「……何。この鳴動、は……」
イリスは《ゲシュヴンダー》の精密機器が異常値を示しているのを感覚し、突きつけた銃口を彷徨わせる。
その一拍の隙を突き、《ダーレッドガンダム》は銃口を払い除けていた。
「……まだ、そのような気力、が……?」
疑問の形で結んだのは《ダーレッドガンダム》の挙動はこの世界におけるMSの標準的な動きからは乖離していたからだ。
ブロックノイズのようにその像がぶれ、出来損ないの映像のように痕跡を辿れない。
一地点から消えては生じ、影の如くその実像が捉えられなかった。
「……存在そのものが……ミラーヘッドに堕ちようとしている……? そんな事、出来るわけが……」
だがその証左のように、《ダーレッドガンダム》の姿は月面より掻き消えていた。
何の兆候もなく、ただ存在そのものがロストする。
『イリス……! 《ダーレッドガンダム》のシグナルが消えた!』
「分かっている……。確かに居るはずだ、どのような手段を用いたところで……完全に存在力を拡散させる事は出来ない……」
その時、直上に浮かび上がった熱源反応にイリス達は一斉に照準する。
「いつの間に……!」
しかし相手はこちらへと右腕を払う事はない。
それどころか、今しがた開いていたダレトへと白銀の鉤爪を突き出す。
「……あれは、何をしている……?」
直後、紫色の結晶体を帯びた鉤爪が開かれ、全ての暗礁を払うかのように、鉤爪は振るわれていた。
耳朶を打ったのは、世界そのものの箍を外すかのような音。
錠前を砕いた瞬間の、手遅れの感覚。
「……まさか……」
ダレトが内側からぶくぶくと沸騰したように溢れ返り――決壊していた。
黒い大虚ろであるダレトから血飛沫が迸る。
漆黒の血潮を撒き散らしながら、ダレトより覗いたのは、眼光。
『あれは……何……イリス……』
絶句するメンバーの声に返答も出来ず、イリスは《ゲシュヴンダー》を後ずさらせていた。
圧倒されたように世界が終わりに向かう光景を前にして、息を呑む。
轟、と無音の宇宙に旋風を巻き起こして、「それ」はダレトより巨大なる相貌を浮かび上がらせる。
在ってはならぬ終末の光景。
ダレトが、世界に開いた大きな間違いのような大虚ろより、「それ」は生まれ出でていた。
この来英歴に顕現した「それ」はあまりにも巨大で、事象宇宙を跳び越えたスケールで扉をこじ開けていく。
その爪一本の大きさだけで連邦艦では最大であるはずのアルチーナ数隻に相当する。
「あれが……あれこそが……“破局”……。終わりの招来体……」
複雑に折れ曲がった四本角に、この世全てを射竦める眼光を誇るその存在は、遥かな世界よりこの宇宙に召喚されていた。
乱杭歯の並んだ口腔を開き、「それ」は咆哮する。
まさに――生まれ出でた事を、祝祭するかのように。
呪縛の象徴。
世界を壊す、災厄の顕現――。
「――機動戦士……。機動戦士《ガンダムダレト》……! 最後の……聖獣……!」
第二十章「地獄聖戦の終焉に問う〈バッドエンド・オア・ヘブンズエンド〉」 了