機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第2話「宵闇を駆ける蒼」

『現在、統合機構軍からの監査が入っております。コロニー、デザイアの市民の皆様に置かれましては、夜八時以降の外出は自粛していただいています。繰り返します。統合機構軍よりお知らせします。監査が入っており、夜八時以降の市民の安全は確保しかねますので――』

 

「うるせぇぞ! 寝られねぇだろうが!」

 

 市民が複雑怪奇に折れ曲がった回廊よりゴミ袋を投げ捨てる。

 

 灰色の液体を撒き散らして巡回用MSのセンサーに衝突していた。

 

 それらの喧騒でさえも、この場所では日常。

 

 街頭演説の巡回用のMSの声を聞きながら、アルベルトは紫煙をたゆたわせていた。

 

 天井で回転する旧世代の換気システムのプロペラが視界に入り、煙草の味を一層噛み締める。

 

 窓際の空いたテーブルで随分と昔に流行ったと言うジャズ音楽に耳を傾けながら、年代物のヘッドフォンを弄っていた。

 

 その音量設定を不意に隣に座った誰かが捻る。

 

 不意打ち気味にボリュームを上げられ、電撃を浴びせかけられたように跳ね上がっていた。

 

「うっせっ……! うっせぇなぁ、まったく……!」

 

「この音楽はビートルズ? それともクイーン? 相変わらずのレトロフューチャーさには呆れ返りもするね」

 

 目を向けると金髪の少年が白衣に手を突っ込み、微笑みを湛えて顎をしゃくっていた。

 

「……何だよ、クラードか。ったく、ボリューム上げるんじゃねぇよ、耳がキンキンしやがる。……にしたって、随分と待たせたじゃねぇの」

 

「仕事だ、我らがヘッド殿。それとも、まだこの喫茶店でレトロな気分に浸る?」

 

 肩を竦めた少年に、はぁと嘆息交じりで応じていた。

 

「仕事ぉ? おいおい、まだお気に入りのミックスを聴いている途中なんだよ」

 

「隣の区画の連中が仕掛けてきている。ヤバいとの事で応援要請」

 

「……報酬は?」

 

 クラードと呼ばれた少年は指を三つ立てる。

 

「三倍か。乗った!」

 

 アルベルトは自慢の青髪リーゼントを傾け、テーブルに乗せていた足を退ける。

 

「……煙草。俺は嫌いだな。煙草は健康を害する恐れが……」

 

「パッケージみたいな事言うなっての。いいじゃねぇか、クラード。ちょっとは嗜みってもんを覚えろって」

 

「酒も煙草もやんないから分かんないや。その辺の嗜みはもう少し大人になってから覚えるよ」

 

「いつものこったな。マスター! ここに勘定置いとくぜ! コーヒー、ごっそさん」

 

 硬貨をトレーに投げると、クラードが呟く。

 

「今どき、コインなんてアナクロだよ。電子通貨のほうが早いし合理的だ」

 

「ま、趣味みてぇなもんだよ、アナクロなのは」

 

 半分地下施設になっている喫茶店から出ると、膝をついている愛機とアルベルトは顔を合わせる。

 

 それは紫色に塗られた細身のMSであった。

 

 全体としては頼りなさそうな印象を受けるが、これが自分の自慢の機体である。

 

 直線で構成された無駄のないフォルムは単純な強さ以上の頼もしさだ。

 

 コックピットまでの昇降機に導かれて背中をシートに預け、アルベルトは網膜認証を行う。

 

 操縦桿を握り締め、腹腔から叫んでいた。

 

「アルベルト! 《マギアハーモニクス》! 出るぞ!」

 

 その声に愛機――《マギアハーモニクス》は浮遊する。

 

 その佇まいは重力をまるで無視したかのような挙動であった。

 

 そうでなくとも、このコロニー、デザイアでは重力に気を引かれると撃墜の憂き目に遭ってしまう。

 

 アルベルトは全天候モニターを頼りにして浮かび上がった無数のMSを検知する。

 

 それらの機体の肩口からスパーク光が迸り、翻ったのはビームで構築された旗であった。

 

 友軍機を示す識別旗だ。

 

 照準器に入れるなり「識別:凱空龍(ガイクーリュー)」の名称が紡ぎ出される。

 

「おっしゃぁ! 凱空龍! 総員、揃ってるな?」

 

『今さらだろ、ヘッド。お前が遅いんだよ。コーヒーなんかにかけずらってるから』

 

 そう文句を漏らすのは宇宙暴走族凱空龍の中でも自分に次いで発言力のあるトキサダの声であった。

 

 ポップアップディスプレイにトキサダの不服そうな顔が表示され、アルベルトはにやりと口角を吊り上げる。

 

「そう言うなって。いいもんだぜ? 茶店でミックスリストを聴くのも」

 

『ヘッドはハイソなんだよ。おれ達はならず者の凱空龍だろ? 依頼内容は単純だ。敵も融通が利かないから潰してくれと』

 

 何ともまぁシンプルな仕事の依頼だ。

 

 だがだからこそ、やる価値がある。

 

「オレ達のデザイアの中の地位にも繋がるからな。言っておくが、マジにやらせてもらうぜ」

 

『アルベルト。敵の先遣隊ともうすぐかち合う。切り込みは任せて欲しい』

 

「ああ、クラード。お前なら百人力だろ?」

 

『パンを八枚に切るよりかは容易いかな』

 

 応じたクラードの駆るのは自分の操る《マギアハーモニクス》の原型機たる、《マギア》であった。

 

 基本フォルムとスペックはほぼ変わらないが、クラードは無駄を嫌うのか、ほとんど外装パーツはつけられていない。

 

 クラードの《マギア》が推進剤を焚いて一気に敵陣へと乗り込んでいく。

 

 どう考えでも無謀に近い挙動であったが、こちらに敵機が気づいたその時にはクラードの機体は加速し、すれ違いざまに一閃を浴びせかけていた。

 

 当然、つんのめるかに思われたクラード機だが、すぐさま制動用の推進剤を使って旋回し、敵の宇宙暴走族の出端を挫く。

 

 唐突に自分達の戦隊に乗り込んできたクラードにうろたえている相手へと、彼は容赦しない。

 

 腰に提げたアサルトライフルを速射し、目つぶしを行ってから即座に最接近、出力を絞った一撃を敵の操る悪趣味な色彩の《マギア》の首筋に見舞う。

 

 ケーブルが爆ぜ、メインカメラが完全に断線したのが遠くからでも伝わった。

 

 そんな暗礁の中に居る敵機を盾にして、クラードは敵陣営の中心地を目指す。

 

 四方八方から銃弾の雨が浴びせかけられるが、そのことごとくをクラードは機体各所に備え付けられたバーニアで回避していく。

 

『……あんな無茶苦茶なのを避けるかよ……。ライドマトリクサー、クラード……』

 

 トキサダの完全に呆然とした声に、アルベルトは自陣を整えるべく声を張っていた。

 

「あっちの前は総崩れだ。こっちで頭目をやるぞ。クラード、かく乱はある程度まで残しておいてくれ。いつも通り一本道を作ってくれりゃあいい」

 

『了解。道を作れって言うのは子供が大人に言うもんだけれど』

 

「何だそれ、誰の言葉だ?」

 

『引用不明、かな』

 

 迎撃した敵を盾にしてクラードの機体が横ロールし、相手の機体を投げ捨てる。

 

 それに巻き込まれたMSをトキサダ含む凱空龍の面子が次々と速射型のビームライフルで撃墜していった。

 

 とは言っても、コロニーに出回っているのは軍部の使うビームライフルとは比べ物にならないほどに脆弱な出力だ。

 

 逆に泥仕合になってしまう事も珍しくない。

 

 敵機のビームライフルが機体表面を掠めるも、アルベルトは一気にフットペダルを踏み込んで加速し、下降して斜にビームサーベルで一撃をくわえる。

 

 トキサダも負けてはいない。

 

 速射型のビームライフルで相手を目くらましをさせ、その隙を突いて敵陣へと突っ切っていく。

 

 その背中に他の凱空龍の面々が続く形だ。

 

 アルベルトは《マギアハーモニクス》の細身のマニピュレーターでビルの屋上を掴み、次の瞬間には直上に逃れていた。

 

 果たして、その勘は的中し、先ほどまで愛機の居た空間を極太の光軸が貫いている。

 

「……こんな野良試合にMAたぁ、相手も豪勢な」

 

 恐らくは敵の頭目だろう。

 

 無数の《マギア》にワイヤーで引っ張られる形で、こちらへと両腕を備えただけの扁平な機体が接近してくる。

 

 敵MSが威嚇のつもりなのか、ビームサーベルを小刻みに発振させてスパーク光を散らせていた。

 

 無論、そのようなこけおどし、今さら互いに通用するはずもない。

 

 モノアイの眼窩の下には高出力を約束する粒子加速砲身が備え付けられており、俗に言う「ミコシ」なのだと察知出来た。

 

「気ぃ張れ! ミコシ相手に墜とされたんじゃ、凱空龍のメンツが立たねぇぞ!」

 

 通信網に返事が連鎖する中で、一人だけ「ミコシ」のMAへと果敢に攻め立てるのはクラードの《マギア》である。

 

『……おいおい、クラードあいつ……MA相手でも気後れなしってか……。ヘッド! 指示出さないと墜とされるんじゃ……?』

 

「心配要らねぇさ。クラードなら……」

 

 その言葉通り、MAの放ったビームの光軸をクラードの《マギア》は地面すれすれを滑空して敵の直下に至る。

 

 備えたアサルトライフルに速射式のビームスプレーガンへと弾頭を可変させて引き金を絞る。MAの足元から爆発の光が迸っていた。

 

『威力の低いビームスプレーガンでやりやがる……』

 

 感嘆した他のメンバーへと、アルベルトは気圧されないように声を放っていた。

 

「クラードに遅れるな! あいつが道を作ってくれている! なら、それに報いなけりゃ何のための凱空龍だ!」

 

 応! と心強い返答と共にそれぞれの操る《マギア》の改修機が敵MAを包囲し、一斉にビームライフルの光芒を見舞っていた。

 

 爆ぜた「ミコシ」を担ぐほど相手も馬鹿ではない。

 

 MAを捨てた敵陣はそれぞれ散開機動に入り、やがて一機のMSが他の機体を引き剥がして、先陣に躍り出ていた。

 

 その編成を、自分達はよく知っている。

 

「これは……全員、警戒を怠るな! ミラーヘッドが来るぞ! 各々のアイリウムの持つ迎撃学習機能を最優先!」

 

 アルベルトの言葉が弾けた瞬間、敵の《マギア》が無数に分裂――否、「分身」を形成していた。

 

 残像のようにも映るがそうではない。

 

 MSに内蔵された状況を一変させるだけの保有能力――ミラーヘッドシステムの行使である。

 

 三秒も経った頃には蒼い分身体はさらに増大し、視界いっぱいを固めている。

 

 しかし、このような戦局、今に始まった話でもない。

 

『ヘッド! ミラーヘッドにはミラーヘッドをぶつけなくっちゃ……戦況は……ッ!』

 

 トキサダの言葉にアルベルトは首裏に滲んだ汗を感じつつ、いいやと頭を振る。

 

「もう手は打っているはずだ。クラードはな」

 

 その言葉が明瞭な意味を結ぶ前に、ミラーヘッドで分身した敵《マギア》が襲いかかろうとして、不意につんのめっていた。

 

 何が起こったのかを解する前に、ミラーヘッドの蒼い分身が次々と連鎖的に弾け、攻撃性能を有する前に消失していく。

 

 無論、敵の自滅などではない。

 

 クラードの功績だろう。

 

 視線を投じれば、クラードの操る《マギア》は的確に、分身体にうろたえる事もなく、たった一機のマギア――即ち敵本体を射抜いていた。

 

『……馬鹿な。何故、ミラーヘッドの分身に紛らわされずに……』

 

『全部遅いんだ。ミラーヘッドを使う前に本体を紛れさせるのも、それに対するミラーヘッドの分身体とのタイムラグも。だから本体からやったほうが手っ取り早いし、それに見え見えだからな。パンの切れ目を縫うより容易い』

 

 敵の《マギア》が炎に包まれ、そのまま撃墜される。

 

 アルベルトはクラードへと直通通信を繋いでいた。

 

「よくやってくれたぜ、クラード。総員、敵のヘッドを押さえろ! これからの交渉に使えるからな!」

 

 撃墜した《マギア》から敵の宇宙暴走族達を降り立った仲間がその存在感で抑え込み、拘束していく。

 

 それを見据えるアルベルトは、《マギア》の手狭なコックピットから這い出て俯瞰しているクラードを発見していた。

 

「クラード。今回もお手柄だ。お前の手腕なしじゃ、ミコシも墜とせなかった」

 

「俺? いや、別にどっちでもじゃないかな。ミラーヘッドの使い方が下手くそ過ぎなんだよ、連中」

 

 アルベルトは《マギアハーモニクス》を膝立ちさせ、クラードの《マギア》にマニピュレーターを接触させる。

 

 その腕を伝ってアルベルトはクラードへと歩み寄る。

 

 アルベルトが腕を掲げると、ダボダボの白衣の腕を捲って、クラードが腕をこちらと合わせてくれていた。

 

 お互いの腕にはモールド状の紋様がある。

 

「やっぱり最強だぜ! ……お前はよ」

 

「どうって事ないってば。俺の運がよかっただけさ。いいや、俺達の、かな」

 

 笑い合うと、心の距離が縮まった感覚がする。これだけが寄る辺の縁だ。

 

「いや、運も実力のうちって言うだろ? クラード。お前が居りゃ百人力だ。この最悪の場所でも……それだけはマジに思ってるぜ」

 

 その時、不意に酸性雨が降り出す。

 

 いつもの事なので、アルベルトは服装と同化しているレインコートを装着していた。

 

 レインコートの鍔を上げて、アルベルトは自慢の青髪のリーゼントを整える。

 

「こう酸性雨が多くっちゃ、髪の毛が湿気ていけねぇ」

 

「アルベルトの髪型、無駄が多いよ。もしもの時に邪魔になるから切れば?」

 

「これはオレの誇りだからよ。切るわけにゃいかねぇな」

 

「まぁいいけれど、さ。無駄を愛せよ、か」

 

「そいつも誰の言葉だ?」

 

「さぁ? 引用不明」

 

 本心から興味がないのか。それとも興味関心が常に移り変わるのか、クラードの赤い瞳は何を捉えているのか、相変わらずアルベルトには不明なままであった。

 

 時折ジョークは入り混じるが、それのほとんどが「引用不明」なので、そのジョークが彼の真意なのかも分からない。

 

 しかし心根だけは同じ志のはずであった。

 

 その腕に刻まれた紋様と同じように彫った自分の腕をさすり、アルベルトは尋ねる。

 

「……なぁ、クラード。ここは最悪の場所さ。コロニー、デザイア。その名の通り、法も秩序もねぇ。最悪のFランクコロニー。欲望と力だけが意味を成す、そういう場所だが……お前は何を望んでここに来た? 凱空龍に入りたいって言ってから、もう半年。そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」

 

「俺の目的はシンプルだよ。あの日に言った通りだ。ここで待ってる」

 

「待ってるってのは、あれか? これかい?」

 

 小指を立ててやると、クラードは酸性雨の中でレインコートも着ずにその場で寝転がる。

 

「……みたいなものかな」

 

「羨ましいねぇ、そいつぁ」

 

 凱空龍の仲間達が敵を並べさせて一人一人尋問するために地下施設へと誘導する。

 

 血なまぐさい荒事は苦手なために、アルベルトは本来ならば背負うべき責務を仲間に一任していた。

 

 一機の《マギア》が降りてきて、静かに推進剤を放射し、不時着する。

 

「ヘッド! 尋問の権限はおれに任せてもらう! 何にしたって、ミコシレベルのMAを接収したんだ。相手方だって何かあるはずさ」

 

 コックピットから出て来るなり声を荒らげたトキサダに、アルベルトは手を払う。

 

「ああ、それは任せるぜ。あいつら、どこから資源を得たのかも気になる。金の流れに関しちゃ、オレは門外漢だ」

 

 トキサダの眼差しはクラードを見やるなり、僅かな嫌悪に染まる。

 

「……撃墜王は偉そうだな」

 

「そう言ってくれるなよ、トキサダ。クラードはオレ達の重要な切り込み隊長だ。こいつが居なくっちゃ、今回だって危なかった。ミラーヘッドを使ってきたんだぜ? 相手はよ」

 

「ログに残るのを恐れちゃいない戦い方だ。それも込みで、おれは言っているんだ。……もう手段も何もかも、他の対抗組織は選ばなくなっている……。要は覇権が近い証拠だろ? おれ達、凱空龍がよ」

 

 覇権が近い、と言われれば、それはどうだろうか、とアルベルトは後頭部を掻くが、トキサダの声に迷いはない。

 

「……その時には、仲間内とは言え、族の中での優先順位は考えてもらうぜ、ヘッド」

 

 トキサダはそう言うなり、《マギア》を起動させ、他のメンバーと共に尋問部屋へと向かっていく。

 

 アルベルトは煙草のパッケージをジャケットから探り当てて、箱の底を叩いてくわえる。

 

「……湿気てやがる」

 

「はい。火」

 

 クラードがライターを差し出したので、アルベルトは煙草に火を点けて一服を挟んでいた。

 

「……ああいうの、オレには合わないらしい。族の中で誰が頭で、腹心が誰だとかな。トキサダはハッキリさせたいらしいが、オレにはどうも……。クラード。この際、言っておくが、オレはお前が副リーダーでもいいと思っている」

 

「よせよ。俺は切り込み隊長だろ。荒れくれ者を纏めるのには、少しばかりハイソでレトロなほうがいい」

 

「そういう、一番にリスクの高い戦場に赴いてもらっているってのに、不義理はよくねぇって話だ。お前は興味ないのか? 凱空龍はここ半年でデカくなった。倍近くなったか? メンツも……。それもこれも、お前のお陰だと思っている。ほとんど無改造の《マギア》でよくやってんよ、お前は」

 

「アルベルトが装飾つけ過ぎなんだ。《マギア》は元々、単騎戦力のミラーヘッドのフラッグシップ機。余計なものはないに限る」

 

「そういうわけにもいかねぇんだ。一応はヘッドだからな。ヘッドらしく振る舞わなきゃいけねぇ。だが……それが時々、死ぬほど窮屈な時もあるんだ。……オレはお前が羨ましいのかもな、クラード。ひょっこり現れては、スターダムにのし上がるみたいに、オレを……いや、オレだけじゃない。オレらを引っ張り上げてくれた。そういう存在への憧れさ」

 

「アルベルトが窮屈なら、俺は居ないほうがいいだろ」

 

 クラードが寝返りを打つ。

 

 別段、機嫌が悪いというわけでもない。

 

 彼の性格のようなものなのだろう。

 

 卑屈と言うわけでもないが、自分の存在価値に対し、とても希薄な部分がある。

 

「……そう言ってくれるな。お前は間違いなく、オレ達を上げてくれてるんだ。なら、応えるのが凱空龍の役目さ」

 

「誰かを上げたなんて、そんなつもりは……。――待て。あれは何だ?」

 

「あれ? 何を言ってるんだ、クラード。おい、酸性雨の中で立ち上がって……!」

 

 クラードは起き上がるなり、何かを中空に見出したかのようであった。

 

 平時は眠たげなその眼が大きく開かれ、酸性雨の降りしきるコロニー、デザイアの曇った空を見据えている。

 

「……クラード。何が見えているんだ? オレには何も……」

 

 言い終わる前にクラードは《マギア》のコックピットに舞い戻り、起動をかけさせる。

 

《マギア》の眼窩に生命の光が宿り、挙動するのをアルベルトは愛機へと戻ってうろたえていた。

 

「おい! クラード! 何が見えてるって?」

 

『説明している暇はなさそうなんだ……。真っ逆さまに落ちてくる……』

 

「だから、何が……!」

 

 本当に、心の底から説明する間も惜しいとでも言うように、クラードの駆る《マギア》は飛び立っていた。

 

「何だってんだ、クラード! 最大望遠!」

 

《マギアハーモニクス》の望遠機能を用いて、アルベルトはクラードの飛んで行った方向を凝視する。

 

 酸性雨に塗れた曇天を引き裂き、一直線に光の光芒を棚引かせながら、何かが舞い降りてくるのが視界に入っていた。

 

 それは強風に煽られ、今にも脆く崩れ落ちそうであったが、クラードは真っ直ぐに《マギア》を奔らせる。

 

「……あんな小さな光を、クラードは見たってのか……。だが、何の光だ?」

 

 疑問を氷解する術もなく、アルベルトはクラードの後ろ姿を見つめるしかなかった。

 

 

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