機動戦士ガンダムダレト   作:オンドゥル大使

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第310話「コバルトブルー」

 

 ユキノは《ネクロレヴォル》の機動性に舌を巻く。

 

「……これほどまでの戦力の温存……! まだやるって言うの……!」

 

 たったの二機だが、それでも一騎当千だ。

 

《ネクロレヴォル》のうち、一機とビームサーベルで何度も剣戟を交わし、弾かれ合ってビームライフルの牽制銃撃を浴びせる。

 

 相手はそれを掻い潜り、袖口に仕込んだワイヤー兵装でビームライフルを絡め取っていた。

 

 直後には高圧電流が押し流され、ビームライフルの機能が奪い去られる。

 

 咄嗟の判断で相手へと投擲して出端を挫き、ユキノは《アイギス》の袖口に内蔵されたガトリング砲で応戦する。

 

 敵機はしかし、回避行動を取るまでもないのか、装甲で弾きながら肉薄せしめる。

 

「……厄介なんだからね。騎屍兵って言うのは……!」

 

『我々の死に様はこの戦場なのだ。だからこそ、無駄にはさせない……。ゴースト、イレブンもファイブも、ここで死する事こそ幸福だった』

 

「幸福? あなた達、一端に幸福なんて……! ずっと幸せに成るんだって言い続けた人の気持ち、分かるの?」

 

『最大多数の最大幸福とは、その宿願でもって果たされる。だと言うのに、無理な抵抗を続けて、何故分からない。我々《ネクロレヴォル》隊が、ここまで秩序を構築してきた事実が』

 

「その秩序って言うのが、偽りの平和に糊塗されたものだって言うんなら、願い下げってものなのよねぇ……っ!」

 

《アイギス》のサーベルが薙ぎ払われるが、敵影は払い除ける仕草で弾き、直後には大上段に打ち下ろしている。

 

 ――分かっている。出力値では明らかに相手に分がある。

 

 その上、損耗し切った自分達では《ネクロレヴォル》を操る騎屍兵ほどの練度に対し、拮抗状態すら作れない。

 

「……歯がゆいわね……私にだって出来る事の一つや二つくらい、あったっていいでしょうに……!」

 

『《アイギス》で勝とうとしている事自体が間違っている。間違いの上に、貴様らは死に絶えるのだ』

 

「冗談! 間違ったって、何度間違ったっていい! だってそれは、決して諦めない事に違いないんだから!」

 

『理解しがたいな。これだから生者の感覚と言うものは』

 

 事ここに至っては戦力を渋る理由もない。

 

 ユキノはレヴォルの意志を発現させていた。

 

「……コード、“マヌエル”……私に……従いなさい……ッ!」

 

 内部骨格が震え、フレーム構造が露出する。

 

 咆哮した《アイギス》に、《ネクロレヴォル》は落ち着き払って応じていた。

 

『そうか、そちらも使えるのならば……加減すべきでもないな』

 

 リミッターを解除した《ネクロレヴォル》が蒼き焔を宿していた。

 

 眼光が赤くぎらつき、次の瞬間には段階加速を経て直上へと躍り上がる。

 

《アイギス》の疾駆ではそうそう持たないだろう。

 

 それでも、精一杯の抗いを。

 

 自分に出来る牙の突き立てを。

 

 追従してきた《ネクロレヴォル》へと浴びせ蹴りを見舞い、フレームを軋ませてビームサーベルを振るい落とす。

 

 しかしあまりにも無茶な駆動であったせいか、腕の反応速度が一秒未満で遅延していた。

 

 それを逃さない騎屍兵ではない。

 

 膝蹴りで《アイギス》の躯体を激震させ、刃を振り翳す。

 

 ――胴体を断ち割られる、と予感したユキノは急速後退をさせようとするが、その推進系が全て言う事を聞かない。

 

「……ここでパワーダウン? そんな、ここで……」

 

 剣閃を引きながらの一撃。

 

 それで全て終わりに思えていた。

 

 事実、ユキノ自身、それ以上を講じようとは思わなかった。

 

 自分らしい末路があるとすれば、ここでいい――そう思えただけの戦い、そう思えただけの青春の日々であった。

 

 諦めに、肉体を委ねようとして、不意打ち気味の接近警告が劈く。

 

『――容易く諦めに沈むな、ユキノ・ヒビヤ』

 

 声の主を問い質す前に、割り込んできたビームサーベルの残光が《ネクロレヴォル》と打ち合う。

 

 友軍識別の信号が、ようやく事態を飲み込ませていた。

 

「……シズク……? シズク・エトランジェ……? あなた……」

 

『折れるなと。簡単には曲がるなと教えたのは、お前やあの小隊長とやらだろう。ならば、私の前で、簡単に死の影に縋るんじゃない。それだけは私は許さない』

 

『ゴースト、スリー……! ほだされたと聞いてはいたが、ここまでとは……! 我々を裏切り、生者の側について、楽しいか……!』

 

『……正直、まだ分からない。楽しいも、楽しくないも。ただ……死んだように生きていた頃に比べれば、充実はしているはずだ。私の死に様も……』

 

『愚かしいな! それは現世に未練があるのだと、白状しているようなもの……!』

 

『……だとしても今の私に……オフィーリアとブリギット、それにユキノ・ヒビヤの信じる明日を守る……それだけの価値はある』

 

『価値! 価値とほざくか! 騎屍兵身分に堕ちた癖に……!』

 

『ユキノ・ヒビヤ。後ろは気にするな。私よりも手練れが担当している。お前は……私と共に前だけ見ておけ。呼吸を合わせるぞ』

 

 シズクの論調にユキノは《アイギス》の炉心を持ち直させる。

 

 再び火を通した躯体が鳴動し、シズクの機体と並び立っていた。

 

「……一言だけ。RM第三小隊では私のほうが先輩だから」

 

『RM第三小隊? それは違うだろう。お前らの誇る名前は、そんな大それたものでは』

 

「……そうね。我ながら女々しい事を言ったものだわ」

 

 ユキノは深呼吸し、丹田に力を込める。

 

「――凱空龍、臨時副長、ユキノ・ヒビヤ。真似事かもしれないけれど、それでも……。今は言葉を借りさせてもらうのならば……ゲインをぶち上げるわよ」

 

『了解した。呼吸を乱すな。《ネクロレヴォル》の鼓動と、そちらの持つコード、“マヌエル”の機動性で相手を圧倒する』

 

 途端、炉心に抱いた蒼い焔を宿らせユキノとシズクは前進していた。

 

 敵機がビームライフルを引き絞り、自分の《アイギス》を射抜こうとするが、それをシズクの機体が前に出て防御する。

 

 続いて、ユキノは後方展開していた《アイギス》を背中合わせにして敵《ネクロレヴォル》へと接近を試みていた。

 

 ビームサーベルの残光が焼き付き、敵機がそれを押し留めようとした瞬間には、背中合わせで機動したシズクの機体が加速し、自機と入れ替わっていた。

 

《アイギス》のビームサーベル出力値に設定していた相手の抜刀が僅かに遅れ、その袖口が溶断される。

 

 片腕を失いつつも、残ったもう片方の腕へとビームサーベルを即座に握らせて反撃しようとした相手へと、ユキノは入れ替わってガトリングガンによる牽制銃撃を見舞っていた。

 

 相手の視覚野が濁った一瞬の隙を突き、シズクの《ネクロレヴォル》が鼓動を軋ませて刺突を浴びせる。

 

 舌打ち混じりに騎屍兵は刃を払い落すが、その距離は既に絶対の死地だ。

 

 シズクの《ネクロレヴォル》の手から払い落とされたビームサーベルを《アイギス》で握り締め、二刀流を扱って交差斬撃を振るい落とす。

 

 相手もまさか、《アイギス》のパワーゲインで二刀を扱うとは想定外であったのだろう。

 

 装甲が十字に切り裂かれた瞬間に気圧されが発生する。

 

 その期を逃さず、シズク機は猪突していた。

 

 肩口から全力の段階加速で相手へとぶつかって装甲同士がスパーク光を散らせる。

 

『……何故、だ……。何故、我々ではなく、そちらにつく……? ゴースト、スリー……お前は誰よりも賢明であったはずだ。だと言うのに……! 何故! まだ命に縋り付くと言うんだ、お前は……!』

 

『私も一端に死に切れなかった、それだけの答えに集約されるのだろう』

 

 そして、と言葉の穂を継いだユキノはマヌエルの機動力に全霊をかけ、シズクの機体が押し出した《ネクロレヴォル》の背面を取っていた。

 

 相手がシズクを引き剥がそうとしたその時には、二刀流を誇る《アイギス》がまずは下段より一閃。

 

 脚部とバーニアを断絶する。

 

『クソがぁ……ッ!』

 

 相手の応戦の太刀筋と、《アイギス》の必殺の太刀筋が交錯し、刃が弾かれ合う。

 

《アイギス》の頭部が打ち砕かれ、《ネクロレヴォル》の頭蓋へと切っ先が差し込まれていた。

 

「……レヴォルタイプの弱点は頭部……ってね。危なかったところだけれど……」

 

『……ユキノ・ヒビヤ。よく私の考えに付いて来てくれた……』

 

 シズクの操る《ネクロレヴォル》も損耗していた。

 

 装甲強度をまるで度外視した突撃であったのだろう、灰色のカラーリングが部分的に剥げている。

 

「そりゃあね。……だって、女友達は大事にしたいでしょう?」

 

『……女友達、か。そういう……俗世間に、まだ私は、戻れるだろうか……?』

 

「大丈夫よ。だってあなたは綺麗なんだし。いくらでも男の人のほうから言い寄って来るでしょう」

 

『……そういう事を言っているのではない』

 

 通信越しでも少しシズクがむくれたのが伝わる。

 

 ユキノは快活に笑っていた。

 

「……いいんじゃないの。だって、綺麗な自分を……愛せれば、さ。少しは自信になるでしょうし」

 

『……ユキノ・ヒビヤ。私にはお前も充分に……綺麗だと、思うがな』

 

「よしてよ。バーミットさんじゃあるまいし。私にとってのこう言うの、慣れていないんだから。本気にするじゃないの」

 

 しかし、とユキノは深く呼吸する。

 

「……男の人達が魂を散らす瞬間に、女は何も出来ないもの、だと思っていたけれど、案外私もしぶといわね。……ちょっと自己評価、変わっちゃうかも」

 

『……それでいいんじゃないか。少しは自分に……誇りを持つといい。きっとそのほうが……いいだろう』

 

 漂うばかりの《アイギス》と《ネクロレヴォル》は、青春の終わりを迎えたこの戦場にたった二人の縁として居残っていた。

 

 

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