『有用な駒も消えた。これは由々しき事態である』
全体の意識を震わせた思考会話に、しかし、と反論が返る。
『我々の赴く先を知っている存在がそう多く居るとも思えない。居たとして、我らを止められるものか。現行人類では頭打ちがやってくる事は必定。ダレトの向こうに旅立つのに、六十億はひっ迫するだけだ。よって、裁定者として我々は存在する。人々の意志を高次に向かわせるための、これは大いなる旅路だ』
『IMF04、《マルドゥック》の開発状況は80パーセント。もしもの時には、緊急を要して旅立つ事も可能ではある』
『《マルドゥック》の開発には《サードアルタイル》のデータが有用であった。エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーは我々にギフトを授けたも同然だ。しかし、意想外であったのはジオ・クランスコールの自滅か』
『奴の思考回路にはバグがあった。そう認識するほかあるまい。元々、無理があったのだ。やはり、我らと違い、言葉を弄して会話をする個体など、意味などなかった。思考会話の出来ない、成長だけする出来損ないは始末出来て助かったほどだろう』
『だが、王族親衛隊が一連隊分、消えてしまったのは痛い損害だ。しかも手練れの者達であった』
『補填するのに、時間はあまりに少ない。やはり、月軌道へと、要らぬ敵を近づけせないのが先決――』
その議決を取る前に、ダーレットチルドレンの聖堂を揺るがしたのは爆撃であった。
『……何だ、今の衝撃波は』
『よもや、敵か?』
『MFならば関知出来るはず。敵の照合をもたらせ』
一斉にダーレットチルドレンの思考捕捉が宙域へと網を巡らせたが、その速度を遥かに凌駕する高機動の疾駆が月面すれすれを奔る。
『……この速度……加えてこの状態の機体は……』
『照合データを。……よもや、実在していたとはな。《レヴォルテストタイプ》……』
機体照合に晒された敵機へと、月面の自動迎撃システムが起動するが、どれもこれもおっとり刀で、砲身を根元から断ち切られていく。
『あの性能は……! 聖獣か!』
『否、聖獣との反証は不可能。データベース上に存在しないMS……いいや、これは最早既に……IMFと言ったほうが正しいだろう』
『《レヴォル》の躯体を纏ったIMFなど……居るものか!』
砲撃が月面を突き抜ける中で、ミサイルの照準が不明機を捉え、一斉掃射されるも相手は純粋な速度だけで圧倒していた。
直後には六翼の翼が拡張し、そこから放たれたミラーヘッドの蒼い残像磁場がミサイルの機能を奪っていく。
『チャフか? ……いや、ミラーヘッド構築時に発生する特殊磁場で照準を偏向させたと言うのか……』
『そのような真似が出来るなど……それこそ我らの用意した万華鏡以外に存在するまい! 一体何者なのだ……!』
『《マルドゥック》を墜とされるわけにはいかない。間に合わせだが、《プロトエクエス》で応戦する』
月面から出撃した《プロトエクエス》はしかし、無人機だ。
全て、思考拡張で稼働させた機体にはミラーヘッド時のラグも、そして特殊なオーダーの獲得も必要ない。
『全て、同一と見なされた躯体の操るゆうに百を超えるミラーヘッド! 第四種殲滅戦のその真髄を喰らうがいい!』
ミラーヘッドを展開した《プロトエクエス》自体は型落ち機だが、全て中身は最新鋭に整っている。
もたらされる銃撃の雨嵐に、たった一機の叛逆機は成す術もなく叩き落とされるはずであった。
『そうか……では、こちらも第四種の流儀に従い――制圧する! ミラーヘッドオーダーを受諾。レヴォル・インターセプト・リーディングよ。私に……従え……ッ!』
瞬間、敵機も分身体を展開し、《プロトエクエス》百体の部隊に向けて刃を振るい上げる。
『馬鹿な真似を! 百の大隊を前にして、たった数体のミラーヘッドで勝利出来るものか!』
『やってみなくては……分からんさ!』
《プロトエクエス》の銃撃網と多重ロックオンの嵐を、漆黒のレヴォルタイプは超加速度で潜り抜けていく。
ミラーヘッドの段階加速をもってしても、その速力はあまりにも人間離れしていた。
『……何だと! 速過ぎる……!』
『《プロトエクエス》の現行アイリウムでは、あの機体を凌駕出来ないだと……!』
『アイリウムの処理速度がまるで段違いだ。……一体何者が乗っていると言うのだ、あのレヴォルタイプは……!』
『アイリウムの処理速度、か。あなた方の胡坐を掻いた代物では、それは呼ぶに値せず、と言う。百を超える《プロトエクエス》の包囲網――超えさせていただく!』
《プロトエクエス》の分身体を携えた蒼い残像を引く刃で斬り裂き、急加速と急上昇を連鎖させた敵機は、翼より放出される磁場でミラーヘッドを麻痺させていく。
『ミラーヘッドが……これは気化……だと言うのか? 分身体が次々に、電子信号を拒否していく……』
『ミラーヘッドジェルで構築された分身体を電荷前の状態へと変移……磁場放出で電位体を痺れさせ、その期に乗じてミラーヘッドの完全なる無力化を行う……。あり得ない、今の来英歴に、そんな機体は存在しない……』
『まさか、統合機構軍が開発していた、ミラーフィーネか?』
『反証不可。ミラーフィーネシステムは現行のミラーヘッドに対し、別のオーダーを走らせる事で重複させ、命令系統を崩すシステムだ。第一、我々とてその恩恵は受けている。《マルドゥック》に内蔵されているミラーフィーネは最新型のはずだ。だと言うのに、何故だ? 何故あの機体は、ミラーフィーネシステムに類するものではないと、判定出来る……!』
『お答えしよう。《レヴォルテストタイプ》を極めたこの機体には、既に現行のミラーヘッドを超え、そして無効化する術が搭載されている。これはあなた方が想定していたミラーヘッド技術の、遥か五十年は先を行く未来のミラーヘッドだ』
『五十年後のミラーヘッド……第四種殲滅戦だと? そのような技術、地球で精製されるものか!』
『……否、相手が純正の地球で開発されたMS……IMFだとすれば、一つだけ類似する例がある……。しかし、その行方は……我々の物のはず……』
聖堂にもたらされた情報にアクセスし、ダーレットチルドレンの総体はテスタメントベースの奥深くに封印されし「それ」を関知していた。
『……確認した。持ち出されたわけではない』
『だとすればそれこそ……あれの存在を容認出来ない』
敵機は《プロトエクエス》の蒼い血潮を照り受けさせ、胴体を掻っ切る。
ビームサーベルを逆手に握り締めた機体はそのまま柄の部分を接合させて、剣をテスタメントベース跡地の打ち上げ地点へと投擲していた。
最重要機密たる《マルドゥック》のすぐ傍に突き立った刃は、狙いを少しでもつけられれば確実に陥落させられる自信に満ちている。
『……よかろう。貴様の強さ、認めよう』
『そして、何が望みだ? ここまで来たという事は、貴様も来英歴の人間として、一家言あると見ていいのだろうか』
『来英歴の人間? ……いいえ、既にこの身は、そのような雑事に囚われるに非ず。ただ一刹那の戦いに踊るだけの死狂い、それこそが我が宿願、我が敗北(ヴィクトゥス)の辿る一路でしょう』
『ヴィクトゥス……。貴様、王族親衛隊、ヴィクトゥス・レイジ特務大尉か……! 消息不明との報告であったが……』
『死んでいましたとも。ですが、序列には従うと言うのが私のポリシーでね。見えている本丸に対して、指をくわえてただ静観するだけと言うのは違う事くらい、馬鹿でも分かる』
『本丸と言ったからには、貴様……我らを墜とすつもりか』
『それは交渉次第と言わせていただく。《プロトエクエス》百の躯体を超えるこの力、ただ闇雲に敵と断ずるのには惜しいはずでしょう?』
『……何を言わせたい、貴様……』
銀盤に降り立った漆黒の機体はレヴォルタイプ特有の射る眼光で《マルドゥック》を睨んでいた。
『一つ、そうたった一つです。――この力、買っていただきたい』
取り出したビームサーベルを発振させたまま、敵機が歩み寄ってくる。
このままでは《マルドゥック》が墜とされるのは必定であろう。
リミットが迫る中で、ダーレットチルドレンは決断をしなければいけなかった。
『買う……だと? 何の目的があるか分からぬ貴様をか』
『目的ならば、既に明瞭のはず。私は王族親衛隊に入った時より、一つ事だけを望んでいた。即ち、この朽ち果てた身と踊るに足る、最高の戦場の提供だ』
『……鏡像殺しのような事をのたまう。貴様、戦闘狂に堕ちたと言うのか』
『そうとしか映らないのならば、それで構わない』
全体へと思考観測がもたらされていた。
ここでヴィクトゥスの言い分を取れば、どこかで計画にひずみが出るだろう。
しかし、相手の言い分を取らなければ、眼前に迫るのは破滅。
何よりも――百を超える《プロトエクエス》の洗礼に耐えただけの強者なのは間違いない。
万華鏡の穴を埋めるのには、彼ほどの適任も居ない。
その刃が振るい上げられる。
最早、《マルドゥック》は射程距離であった。
『……問う。ここで貴様を擁して、では何の利害があるか』
『では逆質問させていただくが、ここで私を止めずして、あなた方はどうするのか。まさか、ここまで大仰に設営されたIMFをむざむざ破壊されるのをよしとするわけでもあるまい』
ヴィクトゥスの論調にはまるで迷いがない。
ダーレットチルドレンは反証するような余裕もなく、彼の願いを聞き届けるしかなかった。
『……了承した。貴様を我々、ダーレットチルドレン直属の王族親衛隊、隊長へと任命する』
その言葉で刃の発振が止まり、ヴィクトゥスは矛を収める。
『……しかし縛られる身分と言うのはいただけない。きっと、彼は来る。この月軌道、テスタメントベースへと。その時には、誰の言葉も聞かず、命令も受け付けない。私は彼と戦えれば、それでいい』
ここまで破格の条件でも、今のダーレットチルドレンが呑まなくてはいけないのは、肉薄せしめた実力もそうならば、局面もそうである。
『……我々はここで終わるわけにはいかぬのだ』
『左様……よって、ヴィクトゥス・レイジ。特務大尉より昇格、王族親衛隊を束ねる大佐の任を命ずる』
『だが先の戦いで、王族親衛隊は散り申した』
『……安心材料になるかは分からぬが、我々の操る《プロトエクエス》は健在。よってこれらを貴様の部下とせよ』
『死の傀儡を操るのをよしとする、か。まさにこの終わりの局面には相応しい。……よろしい。その命、引き受けましょうぞ』
ダーレットチルドレンはしかし、この喉笛まで至った殺気に中てられていた。
この五十年余り、ここまで肉薄した単一存在は観測してこなかった。
あったとすれば、たった一件――。
『……ヴィクトゥス・レイジ特務大佐。その《レヴォルテストタイプ》は誰より預かった?』
その問いかけにヴィクトゥスは一拍置いた後に、感慨を噛み締めたようであった。
『……守るべき信念を置く者より。時を超えし想いの形として、我が刃と結実する』