機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第299話「ヒトガタ共よ」

 

 虹の皮膜が月軌道から押し広がったかと思えば、不意打ち気味に肉体が痺れ、ユキノは咄嗟にライドマトリクサー施術痕を引き剥がしていた。

 

「……何が……」

 

 起こったのか。それを解明する前に機体へとOSが流し込まれてくる。

 

「……OSの流入……? 識別信号、マテリア……って。小隊長に何か……?」

 

 しかし直後には施術痕の痛みが薄らいでいた。

 

 一体、今しがたの違和感は何だったのか。

 

 ユキノはRM第三小隊へと言葉を促す。

 

「全体へ! 今、RM施術痕に違和感を覚えた者は居る?」

 

『副長……確かに一瞬だけ、ピリッとした何かがありましたが……今はどうとも……。それと同期してなんですけれど、OSが……書き換えられた、って言うんですかね……』

 

「それって、マテリア、って表記されていない?」

 

『あ、そうです。でも、マテリアって言えば……』

 

「小隊長の《アルキュミアヴィラーゴ》……シグナルは?」

 

『シグナルは……現状、錯綜していて……オフィーリアに一度繋がなければ……』

 

「……そう、よね……」

 

 ユキノの《アイギス》は先刻より編隊を組んでくる《アデプト》と剣戟を繰り広げていたが、今の虹の光を嚆矢として何やら様子がおかしかった。

 

「……敵勢が硬直……? 一体何が……」

 

『これ……チャンスって思っても……?』

 

「いえ、何がどうなったのかまるで分からないわ。状況を……オフィーリア、ブリッジ!」

 

『……ユキノさん? 今……広域でジャミングがかかっているみたいなのよ。多分それは……IMFと戦っているあなた達にとってもなんだろうけれど……』

 

 レミアの通信がようやく復旧しかけてユキノは問い質していた。

 

「一時撤退も視野に入れて……行動しなくっちゃいけませんかね?」

 

『……モルガンは轟沈した。《ヴォルカヌス》も墜ちたわ。けれど……何か、この戦場はまかり間違っている気がしてならない。ラムダがつい数分前にその信号をロスト。合わせて、《ゲシュヴンダー》も全機、こちらでは追えなくなっている。何かを講じていたとしか思えない』

 

「状況は……芳しくないって感じですね……。しかし、眼前の《アデプト》が急に動きを止めて……これは何が……起こったんでしょう?」

 

 直後、《アデプト》が痙攣したように悶え、機体を翻していた。

 

「敵、反転……! 動きが……どういう……」

 

 身構えたユキノは敵機の編隊が逆方向であるエンデュランス・フラクタル旗艦に向かっているのを関知する。

 

「……まさか、勝てていた局面での撤退……?」

 

 否、あり得ないだろう。

 

 エンデュランス・フラクタル上層部は今、まさに自分達を殲滅しようとしていたはず。

 

 だと言うのに、この土壇場で逃げ出すのは何か違う。

 

「……艦長。一度、敵勢を追ってみます」

 

『危険よ。あなたの《アイギス》だってもう充分に損耗を……!』

 

「それでも、私はRM第三小隊の副長ですから。この職務に当たっている以上、敵の不明瞭な動きは透明化しなければいけません。まだ動ける機体は続いて! ……《アデプト》が何の成果もなく、相手方に帰投するとは思えない。必ず裏があるはず! それを解明します……!」

 

 そうは意気込んでも自分の操る《アイギス》も、既に小破している。

 

 片腕は根元から削げ落ち、ミラーヘッドの残存量も残り少ないが、《アデプト》を月面に還すわけにはいかないはずだ。

 

 そこにはクラードが居る。

 

 彼が前線で戦い続けている限り、自分達に敗走の二文字はない。

 

「ミラーヘッド段階加速!」

 

 段階加速を経てようやく最新鋭機である《アデプト》に追従したユキノは、信じられない光景を目の当たりにしていた。

 

「……これ、は……? 《アデプト》が、友軍機を……撃墜している……?」

 

 否、《アデプト》だけではない。

 

《レグルス》も、《アイギス》も。

 

 それぞれエンデュランス・フラクタルに配されたはずの陣営同士が共食いを始めていた。

 

 ビームの光芒が煌めき、《アデプト》を射抜かんとする。

 

 それを《アデプト》はミラーフィーネを起動させて無効化し、《レグルス》の腹腔を引き裂いていた。

 

 その背後から敵の《アイギス》が飛びかかり、《アデプト》を斬り裂く。

 

 大上段に振るい上げていたその一閃を《アデプト》が握り締め、直後には内蔵骨格を引き出して咆哮する。

 

 見覚えのある姿にユキノは総毛立っていた。

 

「……あれは、コード、“マヌエル”の実行……? 《アデプト》にも搭載されていたって言うの……?」

 

《アデプト》が機体を拡張させ、機動力を倍増させた加速度で次々と機体群を蹴散らしていく。

 

 それはこちらの味方に付いたと解釈するよりも――。

 

「……《アデプト》の制御が何らかのキーで外れた……ように……映る。じゃあ、エンデュランス・フラクタルを攻撃しているのは……一体誰なの……?」

 

 ユキノは今も月軌道より放たれる波動じみた光の波を観測していた。

 

《アデプト》の眼窩が赤く輝き、まるで操り人形のように一斉に稼働してトライアウトブレーメンの紺碧の艦隊へと火線を見舞う。

 

 応戦しようとする艦隊のおっとり刀の対応を見過ごして、《アデプト》はブリッジを粉砕し、艦砲射撃を掻い潜ってビームサーベルの刃を突き立てていた。

 

 その《アデプト》ごと艦が内奥より爆ぜ、弾け飛んだ残骸に機体は貫かれていく。

 

「……この景色は……一体何だって言うの……? クラードさんはやって……くれたんじゃない……?」

 

 これまでも不明な現象を巻き起こす事はあった。

 

 だがここまで不気味ではなかった。

 

 ビームの光が拡散し、視界を埋めていく中でユキノは敵同士が殺し合いを繰り広げる異様な現象をただただ見つめ続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何が起こっているのです!」

 

 声を弾けさせたタジマはオペレーターの悲鳴を聞いていた。

 

「不明です! 何らかの電波を受信して……我が方のIMFが……ジャックされたとしか……」

 

「ジャックですと? そんな事はあり得ません! 何重にもプロテクトが施された魔獣を手中に置く事は出来ないはずです。落ち着いて、現状を把握してください」

 

「で、ですがそうとしか――か、カカカカッ……カカアカカラカ――ッ!」

 

 直後、オペレーターの喉から迸ったのは機械音であった。

 

 けたたましい機械音声に侵食されたオペレーター達が次々に内奥からショートし、白い体液が滴り落ちる。

 

 生き物の焼ける臭いが充満した管制室で、タジマはよろめいていた。

 

「……一体何が……起こっているのですか……」

 

 宙域に目を投じれば自軍のMS同士が同士討ちを繰り返しており、《アデプト》を《レグルス》、《アイギス》が打ち伏せようとして、逆に斬り伏せられていく。

 

 かと思えば、《アイギス》同士、《レグルス》同士でも喰らい合いは発生しており、互いに刃を腹腔に食い込ませて機体が爆ぜていた。

 

「……こんな事があるはずが……。我が方のMSが何者かにハックされたとでも? しかし……統合機構軍全体で見ても、そのような兆候はなかったと言うのに……」

 

 タジマは停止したオペレーターの骸を突き飛ばし、キーを打って分析しようとして直後には音声が耳朶を打っていた。

 

 それはこの世ならざる安息の調べを伴わせた――幽世の歌。

 

「……歌……? 誰が歌っているとでも、これは……! まさか……この現象は……!」

 

 這い登ってくる怖気を払い落すように、タジマはその膂力でテーブルモニターを叩き壊す。

 

「……MF05、《フィフスエレメント》の権能が目覚めた……? しかし、条件が揃っていないはず……」

 

 タジマは《アデプト》が《レグルス》ともつれ合いになって旗艦へと突っ込んでくるのを目の当たりにしていた。

 

 舌打ちを滲ませ、咄嗟に近場の取っ手を握り締める。

 

 瞬間、管制室を粉砕した《アデプト》と《レグルス》の取っ組み合いをタジマは仰ぎ見ていた。

 

「……こんな事が……」

 

 耳の裏に仕込まれた機能を発揮し、無重力と爆発の衝撃波からは逃れたものの、扉を抜けた先に待っていたのはさながら亡者のように通路を闊歩する構成員であった。

 

「……そうか。トライアウトブレーメンは……強度ライドマトリクサーの集合組織。逃れ得なかった、というわけなのですね」

 

 タジマは燃え盛る紅蓮の炎の中で喉の奥から叫びを発する骸を見据えていた。

 

 白い体液が濁り、表皮から伝い落ちる。

 

 凝った瞳が上向き、剥き出しの骸骨のような相貌で現代科学に身を固めた者達が叫びを発していた。

 

 恐らくそれは電子音階に変換出来てしまう程度の人間性なのだろう。

 

 タジマはゆっくりと、それでいて静かに狂気に染まっていく世界に対し、笑みを浮かべていた。

 

「……素晴らしい……これが……これが第五の聖獣、《フィフスエレメント》の持つ力……。調律の行く末……世界を壊す最大の毒……! これが見れて私は幸福でしたよ、皆さん……! 憂いなく……逝けるとはまさにこの事……!」

 

 タジマは携行していた拳銃をこめかみに突きつけ、引き金を絞るも銃弾一発程度ではライドマトリクサーの肉体は死ねもしない。

 

 せいぜい、頭部を構成していたフィルターの一部が衝撃に対して減殺し、疑似頭髪を吹き飛ばしたくらいだろう。

 

「ああ、これは……実によくない。死ねないとは……」

 

 感覚器官が受信する。

 

 天の呼び声――狂気の旋律を。

 

 この音階に身を任せてしまえば、自分は彼らと同じく、ただの機械仕掛けの狂い人形へと堕ちる。

 

 タジマは何度も、何度も、それこそ尽き果てるまで自身の頭部へと弾丸を撃ち込み続ける。

 

 それでも――死ねない。

 

 やがて、気力も失せ、炎と死の饗宴が迫る。

 

 自分はこの旋律を受け入れた時、何者でもなくなるのだろう。

 

 その恐怖が残っている間は努力しようと、銃弾を構成員へと向けようとして、弾切れである事を関知する。

 

 拳銃が手元から滑り落ち、タジマはへたり込んでいた。

 

 だが直後に理解する。

 

 これは福音なのだと。

 

 そうなのだと確信すれば、喉から漏れたのは笑いだ。

 

 紅蓮に染まった世界を高笑いで満たす。

 

「分かりましたよ、諸君……! 勝利者は、私ではなかった。裁かれると言うのならば、ここで裁かれましょう! いざ、さらば!」

 

 直後には意識の手綱を手離し、タジマの精神は虹の裾野の彼方へと呼び込まれていった。

 

 肉体は意味を持たず、転がり落ちる。

 

 傀儡と化した躯体が静かに駆動していた。

 

 モーターの音を軋ませ、魂のないがらんどうがその手を彷徨わせる。

 

 誰かに手を取られた感覚を滲ませる間もなく、爆発の衝撃が艦を粉砕していた。

 

 

 

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