機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第293話「死に損ないの蒼は」

 

 別段、思い出すつもりもなかった。

 

 朽ち果てた過去の記憶だ。

 

 しかし、この世に自分を縛り付ける最大の呪いでもある。

 

 そこで「死に損なった」から、自分は「クラード」になった。

 

 だから――これは罪の記憶なのだろう。

 

「……MF00……《ゼロポラリス》……。だがそれは……俺の、失ったはずの名前だ……」

 

『エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーはこうも言い残している。《ゼロポラリス》はかつて君の持つドッグタグそのものであったが、いつしか意味存在を失い、そして“声”自体も弱っていた。来英暦の戦場のるつぼで叫ぶ、呼び声を』

 

「……呼び声……来英暦から……誰を」

 

『愚問だろう。あるいは分かっていて、あえて君は戸惑っているのか? 来英暦へと、数多の聖獣を招いた声の主は、MF00《ゼロポラリス》。そう、君と共にあった最初の《ガンダムレヴォル》だ。私はそれを、オリジナルレヴォルと聞いた』

 

「……オリジナルレヴォル……。《レヴォル》は……一機だけだ。他には存在しない……!」

 

《ダーレッドガンダム》を駆け抜けさせ、グラッゼの操る《レヴォルトルネンブラ》へと掌底を見舞おうとする。

 

 しかし見え見えのその攻撃は回避されると同時に、返答の刃を打ち据えられていた。

 

 装甲が剥離し、大きく後ずさったこちらへと、しかし追撃は来ない。

 

「……今の瞬間、殺せただろうに」

 

『君は目覚めるべきだ。揺籃の時を超え、《ゼロポラリス》の本当の声を聴く。それこそが、君の宿命、君が“クラード”であると言う美しい証。さぁ、《ゼロポラリス》の声を聴かせてくれ。その声こそが、来英暦を救うのだと!』

 

 クラードはドッグタグのあった場所へと指先を彷徨わせる。

 

 ――分かっている。あそこで手離したのは、何もただの酔狂ではない。

 

「……ずっと、分かっていたはずなんだ。《ゼロポラリス》と言う声に意味があった事くらい。だが、俺はそう生きるのは、もう嫌になった。それこそ、あの最果ての戦場で、逃げてもいいのだと言ってくれたあの人のために」

 

『逃げてもいい、か。君らしくない、後ろ向きな理由だ。私にとって君は永遠の修羅! 相争うに足る羅刹の類だと言うのに! 獣であるとすれば、君ほど美しいものもない!』

 

《ダーレッドガンダム》の太刀筋と《レヴォルトルネンブラ》の一閃が交錯する。

 

「うるさい……貴様の身勝手な幻想に付き合っているような暇もない……! 俺は、ダーレットチルドレンを打倒するまでだ!」

 

 薙ぎ払おうとして、敵機はこちらの切っ先へと水鳥のように軽やかに着地していた。

 

『理解が出来んな。ダーレットチルドレン、彼の者達を滅殺して、では君に何が残る? 自らの存在証明を投げた人間は、結果論に縛られるのみだ。全ては結果でしかない。ここに君が居るという結果! そして、私が命を懸けて、君と戦うという結果だ!』

 

《レヴォルトルネンブラ》の爪が灼熱化し、手刀が叩き込まれる。

 

 クラードは《ダーレッドガンダム》の鉤爪で打ち合うものの、白銀の装甲には傷跡が残されていた。

 

「……少なくとも、来英暦は歪められてきた。俺は、その歪みを矯正するために……!」

 

『それは本質的に、君の戦う理由なのか? 君は違う、もっと別種のものにこそ、存在意義を見出してきたはずだ。《レヴォル》、テスタメントベース……何もかも、後付けの理由に過ぎない。君が心の底から、魂の根底より渇望する戦場はどこにある? 私はそれこそ知りたい。君がここまで美しき獣であった理由を。その根源的な代物を。それを前に、私は刃を振るうのみだ。他の理由は全て、どうだっていい。……そうだとも、君の全てを、私は知りたい』

 

《ダーレッドガンダム》の現在の性能では《レヴォルトルネンブラ》を退けるのは至難の業だろう。

 

 かと言って、敵機を破壊しなければ恐らくダーレットチルドレンの逃亡は確定してしまう。

 

 ――出し惜しみをしている暇はない。

 

「……聞こえているな、レヴォルの意志。ダーレッドバスターを使う」

 

『コミュニケートモードへと移行。“推奨出来ない。敵は遥かに高機動のレヴォルタイプだ。ダーレッドバスターの承認までのロスで、致命的な一手を失う事になるだろう”』

 

「……なら、戦いながら撃ち込む。オフィーリアのカトリナ・シンジョウへ、メッセージを打て。承認さえされればこちらの判断で砲撃するまでだ」

 

『“分かっているのか知らないが、ダーレッドバスターを放った後のアステロイドジェネレーターがどう反応するかは未知数のものがある。これまでのケースはたったの一件。その時でさえ、敵が巨大なIMFだから成立した部分もある。相手は単騎のMSだ。外した場合のリスクはかなり大きい”』

 

「なら、外さなければいい」

 

 断言の論調を伴わせたこちらに、レヴォルの意志は問い返す。

 

『“相手を殺す、と言う一点のみを重視するのならば、他の手だってあるはずだ。何故、ダーレッドバスターの攻撃にこだわる?”』

 

「……それは、奴との決着には恐らく……俺は全力を出し切らなければいけないのだと、悟ったからだ。半端な覚悟では勝利をもぎ取れない。第一、奴は俺にこう言っている。《ゼロポラリス》の……ドッグタグの事を知りたければ勝て、と。俺はここまで、自分の答えを保留し続けてきた。自分にとっての命題なんだ、これは。俺は俺が、何者なのかを知りたい。その答えが目の前にあるのなら、奪還の手を伸ばさないのは嘘だろうに」

 

『“全ては奪還の目的のため、か。よかろう。カトリナ・シンジョウへとダーレッドバスターの承認を乞う。ただし、こちらの見立てではそのような隙を得られるとは思えないがな”』

 

「それでもいい。俺はマシーンに頼り切りの戦いを、繰り広げるつもりもない」

 

『作戦はいいかな? 私とて昂っているのだ。君と踊れる、千載一遇のチャンスに。全ての実力を解き放ち、そしてどちらかの死は血の赤で彩られる。さぁ――私と踊ってもらおうか! クラード君!』

 

《レヴォルトルネンブラ》が背面の六翼を広げ、蒼いミラーヘッドの残像を居残しつつ、瞬間的に肉薄する。

 

 先刻までの速度でさえも児戯に変えてみせる、まさに神速。

 

 直上を取られる、と関知して双剣を掲げたが、実際には横合いからだ。

 

 掌底が肩口に突き刺さり、まずいと感じた直後には爆ぜている。

 

《ダーレッドガンダム》の左肩のアーマーが粉砕され、コネクターの軸が露出していた。

 

『射抜いたと思ったのだがな』

 

「……《レヴォル》の超至近距離戦闘。相手も持っているのか」

 

『私も少しばかり浮ついているのかもしれない。君と戦うのならば、一秒でも長く、と。しかし、これでは君は墜とせんな。よって、確実性の高い方策を練らせてもらおう』

 

 ビームサーベルの柄を連結し、《レヴォルトルネンブラ》は刃を翳す。

 

 こちらも応じるように双剣を掲げ、対峙していた。

 

『斬り合いは君の領分だろう。やってみせてくれよ、クラード君』

 

「……言われなくとも……」

 

 一拍の沈黙が流れた後に、月面の砂塵を巻き上がらせ、二機は飛翔していた。

 

《レヴォルトルネンブラ》の翼より拡散されたのはミラーヘッドを阻害するジャマー兵装だ。

 

 段階加速に用いようとしていたこちらのミラーヘッドを気化させ、消失した矢先に敵機は《ダーレッドガンダム》の腹腔を蹴り上げる。

 

 激震するコックピットの中でクラードはその足を掴み上げ、直後には背負い投げを浴びせていた。

 

 月面に落下する前に持ち直した相手へと、大上段に掲げた太刀筋で斬りかかる。

 

 呼気一閃の両断の太刀を、《レヴォルトルネンブラ》は片手で受け止め、さらに掌に内蔵されているゼロ距離火器を装填していた。

 

 即座に察知したクラードは機体をひねって浴びせ蹴りを見舞い、距離を取る。

 

 先ほどまで双剣があった空間を射抜いた必殺の火力に首裏が粟立ったのを感じつつ、即座に加速しグラッゼの間合いへと潜り込んでいた。

 

 薙ぎ払う一閃で胴体を割ろうとしたが、相手はビームサーベルを逆手に握り締めて受け流す。

 

 瞬時に攻勢が逆転し、敵の二の太刀が閃いて《ダーレッドガンダム》の装甲を引き裂いていた。

 

 胸部付近に溶断の一閃が傷跡として刻まれ、クラードは奥歯を噛み締めて必殺の間合いから飛び退る。

 

 だが、そう容易く相手も好機を逃すわけもなし。

 

 ミラーヘッド段階加速で肩口から突撃し、再び距離を詰めていた。

 

 しかし、互いにもつれ合ったままでは刃は振るえない。

 

 クラードは機体を反転させて、接地面積を減らし、すり抜けるように相手の下段から振るい上げた刃を回避していた。

 

 互いに背中合わせの状態に至り、着地した瞬間には、それぞれの剣筋が炉心を貫くべく奔る。

 

 双剣とビームサーベルがちょうどぶつかり合って干渉波のスパークを散らせていた。

 

『やるじゃないか、クラード君! ここまで私と切り結べたのは君が初めてだとも!』

 

「……お喋りは……舌を噛む!」

 

 剣戟が交錯し、武装を狙い澄まそうとするが、自機も敵機も実力が拮抗しているためか致命打にはなり得ない。

 

 大振りの一閃で双方共に後退し、クラードは双剣の刃毀れを目の当たりにしていた。

 

 だが敵のビームサーベルもここまでぶつかり合えば粒子束がオーバーヒートしてもおかしくはない。

 

 ――畢竟、この段階に至れば自ずと手は限られてくる。

 

『クラード君。君はどうあっても私に勝たなければならない。勝たなければ大局で敗北する。しかしながら、そのような大げさな目的で争うのは本意ではない。私はただただ個人として、君の命の芽を摘む……その瞬間を心待ちにしているのみだ』

 

「……何が言いたい」

 

『要らぬ感傷は刃を鈍らせると言っている。君はよく言っていたな。自分は死なない、と。それは今も変わらないのか?』

 

「それは――」

 

 ――当たり前だ。自分はエンデュランス・フラクタルの特級エージェント。死ぬわけがない。死ぬような戦場に己を向かわせる事もない。

 

 以前までならば、そう断言していたところだが、今の自分の喉を震わせたのは別種の言葉であった。

 

「……俺は、もう死なないでも、死ねないでもない。死にたくない……これが、ジオ・クランスコールとの戦いで得た答えだ。……だが、死にたくないというのは後ろ向きの理由に聞こえる」

 

『なるほど、死にたくない、か。私がその理由を説いてもいいのだが、こればっかりは君自身が見出さなければ意味がないだろう。語れば陳腐に堕ちる。さぁ、死にたくないのその先を、描くとすればどう描く?』

 

《レヴォルトルネンブラ》が構えを取る。

 

 ミラーヘッドジェルの残存量はもう僅か。

 

 下手にミラーヘッドを構築したとしても、相手の速度を上回れる可能性は薄い。

 

「死にたくないの、その先……」

 

『君はそう言った。死なないでもなく、死ねないでもなく、死にたくないのだと。それは、しかしながら後ろ向きな理由だ。背中を向けて戦えるわけがない。真正面から私と踊ると言うのならば、その先にある本来の欲求を見つけ出すしかない』

 

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