機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第301話「ワンモアタイム」

 

「我々を上手く欺き、ダーレットチルドレンの所持していたMF05へとこの来英歴の“クラード”であるメイア・メイリスを搭乗させる。それが彼らの目的だったと言うわけだ。……権能を発現させ、ライドマトリクサーの機能を一部でも有する者達はすべからく、傀儡となる。今はこの月面軌道に近い領域しか掌握出来ていないが、いずれは地球圏にもあの虹の光は降り注ぐだろう……」

 

「そんな……! 止められないんですか……?」

 

「……我々の側に、ライドマトリクサー権限を持ったまま、あの光に突っ込める戦力は存在しない。何という事だ。戦う前に……敗北が決しているなんて」

 

 ヴィルヘルムは項垂れる。

 

 テーブルモニターの上で悔恨を拳に変えて叩き伏せていた。

 

 ライドマトリクサーの力を有していれば、誰も届かない死の領域。

 

 月軌道だけではない、今に地球圏は恐慌に駆られる。

 

 カトリナは《ゼロポラリス》を読み込もうとするが、もうその「声」が残響する事もない。

 

「……私達はここまでだって……言うんですか……」

 

「……せめて、最後の一撃くらいは……自分達で叛逆したいじゃないか……。だって言うのに、それさえも挫かれるなんて……」

 

 ヴィルヘルムはこの状況を理解出来ているからこそ、絶望が深いのだろう。

 

 永劫に失われた未来への手段。

 

 オフィーリアがたとえミラーヘッドの段階加速で月面に至ろうとも、その時には全てが終わっている。

 

 時はこうも無情に、何もかもが手遅れになってから答えを導き出すと言うのか。

 

『――諦めては……なりません……っ!』

 

 不意に接続された回線に、管制室の全員が顔を上げていた。

 

 拡大モニターに映し出されていたのは――。

 

「ピアーナ……さん? でも、何で……」

 

 ピアーナこそ全身ライドマトリクサーのはずだ。

 

 だと言うのに、何故彼女は平気なのだろうか。

 

 ピアーナはこちらへと精悍な面持ちのまま、電算椅子で制御系統を促す。

 

『わたくしは……最初期のライドマトリクサー……。“月のエーリッヒ”の技術がもたらされる前に、生み出された者です。だからこそ、ここで牙が届く……。それに、先ほどから妙なのですよ。敵陣営は同士討ちを始めていますが、我が陣営には影響がまるでない』

 

「それは……確かに奇妙だ。ユキノ君達もライドマトリクサーのはず。どうして、このような差が生まれているんだ?」

 

 問い返したヴィルヘルムへと、ピアーナは沈痛に顔を伏せていた。

 

『……つい先刻、OSの情報が更新され、ネットワークに接続された我々の陣営へと、ワクチンに相当するものが同期されました。恐らくは、このライドマトリクサーを味方に付ける装置は“彼女”が全て引き受けている……』

 

「……“彼女”……?」

 

『……説明をしている猶予もありません。我々にはこのMF05による……調律と呼ぶべき代物が通用しないのです。この状況を打破するのならば、取るべき行動は決まっています』

 

「……月軌道に位置する虹の波長を生じさせている、MF05の破壊……。だが、それでもダーレットチルドレンの目論みを挫くと言う当初の目的が遂行されるのかどうか分からない」

 

『ラムダがわざわざ艦を消して、先回りしてみせたのです。きっと、有効策があるのでしょう。そうでなければ自滅のために月面へと赴いた事になります』

 

 ラムダの構成員も少なからずライドマトリクサーのはずだ。

 

 ならば、この現象を打ち消す抗体のようなものを持っている可能性は高い。

 

「……しかし、この陣形を崩せば、エンデュランス・フラクタルの有する《アデプト》への対抗策が……」

 

 懸念を浮かべたヴィルヘルムに抗弁を発したのは艦長席のレミアであった。

 

「……ヴィルヘルム。私は……月面まで赴いたクラードの意志を無駄にしたくない。彼には彼の考えがあった。だから……私は心打たれたのよ。裏切りの傷が滲んだとしても、彼に保留し続けたトリガーを……引き金を引く時が来たと言うのならば、きっと今なんでしょう。オフィーリアとブリギットが段階加速を交互に行えば、月面まで届くわ」

 

「月軌道はまだ死の臭気が濃い……。《アデプト》だって同士討ちをしているとは言え、健在なんだ。戦力が心許ないままでは……」

 

『――その心配は要らないぜ。ヴィルヘルム先生』

 

 白銀の輝きを瞬かせ、オフィーリアの甲板へと降り立ったのは騎士の威容を持つ機体――そして。

 

「……《アルキュミアヴィラーゴ》……アルベルトさん! ……それに……」

 

 紅色の重武装機がゆっくりとその推力を弱まらせて艦へと並走する。

 

『艦長。こちら、トキサダ。トキサダ・イマイです。……帰還が遅くなってすいません。待たせちまって……本当に、すまなかったな、トーマ……』

 

「トキサダ……さん……。《ネクロレヴォル》機に……」

 

『カトリナさんか? ……悪い、おれの手前勝手なプライドで、これまで邪魔立てしちまっていた。殺そうとした事も二度や三度じゃないな。謝って許してもらおうとも思っていないが……おれはこれより! オフィーリアにつく! これは、何も義理立てや、そういう小難しい理屈じゃないぜ。おれがおれの……叛逆の意志に基づいて、行動する。向かってくる敵は任せてくれ。おれと《プロミネンス》なら、やれる』

 

『それだけじゃねぇだろ。オレ達は……』

 

 アルベルトの声が伝導するが、どこかその声音は悲しみを押し殺しているように聞こえたのは自分の錯覚だったのだろうか。

 

『……ああ、そうだな。全体に通達! おれとヘッドはこれより――宇宙暴走族、凱空龍として、エンデュランス・フラクタル艦、オフィーリアに手を貸す。……艦長、それにみんなも。これはあの日……デザイアと言う楽園を追われたおれなりの、ケジメなんです。つけさせてください。三年前に失った……決着の行方を……』

 

『……そうだぜ。オレ達は名高い宇宙暴走族、凱空龍! ここに! 復活を宣言する! そして一度受けた借りは、返すのが信条だ。……シャル、カトリナさん。オレは、止められたって、行くぜ。クラードの下に……!』

 

「……アルベルトさん……」

 

 シャルティアの小さな声に、カトリナは萎えかけた意志に火を灯すように、よろめきながら立ち上がっていた。

 

 その手に握り締めた《ゼロポラリス》の思惑が何であろうとも――超えていく。

 

 それが自分達に託された、未来への片道切符だと言うのならば。

 

「……アルベルトさーん!」

 

 自分が急に声を弾けさせたせいだろう。

 

 通信越しのアルベルトが僅かにびくついたのが伝わる。

 

 狭い管制室の中で、カトリナは満身から声を響かせていた。

 

「がんばって……――がんばってくださぁーい!」

 

 不器用かもしれないが自分に出来る精一杯のエールのつもりだった。

 

 アルベルトは一拍の沈黙の後に《アルキュミアヴィラーゴ》を飛翔させる。

 

『……行ってきます。クラードがこんなところでくたばるわきゃあ、ねぇんですから。ユキノ! 聞いてっか!』

 

『聞いていますよ……。まったく、とんでもない里帰りって奴ですよね。トキサダさん、今は私が副長ですから』

 

『ああ、従ってやるよ。……それにしたって、凱空龍の二軍がここまで成長しているとはな』

 

『あれ? そういう事言います? トーマさんからの直通の伝令。“死んだら許さないっすからね”、との事です』

 

 広域通信で茶化されたせいだろう。

 

 トキサダは、まずったな、と呟く。

 

『……トーマの奴、気長に待ってくれるとかは期待してなかったけれど、ゲンコが飛んでくるのだけは勘弁だぜ。痛いんだよ、あいつの本気』

 

 終局の淵に立っていると言うのに何故なのだろう。

 

 こうして――笑えてくる。

 

 誰かを想って戦場に赴く彼らの旅路が、決して辛い物だけではない事だけは理解出来てしまう。

 

『……じゃあ、小隊長とトキサダさん、合わせてくださいよ。独断専行は駄目ですからね』

 

『……ユキノ。オレを小隊長って呼ぶんじゃねぇ。――ヘッドって呼べ』

 

 その言葉がきっと、彼らを繋ぐ縁だったのだろう。

 

 号令のように、友軍機より声が生じる。

 

 津波を思わせる伝令が奔っていた。

 

『……了解! ヘッド、行きますよ!』

 

『上ッ……等! 行くぞ、てめぇら! 凱空龍、応ッ!』

 

 それぞれに返答が伝わっていく中で、カトリナはレミアへと向き直っていた。

 

「……レミア艦長。月面まで辿り着いた時の、私の出撃許可を、願います」

 

「……何を馬鹿な事を言って……なんて、もう通用しないわよね。クラードに……会いに行くんでしょう?」

 

 強く頷くとバーミットが手をひらひらと翳す。

 

「あーあ! やだやだ、本当に。みんな、見せつけてくれちゃってさー! あたしも男ほしー!」

 

「あら? バーミット。こういう時にがっつかないのが、あなたなんでしょう?」

 

「……とは言ってもですね。ここまで男っ気がない状態だとさすがに……そろそろ何もないってのは辛いですよぉ」

 

 何だか一服の清涼剤を入れられたようで、管制室の空気は明らかに変わっていた。

 

 モニター越しのピアーナも少しだけ表情を和らげている。

 

「……ピアーナさん。お願いします。私達を、導いてください」

 

『……カトリナ様の用命とあれば、わたくしは御意に。それにしても、分からないものですわね。つい先ほどまで殺し合っていたと言うのに、手を取り合えるなんて』

 

「……そういうものなんです、私達って」

 

『……ダリンズ中尉とクラビア中尉を呼び戻し、突破の要とします。《ネクストデネブ》と《シュラウド》があれば、敵が《アデプト》と言えど応戦が期待出来るでしょう』

 

『艦長ォ――っ! 俺も好きだぁ――ッ!』

 

 不意に通信回線を震わせたダイキの大音響の声にピアーナは耳まで真っ赤になって言い返す。

 

『な、何を言ってるんですか、貴方は! 張り倒しますよ!』

 

『あれ……そういうムードじゃなかったんですか? 何だかみんな素直に成っちまってるもんだから、俺だけ我慢してるのも耐えられなくなっちまって……』

 

『それだからイノシシ頭なんですよ、貴方は……! ……少しは自重するように』

 

 それでもピアーナもまんざらではないのが伝わって来ていた。

 

『了解でーす。ま、俺が前に出てりゃ少しは押し出せるでしょ!』

 

 自信満々のダイキの《シュラウド》とダビデの操る《ネクストデネブ》が居並ぶ。

 

『クラビア中尉、敵は依然として、脅威判定は揺るがない。私も《ネクストデネブ》で足りるかどうか……。機体構成上、ブリギットとオフィーリアのエネルギーチューブを切れないのが悩ましいが……』

 

《ネクストデネブ》は動力部の問題を解決するためにそうでなくとも艦二隻のアステロイドジェネレーター炉心を接続されている。

 

 彼女なりに思うところはあるはずだったが、バーミットが蹴散らしていた。

 

「ダビデちゃん、あなたはよくやってくれているわ。何なら、帰ったらサービスしてあげましょうかねー」

 

「あら? バーミット、あなた女性もいけるクチなの?」

 

「そりゃー、艦長。あたし、百戦錬磨ですから」

 

 あっけらかんと応じてみせたバーミットにダビデが不遜そうに応じる。

 

『……勝手に進めるな。私は、言っておくがそのケはないんだがな』

 

「えーっ! ダビデちゃん、つれなーい!」

 

『妙な関係だと邪推されるのは困る。……第一、その呼び名も、だ。私はダビデ・ダリンズ、他の名前で呼びたければDDと呼称しろ』

 

「そんな味気ない名称、パスでーす。……ダビデちゃん、必ず帰って来なさい。そうしないと、許さないんだからね」

 

『……承服した』

 

《ネクストデネブ》の巨躯がモニターに映り込む中で、待て、とダビデが警戒を走らせる。

 

『不明識別機の……これは、救護シグナル……?』

 

「救護……この戦局で……?」

 

《ネクストデネブ》が砲身を突き出して警戒しようとするのを、目視に入れた瞬間、声が弾けていた。

 

『待ってくれ……あ、いや、待って欲しい……。敵じゃないはずだ』

 

「ヴィヴィー・スゥ……? 艦内待機だったんじゃ……」

 

 ヴィルヘルムの困惑を他所に管制室に通信を繋いだヴィヴィーは言葉の穂を継ぐ。

 

『彼は敵じゃない。……いや、こうなってしまった以上、戦力とも数えづらいのだろうが』

 

「不明識別機、出ました。《フォースベガネクサス》……なるほどね。動力部を射抜かれているわ」

 

 バーミットの見出した結論にヴィヴィーは懸命な声を振っていた。

 

『……彼を迎え入れて欲しい。ここまで戦ってくれたんだ。それに……同じ“クラード”だ。見捨てるのは忍びない』

 

「……聞こえたわね? みんな。《フォースベガネクサス》を格納デッキへと。それにしても、心臓部を失った聖獣を二体擁立、か。少し前なら考えられなかった事態よ……」

 

 レミアは額を押さえてからタブレット型の頭痛薬を飲み干していた。

 

「あの……もしかして、迷惑だったり……」

 

「迷惑? あのね、カトリナさん、こういうことわざを知ってる? “出物腫れ物、所構わず”ってね。いつだって迷惑だなんて思っていたらやり切れないわよ。特に、あなた達と連れ立つんならね」

 

 レミアの心情を代弁するようにバーミットがウインクを飛ばす。

 

 心得たオフィーリアの管制室は一つに纏まっていた。

 

「伝令! これより、艦は月面を目指し、全速前進! あの日の禍根を払うわよ……ミラーヘッド段階加速、用意!」

 

 今はもう、想いは一つだけだった。

 

 ――もう一度、クラードの下へ。

 

 

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