「呪いと共に在れ」

 

「聖獣だと? ……オフィーリアはどうなっている……」

 

 戦線に入った聖獣二機に気を取られたクラードへと、ミラーヘッドビットは容赦なく斬り込んでくる。

 

『自分との戦いは片手間で済ませるようなものか』

 

 引き絞られたビームの光条に、クラードは奥歯を軋らせて機体を上昇させていた。

 

《ダーレッドガンダム》は至りかけた敵の兵装を拡散重力磁場で叩きのめそうとするが、それを掻い潜って何度も装甲を叩く攻撃が見舞われる。

 

『エージェント、クラード。ともすれば、三年前より弱くなったのではないか。何よりも、マシーンの性能頼みの戦い方で、自分を凌駕出来るか』

 

「俺が三年前より……弱い、だと? ……そんなはず……!」

 

 双剣を構え、《ラクリモサステイン》の死の領域へと踏み込む。

 

 敵のビームの檻を超え、その向こう側に佇む死の根源そのものの《ラクリモサステイン》へと、斜に太刀筋を浴びせようとしたが、それは軽く防がれてしまう。

 

 ミラーヘッドビットが動きを阻害し、段階加速を経て《ダーレッドガンダム》の装甲の至近距離で爆ぜる。

 

「……貴様……は……」

 

『これは落胆、と言うのだろうか。自分は少しばかり、貴様を過大評価していたようだ。何よりも、ここまでまともに自分の操る《ラクリモサステイン》に太刀筋さえも浴びせられていない事実。弱い敵に、真っ当な戦いの評価は必要ない』

 

 直上からミラーヘッドビットがビームを放つ。機体をきりもみさせて回避させたそれを予見し、背面を塞がれていた。

 

 通常ならば王手のところを、ミラーヘッドビットが蒼い残像を帯びて衝突して簡単な結末を辿らせない。

 

 撃墜されてもおかしくはない局面が何度もあった。

 

 しかし、《ラクリモサステイン》は致命的な一撃を先ほどから避けている風でもある。

 

 まるで――自分を試しているかのような。

 

「……俺を嘗めるな……。戦いにおいて、情けをかけられるほど……弱くなった覚えはない……!」

 

『それは逃げ口上と言うのだ、エージェント、クラード。自分と相対したのならば、殺し切るつもりで来い。そうでなければ、ここで死ぬ度胸もなしに、《ラクリモサステイン》に立ち向かうだけの羽虫を相手取る意味もなし』

 

「言わせておけば……! 行くぞ!」

 

《ダーレッドガンダム》の鉤爪がミラーヘッドビットを捉えようとして、瞬間的に敵の操るビットの位相が変わっていた。

 

 ミラーヘッドの加速を帯び、《ラクリモサステイン》を中心軸にして回転を始める。

 

『同じ攻撃が何度も来ると思うな。戦場は常に生き物のようなものだ』

 

《ラクリモサステイン》の肩にマウントされた高出力ビーム砲の基部と連結し、直後には艦砲射撃レベルの砲火が二発、放たれていた。

 

 これまでのリズムを崩すジオの戦い振りに、クラードは何度も呼吸を整え直す。

 

 万華鏡との戦闘で、一度でもリズムを立て直すラグがあれば、それだけで死の呼吸となっていく。

 

 その証左のように、前面を塞ぐ形で現れたミラーヘッドビットへと、瞬時の判断で鉤爪を払うも、動きが阻害されていた。

 

「……《ファーストヴィーナス》の権能……!」

 

 ミラーヘッドビットより樹木のように枝分かれした黄金の帯が鉤爪を捕らえ、固定する。

 

 ほんの一拍にも満たない硬直であったが、万華鏡相手ならばそれは致命的となるであろう。

 

『ここで終焉か。思ったよりも呆気ない』

 

 反射された黄金の帯が装甲面に突き刺さり、《ダーレッドガンダム》を引き剥がした途端、《ラクリモサステイン》が放つビーム放射が《ダーレッドガンダム》に直撃する。

 

 少しずつ遊離していく感覚に、クラードはぜいぜいと呼吸を荒立たせていた。

 

 ――終わる、死ぬ、否――潰える。

 

 ここで死ぬよりも恐怖であるのは、何も成さぬまま、この戦いに喰われていくという事だ。

 

 誰にも勝利出来ず、誰のための戦いでもない。

 

 自分は、三年前と同じか、それよりも愚かな戦局を抱いて、溺死する。

 

 そんな終末があっていいのか。

 

 そんな終焉に帰結していいのか。

 

「……違う……!」

 

 クラードは己の中から湧き出る叛逆の魂を感じ取る。

 

 まだ――魂の色は、消えていない。

 

 この世界に叛逆すると誓った眼差しと、想いは簡単に消えてしまうものか。

 

 奥歯を噛み締め、ジオの操るミラーヘッドビットが全方位を満たすのをクラードは感覚し、《ダーレッドガンダム》を急上昇させる。

 

 加速からの虚脱したような重圧を感じつつ、直下に位置する自律兵装を見据え、《ダーレッドガンダム》の高重力磁場拡散で叩きのめそうとする。

 

「……獲った……ッ!」

 

『そろそろ言うべきか。真面目にやれ、とでも』

 

 その予感は全て外れ、ミラーヘッドビットは加速すると共に磁石のようにぴったりと稼働する。

 

《ダーレッドガンダム》の死角に回り込んだ相手に対し、振り返るよりも先に引き絞られたビーム光が弾け、光芒が何度も打ちのめす。

 

 爆発の光輪が押し広がる中で、クラードは激しくかっ血していた。

 

 その血の色が蒼く染まっている事に、今さら感じ入る。

 

「……ああ、もう俺は……とっくの昔に……終わっていたのか……?」

 

『自分との戦いだ。エージェント、クラード。下手な勘繰りや、あるいは慕情で勝利出来るとでも思っているのか。何に迷っている、何に惑っている』

 

 そうだ、殺すべきと規定した相手は、ただ一人。

 

 それ以外でも以下でもない。

 

 ここでジオを倒さなければ、王族親衛隊による蹂躙が是となり、オフィーリアの者達は全滅する。

 

 先ほど聖獣が姿を見せたからと言って情勢は変わらない。

 

 劣勢に次ぐ劣勢。

 

 そして、自分は勝てない相手に牙を突き立てるような人間だったか。

 

 ――否、断じて否のはず。

 

「……俺は……勝たなければいけない。誓ったんだ」

 

『誓った、か。誰にだ』

 

「……カトリナ・シンジョウに。いや、そうでもないな……」

 

 脳裏を掠めたカトリナの笑顔。

 

 膨れっ面。

 

 しかめっ面。

 

 まるで百面相だ。

 

 三年前に掠めた感傷と同じなのに、今は別の感情が胸の中にある。

 

 この明言出来ない感情の行方は――。

 

「……ああ、そういう事か。まったく面倒だな、生きるってのは、さ……」

 

『分かった風な事を言う。自分に勝てる算段でもついたか』

 

「そうだな……。光明も、活路も、まるで針の穴みたいなものだ。だが……俺は……俺は誓い一つに……」

 

『悪いが、時間切れだ。エージェント、クラード。答えは遠かったようだな』

 

 真正面に三つのミラーヘッドビット。

 

 うち中央の一基からビームが迸り、もう二つが螺旋の機動を描いてコックピットを擁する頭蓋へと叩き込まれる。

 

 途端、クラードの意識は光に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あの……クラードさん……』

 

「何だ。これからIMF02を打倒する。余計な言葉は必要ないだろう」

 

『それも……なんですけれど、私、誓いを……果たしてもらえるのかなって……』

 

 整備中の《ダーレッドガンダム》の真正面に佇み、何やら落ち着かない様子のカトリナへと、クラードは声を放っていた。

 

「……あのさ、わざわざない時間を割いてここまで来て、それで確認事項でもない言葉繰りってのは馬鹿って言う」

 

『うぅ……言われちゃってるなぁ……。で、でもですよ! クラードさん、その……足りないもの、あるんじゃないかなって……』

 

「今の俺に不足しているのは確かに魔獣への対策だろうな。ミラーフィーネに対し、《ダーレッドガンダム》は僅かだが優位を取れるとは言え、時間制限もある。前回のような撤退戦になれば、それこそ醜態だろう」

 

『違ってぇ……クラードさん、その……』

 

「何だ、カトリナ・シンジョウ。まだ言うべき事でもあるのか? 作戦概要は頭に入っている」

 

『いえ、その……私の事、まだフルネームで、呼ぶん、ですね……』

 

「委任担当官に対しての適切な距離だと判断している。別に問題はないだろ」

 

『おっ……大有りですよ……っ! だってクラードさん、あなたにはその……名前があるはずでしょう?』

 

「……エージェント、クラードが俺の名前だ」

 

『そうじゃなくって! ……普通の人には、ファミリーネームがあるんです。ヴィルヘルム先生だって、本名があったみたいに』

 

「……言いたい事があるのならもっと直截的に言え。何も伝わってこない」

 

『……じゃあ。クラードさんの本当の名前、私にその……預けてくれませんか? クラードさんだってエージェントになる前の名前があったはずなんですよね?』

 

「……名前……」

 

 パイロットスーツの下にあるドッグタグを意識する。

 

 それと共に、同じように首から下げているネックレスにも。

 

 カトリナは、気付いた様子もない。

 

 三年前に彼女の血の色に染まった、この世界にたった一つだけの証にも。

 

「……俺の名前はもう戦場に捨て去った。今さら縋り付くものでもない」

 

『じゃあその……っ! 私の名前、あげますっ! シンジョウって名前! どうですか? クラード・シンジョウ! これってピッタリなんじゃ……!』

 

「……あんた、その意味、分かって言ってるのか? 世の中じゃ、そうやって籍をもらうってのは……」

 

 そこまで口にしてカトリナの頬が紅潮しているのを目の当たりにする。

 

 別に伊達や酔狂で言っているわけではないのだ。

 

 しかし、これから戦地に赴くに当たって、それは枷となる。

 

 自分は、枷は少ないほうがいいと考えている。それはエージェントとしての生き方なのだから。

 

 だから、突っぱねればいい。

 

 ――そんなものは必要ない、と。

 

 しかし口から出たのは、別の言葉であった。

 

「……俺に、記号以外の名前は相応しくない。クラードと言うのは戦うための名前だ。それに、あんたのような人間のファミリーネームなんて……」

 

 どうして、ここまで弱く成り下がってしまったのだろう。

 

 拒絶出来れば。

 

 跳ね飛ばせれば。

 

 恐れも、畏怖も、羨望も、情景も――この胸に湧いた僅かな――希望も。

 

『……きっとでも、クラードさんは戦いが終われば、真っ当に生きられますよ。だって、《ヴォルカヌス》のパイロットとの戦いに……ヒトでありたいって願えたんですから』

 

「……あんた、本当に変わっているな。あんな戦場、早く忘れたほうがいい。俺も……何であんな事を言ったのか、分からないんだ」

 

 自分は戦う事にしか意義を見出せない人でなし。

 

 そうであったはずだ、これまでもこれからも。

 

 だと言うのに、ヒトであろうと思った事なんてなかったはずなのに。

 

 ――これは弱さだ。

 

 ヒトでありたいと願い、ヒトらしく死にたいとまで考えてしまうのなんて。

 

 呪いかもしれない。

 

 一生消えない呪い。

 

 一生消えない宿命。

 

 そして――こうも戦場の淵に立っているのに、消える様子もない、灯り。

 

「どうしてなんだろうな。……その事を思い出すと、胸の奥が……痛むんだ。ヒトでありたいと願ったのは、間違いだったのだろうか」

 

『それは違います。違いますよ、クラードさんは。だって、そうありたいと願うからこそ、ヒトは苦しめるんです。だから、クラードさんは間違いなく……心ある、人間なんですよ』

 

 そう言って柔らかく微笑むカトリナの相貌に、クラードは呆けたように口にする。

 

「……あんたの笑い顔、何だか見飽きたような気がしていたが……そうか、そんな風に……笑うんだな」

 

 ならば自分もそんな風に笑えるような日が来るのだろうか。

 

 そんな――何も明日への恐れがないかのような笑顔で、誰かに託し切ったように。

 

「……カトリナ・シンジョウ。定位置に戻れ。前みたいに割って入ったら、今度こそ命がない。俺には委任担当官を守る義務がある。エージェントとして、それと……」

 

「シンジョウ」の名をもらえるのならば。

 

 その在り処が消えてしまっては本末転倒だろう――と、そこまでは言わない。

 

 きっと、言わなくとも伝わったのだろう。

 

 平時ならばそのような繋がりは信じていない自分でも、今だけは。

 

 ――未来を、信じてもいいのだろう。

 

 

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