機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第308話「破獄の先へ」

 

 まるで時間に取り残されたかのようであった。

 

 焼け落ちた暗礁の世界で、クラードはその手を伸ばす。

 

 だが、どこまでも茫漠とした闇の裾野が広がるだけであった。

 

「……俺は……俺は何をしたんだ……?」

 

 両腕を振るう。

 

 ここが煉獄の延長なのだとすれば、実体の肉体は《ダーレッドガンダム》のコックピットにあるはずだ。

 

 無理やりでも肉体へと火を通せば、少しは現実に作用するかもしれない――そう賢しく考えた脳裏へと、鋭く切り込んでくる声があった。

 

「無用な事を。貴様が望んだのだぞ? 終わりの誘因を。自分が消滅するくらいならば、世界を壊してしまえと」

 

「……エーリッヒ……? エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーか? ……一体何をした? どこに居る!」

 

 暗闇の中でエーリッヒの哄笑だけが空間を満たす。

 

「貴様が望んだのだ! この終わりを! 世界終焉への道筋を! そして彼の者を呼び起こした! 機動戦士《ガンダムダレト》! 終わりの招来体をな!」

 

「機動戦士、《ガンダムダレト》……? それが、ダレトを突き破って来た奴の、正体か……!」

 

「誤解するな。奴は貴様に呼ばれたのだ。他ならぬ貴様が、呼び寄せたのだ。ダーレットチルドレンの思考拡張脳波が途絶え、そして全ての聖獣が墜ちた今、貴様の声に従い、奴はやって来た。ダレトに接続された全ての次元宇宙はこの時、消滅に至る。それだけの存在なのだ。機動戦士《ガンダムダレト》を止める事は叶わぬ。どのような存在でもな」

 

 クラードは遠ざかっていくエーリッヒの高笑いを聞いて、その手を暗礁へと伸ばす。

 

「貴様は……! 貴様だけは……俺が……!」

 

「だから誤解をするなと言っているだろう。終焉の願望があったのは貴様のほうだ。我はその道筋を固めただけ。エージェント、クラード。事ここに至っては、全てが無為。《レヴォルヘブンズオーダー》の思考拡張の歌声が地球圏に至るか、それとも機動戦士《ガンダムダレト》による物理的な破壊が至るかのいずれかだ。来英歴の人類は滅びを引き寄せ、そして“破局”の前にまるで無力」

 

「出来るはずだ……抵抗を! 叛逆を……俺は……!」

 

「諦めろ。もう全ての道は潰えた。煉獄も焼け落ち、貴様に手立てはない。そう、貴様は、世界に敗北したのだ」

 

 エーリッヒの感覚が剥離する。

 

 今の今までこの暗がりの空間に存在していたはずのエーリッヒの意識そのものが遠ざかっていく。

 

「……貴様は……あの《ガンダムダレト》を操って……終わらせる気か……!」

 

「何を傲慢と言うものでもない。我はダーレットチルドレンによって解体され、そして貴様と融合してこの時を待ち望んでいた。破滅の来訪者、機動戦士《ガンダムダレト》は我にこそ相応しく微笑むであろう。第一、これほどまでに来英歴を憎み、恩讐の果てに睥睨する我以外に、誰が扱えると言うのだ?」

 

「……貴様は来英歴を破壊して、それで自身の復讐を遂げるつもりか?」

 

「復讐とは、偏狭に成り下がったものよ。因果応報だ。ダーレットチルドレンのもたらす技術恩恵に甘え、そしてそれを甘受してきた者達への、これは裁きだろう。来英歴の人類は神罰を受けるのだ。その代行者として機動戦士《ガンダムダレト》はこれ以上ない使者であるはず」

 

「……させない。俺が……止める」

 

「どうやってだ! エージェント、クラード! 煉獄から現世に戻る術は途絶えた! だと言うのに、貴様はどうやって我を止めると言う! 焼け落ちたこの終末の場所で、貴様は何も見えず、そして何も聞こえないまま世界の終りだけを知る。それが似合いの末路だろう」

 

「……俺には……愛すべき者達が居る。あいつらを置いて……無責任にこの世界から退場出来るものか……!」

 

「ではどうする? 我を殺せず、そしてメイア・メイリスの調律を止める事も叶わない! だと言うのに、貴様に何が出来る? もう道筋は消え去り、貴様は囚われたまま、全ての方法論は存在しない。諦めるのならば潔いほうがいいぞ? それとも、こうして繰り言を続けていればいずれ好機が見えるとでも? 断言する。あり得ない。もう、貴様には用はない。その肉体はこのエーリッヒ・シュヴァインシュタイガーが貰い受ける。世界を壊すために」

 

「させない……俺は……俺はまだ……!」

 

 丹田に力を込めようとしたが、全ての感覚は遮断されていく。

 

 まだ現実に繋がっている感覚器が途絶え、喉も、聴覚も、視野も、何もかもが無意味に成り下がっていく。

 

 闇に堕ちた煉獄はこうして自分を取り残す。

 

 クラードは自分の掌を視認しようとしたが、それさえも自由ではない。

 

「……俺は……」

 

 その声さえも感覚出来なくなっていく。

 

 自分が声を発する事も、行動する事も、ましてや現状を打破する事も出来やしない。

 

 ここまで世界の悪意を挫く術を講じてきたが、全てが無為。

 

 全てが無駄の一言。

 

 だとすれば、自分は無価値のまま、死に絶えていく。

 

 皮肉なものだ。

 

 ここまで硝煙と刃に糊塗されるのだと思い込んできた自分の本当の死に様は、何も成せぬまま誰にも看取られずに消えていく事など。

 

「……いや、似合いの結末、か。俺の、終着点は……」

 

 最後の言葉がこんな諦めの意味など自分でも想像し得なかった。

 

 クラードは瞼を閉じようとして、痛みに疼き出す右目を感覚する。

 

「――いいえ、エージェント、クラード。あなたはここで消え失せるべきではない」

 

「……この声は……ファム……じゃ、ない。俺の内奥から生じる、声の主は……ミセリア・リリス……か?」

 

「あなたの中に生き続ける私は、この煉獄の淵でも干渉出来る。それにしたって、酷い光景ね、これは」

 

 瑠璃色の瞳を通してミセリアはこの世界の惨状を見据えているようであった。

 

「エーリッヒ・シュヴァインシュタイガーは最後の最後、エージェント、クラードへの最大の毒として、何もない虚無を見せつけた、か。それがあなたの志を、一番に挫くのだと信じて。でも、大きな間違いだったのは、あなたは私を選んでくれた。それがエーリッヒの目論みとは異なる未来を描く事に繋がる」

 

「どうするって言うんだ……エーリッヒはこの煉獄では無敵の存在だぞ……。それに現実の感覚器官を奪われたままで、俺は抵抗も出来ない……」

 

「本当に、そう? あなたはこれまで、エーリッヒに全てを捧げて来たわけじゃないでしょう? たとえ肉体と言う名の檻を奪われたとしても、あなたはこれまで……ファムの眼で見て来たわ……幾度となくこれまで――奪還してきた。レミア・フロイト。バーミット・サワシロ。ピアーナ・リクレンツィア……彼女らを奪い返してきたのは偶然だけじゃない。あなたは運命を引き寄せられる。叛逆の運命をね」

 

「だが肉体を奪われてしまえば、この闇の空間からでは干渉も出来やしない……」

 

「クラード。あなたには波長生命体としての思考拡張がある。そして、誰かを想う事……愛する者達を、守り抜くんでしょう? だったら、最後の最後まで生き意地汚く反抗なさい。私のはじめてを奪ったんだから、それくらいの甲斐性は見せなさいよ」

 

 何も映さない暗黒の中に、不意打ち気味にミセリアの姿がフラッシュバックする。

 

「……ミセリア……俺を導いてくれるのか……?」

 

「それも勘違い。あなたの中に宿した私の存在の残滓を、少し振り絞って道を照らし出してあげているだけ。あなたは勝手に助かるのよ。それはあなたが積み上げてきた結果論であり、あなたが構築してきた因果論でもある」

 

 明滅するミセリアの姿が手を差し出す。

 

 クラードは失せた感覚器の中でも、必死に手を掴み取ろうとした。

 

 腕がない――だからどうした。

 

 見えもしない――それがどうした。

 

 指先も、感覚器も消えたままだ――だからそれが、何のリスクに成ると言うのだ。

 

「俺は……掴むと決めた。掴み取るのだと決めたのならば……そこに憂いは一つもない……! そうだろう!」

 

 消え失せた感覚器を奔らせる。

 

 神経も、触覚も、視覚も、何もかもが閉ざされていると言うのに、あたたかな指先が自分を導く。

 

 途端、明滅したのは光だ。

 

 焼け落ちた世界を砕く一条の光が差し込み、煉獄の片隅で手を繋ぐ自分達を照らし出す。

 

 融け落ちた白の世界で、クラードはミセリアに手を引かれていた。

 

「……言っておくけれど、これは一回きり。あなたとファムを助けるのなんて、真っ平御免なんだから。だから、勘違いしないでよね」

 

「……ああ。ミセリア・リリス。感謝する」

 

「……だから、感謝なんて要らないんだってば。……エージェント、クラード。ありがとう。私を見捨てないでくれて。ファムの中に介在するだけの悪意でしかない私を……ヒトとして扱ってくれて……」

 

 ミセリアの崩れそうな微笑みが光へと変わった瞬間、世界は――委縮していた肉体は弾けていた。

 

 唐突に現実世界へと戻ってきた視野は鎧のパイロットスーツに固められている。

 

 クラードは接続口に繋がれた両腕を強制排除し、その拳で鎧のパイロットスーツを打ち砕く。

 

「……何だと……!」

 

 自分の喉を震わせたエーリッヒの驚嘆の声へと、クラードは返答する。

 

「俺のこれまでを過ちだと、貴様は断じたな? 俺は一度だって――出会いも結果も、過ちだなんて思った事はない」

 

 首筋に刻まれた最後の強制排除の鍵を押し込み、クラードの肉体は無音の宇宙を漂っていた。

 

《ダーレッドガンダム》より引き剥がされていく。

 

 目にした《ダーレッドガンダム》の躯体はブロックノイズが生じ、蒼い残像を身に帯びている。

 

 しかし月面を漂う自分には相応しい機体もない。

 

『終幕だ! エージェント、クラード!』

 

《ダーレッドガンダム》が鉤爪を翳し、その威力で何の加護も持たない自分を引き裂こうとする。

 

『――させるかってんだ!』

 

 不意に月面へと声が迸り、白銀の騎士の威容を持つ機体が《ダーレッドガンダム》を殴り据える。

 

 その鉄拳をクラードは驚愕の面持ちで仰ぎ見ていた。

 

「……アルベルト……か?」

 

『クラード? 何があったって……とか、言っている場合じゃねぇよな。よく分からんが、世界の破滅の危機らしいじゃねぇの』

 

 ほとんど中破状態の《アルキュミアヴィラーゴ》が自分をマニピュレーターで導き、腕の中へと包み込む。

 

「……アルベルト。奴は……」

 

『深刻そうな話みてぇだが、オレにとっちゃそんなもんはどうだっていい。……クラード、オレらの得意な喧嘩と行こうぜ。世界が終ろうとよ! オレ達は所詮、宇宙暴走族、凱空龍! なら、帰る場所だけ守れりゃ上等! だろ?』

 

 アルベルトの言葉に呼応するように、機体を並走させたのは紅色の《ネクロレヴォル》強化改修機であった。

 

『クラード! 相変わらず悪運は強そうだな、お前は』

 

「……トキサダ・イマイか? 《ネクロレヴォル》の乗り手……」

 

 身構えたこちらに、トキサダは凱空龍時代のハンドサインを用いる。

 

 それは「敵意はない」という証であった。

 

『おっと、迂闊な事は言うもんじゃない、か。クラード、おれは自分の禍根を払う。それよりも先に……ッ!』

 

 トキサダの機体が月面へと照準し、その最大火力を持って都市の一部を穿っていた。

 

 赤熱する箇所のデータがバイザー上に同期される。

 

「エンデュランス・フラクタル……本社……」

 

『クラード! お前にとっちゃずっと求めていたものが、あそこにある! それまでの露払いは任せてくれよ。おれ達のサポート、信じられないわけがないよな?』

 

 トキサダだけではなく、ユキノや他のメンバーの機体も編隊を組んでいる。

 

 クラードは赤いアイカメラで見下ろした《アルキュミアヴィラーゴ》へと首肯を返していた。

 

「……頼めるか? アルベルト。俺が求めているものが、あそこにあるのなら……!」

 

『てめぇは言い出すと聞かねぇだろ? 分かってっよ、クラード。あの鼻持ちならない《ダーレッドガンダム》は、オレが足止めしておいてやる! その間に……メイアも救ってやってくれ。話に聞いた限りじゃ、あいつも被害者だ』

 

「……当たり前だ。今のままで放置しておく事はない。……俺は愛するべき者達のために、戦う」

 

『クラードさん! 型落ち式の《マギア》ですが……!』

 

 ユキノがオフィーリアから受け取ったのは全ての強化武装を排除された、純然たる性能を持つ《マギア》一機であった。

 

『クラード! お前がデザイアで使っていたカスタムに合わせてある……との事です! サルトル技術顧問から! それとスペシャル仕様のオマケつきです!』

 

「スペシャル仕様のオマケ……?」

 

『乗れば分かりますよ』

 

 その言葉には疑問符を浮かべつつ、《マギア》のハッチへと認証をかけていた。

 

 かつての愛機に近い形状を誇る《マギア》へとクラードはコックピットブロックへと収容される。

 

 途端、光が拡散し、今まで宇宙の常闇に慣れていたクラードはコックピットの片隅で蹲る人影を目にする。

 

「……何やってんの、あんたは」

 

『あっ、クラードさん。えーっと……えへへっ、オマケです』

 

 パイロットスーツに身を包んだカトリナが困り切ったような笑みを浮かべて後頭部を掻く。

 

 クラードは嘆息をつき、《マギア》のセットアップを行っていた。

 

『あっ、もうちょっとリアクションしてくれても……』

 

「そんな場合じゃないだろ。第一、レミアが許したのか、こんなの」

 

『一応……オフィーリアの皆さんには許可を取り付け済みです。その、まぁ、ちょっと? 冷やかされましたけれど……』

 

「あんたって本当……いいや、何でもない。戦闘用のMSでどう振る舞うべきかは分かるだろうな?」

 

『あっ、当たり前じゃないですか……! ……でも、クラードさん。よかった……。よかったぁ……っ……! 生きていてくれて……』

 

 涙を溢れさせたカトリナにクラードは涼しげに返す。

 

「死ねばそこまでだろう。それに、俺の望みは、そういうのとは正反対にあるらしい」

 

《マギア》の拡大視野には今しがた砲撃で融解したエンデュランス・フラクタル本社より、自動迎撃に設定された白銀の機体が編隊を組んで向かってきていた。

 

「……あれは新型機か」

 

『あれは……! 魔獣《アデプト》……! まだ残存していたなんて……!』

 

「本社の守りは未だに堅牢と言うわけか。いいさ、分かりやすくっていい」

 

 何の障害もなく、辿り着けるはずもなし。

 

 最適化された機体の中で、クラードはライドマトリクサーとしての権能ではなく、マニュアルのグリップを握り締めていた。

 

「……行けるな? 《マギア》」

 

 アイリウムが眩く輝き、クラードは深く呼吸する。

 

「……俺が赴くべき場所は一つ。――ゲインをぶち上げろ……ッ!」

 

《マギア》の眼窩に生命の灯火が宿り、凱空龍の面々とは正反対の針路を辿る。

 

 向かうべきは――エンデュランス・フラクタル本社、深層。

 

「そこに俺の求めるものがあると言うのなら……!」

 

 

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