「……さて、クラードに思いっ切りタンカ切った手前、少しは時間稼ぎをしねぇとな。勝負しようぜ、《ダーレッドガンダム》。オレとお前、どっちが強いのかってのをよ」
『愚かしいな、アルベルト・V・リヴェンシュタイン。貴様の戦い振りは、確かに。クラードの眼を通して見て来たとも。だが、手詰まりだ。その壊れ切った機体で何が出来る?』
「それを分かってねぇんなら、オレにも分があるってこった! てめぇは大切なもんが見えてねぇんだよ……! 覚えとけ! オレ達凱空龍のメンツが揃ったんだ! なら、不可能なんてねぇんだよ……てめぇ一人、倒せねぇで、何が凱空龍のヘッドだ! 《アルキュミアヴィラーゴ》、アルベルト・V・リヴェンシュタイン……!」
『名乗りか。古風だが応じてやろう。我と真正面から戦おうなど、その心根を叩き折るために。《ダーレッドガンダム》、エーリッヒ・シュヴァインシュタイガー……』
「……ゲインをぶち上げろ……! 出るぞー!」
『その蛮勇を粉砕する。行く!』
直後、《ダーレッドガンダム》が空間を掻き消えたとしか思えない速度で肉薄する。
アルベルトは《アルキュミアヴィラーゴ》を上方へと駆け上がらせ、ビームジャベリンを大上段に振るい上げていた。
雄叫びと共に打ち下ろした一閃はしかし、《ダーレッドガンダム》の掌より浮かび上がった蒼い剣筋によって阻まれている。
「こいつぁ……!」
『存在力そのものを変換し、兵装へと伝導させる。クラードは使いたがらなかったが、これが――ビームサーベルだ』
振るわれた剣閃に、《アルキュミアヴィラーゴ》を後退させつつ、その太刀筋を予見する。
「……クラードは上等な部品は趣味じゃねぇって言うんだろ? ……ああ、分かり切っているさ。あいつの言う事ならな!」
ビームジャベリンで打ち返し、返答の太刀を見舞おうとする。
下段より振るい上げた剣術を、《ダーレッドガンダム》は阻む。
『余分な感情が滲んでいるな、アルベルト・V・リヴェンシュタイン。我を殺し切る、その一縷の望みへの決定的な迷いが。この《ダーレッドガンダム》を破壊して、止められるのか迷っているのだろう? 当然だとも! あれほどの災厄の担い手! 貴様らでは止めようもない事は自明の理!』
「……てめぇをぶっ倒しても、あれは止まらないってんだな?」
『ああ、そうだともさ! さぁ、どうする? ここで無用な事に血潮を賭ける愚かしさを講じる前に――!』
「なら、上等だ。これで禍根なく、てめぇをぶっ飛ばせる。あれはクラードがどうにかしてくれる。オレの役割は、てめぇみたいな邪悪を、ぶちのめす事だって、ハッキリ分かったんでな」
『……馬鹿の言葉繰りだ』
「馬鹿で上、等ッ! 下手に頭冴えていたって仕方ねぇよ。オレは目の前のてめぇを遺恨なく倒せるだけで、充分だってんだ。さぁ、やろうぜ。エーリッヒの爺さん。ハンデなしのガチ喧嘩、見せてやるよ」
一丁前に手招いて挑発してやると、《ダーレッドガンダム》は鉤爪を翳して駆動していた。
『……衆愚の喧嘩に付き合っている暇はない。アルベルト・V・リヴェンシュタイン。捨てなくていい命を捨てる事になる』
エーリッヒの言い分に、アルベルトは鼻の頭を掻いていた。
「へっ……! いいじゃねぇの。オレらはいつだって、命なんて一端に投げたつもりになって、それでテッペン目指して来たんだからな。デザイアの富裕層をビビらせたオレ達の力、舐めたら痛い目見るぜ?」
『……《ダーレッドガンダム》。目の前の愚か者を、粛清せよ』
《ダーレッドガンダム》が鉤爪を払う。
それだけで漆黒の重粒子が拡散し、その宙域は死の臭気が濃くなっていた。
アルベルトは機体追従性を上げて加速しつつ、残存ミラーヘッドジェルの容量を目に留めていた。
「……こっちも余裕ねぇ……が、クラードにああ言った以上、そう簡単に退くと思うなよ! 明日なんて要らねぇってのたまう野郎共の命! その輝きってもんを!」
『散るだけの存在だ、それは』
拡散重粒子それぞれが交錯し、重力の投網にかけられそうになる。
それを《アルキュミアヴィラーゴ》の段階加速でその致命的に爪弾かれる死の包囲網を潜り抜け、内蔵火器を放出していた。
蒼い弾頭が幾何学軌道を描いて突き抜け、《ダーレッドガンダム》を捉えかけるが、相手の性能は遥かに上だ。
蒼い残像現象を巻き起こしつつ、その力が一部だって衰えた様子もない。
「……それでも、オレはやるぜ。何をやるかってのはな……いいか、よく聞け。漢が何をやるかってのはなァ……ッ! 一刹那に賭けるもんだってんだ!」
《アルキュミアヴィラーゴ》の刃と《ダーレッドガンダム》の太刀が交差する。
因果の戦場を支配する歌声が鳴り響く中で、今、命一つを燃やしていた。
「オフィーリア! ヘッドは《ダーレッドガンダム》と戦闘に入った! ……補給物資はある程度《プロミネンス》と共有だったから万策尽きるのはもうちょっと後だろうが、それでもヤベェだろ……あの機体じゃ……」
懸念を浮かべたトキサダへと、切り込んできた熱源警告に彼は目線を振り向けていた。
『……ファイブ。完全に我々に背を向けるのだな』
「……イレブンか。それに、残ったお前らは……」
『所詮は死に損ない。気に留めるまでもない、か。一端に生き返ったお前なら、その程度だろうと思ったよ』
イレブンの《ネクロレヴォル》を先頭にした三機編隊は残存した騎屍兵の中でも精鋭だろう。
彼らはこの世界の土壇場で生き残ったのだ。
ならば、実力は推し量るべき――。
「……退けよ。ヘッドに言ったんだ。おれはオフィーリアを守る。そんでもって、三年前から保留にしている誓いを果たしに帰るってな」
『それは死者として土の下をねぐらにするよりも気分がいいのだろうな。お前にとっては』
この三年間、幾度となく連携を果たしてきたイレブンは自分の心情など読み切っているのだろう。
その度に死線を越え、彼は自分の一部となっていった。
最早、ここで振るい落とすべきは騎屍兵三名ではなく、自分と渾然一体となった半身であろう。
「……お前にしちゃあ、御託が多いな。要は、一個だろ? おれを殺して、自分も死ぬ、ってか。心中根性、そんなに女々しかった覚えはないが」
『……ファイブ、いや、もうそう呼ぶべきでもないだろうな。トキサダ・イマイ。我々を振り払えるか? 死の影、騎屍兵。この世界を裏側から回す、超越者』
「違う。そいつは間違ってる。……おれは確かに、この三年間、一端に“死んで”みせていたさ。だがな、それよかもっと難しい事を、クラードもヘッドもやってのけていたんだ。それが生きるって事さ。おれもお前らも、そこから目を逸らして、死者の兵隊だって言ったって、所詮は大したもんでもねぇ。要は、生きる勇気をなくした、甲斐のねぇ連中だったんだ」
『……お前の口からそんな言葉、聞きたくはなかったとも』
「……イレブン。来るか……」
イレブンの操る《ネクロレヴォル》は随伴機の二機を先に通す。
《プロミネンス》は彼らを攻撃せず、そのままオフィーリアの下へと向かわせていた。
『……いいのか? 奴らは死ぬぞ。我々に、殺されるのだ。死者の手によって』
「死なせねぇし、殺させやしねぇ。おれが、全部守る」
『なら何故今、二人を通した。手負いとは言え、手練れの騎屍兵だ。まさか私をわざわざ殺してからでも駆逐出来るとでも?』
「馬鹿野郎、そいつは信じてるからだ。凱空龍の連中も、オフィーリアのみんなだって、そんな簡単に負ける奴らなわけ、ねぇだろ」
『……愚かしいぞ、トキサダ・イマイ』
イレブンの《ネクロレヴォル》がビームサーベルを抜刀し、構えを取る。
《プロミネンス》にもビームサーベルを握らせ、真正面から対峙していた。
「愚かしくっても、おれはみんなを信じるぜ。仲間って奴をよ。……言い方は嫌いだが、絆ってもんをな」
『絆を語るか。死者の兵隊に過ぎない、我々が』
「いけないか? おれは……もう一度だけ、生きてみたいんだ。あいつらと一緒の時間を。それを邪魔するんなら……イレブン。ここで殺し合おうぜ。おれとお前には似合いの戦場だろうさ。世界が終わる、その最終盤ってのは」
『……ゴースト、イレブン。《ネクロレヴォル》。行くぞ……!』
瞬間、イレブンの《ネクロレヴォル》が加速度を伴わせて直進する。
しかしその真骨頂は真正面から撃ち抜くに非ず――トキサダは感覚し、《プロミネンス》の機体を滑らせる。
「……ミラーヘッドの残像現象を利用した、太刀筋の誤認……そこか!」
イレブンの得意とする戦術だ。
相手と自分の距離の認識を変動させ、その隙を突いて断ち切る。
刃が《プロミネンス》の装甲を引き裂くが、本懐は背後へと既に回り込んでいる一閃にある。
隠し腕を稼働させ、トキサダは打ち合っていた。
互いに干渉波を拡散させて弾かれ合い、相手のビームライフルが多重装甲へと突き刺さる。
実弾兵装で弾幕を張るが、《ネクロレヴォル》は臆した様子もない。
自分の糊塗されたプライドに等しい弾幕など、避けるまでもないのだろう。
距離を詰めた敵機が銃口を突きつける。
確実に炉心を狙い澄ました一条の光芒を回避し、《プロミネンス》を月面すれすれで駆け抜けさせる。
白銀の砂塵が舞い上がり、追加バーニアを排除してデッドウェイトを解除する。
「……イレブン……!」
『少し、鈍重が過ぎるな、その機体。《アルキュミアヴィラーゴ》には有効だった撹乱弾幕も、私には通用しない。お前の薄っぺらいプライドが透けるようだよ、トキサダ・イマイ。そうやって装甲に身を固めた恩讐の炎でさえも、私にとってはお前の着膨れしただけの生き意地と言うものだけだ』
「生き意地で、何が悪い……!」
直上へと躍り上がり、《プロミネンス》の擁する弾頭を浴びせつつ、距離を詰めようとして《ネクロレヴォル》の機動性に翻弄される。
『分かっていないのだな。お前にとってのそれは、あの《アルキュミアヴィラーゴ》のパイロットと戦うための物だろう? 私と戦う姿ではないと、言っている』
「だったら! おれ達にとっての相応しい姿に成ろうぜ、イレブン! おれはいつだって、お前とは鏡合わせだと……思っちゃいたんだ!」
『今際の際に敵へと叫ぶ言葉ではなかろう。もう私達は――敵同士だ』
《ネクロレヴォル》の格納兵装が駆け抜け、幾何学の軌道を描くその弾頭が《プロミネンス》の装甲を射抜き、次々と爆散させていく。
トキサダは奥歯を噛み締め、血の味が口中に滲んだのを感覚していた。
正確無比なイレブンの照準は確実に自分の命を縮めにかかっている。
距離が縮まる度に、首裏を粟立たせるのは死の包囲網。
この距離はイレブンの距離だと、習い性が命じている。
ここから今すぐ立ち去れと。
このままでは喰われるのはお前だと。
「……馬ッ……鹿野郎……! 今さら賢しく出来たつもりもねぇんだよ……! いいから、本能だけであいつを見据えろ! 半端な覚悟じゃ勝てねぇんだぞ……ッ!」
《プロミネンス》の振りかぶったビームサーベルを根元から断ち割り、相手は装甲の継ぎ目を狙ってビームライフルを近距離拡散型へと変移させる。
装甲が爆ぜ、爆発の音叉が押し広がる中で、トキサダは死地に活路を見出していた。
「……懐かしいぜ。装甲の軋む音、フレームが激震して脳みそ揺さぶられるこの感じ……。ああ、そうさ……。何もかも懐かしいったら、ねぇよ、な……! おれが凱空龍でずっと、感じ続けてきた……戦いの音だ!」
《プロミネンス》がミラーヘッドの段階加速をかけ、真正面から《ネクロレヴォル》を押し上げる。
頭蓋を覆っていた衝撃減殺の装甲面が砕け、アイカメラが圧砕される。
『それではもう戦えんだろう』
ビームサーベルが逆手に番えられ、発振部がコックピットへと添えられる。
「イレブン――ッ!」
隠し腕を全て稼働させ、イレブンの《ネクロレヴォル》を拘束する。
直後、《プロミネンス》の多重装甲が内側より爆砕ボルトで砕かれていた。
紅色の外部骨格を脱ぎ捨て、灰色の機体が躍り出る。
イレブンの《ネクロレヴォル》が反応するのは恐らく、レイコンマの世界で素早い。
だからこそ、迷いのない殺意を。
ビームサーベルを発振させ、トキサダは吼え立てる。
「おれが……凱空龍の副長……! トキサダ・イマイだ!」
刃が互いの炉心付近を射抜く。
確実に獲ったと認識した瞬間、接触回線が弾けていた。
『……見事だ。トキサダ・イマイ』
「……イレブン。お前は……」
『間違えるな。私の名前は、グローブ。グローブ・マグマトリィ。……死に損なった人間の名前だ。笑えよ』
「……笑えるかよ……。笑えるわけ……ねぇってんだ……!」
泣き叫びながら、トキサダは訴えかける。
『……しかしよくやる。マニュアル操作で私に肉薄してみせた。もう騎屍兵の中での拮抗コンビは……解消だな……』
イレブン――グローブが機体を剥がそうとする。それを察知して、トキサダは呼びかけていた。
「……嫌だ……。どこに行くんだよ、イレブン……。おれ達は、だって上手くやって来られたじゃないか……」
『……未練なんて、お前らしくも……ないな。生きろ。生きて使命を全うするんだ。それこそが騎屍兵として……三年間、死に損なった人間の、あるべき姿のはずだろう』
イレブンの《ネクロレヴォル》が突き飛ばす。
直後には収縮爆発に包まれた機体が、その存在の証明ごと消し去っていた。
最早、彼の名を知る者も、そして彼を悼む者も居ない。
騎屍兵、ゴースト、イレブンはこうして――看取られぬまま消えたのだ。
トキサダはコックピットの中で涙を押し殺していた。
楽に転べば彼の死に様を無駄にする事になる。
だから、泣くのはこれっきりだ。
「……ありがとう、イレブン。おれは、行くよ」
機体を翻し、トキサダはキッと顔を上げる。
今も激戦の只中に居るアルベルトの操る《アルキュミアヴィラーゴ》へと、その眼差しは据えられていた。
「……凱空龍の副長として……少しは見せないとな。風格って奴を」