機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第290話「鏡合わせのふたり」

 

 衛星軌道コロニーへと銃弾が矢継ぎ早に撃ち込まれていく。

 

 月のダレトを観測するために生み出されたヒトの業を踏み越え、アルベルトは機体を疾走させる。

 

 トキサダの《プロミネンス》は前回よりも強化改修が加えられ、精度の高い銃撃網を潜り抜けて、ビームジャベリンを翳していた。

 

「……トキサダ……! てめぇは……もう戻るつもりもねぇのか……!」

 

『戻る? 何を言っているんだ、アルベルト。あんたが、その退路を消したんだろうに!』

 

「……言われりゃ辛ぇぞ、それは……」

 

『“アルベルトさん、《プロミネンス》の速力はまだ底知れません。相手はミラーヘッドの段階加速なしに、《アルキュミアヴィラーゴ》と渡り合っているんです”』

 

「だとしてもよ……! 手ぇ抜くような余裕もねぇだろうが……!」

 

 廃棄コロニーへと押し入った《アルキュミアヴィラーゴ》の躯体は《プロミネンス》の間断のない応酬をかわしつつ、ビル群を蹴ってビームガトリングガンを掃射していた。

 

《プロミネンス》の重火力がビルを薙ぎ倒し、隠れる場所を一つずつ消し飛ばしていく。

 

『逃げ隠れか。あんたらしいよ、アルベルト。いつだってあんたは……おれ達から逃げていたんだからな』

 

「……黙っていろ、トキサダ……!」

 

 しかし軽々に仕掛ける事は出来ない。

 

 敵機の総火力は圧倒的だ。

 

 真正面から愚直にと言うのは通じないだろう。

 

 加えて、自分も相手もまだミラーヘッドの切り札を隠し持っている。

 

 先に晒したほうが不利に立つのは必定。

 

 アルベルトは太陽光パネルへと接地し、《プロミネンス》の動向を見ていた。

 

 用途を終えた太陽光パネルは光を反射する事もなく、昏く沈んでいる。

 

《プロミネンス》が一度、下方に降り立ったのを好機と確信し、アルベルトは丹田に力を込めていた。

 

 無重力空間での、真っ逆さまの下降。

 

 急加速をつけた推進剤の青を刻み、ビームジャベリンを振るい上げる。

 

「もらった……!」

 

『あんたはいつだってそうだな、アルベルト。本物のチャンスと言うのを、分かっていない』

 

 直後、《プロミネンス》は機体に格納していた兵装を展開する。

 

 それは隠し腕に支持された円盤型の兵装であった。

 

「チャクラムか……!」

 

 ビームチャクラムを振るった《プロミネンス》の一撃を受け止めた途端、敵機は飛翔し実弾兵力の弾幕を叩き込んでくる。

 

 負けじとアルベルトもビームガトリングガンの砲火と装備していたビームマグナムを一射していた。

 

 光軸が朽ち果てたコロニーの外窓を射抜く。

 

《プロミネンス》は小刻みに加速しつつ、《アルキュミアヴィラーゴ》へと接近を試みていた。

 

 重装備の《プロミネンス》の距離に至れば自ずと押し負けると判断したアルベルトは、ここに来て切り札の一つを講じる。

 

「……出し惜しみはしてらんねぇな。マテリア! 照準精度、任せるぜ! 行け! ミラーヘッドビット!」

 

『“了解! アルベルトさん、思考領域借りますよ!”』

 

 マテリアへと思考拡張の一部を貸し渡し、《アルキュミアヴィラーゴ》は翼型の形状のミラーヘッドビットを周囲に展開していた。

 

 包囲陣を組んだそれを一斉掃射させる。

 

「こんの、当たれ――ッ!」

 

 だが《プロミネンス》も一度見た兵装には簡単にかかってくれるはずもなく、加速と機体の横ロールを駆使した機動で上回られていた。

 

『甘いんじゃないのか、アルベルト。おれを殺すという気概が足りないぞ。もっと本気で、殺しにかかって来い。そうでなければ死ぬのはそっちのほうだ』

 

 そう、まだだ。

 

 まだ――決意出来ていない。

 

 トキサダを殺す事も、ましてやこの戦場において自分の役割でさえも。

 

 ダーレットチルドレンだとか言う全能者を倒す――無理だ。まるでイメージ出来ない。

 

 そんなもののために、今まで自分達は世界へと叛逆を投げ続けてきたと言うのか。

 

 そんなもののために、人殺しの汚名でさえも被ってきたと言うのか。

 

 そんなもののために――カトリナは苦しんできたと言うのだろうか。

 

「……分かんねぇ……分かんねぇよ……そんなもん。分かって……堪るかってんだ!」

 

 ビームの檻をかわした《プロミネンス》の砲門が開く。

 

 ミサイルが一斉射され、アルベルトは奥歯を噛み締めて急速後退させていた。

 

 ビルが爆ぜ、粉塵が舞い上がる。

 

 砕けた廃屋から人が生活していた残滓が吹き出していた。

 

 アルベルトはビームジャベリンを薙ぎ払って灰を払い、《プロミネンス》へと打ち下ろす。

 

 敵機はビームサーベルを翳してその一撃を受け止めていた。

 

「トキサダァッ! トーマさんは、ずっと待ってんだぞ!」

 

『だから何だって言うんだ。おれはもう死者なんだぞ。今さら生前の想いに足を取られて、あんたを殺し損ねろと言うのか。それこそお笑い種だ。アルベルト、女を理由にして戦う事ほど、女々しい事もないと知れ!』

 

 払い上げられた膂力で弾き返し、ミラーヘッドビットの放射で《プロミネンス》の動きを制そうとしたが、相手は機体を中心軸にしてビームチャクラムを回転させ自律兵装を叩き割っていく。

 

『練度が低いな。それでミラーヘッドビットを、万華鏡の猿真似だと言うのだから呆れもする。あんたじゃ扱い切れない。そんな事も分からないのか、アルベルト』

 

「……黙ってろよ……。オレはてめぇを……真正面からどうにかするって決めてんだ!」

 

『どうにかだと? まだハッキリと言えないのか! 殺し殺されの間柄だろう、おれとあんたは!』

 

《プロミネンス》は加速し至近距離まで肉薄すると共にビームサーベルを振るっていた。

 

 両腕だけではない、隠し腕と機体の重装甲から現出した六本の腕による刃が迫る。

 

 ビームジャベリンで弾き返すも、二の太刀、三の太刀が閃くのを止められない。

 

 アルベルトは舌打ち混じりにミラーヘッドビットを呼び戻し、盾としていた。

 

 爆ぜた自律兵装の爆風で足元の高速道路が陥没し、粉塵が舞い散る一瞬の隙を突き、急上昇に打って出る。

 

《プロミネンス》は追加武装のバーニアに火を通し、《アルキュミアヴィラーゴ》を追撃していた。

 

 宙域で蒼い残火とジャベリンの斬撃が交錯する。

 

 至近距離でビームガトリングガンの弾幕を張ろうとして、ビームチャクラムが一直線に振るわれた事で砲塔がぐずぐずに融解する。

 

 爆破する前に武装をパージし、その反動で僅かによろめく。

 

 敵機は荷重重量の蹴りで《アルキュミアヴィラーゴ》の腹腔へと一撃を加え、そのまま推進剤を全開にして押し潰さんとする。

 

 残存したミラーヘッドビットを用いて装甲面を焼き切ろうとするが、こちらの決意よりも相手の決意のほうが遥かに上だ。

 

 ビームが装甲を切り裂いていくのを頓着もしない《プロミネンス》相手に、アルベルトは決断を迫られていた。

 

「……マテリア。ミラーヘッドオーダーを受諾……!」

 

『“オーダーを受諾。ですがこの状況は……アルベルトさん……!”』

 

「分かってんよ、それくらい……。マズいって事はな……!」

 

 肩の装甲が引き出され、ミラーフィーネシステムの蒼い檻の中へと相手を落とし込む。

 

 それと同時にミラーヘッドの段階加速と両翼を展開し、《プロミネンス》のコックピットブロックを狙っていた。

 

 挟み込むようにして分身体がビームジャベリンを叩き込むのを、トキサダもさすがに看過出来なかったのだろう。

 

 直後には蒼い焔が宿り、《プロミネンス》もミラーヘッドを展開している。

 

 互いに弾かれ合うようにしてミラーヘッドの分身体を突き崩し、一瞬の膠着の後に向かい合っていた。

 

「……相手のミラーヘッドの総数は三……機体の性能を引き上げ過ぎた功罪だろうな。だがこっちも真っ当じゃねぇ」

 

 ミラーヘッドジェルは自律兵装の制御のために主に用いていたためか、展開出来る総数は限りがある。

 

 よってこちらも分身体はたったの三体。

 

「マテリア、ミラーヘッドジェルの損耗率は?」

 

『“現在、五割を切っています。ミラーヘッドビットを主軸に置いていたので……”』

 

「これでもマシなほうってワケか。……行くぞ」

 

 睨み合いの形になったのも数秒間――即座に攻勢に移っていた。

 

 段階加速を経て、ミラーヘッドジェルの消耗を考えずに距離を詰める。

 

 大上段に打ち下ろした一撃を装甲面に食い込ませていた。

 

 だがそれはトキサダの狙い通りであったのだろう。

 

 二体が挟み撃ちを仕掛け、同時に刃を振るう。

 

 アルベルトは刺し込んだ部位を基点として機体を引き上げ、回し蹴りを叩き込んでいた。

 

 だがまだ残り一体の分身体が残っている。

 

 機銃掃射を見舞った分身体へと、こちらの持ち得る分身体のその身を挺して防御させ、弾幕の向こう側にある本体へと切り込んでいた。

 

『迂闊だな、アルベルト。そんなもので、おれを殺せるとでも思ったか』

 

「そんなものだろうがよ……オレは自分を曲げるつもりはねぇ!」

 

 残存する分身体二体で斬撃を浴びせ、《プロミネンス》の装甲を削いでいく。

 

 浴びせ蹴りで出鼻を挫き、次いで刃で装甲の内側を砕かんとする。

 

 しかしトキサダも使い手だ。

 

 格闘戦術は心得ているのか、蹴りをいなしてから刺突をビームサーベルで受け流し、機体に埋め込まれている爆雷を点火させていた。

 

 至近距離で弾けた光源にこちらがうろたえた隙に乗じ、ビームチャクラムが両側から放たれる。

 

 アルベルトはミラーヘッドビットを段階加速で呼び戻し、武装自体を増加させていた。

 

 蒼い残像を引いてミラーヘッドビットの光条が《プロミネンス》の装甲を焼き切っていく。

 

 だがそれも長くは続かない。

 

 ビームチャクラムによって粉砕され、《アルキュミアヴィラーゴ》を後退させていた。

 

 互いに一進一退。

 

 武装を削り、精神を削って双方の極限まで至る。

 

 呼吸を荒立たせたアルベルトは、トキサダへと問いかけていた。

 

「……トキサダ。ここまでやっても……お前には伝わらねぇってのか?」

 

『伝わる? 何を期待している、アルベルト。あんたが死ぬか、おれが死ぬかのどちらかでしか、決着なんてつかない』

 

 トキサダは呼吸を乱した様子もない。

 

 これが騎屍兵か――とアルベルトは痛感する。

 

 三年間も統制と称して、世界の裏側で戦うのを強制された者達の成れの果て。

 

 そんな場所まで追い込んだ一面が自分にもあると言うのならば――。

 

 アルベルトは一度、接続口から両腕を引き剥がしていた。

 

『“アルベルトさん? まさか、説得なんて無意味ですよ……”』

 

「そうじゃねぇ。……マテリア、一個、試してねぇのがあったな? ……そいつを使う」

 

 マテリアはそれを悟って息を呑んだ様子である。

 

『“……承服出来ません。さすがに現状の消耗率で実行すれば、機体だけじゃない、アルベルトさんがコックピットでバラバラになりますよ……”』

 

「それでも、さ。やらなきゃいつ、覚悟決めるって言うんだよ」

 

 暫時の沈黙の後に、マテリアは応じていた。

 

『“……分かりました。システムへの開放権限を受諾。全権を専任ライドマトリクサーへと委譲します。――コード、マヌエル、執行準備完了”』

 

 封じて来たその禁を破るとすれば、今しかない。

 

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