『――そらよ! それで言い訳つくだろ!』
ダイキの《シュラウド》がオフィーリアへと仕掛けて来た《ネクロレヴォル》の炉心を斬り付け、そのまま浴びせ蹴りを見舞う。
何度見ても純然たる戦闘本能だけで戦っているその姿には、圧倒さえされるのだ。
自分のような半端者ではない、とザライアンは静かに鼓動を刻み始めた《フォースベガネクサス》を感じ取る。
「……僕らは何で……こんな遠くに来てしまったんだろうな、《フォースベガネクサス》。こんな風にしか……生きられなかったのはどうしても……後悔してしまうんだ。愚かしいだろう、僕も」
ザライアンは《フォースベガネクサス》の片腕を掲げる。
逆巻いた風圧と重力粒子が衝突し、漆黒の刃を構築する。
「……平常時の一万分の一でしかない。それでも届いてくれ、僕の叛逆……!」
重力で固められた太刀筋を振るい上げ、直後にはその剣閃を拡張させる。
暗黒の稲光が宇宙の常闇を引き裂き、その途上空間を掻き消していく。
一万分の一にまで減殺されているとは言え、来英歴のMSを相手取るのならば充分だ。
《アデプト》の軍勢がこちらへと気付き、機銃掃射を向けて来るのを、《ネクストデネブ》のダビデが応戦していた。
『やらせん……! オフィーリアだけは守り通す。それが私の……成り損ないなりの意地だ……! 未来を目指すと言うのなら、少しのヨゴレは引き受けるさ……。《ネクストデネブ》、全砲門一斉掃射……!』
砲身が突き上がり、放たれたエネルギー凝縮体の瀑布が、《アデプト》を塵芥に帰す。
『このまま月面までの道を通すぞ……! 《ネクストデネブ》!』
ダビデの声が響き渡る中で、ザライアンは重力の刃を翳し、迫ってくる《アデプト》の機影を叩き割る。
「……ああ。ここが正念場だ……。それに、現れたあの……機動戦士《ガンダムダレト》……。あれを地球圏に近づかせるわけにはいかない!」
しかし自分の手にあるのは僅かな聖獣の力。
全ての権能が揃っているのならばまだ手の打ちようはあったが、今の《フォースベガネクサス》では「切断」の概念付与は最小限にしか使えない。
加えて稼働時間でさえも有限である。
ザライアンはテーブルモニターに浮かび上がった残存秒数を目の当たりにしていた。
「……たったの1245秒間……それでも、間に合わせなら充分だと思うしかないのか……」
ならば最後の一滴になるまでこの力を燃やし尽くそう。
薙ぎ払った影の一閃で《アデプト》を粉砕し、オフィーリア甲板より望める月の地平が視野に広がっていく。
その果ての、間違いのように宇宙に開く大虚ろより、今も濁った血潮が溢れ返っている。
現象そのものへの忌避さえも抱かせて、ザライアンは太刀筋を跳ねさせていた。
「……あれが“破局”の形なのだとすれば……僕らが抵抗しなければならない理由のはずだ……!」
斬りかかろうとして、無音のはずの宇宙を激震させる咆哮に《フォースベガネクサス》が恐れに硬直する。
「《フォースベガネクサス》……? まさか、たじろいでいるって言うのか……お前ほどの機体が……!」
機動戦士《ガンダムダレト》はその巨大な爪でダレトをこじ開け、泥が宇宙に漂っていく。
『ザライアン・リーブス! こいつはこの次元宇宙に……出てくるつもりだぞ……!』
「ああ、そのようだ……。聖獣一体で勝てないと言うのなら……力を合わせるまで……! 合わせてくれ、DD。一斉掃射とこちらの太刀筋で――断罪する!」
『《ネクストデネブ》……! 砲門の照準、全ての火力を敵影、機動戦士《ガンダムダレト》へ……! 撃ち放て!』
「《フォースベガネクサス》……断ち斬れ!」
同時に放たれた聖獣の火力は通常の艦隊ならば叩き潰せるレベルには到達していたはずだ。
だが――機動戦士《ガンダムダレト》の振るった爪だけで霧散した現実を見るまでは。
「……消滅……?」
『そんなはず……火力を無効化……いや、事象を巻き起こる前まで……減殺させたのか……?』
それが可能か不可能化ではない。
扉の向こうより来たりし最後の聖獣には、それくらい造作もない事が、本能の部分で理解出来てしまう。
だからこそ、再び刃を突き立てようとしてザライアンは重力磁場を構築していた。
「……ここで諦めて堪るか……! 僕らの抵抗は……だって何のために……!」
『待ってください、ザライアン・リーブス。月面に反応。これは……《サードアルタイル》です』
ブリギットを操舵するピアーナからの報告に、ザライアンは月面にて項垂れたようにその四肢を脱力させている《サードアルタイル》を発見する。
「《サードアルタイル》……? 確か、こちら側のエージェントが操っていたはず……」
今のオフィーリアの守りと、ブリギットの火力補填を行えるのは自分達しか居ない。
ザライアンは慎重に事を進めようとしていた。
「……《ネクストデネブ》へ。《サードアルタイル》を回収にかかる。……無事ならば、戦力になってくれるはずだ」
『了解したわ。その間はダビデ・ダリンズ中尉の《ネクストデネブ》の火力と、オフィーリアの艦砲射撃で持たせます』
レミアの声を受けてザライアンは月面へと《フォースベガネクサス》を降下させる。
銀色の砂塵を逆巻かせ、《サードアルタイル》へと腕を差し出していた。
「大丈夫か……? 相当に損耗しているように映るが……」
《サードアルタイル》はマリオネットのように保持されていた天蓋の武装を解除され、これまで磔刑にかけられたかのようであったシルエットを崩している。
ダレトが開いてから、このような醜態を晒した事などないはずだ。
ザライアンは接触回線を開かせようとして、不意打ち気味の照準警告に反応する。
習い性の肉体が跳ね上がり、月に存在するクレーターに身を隠した不可視の機体を視野の中に入れていた。
「……あれは、ラムダの軍勢……!」
『宇宙飛行士、ザライアン・リーブス。やらせはしません。これはメイアの望んだ結末なのよ。それを打ち切らせるのは、誰であろうとも』
「マーシュ艦長……! 何故なんだ! 滅びを容認するなんて、そんな事はあっちゃいけない! この来英歴に生きているのなら……いや、それだけじゃない。生物である以上、人類である以上、保たなければならない一線があるはずだ! それを超えた、そういう領分の敵だぞ! あれは!」
『言い方が悪かったようね。“破局”が来訪する事は想定外だったけれど、それ以外は計画通り。《レヴォルヘブンズオーダー》を止めようとする人間は邪魔なのよ』
空間に染み出すように、ラムダの艦影が浮かび上がり、それを護衛する《ゲシュヴンダー》の躯体がビームライフルを照準する。
「……戦うしかないって言うのか……! そちらと僕らの意向は、同じはずだろう……!」
『同じだと言うのに、不幸な宿業ね。私達の望みとあなたの望む未来の形は違うなんて』
ラムダの艦砲射撃を《フォースベガネクサス》はIフィールドバリアで弾きつつ、《サードアルタイル》へと呼びかける。
「《サードアルタイル》へ! ……動けるのならば動いて欲しい……! あの“破局”を破壊するのには、君達の力が必要だ!」
『……クラード、どこへいくの……?』
《サードアルタイル》から漏れ聞こえるのは涙声であった。
「……泣いているのか? ……ファム・ファタールとやら……」
『《フォースベガネクサス》へ。……すいません、俺が付いていながら、今の《サードアルタイル》は疑似餌同然なんです。既に権能はあちら側の《ゲシュヴンダー》に移っています。《ゲシュヴンダー》隊長機に……切断概念の付与を奪われて……』
その言葉の意味を理解する前に、《ゲシュヴンダー》が散開機動に入り、隊長機が切り込んでくる。
その距離が危険だと判定する前に斬り結んだザライアンは、接触した剣筋が膨れ上がったのを関知していた。
「……この射程距離……ッ!」
『判断が鈍いわね、ザライアン・リーブス』
ただのビームサーベルであるはずのそれが極大化し、直後には振るい落とされた「断絶」概念が長大な太刀筋となって《フォースベガネクサス》の片腕を落としていた。
「……何故なんだ……! 何故! 僕らを裏切った……!」
『裏切ったなんて人聞きの悪い。我々、“ウルトリクス”にとっての宿願はただ一つ。《レヴォルヘブンズオーダー》による調律。“破局”の存在によって少し歪んだ程度では揺るがない。形が違うだけ。精神的に終末を迎えるか、物理的に破滅を容認するかだけの。あなた達は、ただ目の前の事象に踏み潰される羽虫でしかない』
「羽虫……? 違う! 僕らはこれまで……決定権を先送りにしてきた……確かに今さら来英歴を救うなんて驕りかも知れない。だが、彼らは応じてくれたんだぞ! 僕らの身勝手な宿命に、その血潮を散らして……!」
ダーレットチルドレンとの決着は、本来自分達がつけるべきであった。
しかしこの来英歴の人々へと判断を投げ、そして最後の最後に彼らを犠牲に晒す事が、正義なはずがない。
『……どこまでも愚鈍。ならば消し飛びなさい。この《ゲシュヴンダー》の誇る絶対の死の太刀筋でね』
《ゲシュヴンダー》が両腕にビームサーベルを構え、その二刀を下段より振るい上げる。
それだけでオフィーリアの艦艇を激震させる衝撃波が見舞われていた。
『ザライアン・リーブス! 決断は早くしろ! そうでなければ艦が墜ちるぞ!』
ダビデの声を受けつつ、ザライアンは決断を迫られていた。
ここで聖獣の権能を発現させた《ゲシュヴンダー》を相手取り、蛮勇を気取るのか。
それとも一時撤退し、防衛戦に打って出るのか。
「……違うよな。《フォースベガネクサス》。そう、違うはずだ。……僕は散々、逃げてきた。逃げた末にこの結末があると言うのならば、そこから先に逃げるのは……だって嘘だろうに……!」
《フォースベガネクサス》が片手だけで漆黒の重力刃を編み出す。
『私と斬り合いで勝とうと? 如何に英雄、如何に宇宙飛行士と謳われたザライアン・リーブスと言え、賢い選択とは思えない』
「……そう、だろうさ。事ここに至れば、僕の考えなんてどうせ、塵芥だ。だからこそ、賢しいだけの選択肢は――捨てる。僕達で決着をつけようじゃないか。だってその力は、元々僕が預かった……世界からの答えだ」
『……《ゲシュヴンダー》部隊へ。イリス機より通達する。オフィーリア轟沈へと向かって。私は、目の前の邪魔者だけを排除する』
「出来るのか? こちらはこれでも、聖獣の駆り手だ……!」
『その大きいだけの見せかけのプライドで、私達の覚悟に比肩するものか……!』
《ゲシュヴンダー》が大上段に刃を叩き落とす。
片腕の太刀筋でそれを受け止め、二の太刀が閃いていた。
薙ぎ払おうとした一閃を相手は逆手に握ったビームサーベルで受け止め、そのまま返答の刃が月面をさらっていく。
応戦するだけでも神経をすり減らす思いであった。
加えて相手は《フォースベガ》の権能を誇り、その力を自在に扱う。
剣戟を交わし、よろめいた隙を逃さず、相手は切り込んでいた。
《フォースベガネクサス》の胴体を断ち割ろうとした一撃を、辛うじて受け止めたが、直後に発生させられた波状斬撃が躯体を内部より粉砕する。
内蔵フレームが軋み、《フォースベガネクサス》の骨格をボロボロに打ちのめしていた。
斬られたわけではないのに、《フォースベガネクサス》はその膝を折る。
「……第四の聖獣の力をここまで……」
持ち直そうとして機体の首筋へとビームサーベルの刃が添えられる。
『ここまでのようね。ザライアン・リーブス』
「……一つ、聞かせて欲しい。最初から、と言っていたな? 宿願だとも。ダーレットチルドレンを倒せなかった時の事まで、考えていたのか?」
『質問は二つね。前者に答えるのならば、私達は総体であり、そしてこの事象宇宙をエーリッヒの意志で満たすためだけに存在している。メイアは王なのよ、この終わりの淵に立った世界を救い、リセットするための』
「……王の顕現が、《レヴォルヘブンズオーダー》……全てのライドマトリクサーを支配下に置いての、世界崩壊プログラムか……」
『後者の質問に応じるのならば、ダーレットチルドレンを最悪打倒出来なくともよかった。彼らは扉の向こうへと潜り、そこで神を気取るつもりであったと言うのならば、好きにさせればいい。別にこの世界にそれ以上を望んでいたわけでも、まして別の世界が破滅を辿ろうと知った事じゃない。ダーレットチルドレン達は、その無知蒙昧さがゆえに、渡った先の世界で絶望した事でしょう。彼らは自分達が最大の叡智なのだと疑わなかった。敗因があったとすれば、それだけ。想像力の欠如こそが最大の毒』
「それは……同意だよ。ダーレットチルドレンに最も欠如していたのは想像力。そしてそれは……僕ら聖獣のパイロットでさえもそうだ。僕達は愚かだった……! だって、もっと早くに……手を取り合い、疑いを晴らす事さえ出来れば、もっと簡単に、この世界を救う事が出来たのだから……!」
『繰り言はここまで? 第四の聖獣はここに墜ちる。そしてあなた達の希望でさえも』
《ゲシュヴンダー》が刃を振り翳す。
ザライアンは瞑目し、そして叫んでいた。
「だが……だがここで、終われるものか! そうだろう、《サードアルタイル》!」
瞬間、《サードアルタイル》より虹色の皮膜が放出され、切断概念を付与されているビームサーベルを一瞬だけ弾く。
『……悪足掻きを……!』
ザライアンは満身より吼え立て、《ゲシュヴンダー》へと加速していた。
月面を滑り、クレーターで蹴躓いて互いに無様に転がっていく。
『この……何も出来やしない、弱者の癖に……!』
「ああ、弱者さ! そして臆病者だった! 他者を信じる事……誰かに背中を預ける事をずっと、怖がっていたんだ! だが、そんな僕でも得られるものはあった! この来英歴を救済するために呼ばれたのだと、思い込める瞬間だってあったんだ! だから、ここで終わらせない! 終わらせるものか! 世界の破滅を防ぐのは、僕ら聖獣のパイロットの役目なのだから!」
『何を世迷言を……! 既に第四の聖獣の権能はこちらにある! 加えて、見ろ! 空を覆う大虚ろは砕け、終わりに瀕した天蓋は、悪魔の泥を吐き出しながら崩壊の一途を辿る! これが終局、これこそが“破局”だ! 聖獣とは、どこまでも度し難く、我々のような野蛮人に、無用な知恵を与えただけであった!』
ザライアンは両腕を翳し、その内奥で脈打つ感覚に身を任せる。
「……違うな、“ウルトリクス”。君達の振り翳す絶望は、だって違う。確かに来英歴の人々には、ミラーヘッドも、第四種殲滅戦も、MSも、聖獣も、何もかも早かったのかもしれない。だが、彼らには時間がある。過ちを悔やめるだけの時間、自らの宿縁を自分達の力で漕ぎ出すだけの時間が! その時間を奪わせるために、君達が存在すると言うのならば――僕らの敵だ!」
『無様に生き恥を晒すくらいなら、メイアの歌で全て終わってしまえばいい! それが来英歴に生まれた者達には似合いの結末だ!』
「終わりの歌になんてさせるものか。彼女の歌は……未来を切り拓く、そういう歌だ。優しい歌にしたい、それじゃ……駄目なのか?」
『優しい歌なんて! “罪付き”のメイア・メイリスには似合わない!』
ビームサーベルを再び発振させ、《ゲシュヴンダー》が構えを取って駆動する。
ザライアンは片腕で構築させた闇の刃を再び構えさせ、必殺の太刀へと対峙する。
「……優しい歌であって欲しいはずだ。君達の目的も、願いも終わりだけに集約されるのだとすれば、何故彼女と友情を育んだ? 全て、メイアを騙すだけの一個の意味だけじゃないだろう?」
『知った風な口を! 我々、“ウルトリクス”の理念を分かりもしない、他人が……!』
「ああ、どうせ他人だ。だから他人なりに言わせてもらう。……今の君は、随分と無茶をしている。僕が勝ったら素直に成ってもらおうか」
『何を偉そうに! 吼えるだけ吼えて、そして死んで行け!』
切断概念を付与されたビームサーベルはきっと、受けただけでこちらの守りを突き崩し、直後には断絶しているだろう。
誰でもない、第四の聖獣の操り手であった自分はその威力を理解している。
だからこそ、この領域。
だからこそ、この射程。
だからこそ、この太刀筋に、全てを賭けて――。
「……《フォースベガネクサス》。最後に一瞬だけでもいい。僕の力を……僕の中に眠る叛逆の心を、使い切れ。それくらいは出来るだろう? お前も《レヴォル》だと言うのなら……!」
イリスの《ゲシュヴンダー》が振りかぶる。
ザライアンは両腕に宿った激痛に顔をしかめながらも、《フォースベガネクサス》の鼓動と一体化したのを感じ取っていた。
コックピットの中で、太刀を携える挙動を取る。
それと同期して、落とされたはずの片腕が重力粒子で再構築されていた。
漆黒の片腕が最後の太刀を握り締め、《ゲシュヴンダー》の一閃へと、下段より振るい上げた一閃を返す。
切断概念により《フォースベガネクサス》が両断されるが、それより一拍早く振るわれた剣閃が《ゲシュヴンダー》の頭蓋を断ち割る。
装甲面を破り、薄皮一枚で《ゲシュヴンダー》が仰け反っていた。
月面が巻き起こった斬撃の衝撃波で激震する。
白銀の砂埃がクレーター内に吹き抜けた直後、ザライアンはコックピットより這い出ていた。
《ゲシュヴンダー》はビームサーベルを解除し、そのまま前のめりに倒れ伏す。
荒い呼吸をつきながら、ザライアンは相手を見据え、声にする。
「……僕らの……勝ちだ」
《ゲシュヴンダー》より、悔恨の声が漏れ聞こえていた。
回線を震わせていたのは咽び泣くイリスであった。
『……何で……何でぇ……っ! 勝たないと、勝って正しさを証明しないと……いけないはずなのにぃ……っ。私達、“ウルトリクス”が選ばれた理由を、この世界に……!』
「誰も、選択された理由なんて、そんなものなんだ。僕だって、叛逆の意志に選ばされたのは、きっとそれほど高尚な理由なんてない。世界を憎んだほうがよっぽど簡単だったさ。……でも諦めちゃいけないんだ。だって、僕はまだ……故郷を救わなければ、いけないんだから」
しかし、これで活路は断たれたと言ってもいいだろう。
今も扉を押し広げ、世界へと生まれ落ちようとしている機動戦士《ガンダムダレト》を滅ぼす術も、そして《レヴォルヘブンズオーダー》の破滅の歌声を止める手段はない。
『……メイアの事、何でそんな風に言えるの……。あの子は私達と一緒に居た時間のほうが長い』
「……何でだろう。分からないんだ、正直。ただ……終わりにするにしては惜しい、歌声の持ち主だと、そう思っただけなのかもしれない」
『何よ、それぇ……。そんなの私達が一番に……分かっているはずなのに……っ』
ザライアンは月面軌道上で今もぶつかり合っている想い同士を視野に入れる。
片や、思惑の果てに災厄の力たる《ダーレッドガンダム》を手に入れた存在。
片や、思惑など知った事かと吐き捨て、白銀の騎士を操る存在。
「……僕らの世界の行方も、そして来英歴の行方も……。きっと過ぎたるものだったのだろうね。だから、こんな風にしか生きられなかった」
『……殺しなさい、ザライアン・リーブス。私を殺して、メイアの歌声の向こう側に導いて……そうしなさいよぉ……っ』
泣きじゃくるイリスに、ザライアンは月面を蹴って浮かび上がり、そして手を差し出していた。
「……君らも間違えた。なら、間違いだけを正すために……ヒトの善性を、信じるしかないだろう。命を投げるのは最後の最後でいいはずだ」
イリスはただただ、涙する。
彼女の目的はエーリッヒの意志を継ぎ、そしてメイアを王にする事。
――だが、それだけで何年も一緒に居られるものか。
きっと彼女には彼女なりの答えがあったはずだ。
そうでなければ、メイアと共にギルティジェニュエンを引っ張りきれたわけがない。
今も月面宙域を震わせるのは、《レヴォルヘブンズオーダー》の拡散させる死の歌声。
破滅への誘因。
「……全ての運命は……この来英歴の“クラード”に、か」