機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第274話「討滅の誓い」

 

「ヴィクトゥス・レイジ特務大尉が行方不明だと!」

 

 モルガンに帰投するなり声が響き渡って、トキサダはコックピットブロックから漂っていた。

 

『失礼、どう言う事だ?』

 

 言い争いをしていたメカニック達は頭を振るばかりであった。

 

「戦闘中に出撃して……それから信号をロストしているんです。あの機体はどうにも特殊で……こっちの受信電波を阻む術があるみたいで……」

 

 ヴィクトゥスの駆るレヴォルタイプには特殊な構造が施されているのは窺えていたが、完全に気配を殺せるとは恐れ入る。

 

『……魔獣と名乗っていたのは、何も伊達でも酔狂でもない、と言うわけか』

 

『ファイブ』

 

 声をかけてきたイレブンに対し、振り返ると同時に交わされたのは拳であった。

 

 ヘルメットを激震する一打が打ち込まれ、長期の戦闘の疲労によってよろめいた肉体を彼は拘束術で封殺する。

 

『何のつもりだ! あのまま戦っていれば、撃墜もあり得た!』

 

 いつになく声を張り上げるイレブンに、ファイブとしての声でトキサダは応じていた。

 

『……禍根を払うためだった。おれの我儘だ』

 

『……そうだとして、騎屍兵は一人で死んでいくものではないだろう……!』

 

 彼の想いも、分からないわけではない。

 

 それでも、自分はアルベルトとの因縁を清算しなければ前に進めない。

 

『……オフィーリアに仕掛けたはずだな? 戦果は?』

 

 ばつが悪そうにイレブンは顔を背けていた。

 

『……ゴースト、スリーは相手にほだされたのか、我々への帰還を拒んだ……。何故……死に囚われた我々の理解者なんて……居ないはずだ……!』

 

『それは認識の違いだよ、イレブン。もう、おれだって、騎屍兵ゴースト、ファイブとして、冷静に成れる気はない。お笑い種だろうさ。騎屍兵は一糸の乱れも許されない鉄の集団だったのに、艦長が離反し、構成員は拿捕され、そしておれは……こうして自分の想いだけで前に出る』

 

『……ファイブ、お前だけの責任ではないと思っている。しかし、《プロミネンス》を使ってのあれほどまでの戦闘行動。全員を危険に晒す事だとは、思わなかったのか?』

 

『悪いとは思っているよ』

 

 感情をおくびにも出さずに応じた自分の声に、イレブンは悔恨を噛み締めているようであった。

 

『……何がお前をそうさせた……! 三年間、上手くやって来たじゃないか。死人として……ここまで来られたってのに……何がおかしくさせた……』

 

「おれはもう、騎屍兵を気取っているような余力もないのかもな」

 

 ヘルメットを外し、声紋を自分のものに変え、トキサダは騎屍兵の者達に向けて双眸を向けていた。

 

 うろたえたような者も居れば、イレブンのように冷静な者も居る。

 

『……戻るんだな? もう一度、生者に』

 

「おれはもう死者だ。だが死人にも意地がある。死ぬに値する覚悟も。……悪い。トゥエルヴが死んだ時、おれだけ託されていた。騎屍兵団は、もう以前のような完璧さもなくなっただろう」

 

『……いや、お前がそうありたいと願うのなら、私達もそうするべきだ。我らは騎屍兵……それであるのと同時に、この三年間、全てを共にしてきた集団なのだから』

 

「……イレブン、お前の……本当の名前は――!」

 

『そこから先は言いっこなしだ。未来を掴むんだろう? トキサダ・イマイ』

 

 その言葉振りにトキサダは絶句する。

 

 まさか、知っていたのか。

 

 自分がかつて殺し合ったベアトリーチェ側の人間であった事を。

 

 とっくの昔にイレブンは悟って、その上で自分の行く末を案じてくれていたと言うのだろうか。

 

 言葉が出なくなった自分へと、イレブンは背を向ける。

 

『整備班に、お前の《プロミネンス》を優先して修繕するように伝える。……名を取り戻すのならば、相応の機体を駆るべきだ』

 

 騎屍兵の者達は言葉もなく、それぞれの実務に戻っていく。

 

 その無関心さが、今だけはありがたかった。

 

 浮かび上がる涙の粒を、誰にも茶化されずに済んだのは。

 

「……ありがとう……おれはまた……青春を取りこぼして……!」

 

 涙を拭ったところで、格納デッキへと乗り込んできた自動椅子の影を見つける。

 

「どうなっている! 戦闘待機だと!」

 

「リヴェンシュタイン様! ここは艦内で待機してください! まだ第一種戦闘配置のままです!」

 

 メカニック達が押し留めようとしているのを、ディリアンは杖で叩いていた。

 

「馬鹿者が! わたしに触れるな、汚らわしい騎屍兵の艦の者風情で!」

 

 プライドと利己心で塗り固められたその面持ちにトキサダが降り立って杖を掴んでいた。

 

「何を……!」

 

「彼らを侮辱する事は許しません。モルガンの大切な仲間です」

 

「仲間だと? 馬鹿を言え! 世界の裏でこそこそとしているような連中が、わたしに物言いをするなど百年早いのだ!」

 

「……お前はそんなだから……ヴィクトゥスにも愛想を尽かされる」

 

 その言葉はどうやら図星であったらしく、顔を屈辱に塗り固めたディリアンは杖を振り落とす。

 

「黙れッ! 騎屍兵身分で……! 分かった風な事を……!」

 

 トキサダが行った事は少ない。

 

 杖を弾くと同時に握力だけで折り曲げ、習い性の戦闘術でディリアンを後ろ手に拘束する。

 

「お静かに」

 

「ぐぁ……っ、貴様ぁ……っ! わたしに触れるな!」

 

「そのような事を、言っておられる場合ですか?」

 

「そうであろう! わたしは王族親衛隊の守りが――!」

 

「万華鏡は死にましたよ」

 

 その事実に、ディリアンは絶句したようであった。

 

「死んだ……? あの完璧な……戦闘マシーンが……?」

 

「ええ、最後は無残なものでした。トライアウトブレーメンの艦へと特攻。他の王族親衛隊直属も、その後を追って死亡」

 

「う、嘘だ……っ! 嘘だぁ……っ! あの万華鏡がそんなつまらぬ事で死ぬわけがない……っ! わたしを騙そうとし……!」

 

「騙して何になるって言うんです? それとも、本当に信じられませんか? あなたの守りなど、もう誰一人としていない事が」

 

 枯れ果てた腕を掲げ、ディリアンは叫ぶ。

 

「誰か! 誰かぁ……っ! わたしは王族佐官だぞ!」

 

 しかしモルガンの整備班は一瞥を振り向ける者さえも居ない。

 

 全てから見放されたディリアンへと、トキサダは囁きかける。

 

「ですがあなたの目的だけは、果たして差し上げましょう。アルベルトの行方、でしたね?」

 

「……何故、騎屍兵身分に過ぎない貴様が……アルベルトの事を……」

 

「アルベルトは敵艦に居ます。無謀にも向かってくるその首を、裂いて臓腑を踏みしだき、その上であなたに献上しましょう」

 

「……アルベルトを……殺すだと……?」

 

「ええ。私に迷いはありません。アルベルトを最上の方法で殺して差し上げます」

 

「な、ならぬ……ならぬぞぉ……っ! 貴様ごときがアルベルトを殺すなど……! わたしの下へと連れてこい! すぐに、だ! 貴様ならば出来るのだろう!」

 

 ――ああ、ここまで勘違いだと、いっそ清々しいくらい。

 

 トキサダはディリアンの腕の付け根を踏み締め、そのまま別の方向に折り曲げる。

 

「やめろ……何をしている、やめろ、やめろ、やめ――!」

 

「お喋りだとこうなると、少しはお分かりになってください」

 

 枯れた肉体が折れ曲がったところで、大した音もしないのだな、というのが感想であった。

 

「がぁ……っ! き、貴様……ぁ……っ!」

 

「お静かにお願いします。ここは騎屍兵の艦ですよ? あなた一人を封殺するくらい、わけはない」

 

「……貴様ぁ……っ! 誰か……誰でもいい……この男を……殺せぇ……! 騎屍兵の身分で……私をぉ……っ!」

 

 しかし誰一人として視線さえも合わせない絶望に、ディリアンは沈んでいるようであった。

 

 その絶望に一口分のスパイスを加える。

 

「あまり喚かれぬよう。あなた程度、誰でも殺せます。それなのに、誰も私刑にしない意味くらいは分かりますよね? ――あなたのような人間、手を汚すほどの価値もない、という事です」

 

 呆けたように口を開いたディリアンの顔を蹴り上げ、トキサダは浮かび上がる。

 

「だれかぁ……っ、ころせぇ……、ころせぇ……っ、ころ、せぇ……ころして……」

 

 格納デッキの片隅に置かれたゴミ以下の人間など、誰も気には留めまい。

 

 トキサダは《プロミネンス》修繕作業に移る整備班へとハンドサインを返し、モルガンの通路のグリップを握り締める。

 

 宇宙の常闇に反射した己の久方ぶりの相貌には、因果の集約のように斜の傷痕が刻まれていた。

 

 その傷口をなぞり、決意を浮かべる。

 

「……ここに誓おう。今一度、トキサダ・イマイとして。アルベルト・V・リヴェンシュタインを殺す一振りの刃として。おれは舞い戻るのだと」

 

 その誓いは誰に聞き留められるわけでもなかったが、胸に刻むのには充分であった。

 

 

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