機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第307話「反抗の旗を掲げろ」

 

「状況は!」

 

 声を飛ばしたレミアはダレトよりこの次元宇宙に染み出した存在に圧倒されていた。

 

 それでも、気圧されを消し飛ばすように丹田に力を込める。

 

「艦長! 現状、ミラーヘッド段階加速で月面までの到着時間は残り十分にも満たないですが……大丈夫なんです? このまま向かっても……」

 

 バーミットの懸念も致し方ないだろう。

 

 ダレトが開いたかと思えば、あまりにも巨大な何かがこの世界に進出――否、顕現した。

 

 レミアは拡大モニターに映し出された全貌に、震えが止まらなかった。

 

 それはこの管制室に居る誰もが同じのようで、カトリナは目を見開いてドッグタグを握り締める。

 

「……あれは……もしかして、聖獣……?」

 

「聖獣は……七番目までは観測されてきたが、あれがMFだとすれば……第八の聖獣という事になる。そして……わたしだけではないのだと思いたいのだが、先ほどから脳内へと直接、声が切り込んできている……」

 

 額を押さえたヴィルヘルムに、シャルティアは歯の根が合わないのか、声が震えている。

 

「……機動戦士……? 機動戦士《ガンダムダレト》……? 何で、名前が分かるの……?」

 

「“そうだとすれば、由々しき事態だと言うしかないだろう”……《ゼロポラリス》が、再び声を……」

 

 カトリナのなぞったドッグタグの伝える声をレミアは聞き届けていた。

 

「“あれが間違いようもなく機動戦士《ガンダムダレト》なのだとすれば、これまでの聖獣の域では収まらない、最後の聖獣だ。MF05《フィフスエレメント》の調律現象だけではない。いや、その程度ならばまだ阻止する手立てはあった、と言うべきだろう。あれは次元そのものを破壊する、破局そのものだ”……破局? 破局って……ザライアンさん達が言っていた……?」

 

「あれが“破局”の形か……。よもや、ダレトの向こう側から来るとはな。しかし、何故だ? 何故……今になって到来する? 三年前の月軌道決戦とはわけが違うぞ……。あの時は唐突にダレトが開いたが……今は別種のはずだ。オリジナルレヴォルたる《ゼロポラリス》は我々の手にあるのに……何故、予見出来なかった?」

 

「“予見出来ても阻止出来なかった。この未来は最悪の未来だ。このような形状で世界がひび割れるなど誰も望んでいなかったのに。そのために来英歴は聖獣達を呼び寄せてきた。この時が訪れないように。訪れたとしても、拮抗の術を講じるために。だが、英雄達は死に絶え、そして彼の者が来たという事は、ダーレットチルドレンは生きていまい。彼らも抑止力の一つであった”……どういう……ダーレットチルドレンが呼んだと見るのが、正しいんじゃ……?」

 

 カトリナの疑問にヴィルヘルムは解析結果を弾き出す。

 

「……あれは……氷解出来ない問答のようなものだ。解析結果は聖獣のそれを示しているが……先ほどの波形パターンとは正反対の存在を示している。あれは《ガンダムレヴォル》ではない。少なくとも、来英歴に訪れてきた聖獣は、全て《ガンダムレヴォル》のはずだった。だが、あれは違う。まるで別種だ……」

 

「月面にはラムダが居るはずでしょう。彼女らが手招いた可能性は?」

 

「……決定打になるものは何もない。全ての変動値が……あれの存在の異質さだけを証明している。まるで悪夢のように……あれの存在そのものが、在ってはならない」

 

「ヴィルヘルム先生……! クラードさんは……《ダーレッドガンダム》は無事なんでしょうか? 無事だとすれば……戦う手段だって……!」

 

 カトリナの張り上げた声に、この管制室で最も冷静であろうヴィルヘルムは頭を振っていた。

 

「……戦う……? あれと戦うと言うのか……? 不可能だろう、それは。我々の……人類以前の何かがそう告げている。生命体としての一種の防衛本能だろう。どうして、知るはずのない最後の聖獣の名前を、我々が知っているのか。……そうか。世界終焉において、全ての生命体には知る権利だけがある。知ったところで止められないから、種としての恐れだけは備わっているのだろう。あれはそういう次元の存在だ。世界を終わらせる……悪性の獣……」

 

 レミアもその声は身のうちから生じている。

 

 自分でも知るはずのない名前だけが明瞭で、そして全神経が警告する。

 

 ――あれと戦うのだけはやめろ。

 

 それだけは、在ってはならないとでも言うように。

 

 生命体としての危険本能が備わっていると言うのならば、もう終わりの淵に立ったこの来英歴で逃げる事も叶わず。

 

 そして、抵抗する事などもっと不可能なのだ。

 

 世界は呑まれ、そして打ち砕かれていくだけ。

 

「……私達は……こんな終わりを描くために……!」

 

 堪らなく悔しいと言うのに、それでも抗いさえも浮かべられない。

 

 抵抗の気力は彼の者の名前を知った時点で失せている。

 

 恐らく、この世界に生息する全ての生命体が一斉に悟った事だろう。

 

 ――来英歴の終わり。

 

 宇宙そのものを灰燼に帰す存在の招来を。

 

「……艦長。どうしますか。ヴィルヘルム先生の言っている事や……あたし達の感じている第六感が正しいのなら……向かうだけ早死にするんじゃ……」

 

 バーミットの言葉は正しいのだろう。

 

 彼女はこの恐れを明言化する手段がない。

 

 無論、自分もだ。

 

 この世界に生きとし生ける全ての存在が、ダレトをこじ開けて産み落とされた存在相手に、恐れを抱いている。

 

 漆黒のダレトの表層がぶくぶくと泡立ち、血潮が舞うように黒い津波が月面にかかる。

 

 白銀のはずの月面を覆いかねないその否定の暴力に、レミアは喉が枯れ果てていた。

 

 何を言ったところで、何を行動したところで――世界崩壊へのカウントダウンに彩りを足す事も出来ない。

 

 終わりとはこうも無情なのか、と回頭命令を出そうとした、その時であった。

 

「……待って……待ってください……っ! 絶対に、私達が震えているんじゃ……怖がっているんじゃ駄目ですっ、駄目なんですっ! だって……私は約束したんです。誓ったんですからっ! クラードさんに、絶品の……オムライスを振る舞うってぇ……っ!」

 

 それでもカトリナの言葉の根は恐れに震えている。

 

 涙が彼女の頬を伝い落ち、どれだけの恐怖を前にして声にしているのかを物語っていた。

 

 今にも膝を折りかねないと言うのに、それでもドッグタグを握り締め、言葉の穂を継ぐ。

 

「……私達は……クラードさんを……あの人を待つだけじゃ……きっと駄目なんです……っ! だってぇ……っ! だって、クラードさんは、私達を信じて、きっと戦っているはずなんですからぁ……っ! だから、今……逃げ出すのだけは絶対に……駄目……カトリナぁ……っ」

 

 分かり切っている。

 

 カトリナは最もこの中では残酷な真実を《ゼロポラリス》より告げられているはずだ。

 

 それだと言うのに、この土壇場で逃げないと告げられる勇気が、レミアにはまるで分からなかった。

 

 世界が終わる瞬間など、逃げ出したいに決まっている。

 

 逃げたって誰も文句など言わないだろう。

 

 だと言うのに、彼女は逃げない。

 

 逃げずにクラードの事を一心に、想っている。

 

 そこまでの一途。

 

 そこまでの気持ちの発露。

 

 そこまでの――蛮勇と呼ぶしかない感情であったとしても、今は意味なんて持たない。

 

 終わりの淵を感じて、それに身を任せたほうがよっぽど賢明だろう。

 

 しかし、カトリナは決して逃げない。

 

 カトリナは決して屈しない。

 

 カトリナは――こんな最終幕に至っても、それでもクラードならどうにかしてくれるのだと、信じている。

 

「……何でなの……。私はもう……怖くって仕方がないのに。何であなたのほうが……クラードを信じられるの……?」

 

 純粋な問いかけであった。

 

 同じ男を想っていても、それでもこうも隔たるべき差がある。

 

 クラードほどの存在であったとしても、月より現れた最後の聖獣を破壊出来るものか。

 

 三年前の《シクススプロキオン》攻略戦とはまるで異なる。

 

 この世界そのものが、全て終わりへと転がっていくのだ。

 

 カトリナは涙を拭ってから、腫れた眼差しで自分を見据える。

 

「……私はクラードさんの――委任担当官だからです。レミア艦長、言いましたよね? 委任担当官は戦うだけの職務だって。なら……終わりの終わりだって、逃げちゃ駄目なんです。私は……エージェントであるクラードさんに、恥じ入りたくない」

 

「本当に、それだけで……それだけであなたは……あんなものに立ち向かうって言うの?」

 

 カトリナは強く頷く。

 

 それでも消え入りそうな戦意のはずだ。

 

 ここで彼女が逃げたいと願っても、誰もそれを否定出来ない。

 

 オフィーリアは月面へと向かいつつある。

 

 クルーの生存を一番に考えるのならば、今すぐ相手の射程から逃れる事だ。

 

 しかし、カトリナの決意に染まった眼差しは。

 

 その双眸は、撤退を容認していない。

 

 ここで彼女相手に一端の口を利けるとすれば、それはこの終焉の宇宙でも、叛逆すると誓った者だけだろう。

 

「……馬鹿よね、あなたも……私も」

 

「レミア艦長……? これより先は、あの存在の射程圏内です。逃げ切れませんよ……」

 

「いいえ、バーミット。私達はきっと……最後の最後までクラードを、彼の背中を支えるために存在し続けている。そうじゃなくっちゃ、何で私達は自分達の信念を曲げてまで、彼にもう一回付いて行こうと思ったのよ」

 

「……艦長……」

 

『失礼。先ほどから言葉を発するタイミングを逸していたのですが』

 

 ピアーナの直通回線が開く。

 

 彼女は自分達へとブリギットより通達していた。

 

「ピアーナ……さん?」

 

『つい先ほど、回収した《フォースベガネクサス》が復旧しました。ベアトリーチェ級一隻分のアステロイドジェネレーター炉心へと直結した結果、一万分の一の出力ですが、応戦出来るとの事です』

 

「……一万分の一……」

 

 それでも、奇跡的な数字であろう。

 

 元々この世界の叡智では聖獣は復活出来なかったはずなのだ。

 

 その摂理をひっくり返したのは、何よりも自分達の抵抗の結果であった。

 

『……先に轟沈したモルガンより回収したアステロイドジェネレーターが功を奏しました。我が方は《ネクストデネブ》と《フォースベガネクサス》の二体を擁立出来そうです』

 

「……その力があったとして、勝てる試算は? あなたなら誰よりも非情に分かるはずでしょう?」

 

 ピアーナは一拍の沈黙を挟んだ後に、唇を開いていた。

 

『……確率論では、絶望的な数値が出ていますが……いつだって貴方方は、その確率論の悪魔を味方に付けてきた、わたくしにはそう映っていました。何よりも、カトリナ様が諦めていないのならば……わたくしは追従する義務があります。わたくしの意味を……生きていていいと言う事を教えてくださったのは、カトリナ様であり、ハイデガー様でもある。なら、わたくしの命の意味を問い質すのはこの戦場だけでしょう』

 

「……ピアーナ。どうあってとしても、現状のクルーの生存を一番に置くのならば、それは賢い選択とは言えないはずよ」

 

『ええ、そうでしょうね。……ですが、その考え方で戦ってきたとは思えません。IMF02《ティルヴィング》に立ち向かったのも、万華鏡をはじめとする王族親衛隊を退けたのも、それは貴方方が最後まで諦めなかったから。……物事にはきっと諦めの基準と言うものが存在します。ですが、貴方方はそれを飛び越えてきた。だと言うのに……世界が終わるこの段になって、尻尾を巻いて逃げだすと言うのですか』

 

 言葉尻は挑発的だが、怜悧な黄金の瞳は全てを悟っているようであった。

 

 彼女は全身RM、自分達よりも確率論や、勝敗に関してはドライのはずだ。

 

 だがそれでも立ち向かうと。

 

 それでも戦い抜くと、そう誓えるのならば。

 

 生身の自分達は、容易く浮かべるのは諦観ではなく――。

 

「……馬鹿よね、本当に。私もあなた達も……。レミア・フロイトより、全体に通達。オフィーリア、及びブリギットは全戦力を搾り出し、月面を目指します。撃滅対象は、月のダレトより訪れし最後の使者。――機動戦士《ガンダムダレト》を、破壊します」

 

 恐らく、一生涯後悔し続ける決断だろう。

 

 それでも、今、一瞬のために生き続けるのならばこれでもいい。

 

 何故ならば、クラードがまだ生きている。

 

 それだけで、彼の背中に決意した女としての理由は二の次だからだ。

 

「……私達はまだ……彼のトリガーとして相応しくないのだから……! 最後の最後まで、クラードをサポートします……! 文句は後からいくらでも! 以上!」

 

 全体通信を打ち切った自分に、いやに静まり返った管制室で乾いた拍手が湧く。

 

 ヴィルヘルムだけが皮肉めいた拍手を送っていた。

 

「……軽蔑するでしょう? あなたは」

 

「いいや。三年前の月軌道決戦で、逃げたいと願っていたレミア・フロイト艦長の下す命令とはまるで違う。艦の総意とは言い難いが、わたしも逃げないとしよう。全てを背負ってでも……戦い抜く。それに、クラードならばこう言うはずさ」

 

 ヴィルヘルムが天井を指差し、次に告げる言葉がどうしてなのだか自分にも理解出来てしまっていた。

 

「「“逃げて生き永らえるくらいならば、愚かでも牙を突き立てろ”……と」」

 

 互いに言葉が一致した事への驚きよりも、そうだ、と言う思いが突き抜ける。

 

「……そうよね、そうであるはず。……終わりを描くのは誰でも出来る。その先を描き出すのは、戦士にしか出来ない」

 

「失礼ながら、誰の言葉だい? それは」

 

「引用不明の……いいえ、誰でもない。レミア・フロイトが信じたい、言の葉の一つよ」

 

 誰かに帰属した言葉ではない。

 

 これは自分の言葉だ。

 

「……カトリナさん。出撃準備を。もしもの時にあなたがクラードの助けとなる」

 

 カトリナは現状へと僅かな遅れの後に、声を発していた。

 

「えっと……でもみんな……これってその……」

 

「何? 今さらあなた、私達に逃げ口上を言わせたいの? 言っておくけれど、それってズルいのよ?」

 

 そう言ってやるとカトリナはドッグタグを握り締め、それから決意の双眸を向けていた。

 

「……分かりました! カトリナ・シンジョウ委任担当官、エージェント、クラードさんの……サポートの準備に移ります……っ!」

 

 きっと逃げたっていい。

 

 だが逃げれば、この世界が終わるその瞬間にきっと、後悔する。

 

 その後悔を、一ミリでも減らしたいだけなのだろう。

 

 なんて汚い、防衛本能だろうか。

 

 なんて意地汚い、性根だろうか。

 

 なんて――名状し難い、感情だろうか。

 

「……終わるって分かっていても、みんなを巻きこんじゃうなんてね……」

 

「艦長。もう後悔は言いっこなしですよ。全員、もし天国や地獄で会うとすれば……あたしは多分、地獄側なんで。天国で女子会しましょう。幹事はやるんで」

 

「あら? バーミット。地獄側なのに幹事なんて出来るの?」

 

「何言っちゃってるんですか、艦長。女なんてのは、地獄に片足突っ込んでいるほうが輝けるのは知っているくせに」

 

 レミアは管制室の全員の総意を受け止めていた。

 

 ここで撤退も出来た、命を無駄にしない事も出来た。

 

 しかし、駄目なのだ。

 

 ここで逃げ出せば。

 

 ここで見捨てれば。

 

 ここで賽を投げる事を捨てれば、きっとその果てに待つのは拭えぬ後悔。

 

 ならば、死する時でも前向きに。

 

「オフィーリアはこのまま段階加速! 月面にて、クラードを支援するわ。みんな、備えてちょうだい。最後の――戦いになる」

 

 その決意一つに管制室の声が返っていた。

 

「……了解です。総員、聞こえているわね? 今から退艦しようったって、全部手遅れよ。逃げるんなら脱出ポッドは支給するわ」

 

『何言ってるんですか、艦長! おれ達はね、最後の最後までエージェントの意志を尊重しますよ。それがメカニック魂だ! そうだろ、お前ら!』

 

 サルトルの号令にメカニックの声が相乗する。

 

 レミアは目頭が熱くなりかけたのを直後の通信で持ち直す。

 

『……艦長。オレらも逃げません。……だってあそこに、クラードが居るって言うんでしょう? なら、オレは絶対に逃げねぇ! 何よりも……仲間残してノコノコと生き永らえるのが、正しいかってんだ! クラードと向かい合った時、恥ずかしい生き様だけはしたくねぇんすよ……オレら凱空龍はね』

 

『艦長。おれもヘッドには同意です。何よりも、敵が全滅したとも思えません。……露払いはおれ達に任せてください。行くぞ、お前ら! 凱空龍、応ッ!』

 

 トキサダの声にRM第三小隊の人々が応じていく。

 

 彼らはきっと、真実クラードとそしてアルベルトのために戦い続けるのだろう。

 

 その命を燃やし切って、最後の戦場を望んでいるのだ。

 

「……ありがとう、みんな……」

 

 項垂れたレミアへとバーミットが切り込む。

 

「艦長っ! 顔上げてください! 何も恥じる事、ないじゃないですか! 艦長はあたしの思った通り、いい女だったって事ですよ!」

 

 無理やり言葉尻を上げたバーミットに救われた気分を味わいつつ、レミアは面を上げる。

 

 涙を無理やり拭う事はせず、この熱でさえも自分自身なのだと実感して。

 

「……みんな。クラードを、迎えに行くわよ」

 

 

 

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