機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第272話「激震の巨神獣」

 

 半身を焼き爛れさせたまま、ただ闇の中を漂っていた。

 

 世界が動乱へと転がっていく中で、接触した体温だけを感じる。

 

「……ヴィヴィー・スゥ……君は……」

 

『ザライアン・リーブス。このままでは、貴様は死ぬ』

 

 ああ、そうか、といやに明瞭な思考回路で理解する。

 

「やっぱり……僕は死ぬのか」

 

『MFと命を同期している我々は、そのダメージが深刻ならば如何にパイロットとは言え死は免れない。ここで終点だ』

 

「……だろうな。僕は、でもいい。それでいいんだ。もう……随分と疲れた」

 

『……私も同じだ』

 

 出し抜けに放たれたヴィヴィーの言葉に、薄い自我の上で、ザライアンは応じる。

 

「……君も死にたくなかったのか?」

 

『……全てを恨み、憎み、憤怒の先に置いて行ければ、どれほどよかっただろう。私は《ネクストデネブ》が攻略されていない事だけが、安心出来る材料だった。だが、それももう、どうだっていい。私にはこれ以上戦い抜ける力なんてない。……思ったよりも脆かったのはお互い様だという事だ』

 

 違いない、とザライアンは笑う。

 

 笑いながら、ああ、死んで行くのだな、と冷たくなった四肢を抱え込む。

 

「……旅立った時点で、僕は故郷のために死んでもよかったのに。……死は怖いな」

 

『ならば……貴様には生きていく義務がある』

 

 力を籠らせたヴィヴィーの論調に、ザライアンは片腕を掲げる。

 

「でももう……、死に絶える時だ」

 

『MFのダメージがそのまま深刻な傷となるのならば、逆も然りだ。聖獣の心臓を、……《ネクストデネブ》と私を喰らえ、ザライアン・リーブス。そうすれば、貴様は生き残れる』

 

 何を、と呼吸音と大差ない声が漏れる。

 

「……何を……言っているんだ、ヴィヴィー。だってそんな事をすれば……君が……」

 

『死に行くのは怖い。だが、私はここまでで打ち止めだ。故郷と言うものがあったとすれば、貴様のように勇猛果敢に戦えたのだろうか? 何も分からない。私の世界には、そんなものはなかったから』

 

「ヴィヴィー・スゥ……君はでも……ようやく《ネクストデネブ》を取り戻せたのに……」

 

『奪還の旅であった。貴様とマーガレット・マジョルカとの旅路。……禁じられていた“クラード”同士の旅は……言いたくはないが、悪いものでもなかった。今は、そう思える……』

 

「……ヴィヴィー……」

 

『時間がない。《ガンダムレヴォルフォースベガ》! ヴィヴィー・スゥの名の下に命じる! この躯体を――同じ《ガンダムレヴォル》ならば、出来るだろう! 喰らって生き永らえろ!』

 

 その瞬間、《フォースベガ》が満身より吼え立てる。

 

「……《フォースベガ》……?」

 

《フォースベガ》の頭部マスクが砕け、現出したのは牙であった。

 

 その牙が《ネクストデネブ》の腹腔より取り出された大虚ろへと喰らいつく。

 

 ダレトだ、と認識したその時には、ザライアンの意識は漂白されていた。

 

 白の世界に投げ出されたザライアンは、瞼を開くと同時に世界を覆う黒い地平を認識していた。

 

 惑星ではない。

 

 黒い地平線が上下左右に広がる中で、カプセルが等間隔に並んでいる。

 

 そのカプセルの中で、金髪をなびかせる影は、どれも同じ――。

 

「……ヴィヴィー・スゥ……いいや、“クラード”……」

 

 世界を救うべく、生み出された存在。

 

 カプセルが排出され、直後には砲弾めいた機動兵器に乗り込ませられて、ヴィヴィーの似姿は宇宙の彼方へと消えて行く。

 

 世界を知らず、自分の存在理由さえも定かではない。

 

 そんな彼女はただ、憤怒するしかなかったのだろう。

 

 同じように生み出された「自己」と違うものがあったとすれば、彼女には世界を恨み、全ての境遇を破壊するだけの衝動があった。

 

 だから、ただの偶然の産物として、最後の機動兵器の乗り手に選ばれたのは、彼女ではない可能性もあった。

 

 別のクラードが乗り込んでいたかもしれない、異形の生態兵器へと乗り込み、姉妹達が突き進んでいった宇宙の深層へと、彼女は旅立っていた。

 

《ネクストデネブ》は、戦うためだけの彼女にとって唯一の朋友と言えるもの。

 

 暗いばかりの宇宙を、黎明の力でこじ開ける力だったのであろう。

 

 彼女の想いが、ヴィヴィー・スゥの魂が滲み込んでくる。

 

 ザライアンはそこで、現実の喉を震わせていた。

 

「……僕にみんな……託していく。そんな価値なんて……ないかもしれないのに」

 

 持ち直した機体へと、回線が開く。

 

『何だァ? 死に損ないが、自力で持ち直したやがった? おいおい、これだから聖獣ってのは始末に負えないんだよ。オカルト巻き起こしやがって、そこで大人しく死んどけよォ! ガキィ!』

 

《ヴォルカヌスカルラ》が再び巨大な刃を打ち下ろす。

 

 その一撃を同期した意識の中で、ザライアンはすっと掲げた腕で留めていた。

 

『粉砕されねぇ? 何だってんだ、てめぇは……ッ!』

 

「僕か? 僕は宇宙飛行士、木星船団の師団長。……いいや、違うな。僕は、世界を救うために遣わされた、次元の超越者、機動戦士……ガンダム」

 

 ぐぐっ、と刃を引っ掴んだ腕に感覚が取り戻され、直後には相手のビーム構築粒子束を粉砕していた。

 

 何物でもない、ただのマニピュレーターの出力が、艦艇六隻分のエネルギーゲインを凌駕する。

 

『ふざけ……やがって! 無理ゲー掴まされちゃァ、堪ったもんじゃねぇよなァ! 行けよ、ミラーヘッドジェム!』

 

 四方八方より迫る円盤型の自律兵装の網を、ザライアンは新たに構築し直されたコックピットで認証する。

 

 相手の速度は、先刻に比べればあまりに――遅い。

 

 瞼を開き、世界の声を聞いたザライアンは両腕に刻み込まれたモールド痕を明滅させる。

 

 血の赤がコックピットの中で瞬き、それは新生した機体の脈動と呼応していた。

 

「……機動戦士、ガンダムレヴォル……《フォースベガ》。いいや、もうただの《フォースベガ》じゃない。――《フォースベガネクサス》、ザライアン・リーブスの名の下に。敵を――撃滅しろ!」

 

 この世界に生まれ直した愛機――《フォースベガネクサス》がマスクに亀裂を生じさせて咆哮し、全身から生命の息吹を漲らせる。

 

 四肢がより鋭敏に進化した《フォースベガネクサス》は機体を開いていた。

 

「行け! Iフィールドバリア!」

 

 展開された《ネクストデネブ》と同型の砲門は全部で四つ。

 

 それぞれが高出力のIフィールドバリアを構築し、ミラーヘッドジェムの勢いを完全に阻む。

 

『クソがァッ! 今さらパワーアップなんざ、小賢しいんだよ!』

 

「全てを断ち切る。行くぞ」

 

 片腕を翳す。

 

 すり鉢状に開いた四枚の刃に、さらに連なるように三枚の刃が交差し、削岩機の威容を伴わせて《ヴォルカヌスカルラ》を狙う。

 

 瞬間、重力磁場を拡散させ、黎明の輝きを帯びた断絶の太刀筋が《ヴォルカヌスカルラ》の半身を叩き割っていた。

 

 以前までのパワーゲインの五倍以上にまで拡張した重力の太刀が、堅牢な魔獣の装甲を突き崩す。

 

《ヴォルカヌスカルラ》の両断された箇所から迸った伝導液が宇宙を濡らす中で、叫びが残響していた。

 

『こんなもんで……! IMFが墜ちたんじゃ、形無しってもんだろうが!』

 

「そちらがどれほどの戦力で来ようとも、僕は負けない。今の僕らに勝てると思っているのならば、だが」

 

《ヴォルカヌスカルラ》はこちらの挑発に乗るか、と感じていたが、直後にミラーヘッドジェムが格納された事で相手の意識も醒めている事が明らかになった。

 

『……白ける事を言いやがるぜ。こっちも万全とは程遠くなったんでな。一度退いてやる。だが、一匹でも聖獣が墜ちたってのはそっちからしれみりゃ、痛手のはずだ』

 

 言われるまでもない。

 

 残存したトライアウトブレーメンの艦隊が《ヴォルカヌスカルラ》と共に撤退機動に移っていく。

 

 取り残されたザライアンは、背後に庇った存在へと声をかけていた。

 

「……もう、大丈夫か? ヴィヴィー・スゥ……」

 

『……ああ。不思議なものだ、聖獣の心臓を明け渡せば、もう死んだものと思っていたが』

 

《ネクストデネブ》から生命の息吹は消えたが、彼女自身は生き永らえたようであった。

 

 その事自身に驚きはあるものの、ザライアンからしてみれば守れた命一つ、誇りに思っていた。

 

「……一度撤収しよう。オフィーリア勢との渡りも付けたいだろうし、ラムダのダメージも気にかかるところだ」

 

『それは構わないが……彼らは歓迎するだろうか。力を失った私を……』

 

「君がそう思わなくとも、僕は命を拾ってもらった。礼を言いたい」

 

『……よしてくれ。礼なんて……私はもう、存在価値を失ったようなものだ……』

 

 ヴィヴィーの声音には憔悴すら窺える。

 

 彼女を構成するパーツを自分に移譲したのだ。

 

 恐らく、これまで来英歴を恨み憎んできた憤怒でさえも、自分は引き継いだのだろう。

 

 力だけではない、とザライアンは拳を固める。

 

「……話さなくてはいけない。この次元宇宙の“クラード”とも。もう、お互いの物理接触を忌避している場合でもなくなった。……何を思おうとも、僕らはひとりでは……ないのだから」

 

 それが未来への展望であろうと、あるいは忌避すべき毒であろうとも。

 

 もう自分と向かい合うのに、さほど時はあるまい。

 

『……次元同一個体……私達は何故、この来英歴に呼ばれたのだろうか。ただただ、宇宙の彼方を超える旅路の果てに、集結したにしてはあまりにも因果を感じる』

 

「僕もだ。マーシュ艦長、こっちはIMFを退けた。一度、帰投する。そちらの攻勢はどうか?」

 

『ザライアン? 王族親衛隊は撤退……いいえ、トライアウトブレーメンの艦隊へと特攻して散って行ったわ。ちょうど今、敵陣が手薄になった頃合いでしょう。私達はオフィーリアとランデブーし、ポートホームを使っての交渉に移らざるを得ない。このままお互いに何も知らぬまま戦うのは、あまりに不利なのだと、分からなければね。私達が敵対している存在の正体も』

 

「……“彼ら”を炙り出すのにしては、しかし損害は甚大だろう。帰投ルートに入る」

 

《ネクストデネブ》の躯体を抱き、《フォースベガネクサス》はラムダへの帰還の道筋を辿っていた。

 

 見渡せば宇宙を満たすデブリの群れは、先ほどまでの死の臭気が濃い戦場を映し出す。

 

「……あれほど混迷を極めた戦場も、画一化してしまえばこうなっていくわけか」

 

 誰かが使命に殉じ、誰かが残された。

 

 その意志は継ぐべきであろう。

 

 ザライアンは《フォースベガネクサス》のコックピットの中で、深く瞑目していた。

 

「……僕らが聖獣でこれまで戦ってきた事だって、無駄じゃないはずだ。そうだって……信じたいじゃないか……」

 

 

 

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