機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第286話「獣の方程式」

 

「《ヴォルカヌスカルラ》……! 攻撃すべきか……!」

 

 クラードは《ダーレッドガンダム》の特殊兵装であるベテルギウスアームへと移行しようとして、《ヴォルカヌスカルラ》からの通信が耳朶を打っていた。

 

『そこの。鉤爪の機体、行けよ。手出し無用とのこった』

 

「何だと?」

 

『俺も不確定要素の強いそいつとやり合うのは得策じゃないんでね。《ヴォルカヌスカルラ》とどうしてもやり合いたいって言うんなら無理にとは言わないが、てめぇらの目的は月面だろ? 損耗するか、それとも無傷で向かうか、賢いのはどっちかくらいは分かるはずだ』

 

 想定外の言葉であった。

 

《ヴォルカヌスカルラ》のパイロットは戦闘狂のはず。

 

 だと言うのに、ここで自分を見逃す理由が思いつかない。

 

「……怖気づいたか」

 

『どうとでも取ってもらって結構だよ。いずれにしたところで、その機体以外は通すなとお達しだ、鉤爪の。さて、どっちを取るか?』

 

 クラードは《ヴォルカヌスカルラ》に付随するトライアウトブレーメンの艦艇に仕掛けがあるのではないかと疑うが、艦砲射撃の様子もない。

 

 本当に、月面まで自分を通すというのは嘘でも何でもないのか。

 

 迷っているだけの時間も惜しく、クラードは《ヴォルカヌスカルラ》の脇を通り抜けていた。

 

「……本当に、後ろからも撃って来ないというのか……?」

 

 不明瞭な感覚に戸惑いながらも、月軌道へと入り、テスタメントベース跡地を視野に入れる。

 

「……データ照合通り、打ち上げ施設に魔獣……。あれを破壊すれば、ダーレットチルドレンの目論見は崩れる……はず」

 

 ベテルギウスアームへと接続し、重力砲撃を敢行せんとした、その時であった。

 

 接近警告が劈き、クラードは咄嗟の判断で鉤爪の腕で防御する。

 

 至近距離で弾けた刃の感覚に、急速後退させるも、追い縋る敵機の速度は圧倒的だ。

 

 ミラーヘッドの蒼い残像を引きつつ、瞬時に《ダーレッドガンダム》の横合いに入った相手へと、腰部にマウントしていた小太刀を抜刀して受け止める。

 

「……手練れか……!」

 

 発振されたビームサーベルの出力値の高さに瞠目したその時には、照り返しを受けた相手の相貌が明らかとなっていた。

 

 それは漆黒の色彩を伴わせた、叛逆の機体――。

 

「……《レヴォル》? 《レヴォル》……なのか?」

 

『その問いには、否と答えさせてもらおうか』

 

 接触回線が弾けると同時に浴びせ蹴りが狙う。

 

 クラードは機体をひねらせ、その一撃を回避すると共に弾かれ合うようにして距離を取っていた。

 

 宙域で対峙するのは鏡合わせのような機体同士であった。

 

《ダーレッドガンダム》と、そして敵の不明なレヴォルタイプに識別照合がもたらされる。

 

「……《レヴォルテストタイプ》……? あり得ない、それはハイデガーの……!」

 

『名乗らせていただく。“惑星のエーリッヒ”たる存在、ミハエル・ハイデガーより受け継ぎしこの運命を。原初の魔獣、IMF00《ガンダムレヴォルトルネンブラ》! そして封じ込めた我が名こそ――!』

 

 頭蓋のコックピットを開き、こちらへとその身を晒した黒色のパイロットスーツの相手は広域通信をもたらす。

 

『死した名前、既に敗北者とは言え、君とこうして再び相見えたのだ。ならば、捨てた名前で踊ろうではないか! エージェント、クラード君。識者グラッゼ、グラッゼ・リヨンとして!』

 

「グラッゼ・リヨン……生きていたのか」

 

『死んでいたさ。だが、君と躍るのに棺桶に片足を突っ込んだままでは半端者と言う。私は死してこそ、この宿業を手繰ろうではないか。そのために私はここに居る。たとえこの世界をたばかる存在の味方、後ろ指差される存在となろうとも! 私は私の信じるもののために、戦い抜くまでだ!』

 

「……貴様は、何のためにこの戦いに赴く。ダーレットチルドレンを守ると言うのか」

 

『それで君と戦えるのならば、安いものだ』

 

 コックピットが閉じ、眼窩に戦意の灯火を宿らせた敵機――《レヴォルトルネンブラ》は本物の殺気を放っている。

 

 既に戦う以外の選択肢は枯れ果てたのだろう。

 

 クラードも己の戦闘意識を研ぎ澄まし、敵機と相対する。

 

『決闘ならば! 名乗りもやぶさかではない! 《ガンダムレヴォルトルネンブラ》、グラッゼ・リヨン!』

 

「……《ダーレッドガンダム》、エージェント、クラード……!」

 

『征く!』

 

「先行する!」

 

 互いに刃を抜刀し、距離を詰める。

 

 肉薄した瞬間には《レヴォルトルネンブラ》の加速度が超過し、まるで掻き消えたかの如く、背後を取っていた。

 

「……速い……!」

 

『少しでも後れを取ってくれるなよ! 君は私と踊らなければいけないのだからね! 既にこの運命は! 我々が創造された瞬間より、定まっていたのだ!』

 

 大太刀を引き抜き、《レヴォルトルネンブラ》のビームサーベルと打ち合うが、相手は一拍の呼吸さえも感じさせず、瞬時に上昇し様に蹴り上げる。

 

 レヴォルタイプの弱点である頭部コックピットを迷いなく狙った攻防にクラードは奥歯を噛み締めて小太刀を振るっていた。

 

 足の一本でも叩き落したか、と思われた一閃は脚部に装備された格納型のビームサーベルによって防御される。

 

『甘いぞ! そしてその距離は、私のものだ!』

 

 腰にマウントされたレールガンが火を噴き、至近距離で弾頭が爆ぜる。

 

 クラードは目まぐるしく変わっていく戦局で交錯する刃の感触を覚えていた。

 

 グラッゼの太刀筋は真の強者のもの。

 

 半端な覚悟では潜り抜ける事はおろか、一撃でさえもかわせない。

 

「……距離を取ったほうが読み負ける、か……!」

 

『分かっているのならば! 私と踊れ! クラード君!』

 

《レヴォルトルネンブラ》が両腕に太刀を握り締め、交差する刃を叩き込む。

 

 クラードは太刀を結合させて双剣を成し、その一撃に応じていた。

 

「……あの時……! 《シクススプロキオン》攻防戦で! 貴様は彼岸に赴いたはずだ!」

 

『それはあの時の私の後悔の一つでね! やはり我を曲げず、君と戦うのに終始すべきであった!』

 

 浴びせ蹴りが見舞われるのを、《ダーレッドガンダム》に防御させてから太刀筋を打ち込む。

 

 しかし、《レヴォルトルネンブラ》は事象さえも折り曲げるほどの急加速で刃を潜り抜け、横凪ぎで叩き伏せる。

 

 敵の刃に籠った殺気の真髄に、《ダーレッドガンダム》は後退していた。

 

 その隙を逃さず、蹴りが打ち抜かれクラードは《ダーレッドガンダム》の機体が月面のクレーターに埋もれたのを感覚する。

 

 舞い上がった銀色の砂埃の向こう側で、大上段に太刀を振るい上げた敵機に、《ダーレッドガンダム》は両腕で双剣を構えていた。

 

『防御とは! あまりに脆弱! あまりにも後ろ向きではないか! 君らしくもないぞ!』

 

 クラードは奥歯を噛み締めつつ、眼前で弾ける干渉波のスパーク光を睨む。

 

「……俺らしい、だと。分かった風な事を言う。俺は……俺の決着をつけるためにここに来た! ダーレットチルドレンを倒せば、全てが終わるというのならば!」

 

『全てが終わる? 本当にそう思っているのか? クラード君』

 

 その問いかけに《レヴォルトルネンブラ》がこちらを蹴り上げ、次いで浮いた機体へと肘打ちを見舞う。

 

 月面で制動をかけつつ、クラードは双剣を携えて応じていた。

 

「……どういう意味だ?」

 

『あの魔獣……打ち上げ施設に居るあれを、私が壊さなかったのは何故だと思う? 君と戦いたいからだけではない。本当に、ダーレットチルドレンを打倒するだけで、世界が救われるとでも? ……彼の者達はそこまで単純ではない』

 

「聖獣が邪魔をするのならば、それも踏み越えるまでだ」

 

『分かっていないな、君は。ダーレットチルドレンの存在も、聖獣の意味も、私が何も知らず、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーよりこの機体を引き継いだと思っているのか?』

 

 グラッゼの言葉振りにクラードは一度構えを解き、改めて相対する。

 

「……エーリッヒ……いや、ハイデガーは……。何を貴様に教えたと言うんだ」

 

『私は彼の知り得た全ての知識を、《レヴォルトルネンブラ》のアイリウムを通して継承した。君らが聖獣と呼ぶ存在、それは様々な多元宇宙における《ガンダムレヴォル》そのものである事も、無論、承知の上だ』

 

 そこまで知り得ているのは一握りのはず。

 

 クラードはグラッゼが伊達でも酔狂でもなく、《レヴォルトルネンブラ》を操っている意義を探っていた。

 

「……ハイデガーから何を聞いた? 貴様は、何を知っている?」

 

 暫時、月面に沈黙が流れる。

 

 やがて、グラッゼは静かな論調で語り始めていた。

 

『……始まりは、一つであった。だが、それを発見したのは、決して偶然ではなかったのだと、ミハエル・ハイデガーは独白している。奇妙だとは、思わなかったか? 聖獣のパイロットが君と同じく“クラード”であるのならば、この世界には既に、同等の存在たる《ガンダムレヴォル》が不可欠であると。だが、君の操っていた《レヴォル》は《フィフスエレメント》、第五の聖獣であった。本来、五番目の聖獣にはそれに相応する“クラード”が居るはずだ。だと言うのに、五番目の“クラード”の存在は今日まで秘匿された』

 

「……《レヴォル》を駆るのが俺の役割だ。《フィフスエレメント》が《レヴォル》の形を取るのならば、それを操るのは俺の――」

 

『違うだろう? 前提を間違っている。来英暦に元々存在する聖獣を、何故君達は関知さえもしなかった、いや、出来なかったのか。教えよう。君は既に――この来英暦の《レヴォル》に出会っている。遥か昔にね』

 

「……惑わせようとしているのか。俺にとって《レヴォル》は、一体だけだ」

 

『君は本質的に、その部分を狂わされている。他でもない、エンデュランス・フラクタルと言う名の悪意によって』

 

「エンデュランス・フラクタルに、胡乱な動きがあったのは承知の上だとも」

 

『では君は、この次元宇宙の《ガンダムレヴォル》の存在を知っていたとでも? ……いいや、それはあり得ないな。知っていれば、君は……君だけではない、彼の者達でさえも、真実には肉薄出来ていなかった。それが一つ目の過ちだ。そして、二つ目は――!』

 

《レヴォルトルネンブラ》が加速し、その刃を打ち振るう。

 

 月面を滑って回避したクラードは敵機に内在する殺意と、それとはまるで相反する何かの感情を見据えていた。

 

『《フィフスエレメント》の真の価値を、君達は理解でさえもしていない。彼の者達は《オルディヌス》として運用し、第五の聖獣の能力である調律を行おうとしていたが、それはあまりにも浅薄! あまりにも愚かしいものであった! ミハエル・ハイデガーはどう言っていたのか……教えてあげよう。この世界を覆う悪意の真実と言うものを!』

 

《レヴォルトルネンブラ》がビームサーベルを薙ぎ払い、太刀筋に籠らせたのは明瞭なる殺気。

 

 その真髄を見極める前に、クラードは双剣で受け止めていた。

 

「……ハイデガーの語った……真実だと……?」

 

『クラード君。君は既に、出会っているのだよ。この次元宇宙の《ガンダムレヴォル》に……! 君を構成する美しき獣の方程式……《レヴォルゼロポラリス》だ!』

 

 

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