『酷いざまだな』
声にした自分への意識もないのか、それとも内部で焼け死んだのか、《ヴォルカヌス》らしき残骸は返答もしなかった。
『……聞いているかどうかは分からないが、お前は結果的に、命を救ったんだ。それが最終目的としては、上々なんじゃないのか』
《ヴォルカヌス》の僅かに居残ったひび割れた真紅の相貌へと、語りかける。
首筋の変声器のスイッチを解除し、久方ぶりの自分自身の声を聞く。
「……嗤うだろうか、お前は。それとも醜悪に成り果てたのだと、蔑むのかもしれないな。もう……生きているのかとも言い難いこの身では。だが……あの日、夕焼けに染まったミラーヘッドの戦場で。見出してくれた命一つなのだと、自覚はしている。だから、感謝はしないが、手向けを一つ。それだけで私達にとっては充分なはずだ。……私の名前は、グローブ。グローブ・マグマトリィと言う名の、死に損ないが、ゴースト、イレブンに成り果てただけ」
変声器のスイッチを押し、再び戦場へと舞い戻る。
最早、朽ち果てた赤い機体を目で追う事さえもしない。
『イレブン。月の裏面で、観測出来ない事が起こって……。どうかしたのか?』
『……いや、何でもない』
『そうか。それにしたって、戦場は泥沼化した。まさか帰る場所が……モルガンが轟沈するなんて』
『エンデュランス・フラクタルは? 上層部は何と言ってきている?』
『こちらで傍受した限りでは……戦線を維持しろ、の一点張りだ。無茶苦茶だな、これは。もう騎屍兵として戦う意味も……見出せない』
『それでも命令は聞くのが我々騎屍兵の在り方だ。この世界の終わりの淵に立ったとしても、それでも我らは間違いようもなく死者なのだから』
『イレブン、その在り方は羅刹だよ。とは言え、死に急ぎ……ファイブの事を気にかけているのは分かる。衛星軌道ステーションでシグナルは生きているようだから、相打ちという事はないだろうが……』
『引き続き、戦闘警戒。我々騎屍兵が必要とされ続けるのならば……遺恨なく、戦おう。それだけが、この来英歴で、意味を示す、一事となるのならば……』
『オフィーリアは? 相手は死に体に近いが……』
『偶発的に得たチャンスを物にしないのは間違っているが、死んでからと言うもの、我々は下種に成り果てた。だからと言って、決断でさえも下卑たものに堕ちる事はない』
『……了解。引き続き、消失したラムダを観測にかかる。奴らは何を考えているのだろうな』
イレブンは機体ステータスを視野に入れつつ、骸に塗れた宙域を見据える。
『……それはきっと、死の誘因なのだろうよ』
確実に、だが明瞭にそうなのだと理解したわけでもない。
ただ――目の前の現実はそうなのだと、理解しなければ先には進めなかった。
「……どうして……」
『……決闘に水を差すとは、野暮な……』
再起動した《レヴォルトルネンブラ》が弾丸を受ける。
《プロトエクエス》がハンドサインを送ると、数機の同系統の機体が一斉にミラーヘッドの姿勢を取った。
第四種殲滅戦の構えが視界を埋め尽くし、その総数は――。
「……総数百……? 《プロトエクエス》……ダーレットチルドレンの尖兵か……!」
《ダーレッドガンダム》に再び乗り込もうとした自分へと、声がかかる。
『待て! ……クラード君、フラれた人間の最後の言葉だ。受け取っていくがいい』
グラッゼが指差す。
つい先ほど、手渡された白銀の栞が宇宙で輝いていた。
『意味を見出すのはいつとてヒトの業! しかしながら、それが人類を支えてきたただ一つの希望でもある。だからこそ、来英歴を訪れし聖獣の駆り手達は滅びを容認しなかった。彼らが絶望せずに済んだのは、この終わりの淵に立った世界でもまだ、信じるに値する輝きがあったからだ。……君はそれを信じて行け。私の焦がれた、エージェント、クラードとして……! いつまでも、私の一番星で居続けろ。君の本当の名前など、実際のところはどうだっていい。……生きて未来を』
グラッゼの操る《レヴォルトルネンブラ》に再び命の灯火が灯る。
半壊していたが、それでもまだ動く執念深さにクラードは目を見開いていた。
『さぁ、行くぞ! 世界の亡者達よ! ここから先を行くと言うのならば超えて行け! 我が名は識者グラッゼ! グラッゼ・リヨンと言う名の一振りの剣である!』
空間跳躍に等しい加速度を伴わせて《レヴォルトルネンブラ》が飛翔する。
しかし、ダーレッドバスターが直撃した機体では長く持つはずもない。
雪崩のようなミラーヘッドの銃撃網に晒されていく漆黒の躯体は、やがて消滅の時を迎えつつあった。
翼が折れ、剣が砕け、そして装甲が剥がれる。
それでも決して志は老いず、怯まない。
太刀が振るわれ、ミラーヘッドの幻像を打ち砕く。
しかし即座に両側から反撃の刃が叩き込まれ、《レヴォルトルネンブラ》の位相がぶれていた。
蒼い血潮を撒き散らし、その命の証明を刻んでいく。
六翼を拡張し、分身体を気化させ、百体の《プロトエクエス》の津波へと牙を突き立てる。
だが、それも長くは持たない。
四方八方より撃ち抜かれ、《レヴォルトルネンブラ》は無音の世界で致命的な打撃を受けていた。
「……貴様は……」
『何も……。何も言うな、クラード君。私はただ、この世界にとっての敗北者、ただの結果でしかない。だが君は……! これから先の結果だけではない、確率論では示せない扉の向こうへと赴け。扉を開く証を持つのは――君だ……!』
《プロトエクエス》の質量攻撃が《レヴォルトルネンブラ》の息の根を止める。
音もなく、大した感慨もないままに、首は落とされていた。
宙を舞う骸を仰ぎ見て、クラードは奥歯を噛み締める。
「……抵抗を奪われ、その気概を奪われ……そうして何もかもに諦めを持って……それで死んで行けと言うのか。それが世界なのだとすれば、俺はこの世界そのものに――叛逆する……!」
どくん、と脈打った鼓動が同期し、《ダーレッドガンダム》が動き出す。
鉤爪を押し広げ、残存する《プロトエクエス》へと失った眼窩で睨んでいた。
『終幕だ。ここでわざわざ争って損耗する必要性はない』
響き渡った子供の声に、クラードは瞠目していた。
《プロトエクエス》百体が分身体を集束させ、巨大なる砲門を誇る最奥の一機へと存在力を収斂させていた。
巨大なる砲口がこちらを照準する。
「……ミラーヘッドの分身体で今の今まで隠していたのか……ダーレットチルドレン……!」
『切り札は最後に取っておくものだ。そして、ここまでよく至ったのだと、称賛してもいい。エンデュランス・フラクタルの生み出した現代科学の忌み子、エージェント、クラードであったか』
『左様。ここまでよく戦ってくれた。我々は向かう。扉の向こうへと。そのために、第七の聖獣は邪魔なのだ。ここで消えてもらう。名をミラーヘッドメガランチャー。《プロトエクエス》百体分の存在力を集束させた、この来英歴で最大の兵器だ。喰らい知れ』
その言葉尻に噛み付く前に、ミラーヘッドメガランチャーより蒼い光軸が放たれる。
クラードは暗礁に沈んだコックピットの中でRM接続口に右腕だけを翳し、《ダーレッドガンダム》の兵装を起動させていた。
「ダーレッド……バスター――ッ!」
黒白の砲弾が編み上げられ、蒼い光芒へと真っ直ぐに軌跡でさえも消失させながら突き進む。
直撃した途端、激しい黒と白の輝きが乱舞していた。
『……相応の力、事象消滅現象か。だがそのような力があったとしても、我々の叡智には届かない』
『ここまでお膳立て、ご苦労であった。全てのIMFを破壊し、聖獣の駆り手達も始末してくれた事を感謝する』
『貴様はここまでなのだ。これ以上は手を伸ばそうとも叶わぬ、何一つとして手に入れる事も出来ない。終わったという事実だけを刻んで行け』
「終わる……ものか……! 終わったなど……それは貴様らが、勝手に言っているだけだ……!」
『分からぬと言うのはこういう事なのだろうな。貴様は最早、用済みなのだ。《フィフスエレメント》を操り、我々の脅威となる波長生命体を始末した。そして今も、第七の聖獣を操り、こうして事象を変動させようとしている。それそのものが、我々にとって都合のいいだけの代物であった』
「貴様らの都合など知らない……俺は……俺であるだけだ……!」
『では貴様が貴様であるとして、名をなくした奪還者など意味はない。既に意味存在は永劫失われている』
「俺は……俺の名前は……!」
蒼と黒のもつれ合いはやがて消滅の一途を辿っていた。
黒白の砲弾が弾け飛び、蒼い世界の中に世界が墜ちていく。
「……俺は――」
ベテルギウスアームと同期した右腕がその残滓を掴み取ろうと、虚空に手を伸ばす。
直後には、世界は紅蓮の闇に堕ちていた。
最後の一滴になるまで、クラードは《ダーレッドガンダム》へと熱を通そうとするも、全てが無為に転がる。
それも当然だ。
《ダーレッドガンダム》は敵の砲撃を受け、形を失いつつある。
「……これ、は……」
『ミラーヘッドメガランチャーは存在力そのものを攻撃性能に変換している。撃ち抜かれた相手は存在力の果てに意味存在を失う。狂気の果てに、自らの命を問い質すがいい』
ミラーヘッドエラーの警告が鳴り響く。
ポップアップが次々に浮かび上がり、《ダーレッドガンダム》のコックピットの中は光でさえも失いつつあった。
クラードは無理やり、右腕の接続を持続させ、鉤爪に力を込めようとするが、骨ばったフレーム構造だけ残った残骸では何の意味も成さない。
「俺は……俺は……《ダーレッドガンダム》、ここで終わるために……戦ってきたじゃ……」
『終わる時でさえも潔くないとはな。それだから、全てが終結に至った後に生き意地の汚さだけをこの世に刻むのだろう』
クラードはコックピットブロックを強制排除させる。
爆砕ボルトで頭蓋を晒した《ダーレッドガンダム》の惨状は酷いものであった。
躯体はほとんど枯れ果て、ミラーヘッドエラーを生じさせて存在そのものを失いつつある。
蒼がぶれ、実体と幻像の境界線が歪んでいた。
砲撃を放った《プロトエクエス》はその衝撃波で大破していた。
やがて砲身を支え切れずに焼け落ち、直後には爆発の光に包まれている。
『最早我々に兵力は不要』
『扉の向こうに旅立つまで』
脳髄の芯を揺さぶるような思考拡張の哄笑に、クラードは奥歯を噛み締め《ダーレッドガンダム》へと力を灯す。
最早、歩行でさえも自由ではない《ダーレッドガンダム》が右腕を引きずりながら、打ち上げ施設へと歩を進める。
「……まだ……まだだ……」
だが現実は無情にも。
打ち上げ台で火が灯り、頸椎を想起させる白い構造物が月面の重力から逃れ行こうとしている。
「……まだ、俺は……俺が……」
『さらばだ。エージェント、クラード。そして愚かなる抵抗を続けた来英歴の人類よ。貴様らはこの次元宇宙で殺し合いを続けるがいい。終わらぬ修羅に堕ちて、そして自らの血潮で終焉を飾れ』
バーニアに点火されるなり、月軌道より抜けようとする相手へと、クラードは鉤爪を翳す。
「……勝ち逃げは……許さない……!」
もう一度、ダーレッドバスターを撃とうとするが、その瞬間には右腕の内部骨格が狂い咲く。
一部分だけ強い存在力を保っていたせいだろう。
その強力さに《ダーレッドガンダム》そのものの存在力が揺らいでいく。
コックピットに収まる自分自身にもその影響は及び、クラードは脳髄に浮かび上がる記憶の奔流を引き受けていた。
「……俺は……」
途端、浮かんだのはこれまでの全てを「失敗」した自分の走馬灯であった。
《レヴォル》で生き残れず殺され、MFに何度も身を引き裂かれ、《ダーレッドガンダム》に適合出来ずに死んで行き、そしてカトリナを――誰一人救えないまま死んで行く。
そんな未来は御免だと、身を起こそうとしても肉体の芯が痺れてしまったように動けない。
引き裂かれ、引き千切られ、砕かれ、砕き落とされ、内奥より爆ぜ、記憶は流転する。
身を悶えさせる《ダーレッドガンダム》と共にクラードは繋がった右腕だけの感覚で、月面に縛り付けられていた。
もう、腕一本動かせない。
ここまで抵抗してみせた気概も、ましてや聖獣の権能も消え去っている。
喰い散らかした叛逆の道は、ここで途絶えていた。
血濡れの獣道を照らすのは、皮肉な事にダーレットチルドレンの待つ灯火のように宇宙を貫いていく最後の魔獣の輝き。
『終わりだな。エージェント、クラード』
「……まだ、だ……俺は……」
ここまで来たのだ。
ここまで犠牲を踏み越えて来たはずだ。
だと言うのに、こんな身勝手があっていいものか。
こんな――幕切れなど。
『――その通りだ。クラードさん!』
声が弾け、虹色の粒子の波が魔獣を絡め取る。
『まだ生きていたか……《サードアルタイル》!』
『ミュイ……っ! クラード、きたよ!』
「……ファム、か……?」
『クラードさん、後は任せてくれ! 俺とファムが……こいつらを打倒する……!』
『パーティクルビット、いっくよー!』
虹の波間が魔獣を打ち砕かんとするが、放たれたのは赤い閃光であった。
『対処を講じていないとでも?』
『ミラーフィーネ……か……!』
視界の中で《サードアルタイル》が急速にその力を失っていく。
虹色の血潮が消え失せ、マリオネットのような躯体が項垂れていた。
『ミュイ……っ、うごいてっ!』
『しかし、そこに居たとはな。まさしく貴様は不幸の象徴(ファム・ファタール)とでも、言ったところだろうか。なぁ――ミセリア・リリス』
《サードアルタイル》が浮遊能力を奪われ、月面へと真っ直ぐに落下する。
十字架に磔にされたように、手足は硬直していた。
『くそっ……! 動け、動けってんだよ! 《サードアルタイル》……!』
『ミュイぃぃぃぃ……っ! とどいてぇ……っ!』
『ここで終幕だ。終わりの淵に至った人類は、来英歴の全ての生命体は打ち止めとなる。それこそが奴らの危惧していた“破局”。打ち止めの歴史の名前こそが、この来英歴であった』
『……ファム、呼吸合わせてくれ! パーティクルビットの広域展開をする!』
『ミュイ……っ!』
虹の皮膜が拡散し、敵の魔獣を捉えようとするが再び照射された赤い輝きで霧散していた。
『くそっ……! 何だってここまでだってのかよ……! 手が、届くところまで来たってのに……!』
『ミュイぃぃぃぃぃ……っ! ゆるせない……っ! キルシーを、にいさまを……! だってファムは……たたかうのぉ!』
「……ファム……。だが、俺にはもう……」
この手に残った可能性は消え失せた。
そして、激震の宇宙を嘲笑うかのように脊椎の威容を持つ魔獣が向かっていく。
その道筋は、宇宙の大虚ろであるダレトに目指し――。
「――終わりを容認するものか。我は、この瞬間をこそ、待っていた」
ハッとクラードは振り返る。
だが、誰も居ない。
否、今の声の主は――。
「……俺の、喉を震わせて……?」
途端、《サードアルタイル》の心臓部へと刃が突き立てられる。
それは一機によるものではなく、包囲陣を敷いた機体群――《ゲシュヴンダー》の遂行した一撃であった。
『……どういう……事なんだ……。《サードアルタイル》が……墜ちる?』
『聖獣の心臓を確保。第三の聖獣の権能を隊長機である私へと委譲する。これにより、第五の聖獣を除く、全ての聖獣は破壊された』
《サードアルタイル》の心臓部が昏く渦巻き、無限に続く回廊が開かれる。
《ゲシュヴンダー》のうち一機はその権能を引き写し、輝きが連鎖する。
「……どういう……事だ……? ラムダが……裏切った?」
『いいえ。エージェント、クラード。私達は、一度だって裏切ってはいない。常に目的のためには手段を選ばなかっただけ。これで、道は開かれる。我々エーリッヒの子たる“ウルトリクス”が悲願……。全ての聖獣の破壊と、そして第五の聖獣の導き。我々にはどこに第五の聖獣、《フィフスエレメント》が収容されているのかを知る必要性があった。最後の一機になれば、自ずと場所くらいは分かる。まさか、そんなところだったとは思いも寄らなかったけれど』
月の大地が激震する。
無数の隔壁を超え、世界そのものの鳴動としか思えない劈いた悲鳴じみた音が連鎖した後に、打ち上げ地点を砕いて一縷の光が月軌道へと照り輝く。
「……あれは……」
『あれこそが、ダーレットチルドレンの恐れていた、最後の聖獣。《ガンダムレヴォルヘブンズオーダー》。《フィフスエレメント》の本来の形……』
『何だと……? 《ヘブンズオーダー》は目覚めないはずだ。調律の権能を持つ《フィフスエレメント》だけは目覚めさせてはいけないのだ……!』
『我々の目的と対立する。だからこそ、これは必要な試練だった。そして試練を乗り越えた私達には、福音を』
《レヴォルヘブンズオーダー》と呼称されたのは翼を持つ戦闘機形態の《レヴォル》に映った。
クラードは直後、脳を揺さぶる「声」の残響を感じ取って額を押さえる。
「……この、声は……!」
『《フィフスエレメント》の本来の権能である、調律。それこそがエーリッヒの意志』
「エーリッヒの、だと……? 貴様らは、何だ……?」
《ゲシュヴンダー》のうち、一機が向き直り、こちらへと照準する。
照準警告が鳴り響く中で、クラードはその返答を聞き届けていた。
『私は、いいえ、私達は、エーリッヒの意志を継ぐ子ら。抵抗者、ウルトリクス。その先導者となるべきなのは、間違いようもなくあなたなのよ。――私達の王、メイア・メイリス』
「……王……?」
ビームライフルの銃撃が《ダーレッドガンダム》を射抜く。
クラードは咄嗟に緊急脱出装置を起動させていた。
先んじて頭蓋を開いていたのも功を奏したのかもしれない。
爆ぜた機体を失い、月面を漂う中でクラードは中天を舞う《レヴォルヘブンズオーダー》と相対距離を合わせる機影を見据えていた。
「……あれは……メイア・メイリスの、《ゲシュヴンダー》……か?」
『メイア……全てが分かるはずよね? 事ここに至って。あなたの真の正体と、そして意味存在も』
メイアは《ゲシュヴンダー》から《レヴォルヘブンズオーダー》へと乗り移る。
途端、可変機構を稼働させ、四肢を広げた機体が月面を睥睨する。
「……《レヴォル》、なのか……?」
その姿はまさしく、自分の追い求めてきた《ガンダムレヴォル》そのもの。
しかし、王冠じみた鶏冠を施された機体はまるで生まれたばかりのように両腕を開き、そして声を残響させていた。
禁断の産声が月面を震わせ、月世界が不協和音に歪む。
「……何だ、これは……」
『《ヘブンズオーダー》の呼び声。これは来英歴そのものを激震させる。調律が始まるわ』
クラードはパイロットスーツの飛翔機能を用い、ホルスターに留めていた拳銃を《ゲシュヴンダー》に突きつける。
「言え! ヘブンズオーダーとやらの目的は何だ! 貴様らの目論みは……一体何だと言うんだ……!」
『もう遅い。王たるメイアがあの機体に乗り込んだのだから。エージェント、クラード。まさか疑問に思わなかったとでも? 何故、メイアも《レヴォル》に乗れたのか。《レヴォル》の持つ生体波長たる、アイリウム。この次元ではレヴォル・インターセプト・リーディングと呼ばれているけれど。波長そのものが生命体であるのならば、《レヴォル》と言う機体が極大化された聖獣であり、同じく波長生命体であると言う事実、飲み込めないわけじゃないでしょう?』
「……《レヴォル》が、俺ではなく、メイアを選んだとでも言うのか……?」
『あなたの過ちはたった一つ。メイア・メイリスではなく、カトリナ・シンジョウを選んでしまった事。それがこの大局において、世界からの求心力を失うに相応した』
「……俺の、過ち……?」
「だから言ったであろう? お前の間違いはほんの些細な、しかし致命的なものだと。カトリナ・シンジョウを選んでしまった事が、全ての敗因であった――俺の喉を震わせて……貴様は……何だ!」
自分の意志とは無関係に声は生じる。
クラードは戸惑いを浮かべる前に、その超然たる声の主を見抜いていた。
「……エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……か?」
「クラード、貴様には預けたはずだな? 力だけを。力を預けたのならば、返してもらおう。何もかもを」
クラードは己の顎へと拳銃を突きつける。
「何だと言うんだ! 俺の身体を使って、貴様は何をするつもりだった……!」
「もう全てが手遅れだ。《ヘブンズオーダー》に乗り手が決まった。空白であった玉座、今まで二人の操り手が居た王の素質を、メイア・メイリス本人が手繰ったと言うのならば。それはこの世界を暴く真実となる。《レヴォルヘブンズオーダー》の持つ権能。この世界にあまねく全てのライドマトリクサー技術の粋。彼らはこの呼び声に逆らえない。我が根付かせた現代科学そのものが牙を剥く。貴様らが今日まで使ってきた叡智が――最後の敵だ」
戦慄く視界の中で、《ゲシュヴンダー》に収まったパイロットは輝く一番星と化した《レヴォルヘブンズオーダー》の行く末を仰ぐ。
『……ああ、こんなにも。眩い一等星になって。メイア……あなたは私に光を見せてくれたのだから……』