アルベルトはコックピット下方に隠されてきた接続口が展開し、自身のRM施術痕と同期するのを感覚していた。
直後、展開された両腕が接続口へと合致し、アルベルトは頭蓋へと突き立つ電磁の刃を喰らい知る。
鼻の奥が切れ、鼻血がつぅと伝う。
それを拭って、アルベルトは声紋認証を行っていた。
「……コード、“マヌエル”。アルベルト・V・リヴェンシュタインの名において、命じる。……オレに……従え……ッ!」
マヌエルの脈動が自身の心拍と同調し、次の瞬間、《アルキュミアヴィラーゴ》は駆け抜けていた。
瞬時に相手の直上を取り、ビームマグナムの引き金を引く。
《プロミネンス》はその荷重装甲がゆえに一撃を回避し切れずに表面を焼け爛れさせていた。
『……これは……マヌエル、か』
「ああ……てめぇを倒す。倒して目ぇ、醒まさせてやる。何度だっていい。オレの全霊を……突っ込めば……!」
『倒すとは。まだ甘い夢を見ているのか? アルベルト。度し難いな、やはり、あんたは。ならば応えよう。コード、“マヌエル”、実行。《ネクロレヴォル》強化改修型弐番機《プロミネンス》、おれに……従え……!』
ミラーヘッドが位相を変え、その重装備に見合わぬ速度で《プロミネンス》が飛翔する。
《アルキュミアヴィラーゴ》もそれに合わせて宙を舞い、ビームマグナムで狙いをつけようとするが、急減速して相対速度を合わせて来た《プロミネンス》のすれ違いざまの斬撃を受けていた。
咄嗟にビームマグナムを盾にして致命傷は免れたが、刃の残滓が白銀の装甲に亀裂を走らせている。
「トキサダァ……ッ!」
『アルベルトォ……ッ!』
双方の機体の内部骨格が拡張し、オォンと咆哮する。
覚醒の息吹を棚引かせ、絶対零度の宙域で紅色の躯体と白銀の躯体が刃をかわし合う。
《プロミネンス》は円弧の軌道を描いて再接触する前に、砲身を後方へと向けて追撃しようとしていた。
アルベルトはビームジャベリンをコロニーシャフトへと突き刺し、制動をかけてその銃撃網を掻い潜る。
朽ち果てたコロニーシャフトがゆっくりと崩壊の一途を辿り、足場にして《プロミネンス》へと再度向かい合う。
こちらを睥睨した眼窩が殺意の灯火を宿らせたのを真正面から見据えて、《アルキュミアヴィラーゴ》は赤い眼光を棚引かせていた。
ビームジャベリンの切っ先が《プロミネンス》の装甲を引き剥がす。
それと同時に相手のビームサーベルの応酬が装甲面へと突き立っていく。
数度に渡るパージと爆砕の果てに、アルベルトは《プロミネンス》へと分身体を用いた殴打を浴びせていた。
だがトキサダも勢いを削がれた様子もなく、支持アームで刺突し、分身体に穴を開けていく。
薙ぎ払った一閃で《プロミネンス》の分身体を破壊するが、それは明らかな囮だ。
分身体が消え去った直後に、射抜く挙動で重火力が叩き込まれる。
思わず防御の姿勢を取らせた《アルキュミアヴィラーゴ》はコロニー外壁へと後退を余儀なくされていた。
放射弾幕が見舞われ、回避の余地もない自機へと数百の弾丸が撃ち込まれる。
『もう諦めろよ。あんたじゃおれに勝てない』
コロニー外壁が砕け、酸素が漏れ出る中で《アルキュミアヴィラーゴ》はその腕を振るって壁面を叩き、今一度《プロミネンス》へと対峙していた。
「……やってみなけりゃ……分からねぇだろうが……」
『もう分かり切っている。騎屍兵として訓練されたおれと、三年間、ぬくぬくとレジスタンスなんかに身をやつしていたあんたじゃ、差は歴然だ。《アルキュミアヴィラーゴ》だったか? その機体、せっかくの高性能機なのにもったいない事をする。それならおれと戦うよりも、別の使い道だってあったはずだ。分かるか? あんたはあんたのエゴのせいで、勝機を逃す。他の連中に使わせたほうがよっぽど上手く扱えただろうに』
アルベルトは全身から噴き出す汗を止められないでいた。
《プロミネンス》とトキサダの迷いのない殺気のせいだけではない。
《アルキュミアヴィラーゴ》で執行するほぼ初めてのコード、マヌエル。
身体負荷は《アイギスハーモニア》のそれの比ではない。
今にも閉じそうな意識を必死に押し留めて、アルベルトは敵機を睨む。
「……お前には……そう映るってのか、オレと……マテリアが……」
『事実そうだろう。いずれにせよ、あんた達は勝てないんだよ。騎屍兵だけじゃない。トライアウトブレーメンの連中が運用するIMFに、まだ隠されている戦力だってある。クラードがどうこうしたところで、勝ち目なんてない。最初から負け試合なんだ。なら、潔いほうがいい。敗北を認め、そして死ぬのが賢明だ。戦いにおいて、駆け引きは少なく、いつだって彼我戦力差が明瞭になるだけ。第四種殲滅戦に移ってから、当然の帰結に過ぎない』
アルベルトは繋がった《アルキュミアヴィラーゴ》との感覚を味わいながら、そう言えばクラードは、と益体のない考えに身を浸らせていた。
――クラードならば、こんな時にどうする?
信じていたはずの相手が敵で、自分はどうあっても相手を否定しなければいけない。
否定したその先に、全てを取り戻すと言うのならば――どこまでも傲慢で。
その時、不意に自嘲する。
『……何だ? 遂に諦めたか?』
「……ああ、自分でも嫌になる性分さ。諦めたほうが楽なんだろうよ。……けれどな。けれどそんな背中を……あいつらに……凱空龍のヤツらに見せられるかってんだ……! オレは宇宙暴走族、凱空龍のヘッド! アルベルト・V・リヴェンシュタインだ!」
『過去に縋るか。それでおれを殺せるとでも?』
「……死なせねぇ。てめぇだけは、死なせずに……オレも自分を曲げずに押し通す」
『どうやってだ。《プロミネンス》の性能を前にして、その墜ちかけの機体でどうにかなるとでも思っているのか?』
「……墜ちかけかどうかは、オレが決める。マテリア、残存ミラーヘッドジェル、どれくらいだ?」
『“構築出来るのはせいぜい一体……いいえ、半分でしょうね……”』
その言葉を聞いて、アルベルトはフッと笑みを刻んでいた。
「……上、等……ッ!」
《アルキュミアヴィラーゴ》へと今一度戦意が宿る。
トキサダは心底理解出来ないように告げていた。
『……そこまでして、何が残るって言うんだ。どうせ、オフィーリアはもう轟沈している。あんたの信じたものは、何も残っていない』
「信じるってのは……いいか? よく聞いとけ! 信じるってのはなぁ……! 背中合わせに喧嘩出来るって事なんだよ……! それくらい、凱空龍のメンツなら、頭ぁ……入れとけ!」
『……アルベルト。もう終わりだ。過去に生きるあんたは、おれに致命傷を与える事も出来ない。死に行け、ただ虚しいままに』
《プロミネンス》が重火力を真正面から叩き込んでくる。
弾幕は単純な威力だけでも《アルキュミアヴィラーゴ》の装甲を打ち崩すだろう。
「……駆け抜けろ、《アルキュミアヴィラーゴ》!」
急加速し、愚直にも正面から《プロミネンス》相手に突き進む。
『愚かだな。それとも遂に脳が腐ったか? 全弾を撃ち込まれて、それでも最短距離を目指す、か。あんたらしい、馬鹿の真似事だ。だが、その前に力尽きるだろうさ。最後の最後に知るがいい、《プロミネンス》の恩讐を』
副次火力でさえも注ぎ込み、《プロミネンス》の機銃掃射が《アルキュミアヴィラーゴ》の装甲を剥ぎ取っていく。
頭部が砕け、アステロイドジェネレーターを保護する装甲面が撃ち抜かれ、脚部が破砕する。
前につんのめった《アルキュミアヴィラーゴ》はそのまま無様に転倒し、弾丸を叩き込まれて装甲が吹き飛ぶ。
白銀の威容は砕け落ち、ほとんど半身になった《アルキュミアヴィラーゴ》へと、《プロミネンス》はビームサーベルの刃を沿わせていた。
『最後くらいはおれの手で介錯してやる。アルベルト、あんたは今際の際まで、馬鹿であっただけの話だ』
振るい上げた太刀をそのまま打ち下ろさんとしたところで――不意に硬直していた。
『……違う。これは……本体じゃ、ない?』
半壊した《アルキュミアヴィラーゴ》の躯体が風圧に溶けていく。それは蒼いミラーヘッドで構築された幻像であった。
『高密度のミラーヘッドを固めて、本体と大差ない状態まで組み上げた……だと。今の一瞬で……!』
それを勘付かれる前に、朽ちたビル群からの、決死の跳躍。
ビームジャベリンを振るい上げる。
互いに劈く、熱源警告。
アルベルトはコロニー外壁を粉砕し、《プロミネンス》の背後へと立ち現れていた。
既にミラーヘッドジェルは尽き果てている。
それでも、この一瞬に全てを賭けて。
咆哮と共に刃を打ち下ろす。
「トキサダ――ッ! 歯ぁ、食いしばれッ!」
『アルベルトォ――ッ!』
近接戦闘用の格闘兵装が開き、装甲を断ち割った《アルキュミアヴィラーゴ》へと返答の太刀が腕を付け根から叩き切る。
しかし、この策を講じていたアルベルトのほうが僅かに上回っていた。
何よりも――自分はひとりではない。
『“ミラーヘッド分身体、高密度構築を解除……! アルベルトさん! 決めるのならば今しかないですよ!”』
「ああ! 分かってんよ、マテリア!」
機体を踏ん張らせ、薙ぎ払う一閃。
剥離した装甲版の向こうに、アステロイドジェネレーター炉心が脈打つ。
《プロミネンス》が至近距離で重火器を照準する。
幾重にも照準警告が絶対の死地を示す中で、アルベルトは果敢に前進していた。
《アルキュミアヴィラーゴ》の相貌を火砲が焼き尽くす。
白銀の鎧を塵と硝煙に染めながら、刺突を浴びせていた。
それはアステロイドジェネレーター炉心ではなく、コックピットを狙い澄ます。
『……おれを殺せるのか? アルベルト』
問いかけに、迷う事はないとアルベルトは断じていた。
そのつもりだった。
――ああ、ここでさよならだぜ、トキサダ。
そう口にするつもりだったのに、喉を震わせたのは別の言葉だ。
「……いいや、殺さねぇ」
自分でもその不明瞭さを感じ取る前にビームジャベリンは《プロミネンス》の武装を斬り落とし、そしてコックピットへと灼熱の切っ先を突き付ける。
王手の合図。
そして、それは自分の掲げた意志の証。
『……殺さない、だと? 甘ったれた事を言っているんじゃないぞ。おれはあんたを殺せる、その自負がある。あんたには結局、覚悟なんてないのさ』
「……ああ、ねぇんだろうな。今、一瞬前まで、オレはトキサダ、お前を殺して全部終わらせるつもりだった。だが、そうじゃねぇ。……きっと、そうじゃねぇんだ。オレが欲しかったのはお前との決着なんかじゃねぇ。トキサダ、もう一度お前に、凱空龍の副長を任せたい。そういうエゴなんだろうさ」
『……馬鹿を言うな。凱空龍なんてとっくに終わっているだろうに。おれをどこまで惨めにさせれば気が済む』
「そっちこそ、馬鹿言ってんじゃねぇ。凱空龍は何度だって、復活するってのたまっていたのは他でもない、お前だろうが。ここに宣言するぜ。トキサダ、オレはお前を――奪還する」
それが保留し続けてきた自分の答えだ。
トキサダの《プロミネンス》が硬直する。
しかし、この距離は完全に致命的だ。
トキサダに少しでも殺意があれば、容易く獲られるだろう。
だとしても、アルベルトには貫き通さなければならない意地に思えていた。
『……馬鹿だろ、あんたも……』
暫時の沈黙の後に、トキサダがこぼす。
発振していたビームサーベルの刀身が消え、紅色の《プロミネンス》から敵意が凪いでいく。
分かり合えたとは言わない。
恐らくトキサダにはそれ相応の苦しみがあったはずなのだから。
ここに来るまで、彼の苦しみを一欠片だって理解していなかった自分の責任だ。
「……トキサダ。オレも馬鹿だからよ。本心ってもんを口にするのには随分と……遠回りしてきた感じだ」
接触回線から男泣きが漏れ聞こえる。
それを今は茶化す気にもなれず、二つの機体は折り重なるようにして沈黙していた。
「……帰ろうぜ。オレ達の……居場所に」