機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第285話「最後の戦場へと」

 

『機体ステータス、オールグリーン。クラード、行けそうか?』

 

 鎧のパイロットスーツに身を包み、クラードは《ダーレッドガンダム》の各種インジケーターを調整していく。

 

「問題はない。だが……思ったよりも呆気ないものだな。聖獣のパイロット達との協定もそうなら、ここまで来たのも……」

 

『そうだと思えるだけ、マシなんだろうな。おれ達は犠牲の上に成り立っているとは言え、連中に託されてきたんだろうからな』

 

 サルトルの返答にクラードはコックピットの中で深呼吸する。

 

 戦い抜くためだけに、自らを規定してここまでやってこられた。

 

 そのつもりだ。

 

 だが――最後の最後に、自分の存在証明を手離せるとは思っても見ない。

 

 首から下げたネックレスを感覚し、クラードは呼び掛けていた。

 

「……サルトル。俺はこれで……よかったんだろうか。ジオ・クランスコールが最後に言った言葉が、まだよく分かっていないんだ。どう在るべきなのか……どう模索していくべきなのかも……」

 

『そんなもん、保留の答えだろうさ。いつだって明確なアンサーが出るなんて事もないだろう? おれ達は少なくとも、目の前のメカニック一つに集中してきた。今、その、何と言うんだ? ダーレットチルドレン? そいつらを打倒すれば、少しは目的に近づくと言うのなら、構わんのじゃないか? オジサンにはよく分からんが』

 

「……ダーレットチルドレン、世界を裏から回す、影の集団、か」

 

 そのような存在も眉唾であったが、事ここに至って虚言を弄する意味もなし。

 

 何よりも聖獣のパイロット達が、自らの乗機を失いながらもこうして繋いできた意味はきっとあるはずだ。

 

「……俺に出来るのは、きっとそんなに多くはない。取りこぼさないためだけの戦いを講じるだけ、か」

 

『……なぁ、クラード。答えてやったのか? 期待の新人に』

 

「カトリナ・シンジョウには預け物をしておいた。それできっといい」

 

『……そうか。お前さんみたいなのが他人に預けるってのは、きっと大きいんだろうな』

 

 自分とサルトルの仲だ。

 

 今さら余計な格式ばった言葉が必要ない事くらいは分かり切っている。

 

「目標は月面……テスタメントベース。三年前のあの日に……失ったはずのものへと……」

 

『広域通信。こちらオフィーリア、レミア・フロイトです。既に聞いての通りだと思うけれど、月軌道に入りました。目標は月面、テスタメントベース跡地。恐らく、敵の本丸があると思しき場所に到達するのには苦難が待ち受けているでしょう。それでも……総員の無事と、そして帰還を願って。甘くはないかもしれないけれど、ここまで戦い抜いたのは間違いなく事実。だったら、約束して欲しい。誰一人欠ける事なく、戦線を終える事を。メカニックも、パイロットも、管制制御の別もありません。ここに居る全員が、生きて帰ってください。……ラストミッション、頼んだわよ……。通信終わり』

 

「……レミアもお節介になったものだな」

 

 呟いてから、クラードはコックピットの中で声を飛ばす。

 

「聞こえているんだろう、レヴォルの意志」

 

『レヴォル・インターセプト・リーディング、対話モードを開始。専任ライドマトリクサーのバイタルに異常なし』

 

「コミュニケートモードに移行。60セコンド」

 

『了解。コミュニケートサーキットを構築します。“何だ、いやに静観めいた面持ちじゃないか、クラード”』

 

「ここまで戦ってきた……その事実を噛み締めているだけだ。レヴォルの意志……いいや、《ダーレッドガンダム》。お前が俺に、どれほどの試練を与えてきても関係がない。最後の最後まで、お前は俺の力そのものだ。だから……撃つべき敵が誰であろうとも、乗りこなすまで」

 

『“決意表明か、お前らしくもない。自らの力に溺れ、その末に何を求める? 如何に波長生命体に進化しようとも、お前はより脆くなったように映るが”』

 

「脆い……そうだろうな。俺は多分、弱くなったのだろう。だが、それを恥ではないと、今は思えている」

 

 弱くなったからこそ見えてくる景色もある。

 

 これまで蔑ろにしてきたものに、意味を見出したからこそ、自分の一部をカトリナに預ける事も出来た。

 

『“《ダーレッドガンダム》の性能ならば、比肩する相手もそう存在するまい。その上で、問う。お前は何を目指す? エージェント、クラード”』

 

「何を……か。愚問だな。――俺は失ったものを奪われたものを奪い返すだけだ。奪還のための戦いを繰り広げ、そして……その後は……その後、は……」

 

 分からない。返事に窮する。

 

 その後は――どうすればいいのだろうか。

 

 彷徨わせた言葉の先に、不意にカトリナのビジョンが掠める。

 

「……そう、だな。オムライスとやらを一つ、もらおうかな。それくらいなものだ、俺は」

 

『“理解しかねる”』

 

「そうだろうな。そうであったとしても、俺は……俺の立てた誓いを、果たすまでだ」

 

『“こうして話すのも、恐らくは最後だろう。残念だよ、エージェント、クラード。最後の最後に、答えを得られないのは”』

 

「どうかな。答えなんて、とっくの昔にもう……決まっていたのかもしれない」

 

『コミュニケートモード終了。専任ユーザーへと全権を委譲します』

 

『こっち、聞こえている? クラード』

 

「バーミットか。何だ?」

 

『何だじゃないわよ、まったく……。あんた、一応は最後の戦いなんだから、それなりの言葉を交わしておこうかと思ってね』

 

「……俺と喋る事なんてないだろう」

 

『あんたはそうでもあたしはあるの。……カトリナちゃんにはきっちり言っておいた?』

 

「ああ、預けておいた」

 

『……微妙に要領を得ない返答ねぇ。ま、いいわ。あんたなりのケジメなんでしょうから。あたしからしてみれば、あの子の恋バナが実ったかどうかってのも楽しみだったんだけれど……あんたみたいなトーヘンボク、好きになってくれる子なんてカトリナちゃんくらいよ?』

 

「バーミット、余計な事を言っている場合か? とっととガイドを出してくれ」

 

『あんたってば本当にそういう……。けれどもまぁ、そういうのも含めて、安心した。何て言うかさ、あんたらしいって思うのよ。あたしの知っているエージェント、クラードはきっと、こんなもんなんだって』

 

「物言いに棘を感じるな」

 

『そんなもんでしょ? あたしとあんたは結局、別段馴れ合うわけでもなければ、変に突き放したわけでもないし。こういう距離もアリって事よ』

 

「……馴れ合い、か。それは確かに、あんたとは縁も遠そうだ」

 

『でしょう? ……気張ってきなさい。それで必ず、帰ってくるの』

 

「ああ、既に誓いは交わした」

 

『あら、隅に置けない。……じゃあ、いいわね? 《ダーレッドガンダム》、カタパルトへと移送。リニアカタパルトボルテージを80へと上昇。発進準備完了。射出タイミングを《ダーレッドガンダム》、パイロットへと譲渡します』

 

「了解」

 

 短く返答し、クラードは一拍の呼吸を置く。

 

 茫漠とした宇宙の深淵。

 

 漕ぎ出すのは闇夜の彼方。

 

 それでも――信じるものは、ここに在る。

 

 だから――悔いはない。

 

「《ダーレッドガンダム》、エージェント、クラード。迎撃宙域に――先行する!」

 

 青い電流が弾け飛び、カタパルトから出撃した《ダーレッドガンダム》が推進剤を噴かす。

 

「……これが最後だと言うのならば……俺は俺の命を、使い尽くすまで……」

 

 命の戦場にかけるのならば、それは灯火の一滴でさえも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アルベルト氏! 《アルキュミアヴィラーゴ》、調整完了したっすけれど、武装面で重い可能性はあります』

 

 トーマからの声を受け、アルベルトはコックピットへと収まる。

 

「武装……ビームジャベリンは?」

 

『ジャベリンは二丁。中遠距離用にビームガトリングガンと、《ダーレッドガンダム》に使用していたビームマグナムも装備しておいたっす』

 

「上々だ。そんだけあれば……きっと勝つ事も……」

 

『その事なんですが、アルベルト氏。……トキサダが、騎屍兵に所属している、ユキノ嬢から聞きました。信用出来る筋だって』

 

 トーマにしてみれば、かつての恋人が生きていただけでも相当なのに、それでも自分達の整備を万全にしてくれているのだ。

 

 この問いからは逃げられないな、とアルベルトは応じる。

 

「ああ……トーマさん、オレ……あんたの想いを……」

 

『いえ、気にかけないでくださいっす。あーしは……もうとっくに終わった恋っすから。そんなのに足を取られて、パイロットを死なせるほうが問題っす。だから……これはあーしからのお願いなんだと思います。トキサダを……殺してください』

 

 きっとその言葉は、そんな簡単に吐けるような言葉ではなかったはずだ。

 

 愛した者を今一度殺せなど。

 

 トーマの葛藤は想像するに余りある。

 

 それでも彼女の想いを勝手に分かった風になるのは、恐らくそんな資格もない。

 

「……分かった。トキサダに関しちゃ、オレに任せて欲しい」

 

『……頼むっすよ。通信終わり』

 

『全機体、カタパルトへと移送! 順次発進姿勢に入れ!』

 

 忙しくサルトルやメカニックの声が行き過ぎるのを感じていたアルベルトは、そういえばいやに静かだな、と感じ取る。

 

「……マテリア? どこ行った?」

 

 周囲を見渡すが、マテリアを発見出来ないでいると、不意に体温が自分の背中にかかってくる。

 

『“……アルベルトさん、その、これってバグなんです”』

 

「何言って……ビックリしちまったじゃねぇか」

 

『“アルベルトさんの顔を見れないんです。どう返していいのか……分かんなくって……”』

 

「これが最後の踏ん張りどころだろ? お前を頼りにはしてるんだぜ?」

 

『“……頼りに……。そう……ですよね。わたくしは《アルキュミアヴィラーゴ》の、アイリウムですから……ね”』

 

 どこか寂しげに呟くマテリアに、アルベルトは振り返ろうとして頬にキスされる。

 

 その口づけを問い返す前に、二頭身に変じたマテリアは視線を掻い潜って前に出ていた。

 

『“ほら! アルベルトさん! 最後の戦いなんですから、もっとシャキッとしないと! わたくしも《アルキュミアヴィラーゴ》のアイリウムとして、張り切っていきますよー!”』

 

「あ、お前……今の……」

 

『“余計な事、考えている場合じゃないでしょう? アルベルトさん……行きましょう!”』

 

 余計な事――だとすれば今のキスは何だったのだろうか。

 

 どういう意味だったのか、問い返すにも彼女は《アルキュミアヴィラーゴ》のシステムと一体化していた。

 

『アルベルト君? 《アルキュミアヴィラーゴ》、カタパルトデッキに移送するわ。……どうかした?』

 

「あ、いや、何でも……。ぼんやりしている場合じゃ、ねぇっすもんね……」

 

『リニアカタパルトボルテージを80に上昇。《アルキュミアヴィラーゴ》、射出タイミングをパイロットへ譲渡します』

 

「……これが最後だってなら、オレはやるぜ。徹底的にな。……トキサダ、てめぇを取り戻す。奪還の戦いだって言うんなら、上等だ」

 

 両腕を翳し、接続口へと可変させると共に電磁の刃が脳髄に突き立つ。

 

 奥歯を噛み締め、アルベルトは丹田より声を発していた。

 

「アルベルト・V・リヴェンシュタイン! 《アルキュミアヴィラーゴ》、出るぞ!」

 

 青い電磁をのたうたせ、白銀の躯体たる《アルキュミアヴィラーゴ》が前線へと加速していく。

 

 既にブリギットとラムダからは援軍が出撃しており、自分は戦力の中腹に位置していた。

 

「それにしたって……もう一度月軌道とはな……」

 

 三年前の敗退が嫌でも思い起こされる宙域で、アルベルトは自分に付随するユキノの《アイギス》を視認していた。

 

『小隊長、後方は聖獣の守りがあります。今回は、艦の事は気にしないで大丈夫かと』

 

「ああ、それはありがてぇが……大丈夫なんだろうな? 聖獣が三体なんて、ぞっとしねぇぜ」

 

『うち一機にはダビデ・ダリンズ中尉が搭乗していると聞きます。もしもの時の抑止力は期待出来るかと』

 

 ダビデの操るのは《ネクストデネブ》であったが、後背部に戦艦用のアステロイドジェネレーターを直結されている。

 

 恐らく、MS用の動力では聖獣を稼働させるのに足らなかったのだろう。

 

 それでもほとんど動く事はない、木偶の坊に等しいが存在するだけマシだ。

 

「……頼んだぜ。最後の戦いだってんだからよ。ここで折れるわけにゃ……」

 

 その時、熱源警告が発せられ、アルベルトはこちらへと向かってくる巨大機を視界に入れていた。

 

「……赤銅色のIMF……! 《ヴォルカヌスカルラ》ってのか、あれが!」

 

 放たれたのは砲撃。

 

 それも艦砲射撃に等しい出力の火砲がオフィーリア艦隊へと直進する。

 

 全く減殺しない勢いの光軸へと真正面から立ち向かったのは、第四の聖獣であった。

 

 片腕を翳し、すり鉢状の四枚の刃を顕現させる。

 

 さらに交差するように四枚、構築されるなり削岩機が如く回転を始めていた。

 

 螺旋を描いた刃を通常のMSがそうするように振るった途端、漆黒の重力磁場が形成され、《ヴォルカヌスカルラ》の砲撃を打ち消していた。

 

「……いや、あれは斬りやがったのか……? 何てぇ力だ、《フォースベガネクサス》……」

 

『全部隊へと通達。魔獣、《ヴォルカヌスカルラ》は僕が相手取る。この宇宙飛行士、ザライアン・リーブスと、聖獣《フォースベガネクサス》が……!』

 

 ザライアンの一声で士気が上がったのは間違いない。

 

 聖獣が味方になるだけでも心強いのに、彼は元々来英暦の人々にとっての英雄だ。

 

「……一騎当千ってのはこういう事を言うのか? いずれにしたって、敵であるよか味方のほうがいい。ユキノ、オレらは防衛網を抜けてテスタメントベースへと向かうクラードの補佐だ。頼んだぜ」

 

『了解。RM第三小隊の意地を見せましょう』

 

 ユキノは何故なのだか、少し他人行儀な声音であった。

 

 それを感じ取る前に、アルベルトは宙域へと先行してきた艦艇を見据える。

 

「……モルガン……ってぇ事は、騎屍兵か!」

 

 月軌道に至る前にモルガンより円弧の軌道を描いて発進したのは《ネクロレヴォル》であった。

 

 その総数を認識する前に、接近警告が鳴り響く。

 

「反応……上!」

 

 流星が如く降り立ってきたのはミラーヘッドの段階加速を経た紅色の重装備機。

 

『……アルベルト……! あんただけは、おれが墜とす……!』

 

「機体照合、《プロミネンス》……トキサダ……!」

 

 交錯する一瞬、ビームジャベリンを引き抜いた《アルキュミアヴィラーゴ》と《プロミネンス》のビームサーベルが干渉波のスパーク光を散らせる。

 

『よくものこのことまたやって来られたものだな。厚顔無恥とはこの事を言う』

 

「黙ってろ! てめぇはオレが……!」

 

『殺すと言い切れないのなら! 下手に戦場を搔き乱すんじゃない!』

 

 払われた一閃を後退して回避し、次いで咲いた高火力弾幕へと《アルキュミアヴィラーゴ》を上昇させる。

 

「……お前だけは……オレの役割だ!」

 

『どうかな、アルベルト。俺と一騎討ちなんて、やった事もなかったはずだ。見せてやるよ。《ネクロレヴォル》を操るに足る存在……騎屍兵の力って奴を。――コード、“マヌエル”発動。おれに、従え……ッ!』

 

 途端、荷重装備の《プロミネンス》が蒼い光を帯びて急接近する。

 

 肉薄した敵機体に、おっとり刀のビームジャベリンを一閃させるも、紙一重で回避され、隠し腕のビームサーベルが振るわれていた。

 

「なろ……っ!」

 

《アルキュミアヴィラーゴ》の脚部に格納されている内蔵兵装を現出させてその一撃をいなす。

 

 レヴォルと同系統の蒼い砲火を浴びせようとするが、《プロミネンス》は加速挙動で軽くかわしていた。

 

「……マヌエル……だと……」

 

『分かっているはずだ、アルベルト。こいつも《ネクロレヴォル》なんだからな。その力くらいは振るう素質があるって事くらい。その骨董品で! どれだけ持つか、やってみるか!』

 

「……てめぇ……! トキサダァ――ッ!」

 

 ビームガトリングガンの弾倉を装填し、背面から肩部へと自動的に組み変わった銃口が《プロミネンス》へと火砲を見舞う。

 

 しかしコード、マヌエルの実行とそしてミラーヘッドの超加速を可能にしている相手にはそう容易く命中する様子もない。

 

『当ててみせろよ! アルベルトォ――ッ!』

 

 拡張するトキサダの殺意の波に、アルベルトは《アルキュミアヴィラーゴ》を奔らせていた。

 

 

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