カトリナは軽くよろめき、後ずさっていた。
メイアは会議を進ませる。
「……いいかな? 波長生命体、それってさ。宇宙人とかとは違うんだ?」
「宇宙人と言うのがどういうものを指すのかにもよるが、別の世界における、オリジナルレヴォルを感じられる存在の総称として、僕らは使っている。生態波長を共有する者同士、と言う意味もある。……これは言っていなかったが、僕らもまた、“クラード”である、と言うのは」
カトリナは呼吸音と大差ない声で、どういう、と問い返していた。
「……別の次元宇宙の“クラード”。別の言い方ならば次元同一個体。ドッペルゲンガーのようなもの、と言えばいいのだろうか。僕も、ヴィヴィー・スゥも、そして死んで行ったMFパイロットは全員、“ガンダムレヴォル”を動かすに足る機動戦士……“クラード”だ」
絶句した様子のオフィーリアクルーに比して、メイアはどことなく冷静であった。
それならば、一つの結論に行き着ける。
「……キミらもクラードなら……じゃあ今日まで会わなかった理由も頷ける。お互いの物理干渉はそれだけで危険だった。何が起こるのか分からないだろうからね」
「彼らは本当に、約定の効果以上に自分達が物理接触を行えば、それだけで未来は変動値を起こしかねないと危惧していたのよ。だからこそ、今日までMF同士は結託しなかった。お互いの情報もまるで知らないまま、見知らぬ宇宙に投げ出されていたのよ」
マーシュの補足でようやく、レミアは席につく事が出来たようであった。
スケールの大きさもそうならば、MFが物理接触を避け続けていた理由がお互いの存在そのものへの忌避など誰が想定するだろう。
彼らは存在するだけでこの来英歴を左右しかねない運命を宿して訪れたのだ。
「……でも、じゃあどうして……今になって真実を……」
圧倒された様子のバーミットの声音に、ザライアンは応じる。
「僕達を利用して、ダーレットチルドレンの一掃を図った勢力がある。その名は、エンデュランス・フラクタル」
まさかここになってエンデュランス・フラクタルの名前が浮かび上がるなど想定もしていなかったのだろう。
レミアは額を押さえて、待って、と声にする。
「待ってちょうだい……。いえ、でもそれは……じゃあエンデュランス・フラクタル上層部は、全て承知の上……という事?」
「そうなのだと考えられる。《ネクロレヴォル》と言う存在の量産、それによって統制を行い、この世界にレヴォルの意志と言う名の福音をもたらした。……いや、違うな。呪いか。彼らはただ、技術としてレヴォル・インターセプト・リーディングを実装させたんじゃない。いずれ来たる時のために……準備していた。ダーレットチルドレンを壊滅させるために」
「でも、ここまで完璧に偽装し続けてきたダーレットチルドレンの、その尻尾を掴んだって言うのは……? それが理解出来ない……」
ダーレットチルドレンは「約定」の能力があるはずだ。それなのに正体を掴ませた状態で、相手に追われるような間抜けとは思えない。
「……僕達にも不明だが……エンデュランス・フラクタルはダーレットチルドレンの思惑を理解し、その上で壊滅計画を建てるだけの存在が居るとしか思えない。それがともすれば……オリジナルレヴォルかもしれないとは」
「……いずれにせよ、私達は本社と事を構えつつ、ダーレットチルドレンも追わなければいけなくなった……でも、相手はそこまで万能に成り立っているって言うのなら、人間が手に負えるような代物なの?」
「それに関しては、これを」
イリスが率先して投射映像を机の上に映し出していた。
「これは……月面……?」
月の天球図が浮かび上がり、マッピングされたそれを指し示す。
「かつてあなた方は、月の裏側、テスタメントベースに至った。それは賢人たるエーリッヒに出会うために」
「……テスタメントベース……」
口中に繰り返したカトリナは、それ以上の意味を見出しているようであった。
「エーリッヒはあなた方と遭遇し、そして自らの生存のための行動に出た。その答えの果てが、現状であると推測される」
「テスタメントベースは……自爆したんじゃ……」
「ダーレットチルドレンの住まう場所……聖堂と呼ばれる空間は、テスタメントベースの内側……月の内部だ」
ザライアンの言葉に、メイアが声にする前に投射映像が変移する。
それはテスタメントベース跡地に建てられた打ち上げ基地であった。
「一週間前の映像だ。恐らくは完成している。ダーレットチルドレンは間もなく、この宇宙を発つつもりだ」
打ち上げ基地には脊椎を思わせる構造物が屹立していた。
「……ダーレットチルドレンは、この来英歴を支配してきた。だって言うのに、どこへ行くって言うの?」
「考えられるのは……僕らの故郷……ダレトの向こう側だと、思われる」
ザライアンの論調に逡巡を浮かべる前に、マーシュが立ち上がる。
「私達は、それを阻止すべく、動いている。マグナマトリクス社も恐らくは、既にエンデュランス・フラクタルの思惑に組み込まれ、ダーレットチルドレンの炙り出しのために動いているはず。その結果はあなた達が地上で目の当たりにした通り」
「……魔獣……IMFの開発……」
マーシュは頭を下げていた。
「協力して欲しい。虫のいい話だとは思うけれど……ダーレットチルドレンの目論みさえ打破出来れば、私達には光明がある。MFのパイロットがこの次元宇宙に縛られ続ける必要性もない。何よりも、睨むべき敵は一つだと、そう思ったほうがお互いにいいはず」
「マーシュ……キミは……」
結論は艦長に投げられた結果になった。
レミアはしかし、すぐには承服しなかった。
「……考える時間をちょうだい。そうでないと……取りこぼしかねない」
「構わないが、時間もない。ダーレットチルドレンがダレトの向こうを目指したその時……何が起こるのかまるで分からないんだ。ダレトは基本的に、一方通行な代物なはず。だと言うのに、その流れを超えようと言うのが……」
ザライアンにしてみれば、今日まで辛酸を舐めさせられた存在。
一刻も早く討ちたい気持ちも分からないわけでもないが。
「……だから、ちょっと待って。情報が多過ぎるわ……。別の次元宇宙から来たMFに……あなた達が皆、“クラード”だったなんて……。それはじゃあ……私達の強いてきた道は、間違いだったと言うの……?」
「フロイト艦長。私達、ラムダのエージェントは彼らと行動を共にする。現状、最悪の手として考えられるIMFのうち一角、《ヴォルカヌスカルラ》。それを倒さない限り、我々はダーレットチルドレンに打って出る事も不可能なら、この世界で戦い抜く事も難しい」
「ようやく王族親衛隊を退けられた。あの万華鏡、ジオ・クランスコールも打倒出来た今だからこそ、本来の目的に戻りたい。……僕らはきっと……そのために存在し続けたのだろうって、思えるから……」
イリス達との、それは断絶に思われた。
もう自分と共にライヴをするつもりもなければ、ギルティジェニュエンを続けるつもりもない。
世界の選択肢と言う、大きなものに流されて、その上で戦い抜くと言う覚悟。
「……何だよ、それ……」
メイアは拳を骨が浮くほどに硬く握り締めていた。
ようやく再会出来たのに、仲間達が別の場所を見据えているなんて性質の悪い冗談だ。
「メイア。分かってくれるはずよね? これまで一緒に戦ってきたんだから……」
「分からない……分かるもんか! そんな……お題目掲げてさ、一端に偉くなったつもり? イリス! キミはいつだって、ボクと一緒に……バンド活動してきたじゃんかぁ……っ! だってのに、そんなのないよ! 世界だの何だの言って、キミの本当にしたい事なの、それは!」
「本心よ。それ以外にない」
本当に、疑う余地などないとでも言うような言い草に、メイアは頭を振る。
「そんなの……知らない。ボクは……世界がどうなるかなんて……興味もない。ようやく……さ! ようやくみんなともう一度会えたってのに、こんなのってないよ! ……だったら、ボクは世界に無関心のままで……いい」
身を翻し、会議室から逃げるように歩み出る。
こんな事なら、知らないほうがよかった。
無関心のまま、戦いの前線に赴かないほうがよかったに違いない。
だって言うのに、時は無情にも流れていく。
自分の決断が、これまでの想いが、無駄だったのだと断ずるかのように。
無重力ブロックに流れ出て、メイアは気持ちの落ち着けどころも分からずに、壁を殴りつけていた。
浮かび上がった肉体が、今ばかりは寄る辺もない。
「……何だってこんな……」
否、分かっていたはずだ。
イリス達は行動しなければ、本社に始末されていた。
自分だって、奇跡的にピアーナの居るモルガンに捕まったからこそ、今がある。
結果に全ては集約される。
今は、その結果が恨めしいだけ。
「……何だって、こんな事に……、なっちゃったんだろ……」
涙の粒が頬の表層を滑っていく。
自分の行動の結果だろうに、誰かのせいにしてしまいたかった。
だから――こんな時に、出会えるとは思いも寄らない。
「……メイア・メイリス。何をしている」
「……クラード……?」
目線を振り向けた先には医務室から今しがた出てきたクラードが全身に包帯を巻きつけていた。
RM施術痕が蒼く滲み、包帯の端から滴が伝い落ち、無重力に晒される。
お互いの間に浮かび上がった蒼い血液の玉に、メイアは鼻をすすってから応じる。
「……聞いたよ、それ。波長生命体とか、何とか」
「……会談の様子は医務室でもリアルタイムで聞き及んだところだ。ダーレットチルドレン、来英歴を支配する、闇の勢力、か」
「じゃあ話が早いね。キミは……やっぱり戦うの? ダーレットチルドレンを打倒して、その末に……叛逆を描くために」
クラードの答えなんてきっと分かり切っている。
彼に迷いなんてないのだから。
――ああ、ダーレットチルドレンを倒し、俺の叛逆を果たす。
きっと、そう言ってのけるはずだ。
明瞭なほどに分かりやすい、そうなのだと、判じた神経は直後のクラードの言葉に不意打ちを受けていた。
「……いや、どうなんだろうな。確かにラムダ側の話を擦り合わせるに、ダーレットチルドレンが危険なのは分かる。だが、俺は自分で思っている以上に……奴らを憎む事なんて出来やしない」
呆けていたせいであろう、クラードは尋ね返す。
「どうした? 何か可笑しな帰結だったか?」
「……いや、ちょっと、……うん、そうかも。キミは、いつだって前を向いていたから。だから、答えなんて……その……分かり切っているのかなって、そう思っていたのはボクの驕りかな。キミはきっと、ダーレットチルドレンを打倒して、自分の叛逆を成し遂げるものだと」
「その気持ちは常にある。だが、ダーレットチルドレンとやらを倒して、ではこれまで散って行った者達に報いる事が出来るかは別の話だ。俺は……奴に託された。万華鏡、ジオ・クランスコールに……愛する者達を守れ、と。俺の愛する者達は……一体誰なんだ……」
「何だ、そんな事。そんなの、心に従えばいいんだよ。今まで守りたいと、その命に代えてでも、戦って守り抜きたいと思った人達の事を思い浮かべながら、戦っていければいいはずなんだ」
「だが……俺はもう、人間ではない。波長生命体だ。そして、《ダーレッドガンダム》を動かす唯一の部品。そんな存在に……心なんてものがあるのか? 愛する者達に、後悔しない戦いを、と奴は言い残して、死んで行った。それも心に殉ずるという事なのか? だとすれば……俺の心はどこにある? 誰のために手打ちにすればいい?」
純粋な疑問そのもののようなクラードの論調に、メイアは窓の外へと視線を投げる。
宇宙の常闇は人間の迷いなど全て吸い込んでしまうかのように深く昏い。
それでも、ヒトは叡智の光を伴わせて、今日まで深淵の宇宙を漂ってきた。
鋼鉄の兵士を身に纏い、それで殺し合う術さえも覚えて。
「……きっと、さ。後悔しないなんて、嘘なんだ」
「嘘? ……ならどうすればいい? メイア・メイリス。俺はどうするのが、正しい……」
「知ったこっちゃない! ……ってところだと思うけれど?」
「知った事ではない……?」
メイアはクラードへと一足飛びで歩み寄り、その腕を握り締める。
包帯が巻かれた蒼い血潮が流れる腕と、自分のRM施術痕の腕とを翳す。
「きっと、さ。そんなもんなんだよ。……知ったこっちゃない、誰かの犠牲も、誰かの気持ちも、遺すべき想いも……知ったこっちゃないってね。だって、キミはエージェント、クラードだろう? だったら、最後まで成すべきと思った事だけを成すために、この世界で叛逆を続けて行けばいい。それがきっと、キミの存在価値を決める、最後の指針だ」
お互いのRM施術痕を翳していると、クラードは茫然としていた。
「どったの? 別に可笑しな事でもないでしょ?」
「いや……こうしてお互いの戦果を確かめ合うような真似をしたのは……随分と久しぶりに思えてな。三年の月日が経ったとはいえ、俺はまだ、縛られ続けているのかもしれない。戦いの舞台は……月面、テスタメントベース、か」
「三年前の月軌道決戦のあの日から、ボクらも時間は止まったまんまだ。……一緒に、踏み出そうよ。だって間違いだけを、正すんでしょ? キミの力なら」
「……あの日そう言って俺と《レヴォル》を送り出した人間だ。説得力があるな」
「でしょ?」
そう言ってようやく笑える。
打算もなく、無意識に。
ずっと出来ていたはずの所作も、こうして誰かと共に居なければ砕け落ちてしまうほど脆かったのだと思い知る。
「……メイア……!」
背中にかかった声に、メイアは振り返る。
息を切らして、イリスが無重力ブロックへと踏み込んできていた。
「……来ないで。ボクは多分……駄目だ。駄目なんだよ。人類のためだとかそう言うお題目で戦うのはきっと……向いていない。だから、ただのそんじゃそこいらに居る人間で――」
「ライヴ……」
イリスの喉より漏れ出た声にメイアは瞠目する。
彼女は必死に、搾り出すように言葉にしていた。
「……許可が出た。ライヴ……してもいいって、マーシュ艦長が……」
「……本当に? ボクを引き留めるための、一時の嘘じゃなくって?」
「……嘘なら、分かるように鼻が利くでしょう? メイアなら」
イリスの声音に嘘の感覚はない。
だが、ここで信じて馬鹿を見ていいのだろうか。
イリス達の思惑はきっと、世界と言う盤面そのものを覆す戦いだ。
だと言うのに自分は――まだ、“罪付き”のメイアのままで、いいと言うのだろうか。
「……メイア・メイリス。お前が言った通りだ。心に従うと言うのならば、ここでの行動は決まっている」
クラードの言葉に、メイアはそっと感慨を噛み締めていた。
嘘ではないのなら、ここで信じてもいいのならば。
「……イリス、もう一度……ボクと歌ってくれる……の?」
「……当たり前、でしょ」
先ほどまでの超然とした佇まいではなく、バンドメンバーとしての声に、メイアは目頭が熱くなる。
涙を拭ってから、クラードへと向き直っていた。
「……ありがとう。ボクはもう一度……憂いなく行ける」
「そうか。俺は別段、特別な事をした覚えもないのだがな」
「言ってくれちゃってぇ。……けれどまぁ、感謝かな。クラード、頬っぺた」
「何だ?」
クラードが認識する前に、その頬へとキスをする。
相手が意識を振り向けたその時には、メイアは悪戯っぽく笑って手を振っていた。
「バイバイ、クラード。キミにとっておきの、歌をプレゼントするよ!」
そうして踵を返した自分へと、クラードは言葉少なであった。
「……そうか。それもいいのかもな」