機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第283話「一つだけ」

 

 搬入されていく《ネクストデネブ》からはやはり、と言うべきか、信号が確認出来ないとの事であった。

 

 ヴィヴィーは車椅子に体重を預けながら、一つため息をつく。

 

「……もう私には……戦士の資格すらないと言うわけか」

 

《ネクストデネブ》の威容にたじろぐメカニックを他所に、一人の女性士官が声を張り上げる。

 

「《レグルス》の代わりは? 代替機は何だっていい。用意してくれ」

 

「無茶言わないでくださいよ。ラムダには、そりゃあ《ゲシュヴンダー》とか言うのが配備さているみたいですけれど、中尉の乗れる《レグルス》には限りがあります。前回の戦闘で《レグルスブラッド》のミラーヘッドジェルも劣化している現状、一度様子見と言うしか……」

 

「歯がゆいな……ここに来て専用機の経年劣化による戦線離脱とは……。そちらは……」

 

 自分に気が付いた短髪の女性士官はパイロットスーツの襟元を開けつつ、浮遊してくる。

 

 以前までならばこの来英歴に住まう人間はすべからず憤怒と憎悪の対象であったが、今は不思議と心が凪いでいた。

 

 怒り続けることも、憎み続ける事も疲れてしまったのかもしれない。

 

「確か、ヴィヴィー・スゥ、と。先刻の会議はこちらにも耳に入っている。MFのパイロット、《ネクストデネブ》、か」

 

「……ここまで来たと言うのに、私は戦士の資格を永劫失ったも同然だ。《ネクストデネブ》は私に応えてくれない」

 

「……聞いた話では、この次元宇宙へとダレトを通じて訪れた際、応戦したのだと。“夏への扉事変”で」

 

「畏れたか? 私達を。それとも、ここで手打ちにするか。指先一つ、真っ当に動けもしない、私ならばどれだけでも痛めつけられるだろう」

 

 諦観を持ち込むのもらしくはないが、ここまで来たのだ。

 

 もう――終わりがあるとすればここが終着点のはずだ。

 

 この宇宙の人類の怒りを買うくらい別段恐れもなかったが、相手は冷淡に応じていた。

 

「……戦士でないのならば、痛めつけるのは道理にもとる。それに、私は当事者とは言い難い。その時に死した魂だけが、そちらを罰する事が出来るだろう」

 

「意外だな。私はこの来英歴で……誰もが恐怖し、そして怒りのぶつけどころなのだと思っていたが」

 

 どこまで挑発しても、相手は涼しい面持ちで無重力に漂って経口保水液を飲み干す。

 

「……私はそちらを罰するだけの理由もなく、それにこの来英歴の代表とまで驕り昂ぶるつもりもない。私は……結局、誰でもないのだろうな。何者でもない、成り損ないのDD……ずっと、そんな調子だった」

 

 陰を落とした相手に、ヴィヴィーは尋ねる。

 

「DD……そんな名前か?」

 

「ダビデ・ダリンズ、それが名前だが、私は……元々、呪い呪われた名前の上に立つような人間だ。本当の名前を遥か前に失い、偽りに糊塗された名前で戦場を闊歩する死神のようなものだろう」

 

「……本当の名前を失い、か……」

 

 どうしてなのだろう。

 

 その境遇が他人事のように思えなかったのは。

 

 自分の中に“クラード”として戦い抜いたこれまでがあったからだろうか。

 

 ダレトを通じて訪れた際にはもう、捨てたはずの名前だろうに。

 

「……MFのパイロットは皆、クラード……そう聞いた。エージェント、クラードとはまた別種の存在とも言えないのだと。……因果だな」

 

「ああ、そうだとも、因果なんだろうな。私達は、お互いの物理接触でさえも忌避して、そうして決定的な機会を取りこぼして終わりを描くだけ……。全て、己の役目に殉じての事なのだと規定していたが、なんて事はない。私達は、怖がっていたんだ」

 

「己の意味消失、そして物理的な存在証明、か」

 

「分かった風な事を言うが、それが事実なのだろう。私達は、機動戦士としての名前を誉れに感じて、そして来英歴を救うのだと息巻いて……それでこの帰結だ。笑えるだろう? 結局は何者にも成れぬまま、終わっていく……」

 

《ネクストデネブ》の双眸は昏く沈んでいる。

 

 きっと、未来永劫、呼び声に応える事はないかのように。

 

「……分かった風な事を言うつもりはないが、私も似たようなものだ。トライアウト……軍警察に所属し、正義を気取っていたが、全ては操り人形の帰結であった。私は……このオフィーリアに来た時、自爆も考えていた。それが正義なのだと、信じていたからだ。正義のためならば死ねる……それがどれほど狂気に沈んだものなのだと、考えようともしないで……」

 

「正義のためならば死ねる、か。……案外、類似しているのかもな。どこに居ようとも、人類の価値なんて、その程度なんだ。私の意味が何に集約しようとも……《ネクストデネブ》を操れる事だけが、自身の存在証明だった。私の……生きていていい、意味だった」

 

 ダビデはこちらへと視線を振り向ける。

 

 弱く成り果てた聖獣のパイロットなど、一笑に伏す程度のものだろう。

 

 そう考えていたヴィヴィーは、直後に差し出された手に驚愕していた。

 

「何を……」

 

「そちらも充分に戦士だったと、感じたまでだ。それに……こう言ってしまえば傲慢かもしれないが、私に似ているような眼差しをしている人間を、放ってはおけない」

 

「……この来英歴の人類を数千人単位で殺した指だぞ?」

 

「それでも。救えるものだってあるはずだ。それに、私とて統制の名の下に無数の骸を踏みしだいてきた。最早……戻れる道でもない。裁かれる覚悟はいつでも出来ている」

 

 意外であったのはダビデの面持ちにはてらうところも何もなかった事だ。

 

 真実、己の道を悔いているわけでもない。

 

 それ以外の道を模索するような女々しさもなければ、自分の道を恥じているわけでもない。

 

 これまで踏み締めてきた道を全て――肯定した上で、自分の前に立つ。

 

 それは、ヴィヴィーからしてみれば初めて、打算なく自分と向かい合ってくれた人間の瞳であったのかもしれない。

 

「……私は、誰かと協定なんてしない……」

 

「ならば、預けてくれるだろうか? 私の愛機はもう限界らしい。《ネクストデネブ》、乗れるのならば」

 

 握手を拒んだ自分にまさかそのような提案をしてくるとは思いも寄らない。

 

「……《ネクストデネブ》に乗ると言うのか? 言っておくが、並大抵の精神とは思えない」

 

「そうだろうな。しかし、モデルケースがないわけじゃない。《サードアルタイル》に乗り込んでいるのはエンデュランス・フラクタルのエージェントであると聞く。聖獣の純正なパイロットではなくとも、届くものはあるのかもしれない」

 

「……私が言いたいのは、この次元宇宙の人類を殺し尽くした血濡れの機体に、わざわざ乗りたがるのは酔狂だと、そう言っているんだ。赦せるのか? その罪の証を」

 

「赦すも赦さないもない。私は……最後の最後まで戦士であり続けたい。それが私の……成り損ないのDDとしての存在証明なのだとすれば」

 

 何故なのだろうか。

 

 憤怒も、ましてや拒絶感もない。

 

 ダビデは《ネクストデネブ》を真正面から見据えている。

 

 その覚悟が言葉を弄するよりも前に、全て伝わって来たかのように感じられたのは。

 

「……アステロイドジェネレーターの移植が可能ならば、《ネクストデネブ》は稼働するだろう。ただし、私が使っていたようなIフィールドや高出力兵装がそのままと言うわけでもない。時間制限付きの代物に成り下がる」

 

「それでも……私は駆ってみたい。この世界を救うために訪れた機体が、最終決戦でどのように輝くのかを、知らなくてはいけないような気がするんだ」

 

「……変わり者だな。だが、《ネクストデネブ》は私の半身も同然。預けると言う意味は命でさえも、と読み替えられる」

 

「預けて欲しい。私は……まだ戦わなければいけない。誓ったからだ。カトリナ・シンジョウ……彼女が前に出ると言うのならば、私も争いの中に身を投げる覚悟くらいはある」

 

「どうあったところで、私に拒否権もない。だから……これは懇願なのだろうな。《ネクストデネブ》を、継いでくれるのならば……」

 

 継承者を求め続けていたわけでもないのに、ヴィヴィーの胸中は憤怒に掻き消されるわけでもない。

 

 ただ静かな心地で、ダビデの決意を真正面から受け止める。

 

 車椅子を動かし、ダビデへと手を差し出していた。

 

 細い女性的な指先だが、確かな力を伴わせて、彼女は手を握り締める。

 

「……約束しよう。第二の聖獣、その意志を」

 

「言っておくが、半端ではないぞ、こいつは。聖獣の名を、あまり舐めないほうがいい」

 

「それは承知の上だ。何よりも……私に容易く乗りこなせるような面持ちをしていない」

 

 フッと笑みを刻み、互いに手を離したところで、ザライアンの声がかかっていた。

 

「ヴィヴィー・スゥ……こんなところに……」

 

「ザライアン・リーブス。どうしたんだ、息を切らして」

 

「どうもこうも……どこにも居ないから探していたんだ。……君は、もう……」

 

 そこから先を彷徨わせたザライアンにヴィヴィーは車椅子を進める。

 

「ザライアン・リーブス。私は、後は任せた。艦で待とう。戦いに赴く者達の覚悟がある」

 

 自分の言葉が想定外であったのか、ザライアンは戸惑いながら車椅子のグリップを握る。

 

「……あ、ああ、それは確かに……」

 

「一つ、本当の名前を、教えてもらえるだろうか。ダビデ・ダリンズ。貴様の……魂の名前を」

 

 ダビデは踵を返し、片手を振る。

 

「――リューネ・ダリンズ。この世に“生まれ損ねた”、弱々しい少女の名前だ」

 

「そうか。リューネ、《ネクストデネブ》を預ける。頼んだぞ、この世界を」

 

「承知した。……しかし、分からないものだ。もう死んだはずの名前を……こうして紡ぐ事になるのなんて」

 

「……私もそうだ。《ネクストデネブ》をこうして……誰かに預けられるような心境になるなんて……思いも寄らなかった」

 

「それも……ある意味では託すという事なのかもしれないな。世界の土壇場において、誰かに意志を預ける事は決して弱さではない」

 

「弱さではない、か。……私は迷い続けていたのかもしれない。この来英暦に辿り着いたその時から、ずっと今日まで。託す術を持たず、他者を信じず、怒りにだけ身を任せて全てを破壊する事だけを願って……。だが違う。破壊するだけが、何もかもではない。私は……きっとこうして、誰か他の人間に、この役割を預けたかった。“クラード”としての重責を」

 

 ザライアンは言葉を聞き届けた後に、懺悔するように語っていた。

 

「……僕に《ネクストデネブ》を……聖獣を任せてくれたのは君だ。君自身なんだ。だから、君の弱さも、怒りも全て……次の戦場へと導かせよう」

 

 ヴィヴィーはラムダ船外にて修繕整備されている《フォースベガネクサス》を視野に入れていた。

 

《ネクストデネブ》の力を得て、さらに遠く果てまで飛ぶ事を許された機体。

 

 きっとこの来英暦の靄のような曇りを、全て払うであろう。

 

「……次の戦場、か」

 

 静かに口にして、ヴィヴィーは瞑目する。

 

 それはきっと――終焉の宇宙に棚引く、最後の意志そのものであろう。

 

 

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