機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第27話「覚醒の途上」

「……准尉。准尉、ローゼンシュタイン准尉……! 応答してください」

 

 呼びかけられてガヴィリアはようやく気付いたようであった。

 

 頭部を失った《エクエス》から声が漏れ聞こえる。

 

『……私は……』

 

「前後不覚になっていましたよ、准尉。我が方の作戦指示に問題が生じていました。敵があなたを狙ってくれたからよかったものの、最初からこちらの目論みが崩れるところだった」

 

『そうだ、敵……! ガンダムは……!』

 

「撃墜出来ず。標的の艦にも傷一つありません。我が方の作戦失敗です」

 

 ダビデの語り口調に、ガヴィリアはコックピットの中で失態を噛み締めているのが伝わった。

 

『くそっ……! もう少しだったのに……!』

 

「いいえ、もう少しはあなたの首が刎ねられるまでの話です。あのまま無策に敵MS…….失礼、あなたの言うガンダムに飛び込んでいたのだとすれば、今頃あなたは両断されてしましたよ?」

 

 まさかそれが分からぬほどの愚かさでもあるまい、と言う意味を込めたつもりであったが、ガヴィリアから返ってくるのは悔恨のみであった。

 

『も、もう少しで墜とせた! それは間違いない……!』

 

「ローゼンシュタイン准尉。勘違いも甚だしい。もう少し冷静に事態を俯瞰出来ないようでは、次からの出撃禁止にも抵触します。いいですか? あのガンダムとやらはそうそう簡単には撃墜させてくれない。データにはありませんでしたが、ビームライフルと格闘兵装を所持しておりました。それだけでも脅威対象としては高くなるのに、あなたは無策のまま突っ込み、あまつさえ隊を危険に晒した。その咎は受けていただきますよ」

 

『ま、待って欲しい、DD……いいや、ダリンズ少尉。私は正しいと思った事をしただけで……』

 

「その正しいが全てにおいて間違っているのです。あなたにとって、選択肢は二つ。トライアウトジェネシスの執行部の厳命に従い、少しは己の無自覚さを痛感していただくか、それかまたガンダムに立ち向かって無駄死にするのかのどちらかです。何よりも……軍警察に居たいのなら少しは身の程を弁えていただきたい。それが如何に噛み付き癖が強くってもね」

 

 あえて強い言い回しで突き放したが、これくらいでちょうどいいはずだ。

 

 そうでなければこの者は軍警察の秩序を乱すだけの存在。

 

 抱えた部下の重荷になるだけならここで手を離してやってもいい。

 

 言外の意図がさすがに理解出来たのか、ガヴィリアは沈黙する。

 

「……分かってくださったのならば結構。それにしても、まさか第二部隊の編成を勘付かれるとは。相手は手練れだとでも言うのか……」

 

 両腕をもがれた形の部下の《エクエス》にダビデは怒りに駆られて操縦桿を殴りつける。

 

「……作戦上ではあのままなら絶対にあのガンダムだけでは追いつけなかった。だが実際にはどうだ。《マギア》の編隊? そんなものがどこから……」

 

『少尉。恐らくは一週間前に陥落したデザイアとか言うFランクコロニーの生き残りかと思われます。准尉の報告書にありましたので』

 

「……統合機構軍、それもエンデュランス・フラクタルのような企業がそんな連中を擁する? ……理解に苦しむな」

 

『相手は新造艦を民間主導で造るくらいです。我々の常識は当てはまらないものかと』

 

「……そういうものか」

 

 独りごちてダビデはバイザーを上げて蒸したパイロットスーツの中に空気を入れる。

 

 汗の粒が無重力を舞う中で、彼女は決意していた。

 

「だが、代償は高くつくぞ、エンデュランス・フラクタルにベアトリーチェとやら。我々をコケにしたのだからな。二度も三度も、偶発的な勝利があるとは思わない事だ。私は今度こそ、貴様らに引導を渡す。……その日を心待ちにしているがいい」

 

 もっとも、自分とてトライアウトジェネシスの兵士。二度も三度もチャンスが巡って来るとも思わないほうがいいのかもしれない。

 

「……因果なものだな。保身は……考えた事はなかったのだが。報告書を書かなければいけない。自分が敗北した証を自分の手で。それはDDの異名を取る私にとっての屈辱だ、ガンダム……!」

 

 ぐっと睨み据えたのはテーブルモニターに映し出されたガンダムの機影であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの……っ、クラードさん! ……その、出撃前にそのぉ……やっちゃったの、怒っていますよね?」

 

 パイロットスーツを半分脱いでインナー姿のクラードの背中に呼びかけた自分を、早速責め立てられるのだと思っていたが、クラードはどこか中空を見据えて言いやっていた。

 

「……ジュウドウってさ。強かったの」

 

「ふぇっ……? ああ、柔道ですか……。一応、ちょっとした大会にまでは行ったかな……」

 

「ふぅん、すごいじゃん」

 

「あの……っ、怒ってます……よね?」

 

「大外刈り」

 

「ふへっ……?」

 

 またしても素っ頓狂な声が漏れてしまう。クラードは自分のほうを見ずに、《レヴォル》に視線を注いでいた。

 

「あれって頭が冴えるのかもしれない。だからって毎回やられちゃ困るけれど」

 

「……それってどういう……」

 

「委任担当官なんでしょ、あんた」

 

「あ、はい……っ、そのお仕事を任されていて……」

 

「じゃあ、大外刈りじゃなくって、もうちょっと言語で対話しなよ」

 

「うぅ……言い訳出来ないなぁ……」

 

「ただ、ま……面食らったってのは正直な話。あんた……思ったよりかはつまんなくはないのかもね」

 

「えっ……それってどういう……」

 

「答えをいちいち期待しないでくれないかな。俺だって口は達者なほうじゃないんだ」

 

 そう言ってクラードは携行飲料を飲み干しながら上方へと抜けていく。

 

 その背中を見送りながら、カトリナは書類片手に、よし、と意気込んでいた。

 

「……何だか分かんないけれど、怒られなかったって事は、一歩前進! ……絶対に、幸せになるためには、お仕事頑張らないと……っ!」

 

 いつだってポジティブなほうが自分らしいはずだ。

 

 だから、今はぎゅっと拳を握って、そして言い放つ。

 

「絶対に! 幸せになるんだからっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーでもない、こーでもない。……こいつぁいつ頃のロック処置だ? 今どき多重ロックなんて施された救難ポッドなんてないぞ?」

 

 サルトルはポッドのパスコードをいくつもなぞりつつぼやいているものだから、それを見守るクラードからしてみれば相当難儀しているのだと窺えていた。

 

「……開かないの?」

 

「開くように努力してるんだよ……! にしたって、いつの時代だ、本当に。これ、旧式にも程がある。デブリ帯を流れていたのを偶然発見したんだよな?」

 

「ああ。救難信号を打っていたし、接触回線で中から女の声が聞こえてきた」

 

「女ァ? おいおい、じゃあこいつはあれか? 呪いの救難ポッドってところか? こいつの造られた年代から遡るに、もう十年や二十年のスパンじゃないぞ。中の人間は今頃は婆さんになっているくらいだ」

 

「……拾ってきちゃまずかった?」

 

「まずいも何も、さすがに救難信号を見過ごせとは言わないさ。……だがなぁ、あまりにもアナクロと言うか……。そして最終隔壁は人力だし。おーい! 力自慢を寄越してくれ! こいつのレバーじゃ数人がかりだ!」

 

 整備班がそれぞれかかり、最終隔壁のレバーを回していく。

 

 そこでようやく、救難ポッドから漏れ出ていたのは液体窒素を思わせる冷気と白煙であった。

 

「ヤバい……! 総員、ガスマスク装備! 可燃性かもしれん! スプリンクラーを起動させろ!」

 

 格納デッキの一区画でスプリンクラーが舞い、虹を浮かべる中で扉が重々しく降りていく。そんな物々しい警戒の中、救難ポッドの暗闇でちょこんと三角座りで佇んでいたのは――。

 

「……女?」

 

 無数のケーブルに繋がれ、救難ポッドそのものと一体化しているかのような少女が一人。

 

 金色の瞳に敵意を宿らせ、長い黒髪を横たえさせた少女はこちらと目が合うなり、ぐるると唸る。

 

「……な、何だ? こいつは……」

 

 うろたえた整備班へと少女はほとんどボロの黒い衣服のまま、飛びかかっていた。 

 

 それは最早獣じみた挙動で、誰もが反応出来なかったほどである。

 

 悲鳴が劈く中で、少女は整備班のノーマルスーツに牙を立てつつ、自分と目線が合っていた。

 

 すっと銃口を向ける。

 

 敵意が伝わるか、と眼差しを交錯させたのも束の間、少女は飛び退り、自身に巻き付いていたケーブルを振り払おうとして、不意にぺたんとその場にへたり込む。

 

「お、おい! どうした? まさか、死んじまったんじゃ――」

 

 サルトルの懸念にきゅるると腹の虫が返って来ていた。

 

 少女は腹を押さえ込んで、白磁のような肌に僅かながら羞恥の念を浮かべる。

 

「……お腹空いた。ここは寒くない? 雨が降っているけれど……」

 

「腹ぁ減っただ? 何考えてんだ! そもそも……!」

 

「いや、サルトル。こいつが何者なのかは、追々解き明かそう」

 

 その肩を制してから、クラードは無慈悲に銃口を向けつつ、問い質す。

 

「あんた、名前は?」

 

 少女は金色の瞳に逡巡を浮かべた後に、小さく口にしていた。

 

「……ピアーナ・リクレンツィア。地球連邦の、ライドマトリクサー……」

 

 その言葉はこれから先の動乱を静かに予感させていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章「その名はガンダム〈アウェイキング・ガンルーム・ダムド〉」 了

 


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