機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第五章「機械少女の物語〈ザ・ダークネスフェアリーテイル〉」
第28話「欺瞞と寓話」


 ――私は眩いばかりの蒼い花の咲く庭園に居た。

 

 周囲にあるのはそればかりで、一呼吸さえも忘れるような麗しさ。

 

 呼吸を途切れさせた身体は錆び、崩れ、そして形状をなくしていく。

 

 この世とは思えぬ幽世の光景に、私はただただ吐息を忘れ、鼓動を忘れ、記憶を損ない、過去を失い――。

 

 そうやって辿り着いたのが、無辺の闇に葬られた最果ての土地であったのだと知った時、私は再び蒼い花に手を伸ばす。

 

 しかしその時には、蒼い花はもう形状を失い、私の手から滑り落ちていく。

 

 ああ、何でだろうか。

 

 私はそれを、散り行くそれを、もう絶対に手に入れられないそれこそが。

 

 とても美しいのだと、そう思ってしまっていたのだ。

 

 蝶が舞う。

 

 蒼い翅を広げた、この世ならざる蝶が。

 

 残像を残し、残滓を掻き消し、残禍を打ち消し、無辜の果てへと誘う。

 

 私は花園を。

 

 このヒトの世とはまるで異なる花園を。

 

 魅せられてしまった愚かさを知る前に。

 

 まるでアリスが白兎を追ってしまうかのような愚かさで。

 

 蝶を追い、そして奈落へと放り込まれるのだ。

 

 そこは決してお伽噺の世界などではない。

 

 真逆の、戦場の炎が舞う血潮の迸る世界で。

 

 私は紅蓮の炎の中を進んでいく、蒼い翅の蝶を追って。

 

 そしてもう一度、愚かにももう一度。

 

 夢の世界に堕ちるために。

 

 それは夢への憧れか、それとも夢への絶望か。

 

 私の手は、蝶を追って伸びる。

 

 蝶の行き着く花を追い求めているのか。

 

 それとも、可憐な蝶の羽根をもいで、その瞬きを永遠にしたいのか。

 

 蝶の翅で着飾るような残酷さを帯びて、私はフェアリーテイルを――物語を殺す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クロックワークス社に訪問した際に渡されるID証は、別段他の企業と変わったところはなく、グラッゼは裏表に翳してから、担当の社員の声を聞く。

 

「本物ですよ、疑ったって」

 

 営業スマイルを張りつかせた相手に対し、グラッゼはサングラス越しの視線を振り向けていた。

 

「貴社の有するミラーヘッドのログを参照したい。これは軍警察、トライアウトジェネシスからの用命である。貴社には黙秘する権利が……」

 

「長々と述べたって、それは我が方の不利益になります。応じましょう」

 

 いわゆる型式ばった言葉だったのを見越してか、営業の社員は自分を通す。

 

 グラッゼは後に続く自身の部下へと言葉を振っていた。

 

「クロックワークス社に来た事は?」

 

「いえ……ここはそうでなくとも特別ですから。月のダレトからの供給を受ける、数少ない企業……統合機構軍の中でも」

 

「嬉しいですね。彼の軍警察、トライアウトに認知されているとなれば」

 

 営業の相手の言葉は全く本意ではないのだろう。

 

 それでも笑顔を向けられる辺り、本音と建前をうまく使い分けられる人間なのは間違いない。

 

「今回は我々も特務を帯びている。ミラーヘッドのログ参照は軍警察の当然の権利として存在する」

 

「存じていますとも。……それにしたって、あなたが……黒い旋風がトライアウト所属になったとは思っても見ませんでしたが」

 

 自分の顔も名前も売れ過ぎている。こういう時にある意味では枷になってしまうのはいけない。

 

「……一身上の都合でね」

 

「こちらへどうぞ。ミラーヘッドのログを取りたいっていう方はここ数年でごそっと減った。何でだと思います?」

 

「……いちいちミラーヘッドシステムの令状を参照して、何になると言う話だ。令状が下りれば下位のミラーヘッドは棄却され、その結果としての第四種殲滅戦……即ちミラーヘッドの戦場では敗北した側がわざわざ自分の側のミラーヘッドが如何にして下りなかったのかを知る必要はないし、何よりも死人に口なし、の状態だろう」

 

「よくご存知で。第四種が一般化してからは、軍の方でもなかなかミラーヘッドのログ参照には来なくなりましてね。お陰様で我々にデータばかりは集まってくるのですが、使う機会のない蓄積はただ単に浪費に等しい」

 

「しかし、ミラーヘッドのログを取る陣営は必要とされている。貴社は第三者として、ミラーヘッド戦を記録する事に関しての権限を得ているはずだ」

 

「それは当たり前なのですよ。我々のような第三者機関が居なければ、もしもの時にミラーヘッドが棄却された時、参照する人間も居なくなってしまう。それは対等さにおいて正しくはない」

 

 ミラーヘッドの戦場における対等さか、とグラッゼは胸中に結ぶ。

 

 きっとそれは、殲滅戦を仕掛けられた側からしてみればまるでこの世には存在しない言葉だろう。

 

 無重力ブロックに入り、グラッゼは無数に居並ぶ高速演算コンピュータを視野に入れていた。

 

「……これがミラーヘッドログの中枢を司る量子コンピュータか」

 

「一部ですよ。我が社の中枢にはこれの百倍近い代物が存在します。まぁ、今回のようなケースの場合、それらを見せるような意図はないんですが」

 

 ミラーヘッドログを取っている部屋は思いのほか狭い扉の向こう側であった。

 

 管制室が広がっており、今も数十名のオペレーターがミラーヘッドログを処理している。

 

 それはこの宇宙のどこかで、現状も戦火が絶えない事の証明でもあったが、自分の今日の仕事はそのような今を憂うような状況ではない。

 

「……ミラーヘッドログを参照したい。可能か」

 

「我がクロックワークス社はダレトが開いてから数年間、絶えずミラーヘッドのログを取り続けてきました。第四種殲滅戦に入ってからは、それこそずっと。一日だって途絶えた事はありません。それは戦場の中立性と、そして第四種殲滅戦におけるMSのミラーヘッドの存在意義を確立させるため。我が社で開発しているMSはほんの一機だけですが、現状のミラーヘッドの戦場を闊歩するのには必須のはず。ミラーヘッドの戦歴は我が方に完全に傍受され、その上であなた方は使用するしかない。これは現行、どのようなMS、MAを使っていても絶対の摂理なのです。そこから逃れる事は出来ません。オーダーの種類や時間、レイコンマの世界まで記録しております。どうぞ、ご指定を」

 

「では……この時間のミラーヘッドの使用歴を探りたい。出来るか?」

 

 差し出したメモリーチップを営業はオペレーターに手渡す。

 

 オペレーターが演算し始めるのを大型モニターの一角が映し出していた。

 

「どうです? コーヒーでも。我が社は飲食事業にも精を出しています。このコーヒーは上物ですよ? 何せ、地球圏の代物なのですから」

 

「いや、私は仕事をしに来ただけだ。商談に来たのではないのでね」

 

「それは残念。本当に美味しいのに」

 

 営業はコーヒーに口を付けつつ、導き出されていくミラーヘッドオーダーの履歴へと視線を投げていた。

 

「出ましたね。早いでしょう? これが我が社の持ち得る財産のようなものです」

 

「どう出た?」

 

「この時刻に実行されたミラーヘッドオーダーは一件。軍警察トライアウト所属、ガヴィリア・ローゼンシュタイン少尉のものです。使用機体は《エクエス》。この時刻は四十八時間のミラーヘッドオーダーにおいて有効であり、他の下位権限は全て無効化されています」

 

「紙で欲しい。ログの履歴を印刷してくれ」

 

「今どき、紙ですか。まぁ、いいでしょう。印刷を」

 

 グラッゼは受け取ったミラーヘッドの報告書の中に、存在しているはずのものが存在していない事に気づく。

 

「……これだけか? 例えば……そう。民間の、エンデュランス・フラクタル所属機の、新型機のシグナルは?」

 

「……いえ、これだけです。軍警察の《エクエス》のみ、ミラーヘッドを行使したと」

 

「……そんなはずはないのだがな。あるいは、件のシェイムレスの少尉の妄言か……? いや、今はいい。こっちのデータベースを参照して欲しい。日時は……」

 

 正確に時間を秒単位で言いやると、その時刻に執行されたミラーヘッドの履歴が参照されていく。

 

「黒い旋風と渾名されたあなたが、どうして今さらミラーヘッドのログなんて? そんなものをしたって仕方ないでしょう。相手はもう死んでいるのですから」

 

「……果たしてそうならば、いいのだがな」

 

「出ました。ミラーヘッドログを参照。《エクエス》が使用したミラーヘッドオーダーは四十八時間有効。下位オーダーは全て無効化されています。他の機体によるミラーヘッドの介入は確認出来ません」

 

「……確認出来ない? そんなはずはあるまい。あの時確かに……。いや、今度はこのメモリーチップだ。私の《エクエス》の戦闘記録の一つでもある」

 

「機密事項なのでは?」

 

「構うものか。私は真実だけが知りたいのでね」

 

 メモリーチップを読み込ませる。

 

 これは自分の《エクエス》のこれまでの戦歴そのものだ。ある意味ではこれを知られれば自分の手の内を一企業に晒すようなものであったが、それでも確かめなければいけないものがある。

 

「……出ました。やはり先ほど入力したのと同じ時刻に、ミラーヘッドの行使記録が残っています」

 

「その時に対面していた相手のミラーヘッドのログを遡れないか? そうすれば必ず出るはずなのだが」

 

「……おかしいですね。《エクエス》の……グラッゼ・リヨン大尉の使用記録以外は存在しません。ですがこの時、戦っている相手の機体にもミラーヘッドの使用歴があると……レコード上はそうなっているはずなのですが、我が社の記録には存在しないのです」

 

「……ちょっと待て。それはおかしいのではないのか?」

 

 ここになって営業もさすがにそれは食い違っているのだと悟ったようだ。しかし、オペレーターは頭を振る。

 

「いえ、でも……。これはどう考えたって矛盾なのですが……。ミラーヘッドログには残っていません。オーダーの履歴も、行使の記録も。明らかに《エクエス》は何らかのミラーヘッド機と戦ったはずなのですが、相手の記録がごっそりと抜け落ちていているのです。……まるで、幽霊とでも相対していたかのように」

 

「……失敬、大尉。我が方の伝達ミスかもしれません。ミラーヘッドを使っておいて記録に残らないのはあり得ないのです。その時刻、停電や、量子コンピュータへの接続ミスがあったのではないのか?」

 

「いえ、抜けはありません……。その時刻に我が社のコンピュータがダウンしていたと言う記録も発見出来ず……。《エクエス》は確かにミラーヘッド機と戦ったはずなのですが、ここには一切の記録が……」

 

「まさか、外部班による消去か?」

 

 オペレーターは声を震わせて、キーを叩く。

 

「い、いえ……これは外部班やハッキングなどではなく……。最初から、この参照機体は存在しないのです。我が社のミラーヘッドログの中には」

 

「そんなはずは……そんなはずはないだろう! どのような末端機でも、ミラーヘッドの使用歴に残らないなんて事はないんだぞ! ……我が社の沽券に関わる。何としても見つけ出すんだ。大尉の《エクエス》と戦っている……白いMSは確かにミラーヘッドを使用している。ならばこの時刻の正確な履歴を辿れば……」

 

 モニターの一角に映し出された自分の黒い《エクエス》と《レヴォル》との戦闘を何度も何度も、反芻してモニターするオペレーターだが、探れば探るほどに、彼女の額には汗が浮いていく。

 

「いえ、しかし……。あり得ません。この白いMSが使ったミラーヘッドは拒絶されたわけでも、ましてやログのミスなどでは決してないのです。最初から……この機体そのものが存在しなかったように……抜け落ちている……」

 

「失礼。先ほどの《エクエス》……ローゼンシュタイン少尉の戦闘記録との再照合を頼む。機体の識別番号が分からないわけではないはずだ」

 

「待ってください……。やはり……存在しません。この白いMSの機体照合をかけていますが……我が社には記録されていないのです」

 

「そ、そんなはずがあるか! 第四種殲滅戦において我が社は膨大なデータを持ち合わせている! その中には一ミリのずれだって存在しないのだぞ! ……たとえ、どのような小さな反応でも拾い上げる。それが我がクロックワークス社のシステムのはずだ。だと言うのに……直近の反応がまるで見られないだと? そんな馬鹿げた事が……」

 

「いえ、ですが事実なのです。ミラーヘッドの使用は確かに見られるのに……何故なのだか記録の面では全てを拒んでいる。いいえ、これは拒んでいると言うよりも……元々記録されていない。この白いMSに関してのミラーヘッドログは……空っぽです」

 

 どこか熱に浮かされたように結論を紡ぎ上げたオペレーターに営業は人のよさそうな笑みで取り繕う。

 

「いや、すいません、ご足労願ったのに。何かの間違いでしょう。あるいは、これはミラーヘッドに見えてその実そうではないのかもしれない。我が社に察知されないミラーヘッド機はあり得ないのです。こんな事が、世間に露呈すれば……」

 

「スキャンダルは免れないだろうな。それとも、相対した私の身勝手な幻だと、切り捨てるとでも言うのか?」

 

「いえ、それは……黒い旋風たるグラッゼ・リヨン大尉が見間違いなど行うはずが……」

 

 後ずさった営業に、グラッゼはサングラスの奥の瞳を鋭くさせる。

 

「……何かが起こり、何かが私の目を曇らせた。それは私だけではない、世界を見渡すはずの目さえも曇らせるとは……。相対した価値があったというものだ、クラード君。そして……《ガンダムレヴォル》……」

 

 グラッゼはモニターに表示されているミラーヘッド挙動に入った《レヴォル》を視認する。

 

 まさか自分の敵なだけではない。

 

 ――世界の敵だなど、思いも寄らない。

 

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