機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第29話「空虚な滅殺者よ」

 尋問は数分間だけだ、と言い置かれてクラードは僅かに視線を流す。

 

「……ヴィルヘルム、既に状態は」

 

「どうやらこれまで冷凍睡眠下に近い状態であったらしい。数十年スパンでデブリ帯を漂えたのはそれも大きいのだろう。データ参照は既にされているが、読んでから会うか?」

 

「……いや、いい。あの時……拾ったのは俺だからな」

 

 クラードは自傷防止のためにクッション性能の取られた部屋に軟禁されている少女を見やる。

 

 着ていたボロの黒い服装から、ぶかぶかのエンデュランス・フラクタルの制服に着せ替えられていた。

 

「……お前は、何だ?」

 

「……唐突に聞くのですね、貴方は」

 

「格納デッキに居た時よりかは喋れるようになったみたいだな」

 

「ええ、お陰様で。あの時はさすがに言葉を忘れていましたし、平常時の佇まいも失念しておりましたので」

 

 どこか、自分はお前とは違うのだと線を引きたがる人間の喋り方に思われた。

 

 クラードはちら、と相手の様子を観察する。

 

 後ろ手に拘束され、少しでも脳波や脈拍に異常があれば、サルトルとヴィルヘルムが黙ってはいない。

 

「……何でデブリ帯なんかで漂っていた?」

 

「わたくしにもまるで分からないのです。気が付いたらあのデブリ帯に居て、で、気付いたら救難信号を送れるようになっていたので、それでわたくしは行動に移しただけなのですので」

 

 むすっとした相手はしかし、白磁の肌に金色の瞳を持っている。

 

 人間めいた色彩とはまるで思えない。

 

 まさに人形のような精緻さ。

 

 長い黒髪が今は女性クルーの手によって二つに結われている。

 

「お前を拾ったのは俺だ。だからある意味じゃ、俺が話を聞く責任があると思っている」

 

「話を聞く責任? ……別に話を聞いて欲しいわけじゃない」

 

「じゃあどうなんだ。サルトルやヴィルヘルムが問い質してもまともに話をしなかったそうじゃないか。だったら、少しは話してもいいはずだろう」

 

「……その理屈はどこから来るのですか」

 

「命の恩人だ。あのまま見過ごしてもよかった」

 

「どの口が言う……。貴方、結局わたくしを助けてどうしたかったのです?」

 

「どうもしない。救難信号を無視すれば後々面倒だ。軍警察に傍受されていれば、何か不利益に働くかもしれなかった」

 

「へぇ……迷惑なんですね、わたくしの存在って」

 

「だから尋ねている。お前は何だ? 連邦所属のライドマトリクサーだって言うんなら、俺達の敵という事になる。敵ならば……容赦はしない」

 

「殺すのですか」

 

 問われて沈黙していると、相手は、でしょうね、と落胆の吐息を吐く。

 

「貴方はそういう人に見えますし。わたくしの命なんて塵芥とも思っていないのでしょう」

 

「……意図があるのならば、と思って聞いている。何で救難信号を打った? そういう事をしたと言うのならば、助かりたかったと言う証明だろう」

 

「別に……。偶然にも死にたくなかっただけですけれど」

 

「随分と旧式な救難ポッドだったらしい。本当にお前は……何年も、何十年もあそこを漂っていたって言うのか」

 

「……答える義務、あります?」

 

「……ああ、ないな、確かに」

 

「でしょう? ……貴方って、不躾な上にレディの扱いの一つも分かっていないんですね。そんな人に助けられて……正直、迷惑です」

 

「迷惑、か。それはこっちの台詞……と言い返したいところだけれど。お前が連邦と繋がっているのだとすれば、俺達の航路に支障が生じる。今ならばまだ罪には問わない。何のつもりであそこに居たのか、そしてお前は何なのか。教えればまだ、便宜を図れる」

 

「……嘘ですね、それ」

 

 思わぬ攻勢にクラードは一瞬だけ閉口したが、その隙を見逃さずに相手は言葉の穂を継ぐ。

 

「わたくし、嘘にだけは鼻が利きますので、取り繕ったりしたって無駄ですよ。貴方の言っている事は大部分が本当ですが、今のところだけ明らかな嘘でした。なので貴方には話したくありません」

 

 ぷいっとそっぽを向いてしまった相手に、クラードは嘆息をつく。

 

「黙っていたって心象はよくはならない。それに、ここは俺達の艦だ。お前の処遇をどうこうするだとかはこっちに握られていると思っていい」

 

「ああ、そうですか。ではどうぞご勝手に。……貴方とはもう喋りたくありません。放っておいてください」

 

「そうもいかない。俺だって喋るのなんて面倒だし、どうこう出来るんならそれもそうしている。だがお前を助けてしまったのは俺だ。責任の所在があるとすれば俺の側にある」

 

「……下手な常套句ですね。貴方は本質的には、わたくしの事なんてどうとも思っていない。野垂れ死ねばいいと思っている」

 

「それは本音だろうさ。だが、俺もこの艦で面倒ごとを抱えたくはない。名前は……確か……」

 

「――ピアーナ。ピアーナ・リクレンツィアと言うのがわたくしの名前です」

 

「じゃあ、ピアーナ。お前が何の目的でここまで来たのかは分からないし、俺は正直興味もない。どうせ、面倒ごとなんだからな。だが、俺は面倒ながらに助けてしまった。責を負うべきは俺だ。だから、お前が害意を持っているのなら、俺が始末する」

 

「始末って――」

 

 その額へと銃口を押し当てる。

 

 純度の高い殺意に中てれば、いかに強情であろうとも喋るはずだ。

 

「……わたくしを撃ち殺すとでも?」

 

 金色の瞳に恐れが宿った様子もない。

 

 真正面から挑発してくる眼差しに、クラードは赤い瞳に迷いのない殺意を帯びる。

 

「ああ。それで済むんならその方法が一番早い。……だが俺の一存だけでは決められなくってな」

 

「それは矛盾ですね。自分が助けた命一つ、自由じゃないなんて」

 

「俺も困っているところだ。面倒なら殺せばいいと思っていたんだが、エンデュランス・フラクタルの……上の命令に従わなければいけない。月航路まで時間はまだまだあるんだ。そんななのに問答無用で撃ち殺して後々禍根があるといけないはずだからな。だからこの引き金は、俺の意思では引けない」

 

「随分と生易しい引き金じゃないですか」

 

「……その口さがないのも、撃ち殺せば楽なんだろうがな」

 

 銃口を降ろす。そう簡単に口を割ったり、適当な嘘をついたりして誤魔化すような輩ではない事だけは、今ハッキリしていた。

 

「……殺さないのですか」

 

「今はまだ、な。厄介の種を持ち込んだ事だけは、後悔している」

 

「……そうですか。ならわたくしも一個後悔を。……久しぶりにMSの反応があったからって……救難信号なんて打つんじゃなかったです」

 

「そうか。お互いに後悔に塗れて死んでいくのだけは御免だな」

 

 クラードはその言葉を潮にして部屋を立ち去る。

 

「どうだった、クラード」

 

「どうって……どうせ全部の会話、モニターしてたんでしょ。俺に聞くまでもないんじゃないの」

 

「そうは言ってもな。彼女の……ピアーナとか言うのの処置は保留のままなんだ。これは艦長もまた頭痛薬の量が増えるな」

 

「……拾わなければよかった」

 

「それも正論だが、しかし救難信号だったんだろう? ……あの救難ポッド、調べた限りじゃ、外側に傷はほとんどなかったようだ。つまり戦闘の余波で損壊した艦から逃げ出したとかじゃない。何かの事情で……救難ポッドに押し込まれて、彼女はあの宙域を何十年も漂流していたんだろうな」

 

「暗礁宙域に数十年か。俺なら自死を選ぶ」

 

「それもある意味じゃ正しいんだろうが、彼女の正しさとは別のベクトルにある。クラード。わたし達はピアーナの過去を洗い出す。如何に数十年スパンとは言え、ライドマトリクサーならどこかに記録が落ちているはずだ。その記録を拾い上げて、何とか見れるようにはしておきたい」

 

「頼むよ、ヴィルヘルム。俺にはそういう力はないからさ」

 

 脇をすり抜けようとした自分の背にヴィルヘルムは言葉を投げる。

 

「しかし……同じライドマトリクサーだ。何か伝わるものはあったんじゃないのか?」

 

「ないよ。RMって言ったって、それぞれに何かが伝わるなんてそんな事はない。ただ……」

 

「ただ、何だ?」

 

 クラードはホルスターに納めていた拳銃を意識し、ふと呟く。

 

「……いや、銃口を突きつけられてあんな眼をした奴は、結構久しぶりに見たなって、そう思っただけだよ」

 

 その言葉一つで片づけようとして、ヴィルヘルムに声をかけられる。

 

「クラード。わたしはただの有機伝導技師だし、ただの船医に過ぎない、このベアトリーチェではね。だが、そんな身分でも話を聞くくらいはしてやれる。……心のケアも、少なからずは」

 

「心? 何を言っている、ヴィルヘルム。エージェントたる俺に、心なんて不確かなものは不要だ」

 

 断じた論調にヴィルヘルムは、そうであったな、と結ぶ。

 

「お前は心を完全に殺した、滅殺者。正義でも悪でもない、己の意地を通すためだけに、エンデュランス・フラクタルのエージェントを、実行しているんだったな……」

 

「余計な感傷は無用だ。俺は……撃てといわれれば撃つ。その時に、余計な感情とやらを挟む余地はない。これは俺の意志なのだから」

 

 

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