「聖獣の帰投ルート、間違いなく現れたあの艦よね? ……頭痛薬が欲しいところだけれど、ちょっと我慢かしら」
額をさすったレミアに、バーミットが声を飛ばす。
「大丈夫ですか? まぁ、あたし達も地上戦線からこの先、よくやって来れましたよ。どうです? 落ち着いたらお酒でも」
「いいわね。……って言いたいところだけれど、私達はあまりにも大きなものを、失ってきた……」
未だキルシーを失った心の隙間を埋めるのに、一時の享楽に溺れるような真似は出来そうにない。
しかしバーミットは気安く提案する。
「あたし達、これで大所帯になったんですし、女子会とかどうです? あたし、幹事やりますよ?」
「……バーミット、あなたはいつものようで居てくれる、ありがたいと思うべきなのかしらね」
「よしてくださいよ。いい女でありたいだけですから」
労いをかわしつつ、バーミットは宙域の状態を的確に報告する。
「……それにしたって、万華鏡を含む王族親衛隊は全員でトライアウトブレーメンに特攻……いや、これは全員がそれほどまでにジオ・クランスコールと言う一人の人間に、心酔していたって事なんでしょうかね」
「彼らには彼らにしか分からない領域があるわ。クラードはどうなっているの?」
「現在、オフィーリア格納デッキに収容中。ダビデちゃん達もブリギットに一時帰還……ただ……」
「ただ、何?」
またしても頭痛の種が増えそうだと思いつつ、レミアは尋ね返す。
「……アルベルト君がまだ帰還していません。恐らくは出現した《ネクロレヴォル》改修機と……継続戦闘中かと」
「止められる人員は?」
「……クラードが満身創痍です。この状態でなんて……」
「……そうよね。戦局を見て、撤退信号を送信――」
『レミア艦長……! 私に行かせてください』
直通回線を繋いできたのはユキノであった。
「でも、ユキノさん……あなたの《アイギス》だって、もうかなりのダメージが蓄積しているはずよ。許可出来ないわ」
『……いえ、これは意地なんです。多分、小隊長と……副長の。二人を止めるのならば、私じゃないと。だって今のRM第三小隊を預かっているのは、間違いなく私なんですから』
決意の双眸を向けたユキノに、レミアは三年前の月軌道決戦の眼差しを感じ取っていた。
「……言っておくけれど、片道切符はなしでお願いするわ。絶対にアルベルト君を連れ戻してちょうだい」
『了解、です』
ぷつんと切られた通信にレミアは嘆息と共に艦長帽を傾ける。
「……ため息、幸せが逃げていきますよ」
「もうとっくに愛想尽かされているわよ、そんなの。クラードの《ダーレッドガンダム》の修繕状況次第で、次の戦闘も変わってくる。それに、戦力としちゃ二番目に強いアルベルト君が行ったきり戻ってこないんじゃ、何にもならないでしょう。……ラムダとどう事を構えるのかもあるでしょうし」
「ダビデちゃんに任せちゃえばいいんじゃないですか? 優れた戦士は優れた軍師でも、って言いますし」
「……こればっかりは、艦長としての責務よ。誰かに任せられないわ」
「……そこんところ、レミア艦長は相変わらずみたいで。大丈夫です? よければこれでも」
差し出されたのはタブレット型の栄養剤であった。
そこから二錠取り出して、くっと飲み干す。
「……私ももう若くないわね」
「よしてくださいよ、そういうの。言うのにはまだ、レミア艦長はガッツあるほうでしょ?」
「……どうかしらね。この戦いが終わった時に、もう何も求めるところのない、燃え尽き症候群になっているかも」
「そこんところは同感です。第一、クラードもアルベルト君も、結局は先行し過ぎなんですよ。生き急ぐんだから。あいつらにお灸を据えられるのは、まぁレミア艦長かカトリナちゃんくらいですよ」
「あら、意外ね。あなたはその分別に入っていないのは」
「それこそ、勘弁です。生き急ぎの男にほいほい付いて行ったら、女はいいところで散るもんです」
「……そうね。今は、ユキノさんを信じるしか、ない、か……」
「信じて待つのも戦いです。あたしらは結局、女としての価値を持ち続けるしかないんですよね。男が前に行っちゃうもんだから」
「カトリナさんは? どうしているのかモニター出来る?」
「……格納デッキで……。さっきからファムが……泣いていますね。どうにか宥めようとしているみたいで」
聞いただけの話でしかないが、ファムがジオの妹であったのは真実であったのだろうか。
ほとんど表舞台に出てこない万華鏡の妹であった記録はないが、それでも二人の絆だけは本物だったのだろう。
「……私達は結局、何も……知らなかったのね。世界の仕組みでさえも」
「どうなんでしょうね、その辺も。まぁ、ラムダの構成員と話せればまだ違ってくるかもしれないですけれど。さぁて、面倒ごとが増えない事を、ちょっとは祈る時間くらいはあるんでしょうかね」
その言葉にレミアは小さくこぼしていた。
「……私達に出来るのは、祈りだけなんて、どうにも無責任に、成り果てたつもりも、ないんだけれどね」
銃撃が交差する中で、アルベルトは爆発寸前の操縦桿を抱えながら、機体を急上昇させていた。
加速度で肉体がバラバラになりそうな荷重を引き受けるも、敵影を照準器に捉えてビーム兵装を一射する。
紅色の敵機はそれを紙一重で回避して減速し、不意に相対速度を合わせて来ていた。
舌打ち混じりにビームジャベリンを翳し、一撃を衝突させる。
『いい加減に墜ちろよ! アルベルト!』
「……ふざけんな……。オレはてめぇを……トキサダ! てめぇを……!」
『何も言えないってなら、一端に戦士気取って前になんて出て来るな! おれ達の覚悟も知らないで、あんたは邪魔なんだよ!』
「……邪魔って言うんなら、オレの言葉を少しは聞きやがれ!」
互いに弾かれ合い、距離を取ったところで牽制射撃を見舞う。
ミラーヘッドビットのビームの網を、敵機――《プロミネンス》は追加装備バーニアをパージさせて機体を急速ロールさせる。
こちらは先刻より損耗が激しい。
やはり地上戦線の直後に宇宙でのここまでの戦闘は想定されていないのだ。
『“アルベルトさん! 一時帰還しましょう! このままでは泥仕合ですよ!”』
「うっせぇ……マテリア……! 避けられない戦いって事くれぇは、分かるだろうが!」
『“ミラーヘッドジェルも残存三割以下です! 次のミラーヘッドでエラーが起きますよ!”』
悲鳴じみたマテリアの報告でさえも、今は喧しいだけの雑音だ。
トキサダの《プロミネンス》が実体弾頭で《アルキュミアヴィラーゴ》を狙い澄ます。
ミラーヘッドビットをデコイ代わりに使用し、爆ぜた光輪の陰に隠れて円弧の機動を描く。
背後を取ったタイミングで加速し、ビームジャベリンを掲げていた。
「そこだ!」
確実に獲ったと認識した交錯を、《プロミネンス》は機銃掃射で弾幕を張って距離を稼ぐ。
刃が致命的な距離を取り損ない、空振りしたところで《プロミネンス》が格納していた重火器を晒していた。
ビームの火力が装甲を削いでいく中で、アルベルトは奥歯を噛み締めて機体の追従性を上げる。
「なろ……っ!」
半回転した拍子に浴びせ蹴りを見舞い、《プロミネンス》は打撃に打ち震える。
『アルベルトォ……ッ!』
「トキサダァ……ッ!」
再び照準を付けようとして、火線が互いを引き剥がしていた。
《ネクロレヴォル》部隊によって庇われた形の《プロミネンス》と、前に割り込んできたユキノの《アイギス》が銃火器を向け合う。
「ユキノ……! てめぇ何して……!」
『黙ってください! 今のままじゃ、小隊長は戦場の狂気に呑まれたままです!』
「な……っ! 誰がそんなもん――!」
『そうじゃないですか! ……第一、アツくなり過ぎなんですよ。今は、頭に血が上ったほうが負けだって、分からないんですか……!』
その言葉で冷水を浴びせかけられたようにアルベルトは乗機のステータスを視野に入れる。
ライドマトリクサー専用機でなければ、既に戦闘続行不可能のレベルに到達し、各種ポップアップ警告ウィンドウが浮かび上がっている。
『“……アルベルトさん……”』
管轄するマテリアもどこか熱を帯びたような面持ちで憔悴している。
恐らくはシステムがオーバーヒートを起こしているのだろう。
「……オレ……は……」
『ようやく周りが見えましたか? ……帰還しますよ。オフィーリアも結構ダメージを負っています。RM第三小隊のほとんどは帰投済みですが、小隊長本人がいつまでも帰ってこないんじゃ、戦闘終了も言い切れません』
《ネクロレヴォル》の残存部隊は《プロミネンス》を帰還させる方向に持っていきたいらしい。
ある意味では利害の一致で、ここでの決着は持ち越しになった形だ。
『……アルベルト。ユキノに守られて、情けないと思わないのか?』
「……てめぇ……っ!」
『静かに。……本当に、トキサダ副長なんですね?』
『嘘を言う意味もない。ユキノ、どうやらかなり強くなったようだが、そのお山の大将を持ち上げるのはやめたほうがいいぜ。そいつは死ななくっちゃ直らないんだからな』
「それに関しては同感ですが、今は死なせられません。……トキサダ副長、あなたも同様に」
『どこまでも、おめでたい奴らだ。……こっちもダメージが馬鹿にならない。それに、万華鏡が墜ちたってのなら、作戦の立て直しだ。アルベルト、よかったじゃないか。命を拾えて』
「……てめぇだけは……オレが……ッ!」
『その気持ちは同じだよ。……あんただけは、おれが墜とす』
その言葉を潮にして、互いに後退していく。
最後の最後まで銃口を向けたまま、アルベルトは凪いでいく己の感情に戸惑っていた。
「……ユキノ、悪ぃ。頭に血ぃ上ってたのはマジみたいだ」
『……そんな分かり切った事言ってないで、小隊長、帰還しますよ。相手だって損耗はかなりのはずなんです。……ただ少し……意外だったのは……』
ユキノが濁したのは、《ネクロレヴォル》の残存部隊にシズクの機体がなかった事だろう。
「……ああ。分からねぇ戦場だが、それでもオレ達は……信じていいのか、それさえも定かじゃねぇ。ただ……思ったより悲観するもんでもねぇって意味なのかもな」
ガイドビーコンで誘導するオフィーリア格納デッキに、減殺ネットで《アルキュミアヴィラーゴ》はその機体を横たえさせる。
『《アルキュミアヴィラーゴ》、こいつは特殊機だぞ! メンテは慎重に行え!』
サルトルの声が響き渡る艦内で、アルベルトは中天を仰いでいた。
「……何でこんな風にしか……生きられないんだろうな。オレらは……」
『“アルベルトさん……ちょっと制御モードに……入ります。継続戦闘が強過ぎて……”』
疲弊し切ったマテリアが二頭身モードで休眠制御に入る。
どうやら自分達は、かなりの無茶をしてしまったらしい。
それでも、とアルベルトは瞑目する。
「……何だってこんな風でしか……自分の意志を示せねぇんだろうな。もっと戦い以外で、どうこうする術がありゃあ、よかったんだが……」
自分は戦いしか知らない。
たとえトキサダと袂を分かとうとも。
刃と銃弾でしか、語り合えないのが何よりも虚しかった。